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WantとMustのマネジメント ―ブラザー工業から考えるWantの育て方

投稿日:2016/09/30更新日:2021/11/24

Mustに振り回される危険性

「やらなきゃいけないことが多すぎて、他に手が回らないんだよね・・・」

最近、周りにいるリーダーからこんな声をよく聞きます。言い換えるならば、「Must(やるべきこと)に追われる日々」。背景には、素早い環境変化に対応しなくてはならないという状況や、人手不足という状況があるのかもしれません。もちろん、やるべきことを確実にやり遂げることは何よりも重要です。しかし、多くの社員がこのようにやるべきことに追われ続ける状況は、経営を考えた際、あまり健全であるとは言えません。なぜならば、やるべきことばかりになると、自己コントロール感が薄れ、疲弊してくるからです。「やらなきゃいけないことは分かっているけど、もう気持ちがついていかない・・・」このように、慢性疲労を抱えた社員は、いざという時に気持ちを前に出すことができません。

そして、それ以上に本質的な課題は、「やるべきことばかりやり続けていると、好奇心が育たなくなる」、ということにあります。「社内から新規事業提案を募集してもちっとも力強いアイデアが出てこない」、という経営者の声をよく聞きますが、それは社員が「Want(やりたいこと)」に鈍感になってしまっているからです。いつもMustばかりに追われているので、Want、つまり本当に自分は何に燃えるのか、ということを考えることがなくなっているわけです。こういう人材が集まった集団に、「わくわくする新しい事業」を考え出し、「熱意を持って遂行しきる」、ということがどれだけ難しいのは理解できると思います。

そういう観点から言えば、「Must」は確実にこなしつつも、「Want」の要素を経営の日常に取り込んでいく、ということは、戦略上極めて重要になります。そして、その重要さは今まで以上に強調されてしかるべき、とも考えています。

では、そのMustとWantのバランスをどうとるべきか?今回はブラザー工業という企業を追いかけることで、ヒントを探ってみたいと思います。

ブラザー工業における新規事業創出の仕組み

同社は、多くの新規事業によってその企業の本質を環境変化とともに柔軟に変えてきた歴史を持ちます。ミシンに始まりタイプライター、FAX、プリンタと事業を変えつつ、通信カラオケや工作機械など多角化で成長を遂げています。小池社長が「戦える市場に戦える商品で挑む」と言うように、この会社の本質は、時代の変化を見極めた柔軟な事業開発力にある、といっても過言ではありません。では、同社の事業開発にはどのような仕組みがあるのでしょうか?

同社では、事業開発の担当者におおよその製品・サービスの範囲は指定しますが、それ以上のドメインやコンセプト設計については担当者に任せます。たとえば「スキャナの開発検討」という指定だけです。何を目指すのか?何を売りにするのか?といった具体的なところは担当者に委ねられるのです。つまり、担当者がどのように新たな事業を描きたいのか、ということが事業の出発点になるのです。

面白いのは、組織上全く関係ない他部門のメンバーも、この新規事業に対して時間を投入しているということです。一般的には正式な組織メンバーだけが推進者となりますが、同社ではその事業テーマに賛同すれば部署に関係なく就業時間の一部を利用して参画することが認められているのです。事業開発担当者は、新製品のコンセプトを固めるために、社内の頼れる仲間に相談に行きます。しかし、いくら協力が認められているとは言え、社内のメンバーには別の実務を抱えているわけで、彼らをアツくさせるくらいの「コンセプトの種」、そしてそのコンセプトを信じる「担当者の気持ち」がないとついていきません。つまり、うまくコンセプトの種を作ることができれば協力者が一気に増える。一方でそうならなければ事業開発担当者だけの孤独な作業になってしまう。こうした社内の自然淘汰型エコシステムが「新規事業コンセプトをふるいにかける役割」を果たします。

2012年に開発されたネットワークスキャナにおいても、担当者である宮脇健太郎氏が世界中でニーズ調査や競合調査を行いながら「コンセプトの種」を練り上げていき、そして社内を巻き込んでいきました。他部門の同僚は宮脇氏の描くストーリーと熱意に共感し、アンダーグラウンドで技術的な知見を提供し続け、多くの仲間が関わりました。

結果として、その事業は経営陣に認められ、最終的には製品化され、現在においてはネットワークスキャナという領域において売上約50億円という商品までになりました。ハードを売るだけではなく、ハードを起点としたソリューションサービス事業の拡大を目指す同社にとって、極めて意味のある一歩となる商品になったわけです。

Wantが先立つからこそMustを乗り切ることができる

さて、ブラザー工業の新規事業からの示唆は何でしょうか?まず、「事業の起点は担当者のWantである」、ということが挙げられるでしょう。「Mustなのか、Wantなのか」という極端な二元論ではなく、重要なのはビジネスの第一歩をどちらの足から踏み出すのか、ということです。

Wantがまず先立つからこそ、そのあとに続く「売上目標は~にすべき」「シェアは~を目指すべき」「そのためにまず~をやるべき」・・・というようなMustの嵐を乗り切ることができるのです。宮脇氏も「やりたいことをやらせてくれるので、歯を食いしばりながら、徹底的にあるべき姿を目指すことができる」と言っています。

よく「変化に対応するために~しなければならない」「競合との戦いに備えるために〜をしなければならない」といったように、事業構想の第一歩を「Must」から語るリーダーがいますが、その思想では力強い事業は生まれません。中心人物の強烈な「やりたい!」「こうしたい!」という思いを第一歩に据え置くからこそ、事業は育ち、磨かれていくのです。

そして、もう一つ重要なのは、Wantの第一歩が踏み出された時、その想いに力を与えられる仕組みや制度が整っているか、ということです。その点において、今回の事例にみた「組織に関係なく他人のアイデアに協力できる仕組み」というのは極めて重要です。また、同社は人事評価において、昇進の評価基準に「他人(他の部署)をどれだけ巻き込んだか、助けたか」といった項目を組み込んでいます。自部門の業績はボーナスに反映されますが、昇進評価に「他人からの感謝」という基準を設けることで、Wantを促進させるインセンティブを組み込んでいるのです。こういう仕掛けがあることにより、ややもすれば「Must」を追いかけることばかりに専念してしまう社員の意識を、「Want」に向けることにつなげているのです。

「やるべきこと」(Must)と「やりたいこと」(Want)というのは矛盾する概念ではありません。この事例が教えてくれることは、WantがあるからこそMustを乗り切る力が出てくるということです。改めて、社員が、そして私たち自身が「やりたいこと」の原点に立ち返ることを戦略の根本に入れてみてはどうでしょうか。

【今回の学びのポイント】
(1) 「Must」に偏り、慢性疲労を抱えた社員は、いざという時に創造性を発揮することはできない
(2)  事業開発の「Must」を乗り越えるためには、第一歩を「Want」から始めることが重要
(3) 「Want」の第一歩が踏み出された時、その想いに力を与えられる仕組みや制度を整えることが求められる

次回はこちら

https://globis.jp/article/4720

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