2021年9月24日にコーン・フェリー/グロービス共催コーポレートガバナンス・サミット「企業のガバナンス体制をいかに構築するか」が行われた。前半の柴田氏と根岸氏の講演を受け、後半では、多くの大手・外資系企業で社外取締役を務める岡俊子氏と平手晴彦氏を迎え、西氏のモデレートで日本企業が取り入れるべきガバナンス体制の要諦などについて、ディスカッションが行われた。(全2回、後編)前編はこちら 動画はこちら
ガバナンスの高度化に必要不可欠なこととは
西:まず、みなさんにお聞きします。ガバナンスを機能させるために何が重要ですか。
岡:私は「経営陣のスタンス」だと思います。会社が社外取締役にどういった姿勢で接するかという点です。
今回のコーポレートガバナンス・コードの改訂で、社外取締役のスキル・マトリックスに経営経験が求められるようになりました。また他社での経営経験を有する経営人材を社外取締役に入れることを求めています。
日本は、これまで終身雇用でしたから、経営経験が1社だけで、モニタリングボードは未経験、といった社外取締役も多いわけです。そうなると、執行力の弱い企業ほど「執行と監督」を分離できずに、取締役会が混乱をきたしてしまう可能性があります。この課題を解決するためには、経営陣で自社のボードの方向性を議論して、固めておく必要があります。
平手:私も「経営陣のスタンス」が鍵になると思います。まだまだ日本企業は、監督する側と、執行する側が重複しており、社内組織の責任レベルの延長線上に取締役のポストがあるように思います。執行と監督を分離する重要性を、若い社員も含めてしっかりと教育していくことが大切です。
西:日本では、「所有と経営」が一体化している企業が多く、「所有と経営」や「監督と執行」を分離していくことが、今後ビッグイシューになってくると思います。そこで、私からも質問なのですが、監督することが不正の抑制機能として大きな役割を担っていると思いますが、企業のパフォーマンスを向上させるという点では、いかがでしょうか。
平手:昨年の6月まで、私がコーポレート・オフィサーを務めていた武田薬品工業では、2019年に6兆2000億円でアイルランドの製薬大手シャイアーを買収しました。この案件が非常に好事例だと思います。
この買収の計画段階では、取締役会でも非常に活発な意見が交わされました。もし執行側と取締役側が未分化の状態でこの案件を進めていたら、おそらく株主総会での厳しい質問に対して適切な説明を行えるまでの議論は尽くせなかったと思います。そのくらい、あらゆる方面からこの買収の妥当性を検討し尽くしました。
西:執行と監督が分離しているからこそ、正しい方向で戦略的な議論ができ、企業としても最大限のパフォーマンスを発揮できたということですね。
根岸:私は、経営者がどれだけ今の経営に危機感を持っているかだと思います。経営者は説明責任を必ず求められます。この説明責任は極めて重大で、何かリスクが起こったときの真意にもなります。
それともう1つ大事なのは、主役は取締役でも執行役員でもなく、あくまで経営者だということです。経営者は「会社として将来こういうことを目指したい」という考えを持って、社外取締役の方々と議論を重ね、さまざまな刺激や気づきをもらわなければなりません。経営者はそれを忘れないでほしいですね。
柴田:根岸さんがおっしゃったように、私も経営者が取締役会の力をどれだけ信じられるか、ここに全てがかかっていると思います。さまざまな意見を聞くことによって、企業のガバナンスを高度化できる。それを腹の底から信じている経営者のいる企業が実現できますし、それが信じられない経営者の企業は形式だけで止まってしまいます。
「サクセッションプラン」や「報酬の妥当性」を進める上で、社外取締役に対してどんな準備をすればいいのか
西:ここからは、サミットにご参加のみなさんからの質問にお答えいただきたいと思います。サクセッションプラン(後継者育成)において、社外取締役にどういうふうに情報を提供し、議論できる場をつくっていけばいいでしょうか。
平手:海外の企業では、取締役会前日に執行役員候補者15〜20人ほどと社外取締役が直接対話できるレセプション(食事会)を行ったりしています。今はコロナ禍で実現できませんが、以前であれば、このような場をよく見かけました。また、気になる案件があれば執行役員をつかまえて、自由に意見交換できるので、社外取締役にとっても大きなメリットがあります。
根岸:明治安田生命においても、2018年にサクセッションプランを導入して次期トップを決めました。約2年間かけてショートリストから1人に絞り込んでいく時期には、社外取締役のみなさんにいろいろな方法で情報を共有していきました。例えば、候補者向けの勉強会をお願いしたり、候補者一人ひとりに対して社外取締役向けにボード会の議題の事前説明をさせたりして、対話やディスカッションができる場を意識してつくりました。
