イカゲームが描く「圧縮された近代」の歪みと痛み~「イカゲーム」世界的ヒットの考察:第2回

ネットフリックスの韓国ドラマ「イカゲーム」が話題です。9月17日の放映開始後28日間で1億1,100万世帯が視聴し、94か国で視聴ランキングの首位を獲得。ネットフリックスでは過去最大のヒット作となりました。本稿では、その理由を探ります。1回目では、日本発のデスゲーム系コンテンツとの比較を行い、主な違いについて分析しました。2回目では、イカゲームのドラマの構造を分析し、国を超えて広く共感を呼んだ理由について探ります。

幼馴染の2人のキャラクターが持つ意味

イカゲームで徹底されているのが「頼れるのは自分だけ」と「人への情けは命取り」です。デスゲームなので参加者は全員がライバルなので、当然と言えば当然です。

それを最も理解しているのが、主人公ギフンの幼馴染のサンウです。サンウはソウル大学の経営学科に首席入学した秀才という設定です。彼は証券会社の投資チーム長として活躍していましたが、顧客から横領した金で先物取引などに失敗し、今や警察に追われる身です。彼は、自分が生き残ることに関係のない行動は一切しません。

一方、主人公のギフンは情に流されやすい人物です。彼はゲーム中も他の参加者を助けようとするなど、冷徹になりきることができません。また、サンウと違って、エリートではありません。今は運転代行の仕事をしていますが、借金取りに追われています。

この2人の対照的なキャラクターには、現代の韓国が経験した「圧縮された近代」の歪みと痛みが表現されています。

圧縮された近代とは何か

「圧縮された近代(compressed modernity)」とは、ソウル大学教授で人口社会学者のチャン・キョンスプ(張慶燮)が韓国の独特な近代性を説明するために導入した概念です。チャン(1999,2010)は、圧縮した近代について、次のように説明しています*1

  • 「そこでは経済的、政治的、社会的、文化的な変動が、時間、空間双方に沿って著しく圧縮された仕方で起こる。そして、お互いに共通点のない歴史的、社会的諸要素がダイナミックに共存することにより、きわめて複雑で流動的な社会システムが構築かつ再構築される。」
  • 「韓国は前例がないほど短い期間のうちに、資本主義的な産業化と経済成長、都市化、プロレタリア化(小作農が産業労働者へと変容すること)、そして民主化の大幅な進展を経験してきた。また他方で韓国の個人的・社会的・政治的生活の多くの側面には、いまだ明らかに伝統的かつ/または土着的な特徴が見受けられる。」

韓国は1961年の軍事政権の成立以降、「漢江の奇跡」と呼ばれた経済成長によって、急速に資本主義的な産業化を遂げました。87年には民主化し、96年にはOECDに加盟します。これで世界の一流国の仲間入りかと思った矢先、97年11月に国家破綻の危機に直面します。通称「IMF危機」です。政府は国際通貨基金(IMF)に緊急融資を申請し、国家破綻は免れました。しかし、IMFが課した条件は厳しく、韓国の経済システムは大きく変わりました。こうした変化がイカゲームの背景にあります。

IMF危機で経済システムが一変

IMF危機の直後、総合金融会社と呼ばれるノンバンクのうち9社が即営業停止となり、翌年末までに16社が閉鎖されました*2。これにより、中小・零細企業だけでなく財閥などの大企業も相次いで倒産し、大量の失業者が出ました。

ノンバンクの閉鎖が連鎖倒産につながった理由は、政府が90年代に財閥のノンバンク所有を認めたことで、総合金融会社を通じた安易な資金調達が横行するようになったからです。財閥は社債やCP(コマーシャルペーパー)の発行による資金調達を積極的に行っていましたが、こうした証券の大部分は総合金融会社が購入していました。加えて「政経癒着」を背景に、銀行による財閥向けの安易な融資が行われていました。その結果、上位30財閥の負債比率は98年4月時点で519%に達しており*3(一般的に、負債比率が101〜300%ならば問題ない)、財閥は放漫経営になっていました。

こうした放漫経営の背後にあったのが、所有と経営の未分離(財閥一族が経営者であり、かつ系列会社を通じて株式を保有)によるガバナンスの欠如と、先に触れた「政経癒着」の慣習でした。政経癒着や財閥オーナー家による専横的な経営手法は、今でも韓流ドラマで取り上げられることが多いテーマです。

第一の近代・第二の近代という概念

韓国ではIMF危機を境に、その救済措置を通じて「新自由主義的グローバリゼーション」が一気に侵入してきました。IMF危機前までの近代化を「第一の近代」とするならば、危機後の近代化は「第二の近代」に位置づけられます。第一の近代・第二の近代とは、ドイツの社会学者ウルリッヒ・ベックが提唱した概念です*4。西欧社会において、第一の近代化は19世紀以降、第二の近代化は1989年の「ベルリンの壁の崩壊」以降です。同じ近代化ですが、質的に大きく異なります。

