グロービス経営大学院教員が2022年の注目トピックを取り上げるシリーズ。今回は「国際情勢」編です。先行きが見通しにくいVUCA (Volatility=変動性、Uncertainty=不確実性、Complexity=複雑性、Ambiguity=曖昧さ)と呼ばれる時代にあって、ビジネスリーダーには世界次元で事象を捉え、当事者として考える力が求められます。「グローバル・パースペクティブ」や「異文化マネジメント」の講座を担当する教員3名に、2022年の国際情勢を読み解くうえでの重要なポイントを挙げてもらいました。
米中に膠着感、過去になく問われるトップの能力
高橋亨
2021年は、米国を再び国際協調路線に修正したバイデン政権の誕生から始まった。11月のCOP26(第26回国連気候変動枠組条約締約国会議)では、目指した通りの成果は挙げられなかったが、各国が世界共通の課題に向き合う姿勢を曲がりなりにも作ったことで、2021年は無難に暮れようとしているように見える。
もちろん米中の覇権争いは、両国譲らずの姿勢がますます強まった1年であったが、経済やサプライチェーンは、日本や欧州なども含めて極めて深く結びついている。現時点で、政治的、外交的にクリティカルな状況に陥ることは双方にとってのデメリットが大きすぎるということだろう。最低限のところで節度を保ち、硬軟織り交ぜながらも、引き続き国際関係を無難に乗り切りたいという本音が見え隠れする。
2022年2月に開催される北京冬季オリンピック・パラリンピックがどのような形で執り行われるかが、この1年の国際政治の最初の試金石となるだろう。米国が表明した「外交的ボイコット」という、完全なボイコットではなく、ある意味「微妙な」対応はまさに今の米中関係を表している。ファイティング・ポーズは取るが、本気の喧嘩は避けようというスタンスが続くのではないかとみる。
両国とも国内情勢に多くの問題を抱えている。中国は、不動産バブル崩壊からくる国内経済破綻の危機は何としても回避したいし、新しいビジネスモデル、文化へと走る民衆のコントロールや格差問題などに頭を痛めている。米国も、インフレ問題など経済への不安、バイデン政権の米国内での不人気などに加え、秋には中間選挙が待ち受ける。さらに、終息に向かうことが期待されたコロナ禍も、オミクロン株の出現により、先行きの不透明感が増したことは、国際間での事をあまり大きくしたくないというインセンティブを両陣営に働かせるだろう。
各国の一層の「腹の探り合い」「『敵失』の見極め」「水面下での国際競争優位の構築争い」が続く時代では、表面的な現象に惑わされることなく、「したたかに賢く動く」ことが求められる。各国のリーダーの能力の高さがこれほど問われる年はないかもしれない。
各国政府が、知恵とバランス感覚を持って国内問題を切り盛りして行ければ、国際関係も大きな危機に陥ることなく何とかバランスが維持されるのではないか。 ただし、どこかの国で経済の破滅的な破綻、社会不安の極端な増大などがあった場合、何が起きるか分からなくなることを最後に付記しておきたい。注目すべきは、中・米の経済動向と秋の米中間選挙だ。バイデン政権が大敗すると、米政治はレームダック状態となり、国際情勢の不安定さが一気に増大するだろう。
サッカーW杯開催国、カタールの存在感
河尻 陽一郎
多くのサッカーファンが覚えている、サッカー男子日本代表がワールドカップ出場を目の前で逃した「ドーハの悲劇」が起きたのは1993年。あれから約30年後の2022年11〜12月に、ドーハのあるカタールで中東初のワールドカップ(W杯)が開催される。
開催が決まった2010年当時、カタールの酷暑や、サッカーの実力、普及状況を考えると、その決定は驚きをもって受け止められた。しかし、2019年アジアカップ決勝で、カタール代表は日本代表を破り、初のアジア王者に君臨する。元スペイン代表の世界的サッカー選手シャビはその結果について、「これは奇跡ではない。これは長年の準備と努力、そしてアスパイア・アカデミーの計画によるもの」だと語る。当時のカタール代表選手のうち、13人が同アカデミー出身者であった。
サッカーだけではない。2021年に開催された東京オリンピックで、カタールは初の金メダルを獲得した。獲得した金メダルは2つある。重量挙げ男子96キロ級と陸上男子走り高跳びである。男子走り高跳びはカタールのバーシム選手と、イタリアのタンベリ選手が金メダルを分け合ったことで話題になった。そのバーシム選手も同アカデミーの出身である。
