前回に続き、「ヒューマンキャピタル 2017」で開催された、日本CHO協会提供のオープンフォーラムの内容をお伝えします。介護不安を抱える社員に対して、上司や人事部は具体的にどんなアドバイスをして支えていけばよいのでしょうか?(全2回)
介護不安を抱える従業員に企業はどう向き合うのか[2]
林:続いて「仕事と介護を両立している部下を持つ管理職への教育」という課題について伺いたいと思います。介護に関する相談窓口という意味では、人事と同じぐらい上司の方も重要だと思います。部下の日々の動きを見ながら、場合によっては仕事の量を調整していったりするのも上司の方のお仕事になるわけですよね。また、上司の方の日頃のご発言や行動が、その部門の風土や文化をつくるという面もありますので、その意味でも非常に大きな役割を担っていると感じます。
また、介護をなさる当事者の方のボリュームゾーンは40代から50代。目下、企業で重要なポストに就いていらっしゃる方が多いと言えます。まさに、管理職自体が、介護の当人になる訳ですよね。さて、そうした管理職層に対する教育やトレーニングが重要だというのは分かってはいるものの、そこで具体的には何が肝になるのか。そのあたりも御三方に伺いたいと思います。「少なくともこれだけはマネージャーや管理職に教えて欲しい」というポイント等があれば。
宇佐美: 介護でもマネジメント層の役割は非常に大きいと思います。そこで当社の場合、1つには「イクボスを増やす」ということを推進しています。それで(NPO法人ファザーリング・ジャパンが展開する)「イクボス企業同盟」プロジェクトにも加盟していますし、社内でも定期的にイクボス養成講座やセミナーを開催しています。
そうした取り組みを通じてイクボスが業務で成果を出し、プライベートでも充実していることを見える化することがすごく重要ではないかと思っています。。そこで今年度は「イクボス宣言リレー」というのも考えています。まずは経営トップにイクボス宣言をしてもらって、それを身近なボスまでリレーでつなぎ、社内に発信していくことを検討しています。また、管理職自らが介護を行うようになった場合のサポートとして、イクボスのその上のイクボス、さらにはその上の大ボスが管理職層を支える。そんな風に段階を経たサポートができるのが理想形です。
それともう1つ。弊社では「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)フォーラム」という、管理職以上の層をターゲットとしたフォーラムも開催しています。ここではD&Iに関わるセミナーを中心に行っていますが、「ミレニアル世代の理解」や「Unconscious Bias(無意識の偏見)」に関するワークショップも開催しています。たとえば介護をしながら働く社員について、あまりコミュニケーションをとらないまま、「重要な仕事を任せられないのでは?」「時間制約があって出張できないのでは?」と思い込んでしまう上司がいます。でも実際は他の社員と同様に働ける場合もあります。上司自身、自分は大丈夫だと思っていたけれど、実はそうした思い込みや偏見を持っていたことに気づく研修です。そうしたワークショップなどの機会も通じ、D&I全般のなかで管理職層の介護に対する理解促進を進めています。
座間: 宇佐美様のお話にありました通り、本来は介護だから特別ということもないと思うんですね。たとえばご自身が病気であるとか、そうした問題と同じくマネージャーは等しく個人の状況を聞いていくべきで、その意味でコミュニケーションが重要なのだと思います。
あえて介護に特化している取り組みでいうと、弊社では新任マネージャー研修で介護に関するグループディスカッションをしてもらっています。そこで、たとえば「最近、席を外すことが増えていたり元気が無さそうなメンバーがいる」と。それを自ら気づくのでなく、周囲から「あの人、どうも親御さんの具合が悪いらしいです」と聞いたようなときに、上司がどう行動すべきか。そういったケースで議論をしてもらっています。
すると、上司は意外と本人に話を聞かず、最初に話を教えてくれた人にいろいろ詳しく聞こうとしたりするんですね。あるいは、「それは大変だからラクな仕事にしてあげよう」とか、過剰な心配をしてしまったりする。一般論として、きちんとご本人と話をして状況を聞くことが大事なのは分かっているつもりなのに、介護の話になると急にそれができなくなってしまう。そんな状況があるようで、研修の意義を感じています。
また、マネージャー全員に対してダイバーシティマネジメントの研修等も行っています。そこで、たとえば介護をしている社員だって仕事への誇り、やりがいを持っています。なのに、そこで「無理しないでもっとラクにしていいんだよ」なんて言ってしまうと、逆にその人のやる気を削いでしまうことにもなりかねない。そんなことも伝えつつ、徐々にマネージャーとしてのあるべき姿を感じてもらっています。そのうえで、「皆さんだってそういう状況になることはありますよね。そのとき、どうしますか?」なんていう話をして、いろいろなこと感じてもらえるようにしています。
