グロービス経営大学院教員が2022年の注目トピックを取り上げるシリーズ。今回は「金融」編です。コロナ禍を受けた大きな変化の波が企業に襲い掛かっていますが、この1年の事業環境を見極めるうえで、重要なポイントとは何でしょうか。「ファイナンス」など金融・財務領域の講座、企業変革をファイナンス視点で学ぶ「ファイナンス・リオーガニゼーション」の講座を担当する教員3名に、それぞれ注目テーマを挙げていただきました。
「会社分割」
星野 優
東芝、ゼネラル・エレクトリック、ジョンソン&ジョンソンなど、世界を代表する超大手企業が会社分割する方針を次々と打ち出しています。この動きは2022年にも見られるかも知れません。
丁寧に見て行くと各社の狙いは全く異なりますが、多くの場合はその企業が持つ複数の事業部を分割、あるいはスピンアウトすることにより、過少評価された企業全体の価値を是正するという財務戦略があります。いわゆる「コングロマリット・ディスカウントを解消する」ものです。
そもそもコングロマリット・ディスカウントとは何か、具体例で考えてみましょう。ある企業が2つの事業部から構成されているとします(単純化のため、負債はないものと仮定)。それぞれの事業部の価値が2と3であるならば、企業全体の価値は合計の5であるべきなのですが、株式市場で5未満の価値として取引されている事例が少なくありません。コングロマリットという組織体制であるがゆえにディスカウントされてしまうというものです。
その理由は、複数事業部を管理・調整する本社費用がかさんでしまう、経営の目が各事業分の隅々に行き届かない、ある事業部が稼ぎ出した利益・キャッシュをその事業部に再投資すべきなのにもかかわらず、他事業部の赤字補填に使われ、投資家や株式市場から失望を買っているなど、様々なものがあります。会社分割はこうした「寄り合い所帯」をそれぞれ分割・独立させることで不当評価を解消し、各事業部が本来持つ価値を顕在化させる秀逸な財務戦略と言えるでしょう。
ただし注意が必要です。株式市場で“過小評価”されてしまう根源的な理由がこのコングロマリット・ディスカウントなのか、つまり、会社分割という「ハコの形を変える」方法で各事業部が本来持つ価値を顕在化させることができるのかをしっかりと見極めなければなりません。目が肥えた投資家は時にこうした組織形態の変更に冷ややかな対応をしますが、それは「企業価値が適正に評価されないのは他に理由がある」というメッセージの裏返しとも言えます。
2022年も様々な企業が会社分割や事業ポートフォリオの組み換えなどを方針として打ち出すものと思われますが、その背景にある根源的な理由にまで思いを馳せてニュースを読むと、興味深い発見があるのではないでしょうか。
岸田首相の提唱する「新しい資本主義」
斎藤 忠久
岸田首相は「新しい資本主義実現会議」の場で、「成長戦略によって生産性を向上させ、その果実を働く人に賃金の形で分配することで広く国民の所得水準を伸ばす」と強調し、2022年春までに中長期的なビジョンを取りまとめるとしています。この「新しい資本主義」とは一体何なのでしょうか。
資本主義、そしてその骨格をなす自由市場主義の流れとしては、米国・英国を中心として個人や企業の利潤追求を重視する「アングロサクソン型」と、ドイツを中心として共同体の利益を重視し平等な社会を目指す「欧州大陸型」に大別できます。日本は、もともとこの2つの流れの中間にありました。
このような中で、小泉改革によって日本でも英米型の自由主義的資本主義の考え方が重視されるようになりましたが、企業が株主への分配を強化していく一方で、経済全体は低成長から脱却できず、2000年に世界で2位であった国民一人当たりの所得は2020年には23位へ凋落しています。
安部政権では、アベノミクスの3本の矢として、大規模な金融緩和で期待インフレ率を上昇させ、大胆な財政支出と合わせてデフレから脱却し、規制緩和による成長戦略で長期的な成長を目指そうとしました。しかし、2%の物価安定目標を達成するまでには至らず、経済成長も低迷していたところに新型コロナウイルスの直撃となりました。
これに対して岸田政権では、経済の流れをそれまでのアングロサクソン的な、悪く言えば株主重視の「弱肉強食的」な自由主義から、共同体全体の利益を重視する欧州大陸型の自由主義に転換しようとしているようです。成長戦略によって生産性を向上させ、その果実を働く人に賃金の形で分配することで広く国民の所得水準を引き上げようとしていますが、具体的な青写真はこれからです。
2008年秋の「リーマンショック」以降、弱肉強食の本場の米国でも、それまでの短期的な株主至上主義的な風潮から、全てのステークホルダーの利益を重視する欧州大陸型の自由主義的な考え方へと振り子が振られてきています。一方で、欧州の優良児とされてきたドイツ経済も行き詰まりを見せかけているようです。
NHK大河ドラマ「青天を衝け」の主人公で、日本資本主義の父と称される主人公の渋沢栄一は、「論語と算盤」の言葉に象徴されるように、利潤の追求だけではなく公益を重視する道徳経済合一社会の確立を訴えました。岸田政権は来春、どの様な具体的な施策を織り込んだ中長期ビジョンを描くのか、注目されるところです。
世代間格差〜未来に向けてのリセット
森生 明
2021年に露呈したさまざまな問題は社会、経済、企業全般にわたって日本にパラダイム転換を促すでしょう。その根底を貫く課題は、「未来世代のために、現世代はいかに負の遺産を清算できるか」だと考えます。おカネの流れという切り口で、以下に注目しています。
脱炭素への産業構造転換
自動車業界に代表される、日本の輸出産業(外貨獲得手段)設備の多くが座礁資産化し、脱炭素対応のための莫大な投資が必要となります。化石資源を消費して汚してしまった地球環境を修復するためのコストはその恩恵を受けた世代が負担すべきですが、金融・投資市場はその資本移動を円滑に行えるでしょうか。
DXが促すリストラ
政府においても民間企業においても、日本のデジタル化の遅れが明白になりました。この課題解決は、ホワイトカラー事務職の大幅削減を伴うでしょう。デジタル化に適応する社会インフラ作りのために、健全な企業淘汰と行政機能の効率化を進める必要がありますが、これは既得権益を享受してきた世代の抵抗が大きいと思われます。
バラマキ政策のツケ
経済成長が止まった平成の30年間に、パンデミックがのしかかり、政府の借金は1,200兆円を超えました。これは将来世代が負担する負債です。「赤字国債は日本国民の資産で賄われているので心配ない」「日銀が円紙幣を印刷して対応してもインフレは起きていないし、インフレが起これば借金の価値が下がるので問題ない」という意見はその通りですが、これが世代間の格差および持てる者と持たざる者の格差の拡大を加速することは確かでしょう。
パンデミックと気候変動という自然界からの人類に対する警告を突きつけられた2021年を経て、日本は現世代が作り上げた負の遺産をいかに清算して明るい未来を切り開いていけるか? これらのキーワードがこの課題を読み解くカギになると考えています。