背景にあるのは2008年に定められた「国家ビジョン2030年」だ。カタールは人口280万人程度、国土は秋田県と同じくらい、天然ガス(LNG)の世界有数の産出国であり、日本の重要な供給源でもある。同ビジョンに基づいて、国家開発戦略が立案され、自国を先進国に押し上げ、将来世代の国民にも高い水準の生活を提供することを目指してきた。そのための長期の人材育成、ソフト面の強化であり、その一環としてのスポーツ分野の強化の結果が着実に見えてきている。
環境問題への取組みも一つの柱であり、中東諸国では動きが早かった。2012年にはCOP18(第18回気候変動枠組条約締約国会議)を招致、開催している。同時に、カーボンニュートラルへ、そして化石燃料分野に対するダイベストメントが進む中で、環境負荷や調整電源の燃料として注目されるLNGの投資を続け、存在感を示している。
外交面においてもユニークな性格を持つ。たとえばエジプト発祥の「ムスリム同胞団」との関係だ。「同胞団」はこれまで時には民主主義を擁護したり、非イスラム勢力とも連携したりして、選挙を通じた合法的な手段での政治変革を目指してきた。サウジアラビアをはじめとする中東諸国は「同胞団」を警戒してきた一方、カタールは首長制でありながら支援してきた。あわせて、衛星放送のアルジャジーラの存在もある。カタール政府の出資によって生まれ、その報道は周辺諸国から批判を受けることもある。そんな外交姿勢もあってか、2017年にはサウジアラビアから国交を断絶されている(2021年に回復)。
地政学、地経学的にも注目される中東地域、そこでユニークな存在感を示すカタール。そんなカタールが、新型コロナウイルス蔓延後の世界が注目するサッカーW杯の開催においてどんなメッセージを発するのか、それに世界がどのように反応するのか、あるいは積極的に介入するのか注目したい。
エストニアの新内閣における女性のリーダーシップ
田岡恵
SDGs(持続可能な開発目標)の17の目標の中でも、世界各国で重要なテーマとなっているのが「ジェンダー平等の実現」である。世界経済フォーラムが毎年発表するジェンダーギャップ指数ランキングの認知が日本でもかなり向上してきたが、2021年の結果は、日本は調査対象となった世界156カ国のうち120位(前年121位)、主要7カ国(G7)では引き続き最下位という不名誉な状況に甘んじている。特に国会議員の女性割合が低いことなど、政治参画における男女格差が順位に大きく影響している。一方、我が国の低迷とは非常に対照的な出来事が、遠く離れたバルト三国のひとつ、エストニアで今年起こった。
2021年1月25日、初の女性首相が選出されたことを受け、エストニアは世界で唯一首相と大統領ともに女性が務める国となった。初の女性首相となったカヤ・カラス氏は、2002年から2003年に向けて首相を務めたシーム・カラス氏の娘である。一方、大統領のケルスティ・カリユライド氏は、エストニアが旧ソ連から独立した1991年以来、初の女性大統領かつ、46歳での史上最年少の大統領就任となった(その後2022年10月に任期満了にて退任。後任は男性のアラル・カリス氏)。政治活動に身を投じる以前、カリユライド氏は通信会社、投資銀行、電力会社などで重要なポジションを歴任するビジネスリーダーでもあった。ちなみに、カラス氏、カリユライド氏ともにMBAホルダーだ。
カラス首相率いる新内閣では、15人のうち女性が約半数の7人を占め、財務大臣や外務大臣など重要なポジションに就いており、カラス氏は「ジェンダーのバランスが新しい内閣の重要な要素である」としている。新内閣は新型コロナウイルス対策を着実に進めながら、ラタス前首相(汚職をきっかけに辞任)が進めていた、同性婚を不可能にするための憲法改正を問う国民投票については白紙に戻すなど、社会における多様性の促進、弱者への支援に関しても強い意欲を示している。ちなみに、2021年のジェンダーギャップ指数ではエストニアは46位。行政サービスの99%がオンラインで済ませられる先進的な「電子国家」として名高いエストニアだが、今後は政治や社会における女性リーダーの活躍に関しても要注目の国だ。