ベックによると、第一の近代は「(生産された)富を分配する社会」であるのに対して、第二の近代は「(認知された) リスクを分配する社会」です。第一の近代では、人々は階級などの伝統から解放され、個人の自由が拡大しました。そして、家族、職業、地域、国民国家が個人のセーフティーネットになっていました。

第二の近代では、グローバル化の拡大に伴い国民国家が弱体化し、個人化の進行によって家族も崩壊し、個人のリスクが増大しました。多くの先進国では、国家財政の危機により福祉国家が維持できなくなり、完全雇用も不可能になっています。韓国はIMF危機によって、第一に近代が完成しないうちに「第二の近代」に進まざるを得なくなりました。イカゲームはこれによって生じた負の側面を描いています。

第一の近代から第二の近代への移行を特徴づけるのは、マクロレベルにおける「グローバル化の拡大」とミクロレベルにおける「個人化の進行」です。グローバル化とは社会の変動が国家を超えて地球規模で起こることです。この2つについて、イカゲームで描かれた描写を交えて説明します。

グローバル化の拡大とイカゲームの描写

韓国はIMF危機の後、外国資本に対して開放しました。IMFは資本自由化と貿易自由化を借款の条件として提示し、外国人の株式投資限度が拡大されました。現在では、中央銀行、行政関連、エネルギー関連、放送関連などの業種を除き、多くの産業で外国人の投資上限が緩和・撤廃されています。特に都市銀行は外国資本の占有率が高く、2000年代の一時期はほぼ外国資本に支配されている状態でした。現在も外国人出資比率が50%を超える都市銀行が多く、純国内資本の銀行は1行のみです*5

イカゲームではドラマの終盤に「VIP」客が島に訪れ、VIPルームからデスゲームを見物します。全員が仮面を被っているので、顔はわかりません。VIP同士は流ちょうな英語で会話をしているので、西欧人が中心のようです。中には韓国人も混じっています。

IMF危機以後、大企業や大銀行のオーナー(経営者と違って、顔が見えない)の多くが、外国人(アメリカ人と西欧人)とその仲間の韓国人(英語を流ちょうに話す)であることを比喩的に表現しているように見えます。

前出のチャン・キョンスプは、韓国の現状について次のように述べています。

「韓国政府も産業界も、完全に開かれたグローバル経済を提唱しており、それが韓国がグローバルな(経済的)リーダーシップの獲得に向けて歩み続ける支柱となっている。しかし他方で、政治的およびテクノクラート的能力によって、悪意を持って暴利をむさぼろうとするグローバル資本主義をかわせると信じる韓国人はほとんどいない」(チャン2010)

VIPたちは参加者にとって、姿の見えない敵です。しかし、全ての参加者にそれは見えません。だから、敵の存在は知られていません。参加者に見えているのは、ゲームを主宰している運営者です。主催者は参加者にとって敵ではなく、あくまでゲームを開催してVIPをもてなす役割です。VIPを欧米の資本家とすると、ゲームの主催者は韓国の官僚機構にあたります。下級官僚はルールに従って命令を実行するだけで、自由に振る舞うことができません。トップの高級官僚だけがゲームの構造を知っています。

ドラマではある警察官がデスゲームの存在とそれをVIPが見物していることを突き止めます。彼は行方不明の兄を追って、捜査のために島にやってきました。しかし、主催者に阻まれ目的を完遂できません。彼の役回りは愛国的な警察や検察(ごく少数)の比喩でしょう。突き止めようとしたところで、結局、デスゲームの真実は闇に葬られるからです。

ここまでは「第二の近代」を特徴づける「グローバル化の拡大」について説明してきました。次回はミクロレベルにおける「個人化の進行」について、イカゲームの内容を交えて説明します。

<参考>
*1 「親密圏と公共圏の再編成」アジア近代からの問い 落合恵美子編 第1章「個人主義なき個人化」チャン・ギョンスプ  京都大学学術研究会
*2 「通貨危機以降の韓国における構造改革(韓国経済構造調整シリーズ No.2)」高龍秀 甲南大学経済学部
*3 「特集:アジア通貨危機を超えて――金融・企業セクターの改革 韓国における金融・企業セクターの改革 韓国財閥の生き残り戦略」高龍秀
*4 『再帰的近代化』 1997 W・ベック、A・ギデンズ、S・ラッシュ (著) 而立書房
*5 「資本自由化による韓国銀行産業への影響」崔聖愛 桃山学院大学経済経営論集 第56巻第4号

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