ビクターとケンウッドの経営統合が正式発表された。寡占化に向かう家電・AV業界で、苦境に立つ2社の統合。だが、具体的な戦略は見えてこない。両社が主張する「統合によるシナジー」は本当に発揮されるのか。グロービス経営大学院客員教授・田崎正巳が考察する。
昨年から幾度も報道されてきた両社の経営統合がようやく正式な発表となりました。それにしてもこの統合、全然ワクワクしないというか、戦略性が見えない珍しい統合だなと思いました。あえていえば、統合のための統合、大手やファンドに吸収されないための統合なのかなと思いました。
苦境に立つかつての“名門”
ビクターはご存じの通りの名門企業で、世界で初めてブラウン管テレビを開発し「イ」の字を映し出した会社として有名です。私の世代には、それよりは「VHS対ベータ戦争」で勝利したビデオメーカーのイメージの方が残っているかもしれません。これらでわかるとおり、開発力を有するAV業界の名門企業でした。
かつてこの会社が苦境に陥った時に、松下幸之助が救いの手を差し伸べたことは有名です。金は出すが口は出さない、「自主独立路線」を認めました。松下電器の歴代経営者はそれゆえに、過半の株式を持ちながらも、ビクターをコントロールすることはほとんど不可能でした。
昨今デジタル分野での大競争時代に突入し、松下は、ビクターをグループ内で再建する道をあきらめ、グループ外に出すことを決定したのでした。その後、アジア企業、大手プライベート・エクイティ(以下PE)ファンドなどいろいろと提携候補が色々と取りざたされてきましたが、結局はケンウッドに落ち着いたというわけです。
このケンウッドも、実はまだ再建中の会社です。私の世代には旧ブランド、社名である「トリオ」と言った方が覚えている人も多いでしょう。「トリオ」「山水」「パイオニア」といえば、高級音響機器の名門メーカー(御三家)として世界的にもブランドはかなり浸透していたようです。
この他にも「アカイ」「ナカミチ」もありました。高度成長期の日本は、音響に関しては大衆ブランドも高級ブランドも有していたのです。もちろん、これらの専業メーカー以外にも「ビクター」「ダイヤトーン(三菱)」「テクニクス(松下電器)」など総合メーカーも音響には力を入れていました。
このケンウッド、今はどうなっているのかというと、「トリオ」のイメージとは程遠い安価なオーディオコンポとカーオーディオが主力の会社です。赤字で苦境に陥っていたところを投資ファンドのスパークス・グループが出資し、経営者を替え、ようやく黒字転換をしつつあるというところです。
でも、株価がここ1カ月ほどは110円から130円程度ですから、とても「再建終了」で「順調」とは言えないようです。むしろ、業績の下方修正などで苦慮しているようにも思われます。
統合で生まれる“シナジー”って一体?
今回の統合は、ケンウッドがビクターを救うというか、買収したように報道されています。実際、ビクターの増資をケンウッドとスパークスが引き受けて、大株主になるようです。ですが、企業規模からいいますと、ケンウッドは1600億円程度の売り上げで、経常利益が30-40億円くらい。
一方、ビクターは赤字ですが、売上はケンウッドの4倍くらいあります。ですから、いわゆる「小が大を飲む」買収となっています。
ブランド的にも、欧米で非常に評価の高いイメージがある「JVC」と、かつて音響機器の名門として名をはせた「トリオ」から様変わりして、注力領域がカーオーディオになってしまった「ケンウッド」とでは格段の差があるように見えます。とはいえ、ブランドイメージだけでは利益が出ないというのが、ビクターの悩みでもあるわけです。
で、今後です。一体、何をするのでしょうか?ビクターの強みは言うまでもなく、テレビを中心とした映像系でしょう。でも、今回の提携前に、国内の家庭用テレビから撤退すると発表されました。欧米では、イギリスの工場を閉鎖し、なんとあの船井電機と液晶テレビをOEM相互供給するようです。
うーん、これで本当に「高級品」として大丈夫なんでしょうか?液晶テレビは、ソニーが「2008年度販売台数2000万台やるぞ」といい、シャープも1000万台を予定しているようですが、ビクターは国内撤退で生産規模はわずか70万台程度になってしまいます。いくら高級路線でも、勝負あったと言わざるを得ません。ビクターは、今後どの製品を中心に据えるのでしょうか?
