パナソニック元家氏「コロナ禍のインド、困難に向き合うための覚悟」

MBAの真価は取得した学位ではなく、「社会の創造と変革」を目指した現場での活躍にある――。グロービス経営大学院では、合宿型勉強会「あすか会議」の場で年に1回、卒業生の努力・功績を顕彰するために「グロービス アルムナイ・アワード」を授与している(受賞者の一覧はこちら)。今回は2021年「変革部門」の受賞者であるパナソニックのインドイノベーションセンター所長、元家淳志氏にインタビューをした。(聞き手=村尾 佳子、文=齋藤 麻理子)

想定外だったインド赴任

村尾:この度はおめでとうございます。コロナ禍のインドで大変な日々を過ごされてきたと思いますが、まずは受賞の率直なご感想についてお聞かせください。

元家:ものすごく嬉しいです。数多くの卒業生の中から選んでいただき光栄です。連絡を受けた当初はコロナ禍の真っ只中でした。仕事に没頭するなか、なかなか喜びをかみしめる余裕はなかったのですが、社内のメンバーやグロービスの仲間が驚くほど喜んでくれたことで、徐々に実感が沸いてきました。

インドでは2020年4月に1回目、今年21年4月末から2回目のロックダウンがあり、5月頃には1日の感染者が40万人ぐらいでした。働き方も変わり、危機的環境下での緊張感を強いられる時期が続きました。マネジメント面でも様々なチャレンジがありましたが、このような形で応援をいただいたのは、とてもありがたいことだと感じています。

村尾:大変な状況でも奮闘されている姿は、多くの人を勇気付けていると思います。元家さんは現在、インドでイノベーションセンターの所長を務められていますが、技術者として入社されています。

元家:もともとモノづくりが大好きでした。小学生の頃にウォークマンに触れ、その仕組みに感激したんです。どこでも音楽を聴けるというのに驚き、ウォークマンを作る人になりたいと思っていました。

それで理系の大学に進学し、夏休みの1カ月間、松下電器産業でインターンシップをしたんです。パナソニック創業者である松下幸之助氏の『道をひらく』を読み、その経営理念に深く感銘を受けたことも大きかったです。現場の方々が実際に経営理念を大切にして働いているのを目のあたりにし、素晴らしい会社だと実感しました。

入社当初はLED照明の材料開発などに関わり、中国で工場を立ち上げる業務に携わったのですが、開発した商品がなかなか売れず、やがて立ち上げた工場を畳まなくてはならなくなり、辛い想いをしました。単にいいものを作るだけではやはりダメで、顧客を理解し、社会全体を見ながら事業を創り上げなければならないと気づかされたんです。

2012年頃からは事業企画と開発を兼務させていただき、本格的に事業企画に移った2016年からは海外拠点でのR&D(研究開発)や新事業のマネジメントを2年ほど担当しました。グロービスに通ったのは2015年からなので、学びを実務で生かすことができました。

村尾:その後の2018年のインド赴任は想定されていましたか?

元家:インドは想定外でした(笑)。ただ海外勤務は子どもの頃からの憧れでしたし、モノづくりを通じて、世の中を幸せにしたい、海外の人にも喜びを届けたいという、抽象度の高いところでの志は強いものがあったので、すぐに気持ちを切り替えられました。

パナソニックはインドを海外戦略上、重要な国の1つと位置づけています。人口は13億人を超え、高いGDP成長率とマーケットとしてのポテンシャルを持ち、15,000社ぐらいのスタートアップ企業が次々と生まれる国です。次世代のパナソニックを担う組織でのチャレンジにワクワクするようになりました。

村尾:現在は所長というお立場ですが、最初はどんなポジションだったのでしょうか? ミッションはどのようなものですか?

元家:インドイノベーションセンターは、インド市場をターゲットに新事業を創造することをミッションとして担っています。当センターには企画、事業創造、技術の3部門があります。当初は事業創造部門の部門長として赴任し、その半年後、所長の打診をいただきました。

現在の私のジョブは主に3つあります。1つ目はセンターの目指す姿、ビジョンを描き、それを実現するための短期・中期の戦略策定、2つ目は様々なプロジェクトの位置づけを明確にし、予算や人繰りといった経営リソースの配分についての最終決定。3つ目はメンバーが実行した事業やプロジェクトを財務・非財務の観点からレビューし、方向性を決めることです。

パナソニックの経営幹部に状況を説明し、支援をいただくこともします。株主に説明して投資判断をしてもらい、事業を回し、また説明するという、一つの企業を経営しているような感覚があります。

村尾:異文化の組織理解やマーケットそのものを理解するために何を心がけていらっしゃいましたか。

元家:インドの方々の考え方、生活様式、文化そのものを理解し、リスペクトしながら、共に事業を創り上げることを赴任当初からずっと大切にしてきました。インドを一言で表すならば「多様性」という言葉に尽きます。収入格差は大きく、地域によって顧客ニーズも変わり、さらには言語もカレーの味も変わります。この国で本当に顧客の課題を解決する事業を立ち上げようと思ったら、日本人のアイディアだけでは不可能です。

赴任当初は、現地のメンバーとの信頼関係を創ることに時間と労力がかかりました。メンバーの想いを大事にし、目標や目先の事象に囚われることなく自由闊達に動いてもらいたい。半面、経営層には、目標と現状のギャップを埋めるための具体策などを論理的に説明しなければならない。ある種エフェクチュエーション的(優れた起業家が実践する意思決定プロセス)な新事業アプローチと、コーゼーション的(目的をもとにした意思決定プロセス)なアプローチの両方が必要になり、相反する状況もありました。この点はかなり苦戦したところだったかと思います。