継枝: 管理職以上の方を対象にした研修やグループディスカッションでお伝えすべき大事なことの1つは「傾聴」だと思います。きちんと向き合って、相手の話に傾けること。これが、従業員による仕事と介護の両立を支援するため、マネージャー以上の方々に持っていただきたい視点です。
たとえば上司と部下の関係ですと、仕事であれば通常は上司のほうが経験値が豊富なため、上司が指導するといった構図になります。けれども介護となると、上司には介護経験がなく部下はあるという関係もあるわけですね。特に最近は、たとえば上司が30代で部下が50代といったケースもあると思います。では、50代の部下が介護について30代の上司に相談をするのか。現実にはなかなかできないと思います。ただ、それでも耳を傾けて、話を聞く姿勢で接していただくということが大事だと思います。
そこで、「介護についてはなかなか話ができないから」ということで思わず無視をするような形になってしまったり、あるいは実施に介護していたのは妻なのに自分も乗り越えた気分になってしまって、「自分は乗り越えた。だから君も乗り越えられる筈だよ」なんて言ってしまうとどうなるか。「あ、この人に相談しても無理だな。会社に伝えても無理だな」と思われて、結果として介護離職を選んでしまうケースもあると思います。だからこそ、ぜひ傾聴を大事にしていただきたいと思います。実は厚生労働省のほうでも「介護休業を取得する前に、まず面談を行いましょう」ということを推奨しています。この面談が傾聴にあたるのではないかなと思います。
そうしたことを踏まえたうえで、具体的にマネージャーには何をどのような順番で行ってもらえばいいかというと、4つの段階があると考えています。最初の段階では、傾聴し、事実を受け入れる。そして2段階目では事実を受け入れたのち、介護の専門機関、地域包括支援センターを紹介して、そちらを訪れてもらうよう促す。
そうして3段階目では、その従業員が地域包括支援センターのケアマネジャーに働き方を含めて相談し、バランスの取れたケアプランをつくってもらうということになります。そうして、そのケアプランを会社の人事や上司に見せたうえで、プランに則って「じゃあ、働き方はどうしようか」という話し合いを行う。この4つの段階を、マネージャー以上の方々には実践していただけると良いのではないかなと思います。
社内機関と外部機関をどう役割分担するか?
林: 介護に関しては人事や上司に加え、社外の支援機関も相談窓口として活用すると良いのではないかなと思っています。そうした外部機関はどのような観点で選べば良いでしょうか。また、社内で対応できることと社外にお任せすることはどのように分けるべきかでしょうか。併せて、継枝さんには社外のプロフェッショナルとして、企業がどのように外部機関を活用していくべきかという視点でのアドバイスをいただけたらと思います。
座間: 継枝様からお話がありましたように、やはり介護の中心は地域包括センターになると思います。しかも、介護する人でなく介護される方の地元にあるセンターになりますから、基本的に会社の中だけで完結することはあり得ません。ただ、会社にずっと勤めていらっしゃる方のなかには、「何か困ったら会社に相談すればなんとかなるかな」という風に誤解している方がいらっしゃるかもしれません。なので、まずは自分から外に相談しに行くということを伝えておく必要はあると思います。
それともう1つ。介護の制度や保険の制度はすごく複雑で、改定もされるので、会社がそのすべてを把握しておくのは難しいと思います。通常はまず地域包括センターを紹介しますが、「社内制度の使い方が知りたい」というお話なら会社が対応すべきことです。また「プライベートで会社には言いたくない」というお話なら社外支援窓口への相談を促すこともあります。「そうしたガイドを社内で適切に行いましょう」と言っています。いずれにせよ、やはり外部の支援機関は必要不可欠だと思います。
それともう1つ、実は厚生労働省のWebサイトは情報が非常に豊富です。そうしたサイトを活用するのも1つの方法かな、と。各種リソースを上手に使い分けることが大事だと思います。
宇佐美: 当社は社内と社外の窓口を設けていますが、それぞれにメリットがあると思います。社内窓口のメリットは会社の制度を熟知している人間が対応することです。申請方法の案内から「どんな制度が利用できるのか」「あなたに合った制度はこちらです」といったアドバイスが行えます。一方、たとえば「まだ社内では知られたくない」「詳細な専門的知識を得たい」といった方には社外の窓口が適していると思います。介護制度は非常に複雑ですし、会社の制度もそれぞれですので、相談窓口もセカンドオピニオン的に使い分ける方が多いのかなと感じています。
当社では、介護相談会やセミナーに継枝さんに来ていただいています。介護については豊富な経験と知識が必要ですので、専門の講師にお願いしたいと考えました。いくつかのセミナーに参加したうえで、当社の雰囲気に合うかどうかで選ばせていただきました。また、当社の介護セミナーは、自由参加にしていますが、実際に参加者を募集してみると、参加メンバーの年代や一般職と管理職の比率が、予想と違うことも多いことにも気が付きました。参加者からも聞きたい内容を事前に聞き、参加メンバーの希望に合わせてお話をしていただくというやり方に変えています。講師の方と、「どういったことをお話しするか」というカスタマイズがすごく重要になるので、そのあたりを柔軟に対応してくださるかどうか、という視点も必要だと思います。