西:私はみなさんとは違った意見になりますが、企業の次世代経営者の育成をお手伝いしている立場から言わせていただくと、ここ2〜3年企業側の課題として痛感するのは、企業が従業員の経験やスキルに関する情報をストックしていないということです。
その人の「評価情報」はあっても、「経験や実績の情報」が可視化されていないので、他部門の人材についての議論ができず、サクセッションプランにおいては結果的に上長評価の高い人材が選ばれてしまいます。企業としては、人事部を中心にこうした情報を整備していく必要があるかもしれません。
岡:私も平手さんがおっしゃったように、次期経営者候補とは、会議室というよりは、食事会の場で直接接点を持つことが多かったと思います。もちろん、それは今後の競争環境の変化をとらまえて、その中で次期経営者に必要な要件を指名委員会でディスカッションした後ということです。食事会の場は、候補者一人ひとりの人間性などもじっくり理解できると思います。
西:次に執行役員の報酬の妥当性についてです。報酬委員会でアドバイスをもらうには、どういう準備を行えばいいでしょうか。
平手:コーン・フェリーさんのような第三者が分析したデータを多く活用されていたと思います。「この規模の企業で、この難度の仕事であれば、このくらいの報酬が妥当だろう」というのを外部のコンサルティングファームからの説明や情報提供をもとに、取締役会や報酬委員会で議論していました。
根岸:当社の場合、執行役員にはジョブ型を導入しています。役員の報酬については、外部企業からの情報をもとに同業界や競合企業の役員報酬などを参考にしました。また、従業員との報酬格差が生まれないように、原則3年ごとに執行役員や社外取締役の報酬の妥当性を必ず検証するようにしています。
西:最後の質問です。執行役員から社外取締役として活躍できるようになるためには、どういった能力開発が必要でしょうか。
平手:日本では部長クラスまでの研修は充実していますが、役員向けの研修は行っていない企業が大半だと思います。旧来の経営層は部長や本部長での実績に対する評価(ご褒美)としてポストを与えられ、1〜2期務めて交代するというケースが非常に多いです。それでは経営者としての実力が高まるはずはありません。
私がこれまで見てきた欧米企業のCXOたちはポジションが上がっても学び続けています。まず必要なのは「多岐にわたる研鑽を積むこと」です。それができれば、社外取締役に求められる能力は自明の理で分かってくるはずです。
岡:執行役員というのは、担当事業の延長線上で物事を考えがちです。それも大切な視点ではありますが、取締役になると、業界全体あるいは日本・世界全体の中で、自分(自社)がどのポジションにいるのかを常に意識して「鳥瞰する力」と、未来を起点に物事を考えられる「バックキャスティング」が求められると思います。この2つの能力を磨いていく必要があるでしょう。
西:最後にお一人ずつメッセージをいただけますか。
平手:今日ご参加のみなさんのなかには、既に社外取締役を始めていらっしゃる方、あるいはこれから社外取締役に就任しようという方がいらっしゃると思います。社外取締役は、その会社に雇用されるわけではありません。
最初は内部監査的な業務からスタートして、徐々に自分の経営経験を活かしてアドバイスを行っていきます。あくまで「監督者」という意識を常に持って、取り組んでいただきたいと思います。
岡:昨今M&Aがさらに増加しています。分社化して子会社となった会社とは異なり、外から買収した買収子会社は、親会社とはDNAが異なり、M&Aを失敗するケースが少なくありません。親会社として、子会社に対してガバナンスをうまく効かせられていないケースも少なくありません。親会社として子会社をどうガバナンスするのかは、コーポレートガバナンスを考える絶好のチャンスですので、本日の話をうまく活かしていって、グループ経営においても企業価値を向上させて頂ければと思います。
根岸:経営者候補の育成では、子会社の経営を任せたり、経済同友会や県人会の交流などの外部の経験をさせたりして、外からいろいろな刺激を与えるようにしています。今年から明治安田生命の取締役会長になり、こうした後押しを積極的に取り組んでいきたいと思います。今日はどうもありがとうございました。
柴田:ガバナンスの高度化には当然取締役の力量が上がっていかなければいけませんが、一気に上がるわけではないので、まずは経営者をどう育てていくのかが重要だと、みなさんのお話をお聞きして改めて認識しました。パネラーを含め今日ご参加のみなさん、どうもありがとうございました。