ネットフリックスの韓国ドラマ「イカゲーム」が話題です。9月17日の放映開始後28日間で1億1,100万世帯が視聴し、94か国で視聴ランキングの首位を獲得*1。ネットフリックスでは過去最大のヒット作となりました。
ドラマが描くのは、参加者456人が命を懸けて参加する「デスゲーム」です。最後まで勝ち残った参加者は大金を得られますが、途中で負ければ死ぬ以外の選択肢がありません。賞金総額はゲームの敗者(死者)が増えるほど積みあがります。勝ち残った人数が少ない方が多くの賞金を得られるので、参加者同士が殺し合う場面もあります。残虐なシーンが多く、地上波のドラマでは放映できない内容です。
イカゲームとは〜デスゲームの元ネタは日本の作品か
イカゲームに似た内容のドラマに、日本の「賭博黙示録カイジ」(原作は1996年〜)と「神さまの言うとおり」(原作は2011年〜)があります。両作品とも映画化された人気マンガが原作です。ドラマの設定にはイカゲームとの類似点が多く、この2作品はイカゲームの「元ネタ」になっていると考えていいでしょう。
「カイジ」との主な類似点は、主人公が自ら志願してデスゲームに参加していること、会場が人里から離れた場所(船)であることです。「神様の言うとおり」との類似点は、デスゲームの内容(「だるまさんが転んだ」などの子どもの遊び)、主催者が誰か分からないこと、バトルロワイヤル(参加者同士が殺し合う)の要素が含まれていることです。
では、イカゲームと「カイジ」や「神さまの言うとおり」の違いは何でしょうか。なぜ日本の2作品よりも後発のイカゲームが世界的なヒットになったのでしょうか。
もちろん、ネットフリックスの豊富な資金力と2億人を超える有料会員数も、大きな違いです。しかし、それだけではありません。よく観察すると、作品の内容に大きな違いがあります。それは「主人公への心情移入のしにくさ」とその背後にある「倒すべき敵の分からなさ」です。
私の周りには「話題だから観たけど、大して面白くなかった」という感想を持つ人が少なくありません。それはこの点が主な理由だと思います。心情移入のしやすさ、はヒットの定石です。日本の作品だけでなく、世界的にヒットしたバトルロワイヤル映画「ハンガーゲーム」(2012)も、この定石を押さえています。つまり、イカゲームはデスゲーム系作品におけるヒットの定石を押さえていないということです。その一方で、私はそれこそが世界的ヒットにつながった理由だと考えています。
倒すべき敵が分からないという気持ち悪さ
映画版の「カイジ」と「神さまの言うとおり」では、主人公は二枚目の人気俳優が務めていることもあり、読者や観客は主人公に心情移入しやすく、手に汗握りながらスリルと恐怖を楽しむことができます。一方、イカゲームの主人公は借金を抱えた冴えない中年男性であり、他の登場人物も反社会的組織の構成員や、不正に手を染めた元エリート会社員、脱北者のスリなど、クセのある人物ばかりです。
それ以上に心情移入しにくいのが、イカゲームでは倒すべき敵が分からないことです。「カイジ」の場合は、ゲームの主催者である悪徳金融業者が倒すべき敵であり、主人公はその組織のトップを倒すことを目標にしています。「神さまの言うとおり」の場合、参加者は強制的にデスゲームに参加させられているので、ゲームの主催者が共通の敵になります(ただし、正体は分からない)。しかし、イカゲームは違います。参加者たちは生きて帰ることがほぼ不可能であることを知りながら、自ら志願してゲームに参加しています。「カイジ」のように、主催者を倒すことを目標にしている参加者はいません。つまり、参加者にとって倒すべき共通の敵がどこにもいません。
主人公への心情移入が難しいので、視聴者は自分がどの位置にいるのか分からなくなります。ゲームの参加者側でなければ、管理者側でもなく、一歩引いて見物をしている感じです。この気持ち悪さは、他の作品にはありません。
作品と社会とのかかわり方の違い
イカゲームに不在の「倒すべき共通の敵」は、むしろ不在であることによって、視聴者に強く意識されます。最大の敵は、主人公が抱えている失業と貧困です。しかし、それだけではありません。ゲームの参加者は、現代の韓国社会で自分の居場所を失っている人ばかりで、彼らにはそれぞれの敵がいます。差別と貧困、老人の孤独、家庭内暴力、厳しい競争社会などです。
これらを束ねてしまうと、その輪郭はぼんやりします。そのため、共通の敵として設定するのは難しいです。あえて表現するなら「社会」ということになります。そのため、イカゲームでは共通の敵を明示せず、主催者や闇の権力者にその役割を担わせることなく、「不在」という形で表現したのでしょう。
つまり、イカゲームは「デスゲームという表現」を用いて、現代の韓国社会が抱える歪みを描いた作品だということです。それに対して、先行する日本のデスゲーム系作品には、それが見えてきません。これは作品の優劣ではなく、作品と社会とのかかわり方の違いが反映されているのだと思います。もちろん、日本にこうした作品が無いわけではありません。カンヌ映画祭でパルムドールを受賞した「万引き家族」は、現代の日本社会が抱える問題を取り上げた作品です。しかし、日本のドラマや映画のコンテンツの傾向として、こうしたタイプの作品は多くありません。
韓流ドラマが世界で受けている理由はアイディアが斬新なのではなく、こうしたアイディアを「社会の問題を描くための手段」として用いているためです。日本の作家論や明治以降のメディア論で有名な猪瀬直樹氏は、同時期にネットフリックスで放映された「今際の国のアリス」(日本制作)と比較して、イカゲームは「公の時間(社会問題や世界史的な時の流れ)」につながるテーマを扱っているが、今際の国のアリスは「アイディアは斬新なものの、公の時間につながる契機がない」と指摘しています*2。
しかし、ここで新たな疑問がわいてきます。なぜ、現代の韓国でこうしたドラマが多く生まれるのでしょうか。日本と何が違うのでしょうか。キーワードは韓国の「圧縮された近代」です。
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