継枝: 介護は重くて大変なテーマなので、ときには従業員が鬱状態になったり、寝不足が続いて理性を失ってしまう場合もあると思います。そういうものまですべて会社が受け止めてしまうと、それこそ共倒れになってしまいますので、やはり具体的な介護の相談は外部の専門家に任せるのがベストだと思います。
そこで私がご紹介しているのは、無料の、公の相談窓口です。まずは先ほどからお話に出ている地域包括支援センター。これは全国に4600ヶ所以上あって、従業員、あるいは従業員のご両親がお住いになる地域を担当する包括支援センターが必ずあります。住所に続いて「地域包括支援センター」と入力して検索していただければ、「しあわせ地域包括支援センター」ですとか「すこやか地域包括支援センター」といったものが出てきます。ぜひそちらを活用いただきたいと思います。保健師又は経験のある看護師、あるいは主任ケアマネジャーが、介護全般について相談に乗ってくれます。
それともう1つ。最近はアンケートでも「認知症について学びたい」といった声をよく聞くようになりました。こちらについては全国に「認知症サポーターキャラバン」という団体があって、無料で認知症について学ぶ講習を受けることもできます。会社で何人かメンバーを集めれば、講師の方をお呼びして認知症セミナーを開いていただくこともできますので、ぜひホームページ等ご覧いただき、活用していただければと思います。
そして3つ目は、パソナが厚生労働省から受託している事業でもある 「育児プランナー」「介護プランナー」の派遣。こちらも無料ですので、興味がある方はぜひ調べてください。それでも足りない場合は当社サービスをご利用いただければと思いますが、いずれにせよ、大切なのは無料の専門機関をフル活用することだと考えています。
林: 最後に一言ずつ、今後本格的に増える可能性のある介護離職を防ぐため、社員の方々のため、いろいろなことを考えていきたいという企業の皆様に何かメッセージをいただければと思います。
座間: 会社の仕事であれば、一般的には努力をすればある程度の成果が出るということが多い訳ですが、介護の場合、「頑張ったから最後は良い方向に進むか」というと、なかなかそうならないこともあります。また、介護の最期というのは、つまりは大切な方とお別れをしなければいけないという意味でもあります。ですから、むしろ介護と仕事を両立させて仕事でもやりがいと持つ形にしたことで、心のバランスが取れるようになったという話を聞いたことがあります。そんな風にしてどのように仕事と介護を両立するということが大事になっていくと思っています。
そして、会社としても経験豊富な社員の方が会社に貢献し続けてくれるというのは非常に大事なことですから、やはりWIN-WINの関係となるよう、互いに努力していくことが重要なのだと思います。いずれにしても、いろいろやってみて気がつくことは、やはり親が元気なうちにいろいろ準備をしておくことが大切だということです。その意味で、家族がお元気なうちに、コミュニケーションを見直したり、仕事を見える化していざというときのために自分の仕事を整理しておく。これは「誰が」という話でなく、皆様も私も今からできることかなと思います。そんな風にして皆様と一緒に取り組むことで社会が変わってくるといいなと期待しております。
宇佐美: 介護をしている当事者のことは、上司だけでなく職場全体で支えていくことが重要になると思います。ですので「若い世代は関係ない」ではなく、新入社員のときから介護に関わる知識は持っていただきたいなという風に思います。
また、介護についてはとにかく継続的な取り組みが必要だと感じています。実態把握、介護知識の理解促進、相談体制強化、両立支援制度など、啓蒙活動と風土醸成を継続的に行うこと。また、「継続的に」というのはもう1つの意味があります。介護に入った当初は職場から手厚い支援やサポートをしてもらえるけれども、「それが長期に渡ると、職場で『なぜ、あの人は定期的に休んでいるのだろう』という感じになって、あまりサポートしてもらえなくなる」と以前、そういうことを言われたことがあります。介護期間は平均4~5年、長い方は10年とも言われています。継続的な啓蒙活動と併せて、介護中社員のサポートも継続的にやっていくという考え方が大切だと思います。
継枝: やはり働く方と会社でWIN-WIN関係を築けることが大事なのだと思います。そのためには、まずきちんと情報収集したうえで介護保険の制度をフル活用すること。また、フル活用するためには行動を起こさなくてはいけないので、そこで働き方について相談に乗ってあげて、「じゃあ、この日に(地域包括支援センター等に)行ってみてはどう?」という風にしていただきたいと思います。情報収集と行動の2つをぜひセットで行っていただき、それを通じて、大切な従業員の方々に仕事と介護と両立していただきたいと思います。
林: では、時間になりましたのでパネルを終了したいと思います。御三方に大きな拍手をお願い致します。どうもありがとうございました(会場拍手)。