アナログ時代には、専業メーカーやニッチメーカーが生きられる市場はちゃんとありました。「通」向けの微妙な音で勝負できた時代ともいえます。ですが、デジタル時代になると開発費が膨大になり、小規模生産ではとてもコストが回収できなくなってしまいました。
しかも、今後は他の機器とのネットワーク化が進みます。ネットワークというと聞こえがいいですが、要するに囲い込みです。例えばソニーは、「テレビとデジカメを簡単につなげますよ。パソコンとの相性もいいですよ」。暗に、「メモリースティックを使ってね。ソニー製品で揃えてね」と言っています。
松下もパナソニックと名前を変え、これを機にあらゆる家電をネットワーク化しようとしています。その中心にあるのがテレビなのです。2強がこうやってデジタルテレビを使いながら囲い込みをしてくると、専業メーカーは一層辛くなります。
いくらいいビデオカメラでも、やっぱりリビングに置いてあるテレビや編集などに必須なパソコンと便利につながっているものには敵わなくなってくるのではないでしょうか?
こうなると、この2社の統合で何が生まれるのかよくわかりません。今回の統合報道を見ても「両社の強みを持ちよって、シナジーを追求する」など、お決まりの文句以外には具体性もありません。恐らくケンウッドにとっての最大の魅力はテレビなどの映像製品だと思うのですが、それがないとなるとどうなるのでしょうか?
画期的な新製品を出せるかが
私は、両社が取りうる戦略オプションの消去法によって、統合という解決策で一致したのではないかと思います。
まずはビクター。これはもう、松下電器から三行半を突き付けられ、PEファンドや外資などを紹介されたときから、「そんなとこに売られたら、みんな首になる」とでも思ったかどうかはわかりませんが、自分たちのアイデンティティの危機を感じたことだと思います。
何度も松下側の提案を拒否はしたものの、いつまでも「自主独立」とばかり言ってられなくなり、最終的には「日本の会社」でしかも「メーカー」であればどこでもOKという状況になったのではないでしょうか?シナジーとか戦略などは二の次なのは明らかです。経営陣を始めとした関係者が、「なるべくみんなが痛みを感じなくて済む会社がベスト」だと考えたのでしょう。
ケンウッドはどうか。株価が示すように、市場からはほとんど評価されていません。スパークスという外部資本も入っていることもあり、なんとか手を打たねばなりません。でも、選択と集中はもう終えてしまったので、今後の短期的な企業価値上昇は望めなかったのでしょう。
こういう時、欧米のPEでは一番多くあるパターンですが、「フラグメンテッド市場(大きなシェアを持つ企業がなく、多くの会社がひきめしあう)で、似たような会社を買い集め統合させる」という戦略、または「ニッチな(すきま)市場で優位な会社を買い集め統合させる」という戦略のいずれかを取ります。
日本では「買い集める」というのはたやすいことではないですが、とにかく売上規模を4倍にできるならやるしかない、他に選択肢はない、と思ったことでしょう。
ちなみに、今回の統合は、ここでいう戦略のどちらにも当てはまりません。前者は「フラグメッテッドな市場」が前提ですが、今の家電業界はデジタル化で明らかに寡占に向かっています。後者は「ニッチ市場でのトップメーカーですが、ビクターは全くその定義には当てはまりません。
でも、定義や戦略なんてどうでもいいのです。ビクターにとっては「まずは、外資ファンドに売られずにひと安心」ですし、ケンウッドにとっても「統合化に向けた第一歩」と投資家に言え、当面は時間が稼げるでしょうから。
ただ、当然ですが統合による効果とはリストラではなく、「画期的な新製品」が出てこないことには始まりません。ソニーがミノルタのカメラ部門を買収し、αシリーズをわずか4カ月後に発売しました。買収以前からの共同プロジェクトがあったとはいえ、やはりスピードは大切です。(ちなみに、ソニーのα100を日本発売後わずか2カ月後に中国の観光地で中国人が誇らしげに持っているのを何度も見ました。さすがはソニーと思いましたね。)
多分、今回の統合は今後の「中途半端なサイズの家電・AVメーカー、淘汰の最終章」の始まりではないかと思っています。統合効果があることを世に示せれば、まだ残っているメーカーもこの統合に参画するかもしれません。そのためにも、強い新製品が出てくることを望みます。