村尾:その中でインド赴任当初は、新サービスもリリースされました。

元家:最初にローンチしたのは「ジャンエイド」というアプリです。インドではどこか体調が悪くなった際、どの病院に行けばいいかが分からないという個人が多く、草の根レベルで医療水準を引き上げるための課題がありました。デジタルプラットフォームを活用し、病院と患者を結び付けるプロジェクトとして開発したこのアプリは、社会課題の解決に向け、事業に結びつけた成果の一つです。

理想の自分に近づく、新大阪駅での確信

村尾:エンジニアから経営全体の理解が必要だとの考えに至ったと冒頭にお話しいただきました。グロービスを選ばれたのはなぜですか?

元家: 書籍や独学では物足りないな、と。経営は、一つひとつの理論が点在するのではなく、全部つながっているものです。つながりを理解し、その中で技術とはどうあるべきかを考えるには体系的に学ぶ必要があります。

また、グロービスはディスカッション形式で授業が進むうえ、カリキュラムに志系の科目があります。自分たちが生きている意味や、働く意味を学べる点に共感したんです。ここなら人間的にも成長できると思いました。

今でもはっきり覚えていますが、単科生としての初回の授業が終わり、帰りの新大阪のホームで電車を待っている時に、「絶対に手を抜かずに卒業するまでやり抜く」と決意したんです。そうすれば理想の自分に近づけると確信しました。

村尾:在学中の元家さんは、まさに全科目やり切られていらっしゃいましたよね。ちなみに当時から海外勤務が視野に入っていたと思うのですが、海外MBAは考えませんでしたか。

元家:それは選択肢にありませんでした。英語ではなく、母国語で身体に、神髄まで染み渡らせるぐらい学びたい、自由に使いこなせるようになりたいと考えていたので(笑)。

村尾:それではグロービスでの学びは、ビジネスの現場でどのように生かされていますか?

元家:判断に困った際の拠り所となっています。インドイノベーションセンターの所長としての基本的な姿勢は「現地の人を信頼する」ですが、経営の定石で考えたらどうなるか、理論的にはこうすべきではないか、という冷静な視点も必要となります。

学びや仲間との出会いを通じて明確となった「志」も大きな影響を及ぼしています。今のコロナ禍でも踏ん張って仕事ができるのは、これがあるからこそだと思います。志と責任感は「覚悟」を生み出します。グロービスでこれらを得ていなかったら、コロナ禍のインドでは踏ん張れなかったのではないかとさえ思います。

インドでのチャレンジを応援してくださる講師、クラスメイトがいるので、そういった方々に恥じないように頑張らなくてはいけないなと感じます。本当にたくさんの出会いや学びを通じて今があると思います。

イノベーションの先を見据える

村尾: 卒業生には起業家の道を目指す人もいます。元家さんは、起業家になるお考えはありますか?

元家:現時点では考えていません。イノベーションは起こすものというより、手段であると考えているんです。社会課題解決に取り組むなかで、現状のやり方で不十分ならば変化が求められる。その変化に取り組むなかで、手段としてのイノベーションが起こってくる。そういうものだと思っています。

ですので、長年培ってきたナレッジやアセットがたくさんあるパナソニックで、それらを最大限活用しながら、新しいものを生み出したいのです。その方が世の中に対する貢献のインパクトが大きくなるのではないかと考えています。

村尾:インドにはスタートアップが集積し、イノベーションを起こしていますね。

元家:インドの強みの一つはソフトウェア技術者の数と、能力の高さです。コロナ禍でも、ロックダウンから1カ月もかからないうちに、ほとんどの学校でオンライン教育が導入され、ずっとオンラインで授業をやっています。かなりスピーディにデジタル活用とビジネスモデルの転換が進みました。

インド経済は昨年、40年ぶりのマイナス成長となりましたが、今年の1~3月はGDP成長率がプラスに転じました。そもそもポテンシャルの高い国です。電力や交通などのインフラ整備が遅れているとはいえ、実際に住んでみると、変化のスピードを肌で実感できます。

村尾:変化のスピードこそ、日本がインドから学ぶべきことかもしれません。

元家:月並みかもしれませんが、彼らの持っている「とりあえずやってみよう」という感覚は重要だと思います。日本で緻密に検討している間に、インドでは現時点でのリスクが許容できるなら、もうスタートしてしまっています。

村尾:最後に、元家さんご自身の今後のビジョンについて教えてください。

元家:私の志のなかで、最も上位にあるのが「モノづくりやデジタルの力を活用して世の中を少しでもより良くしたい」というものです。

今はインドに住んでいますが、この国では停電は頻繁に起きますし、物乞いをする子どもも目にします。日本では考えられないような光景がたくさん広がっています。このインドを良くしたいという気持ちは、自分事として強く持っています。

インドのように物質的な豊かさに満たされていない国だけでなく、精神的な豊かさが不足する国もあります。今の自分のミッションに区切りがつき、日本に戻ったとしても、あるいは他国に赴任することになったりしても、その国の課題や困りごとをデジタルとモノづくりの力を通じて解決していきたいと思います。どこにいたとしても、グローバルな視点を持ちながら、仕事をしていきたいと考えています。

村尾:元家さんのご活躍をこれからも応援しています。本日は貴重なお話ありがとうございました。

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