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流行を読み、時には自分のスタイルを壊す― 愛され続けるお店の工夫

投稿日:2015/10/29更新日:2019/04/10

アル・ケッチァーノ式経営術~なぜ150万円でできたレストランに予約が殺到するのか~[3]

田久保善彦氏(以下、敬称略): 私も先日、東京のお店に行って、本当においしいお料理をいただいた。それでお野菜とお塩についていろいろご説明もしていただいたのだけれども、そこで感じたのは、働いている方がすごく幸せそうということだった。皆さんニコニコしていらして、我がことのようにお塩の話をしたりする。

そこで少し思ったことがある。スタッフの方々にはノウハウをすべて言葉で授けていらっしゃるとのことだった。そういうことを、たとえば10年ほど一緒にやって、「もうこいつは大丈夫だ」と思える人にこっそり教えるのなら分かる。でも、入社して、極論すれば明日辞めちゃうかもしれない人たちに虎の巻お見せになるのはなぜなのだろう。

奥田: 飲食店の中にはスタッフをいつまでも特定のポジションから動かさないようにしている所もある。そうすればスタッフが他のポジションの仕事を覚えないから辞めないし経営者もラクだからだ。実は自分より仕事ができるスタッフを辞めさせないために一つのポジションから動かさないことも多々ある。これは料理界の悪い体質だ。それを改めるために今の仕組みにしている。

それともう1つ。「北斗の拳」でいうところのケンシロウだと思って一子相伝で教えていた子が、実はラオウだったという苦い経験もある。だから多くの人に教えてどうなっても誰かが私の教えを受け継ぐ形にした。ただ、そこで今までは1人で1時間の所を4人に教えるとなると1時間あっても1人15分しか教えることができない。だから自分の感覚を文章にして紙に落としていった。また、マラソンでも42.195kmというゴールが分かっていれば20km地点の走り方も分かるし、38kmぐらいからはスパートすることもできる。でも、そこでゴールが分からないとタイムも大きく落ちると思う。だから最初にゴール地点を見せて、そこから今日の自分が何をしたらいいのかを考えさせている。

田久保: お料理をされる方というのは感覚を大事になさっていて、論理的に何かを語ることとは少し違う世界にいらっしゃるという感覚が、今まではあった。けれども、著書には極めて論理的なことが数多く書かれている。そうした、一般的にはあまり言葉にされない感覚の世界を、なぜ奥田さんは言葉にできるのだろうか。

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奥田: 借金があったので(笑)。お店の売り上げはその返済に回さず、講演や料理講習会でいただいたお金から少しずつ返していこうと決めていた。だから講演や講習会を誰よりも上手にして仕事が多くくる必要があったし、きちんと言葉にする必要があった。きっかけは生き抜くため。それをしていくなかで、「皆、気付いているけれども意外と言葉になっていない、空気や風のようなことを文章に変換して分かりやすくするというのは、すごくいいな」と。それで感覚を見える化する作業をしていった。

田久保: 今日は「夢と誇りと安定と小さな幸せ」というお話もあった。奥田さんのお話を伺っていると、「そもそも人間はどんな生き物で、どこを触ってあげると幸せな気分になるか」を考えていらっしゃると感じる。また、それがシェフというお仕事の本質であると認識していらっしゃるようにも思う。ビジネスも同じだ。人間というものを本質的に深く理解している人がマーケティングをやれば商品が売れるようになるし、そういう人がリーダーになれば働くメンバーも幸せになる。奥田さんは、そうした人間に対する理解を、どういったプロセスやトレーニングを経て積みあげてこられたのだろう。

奥田: まず、僕は癪に障る人ではない。一緒にいると人が気持ち良くなることを心がけている。若い頃に修行で入ったお店はすごく厳しくて、スタッフ全員が完璧主義者のシェフに毎日20発ぐらい殴られていた。お皿に指紋があっただけで殴るような人だったから、「まずはシェフの癪に障らない人間になろう」と考えた。

癪に障る人というのはいる。人の“縄張り”にずかずか入るからだ。でも、肘の位置を見ればその人の縄張りが分かるから、それから内に入らなければいい。そうすれば同じ息づかいじゃなくても大丈夫。縄張りに入るのなら同じ呼吸スピードにするといい。でも、そこで違う呼吸のまま入っていくと、相手がどきっとしたりする。だから、僕の場合はなるべく縄張りに入らない。あと、振り返るときに右回りか左回りかも見ている。癪に触られたくなかったら、その人と同じ向きで円を描いていけばいい。また、その人の話すスピードやイントネーションに合わせて、同じように話すと会話が回るようになって気持ちが良くなる。

田久保: そういったことはお店で働かれている方にも…。

奥田: すべて言う。実際、最初のうちは私の縄張りに入ってきて犬みたいに「ハッハッハッハッ」なんていう息をする感じの子もいる。(会場笑)。で、そういう子は先輩に気に入られないし、先輩が横に置いておかなくなるから仕事を覚えるのが遅くなる。そこで気に入られるようにするのなら、先ほどのように呼吸を合わせて入っていくわけだ。そう考えると、お寿司屋さんのカウンターの造りもすべて理にかなっている。それで、寿司職人は握ったときだけ相手の縄張りに入って、そのあとは会話が弾むように離れていく。そんな風に、すべてが理詰めで黄金比率になっていると分かる。まずはその見えないことに気付いて、そこから答えを出すようにするといい。今のお話はどの本にも書いていないけれども、実際、それで僕は若い頃に働いていたそのお店で最も殴られない人間だった。

田久保: それはそのお店で教わったのでなく、観察して自ら気付いていった、と。

奥田: そう。たとえばそのシェフが朝やってきたとき、着替えてくるまでに熱いコーヒーを出すかぬるいコーヒーを出すか、ハーブティーにするか紅茶にするかと考える。それで、「シェフ、モーニングコーヒーです」と。でも、その飲み物がその日の気持ちと合っていなければ、ランチタイムにいきなり当たってくる。「今日俺がいらついているのはお前のせいだ」と。それで仕込んでいたものを投げてきて、しかも自分で投げて捨てたことも覚えていない。で、「あれよこせ」「シェフが今投げました」「俺は投げていない」と(会場笑)。だから、シェフが朝入ってくるときは、それこそドアノブを回す速さとか、入ってくる際の眉間の皺まで見て、それを元に、どのドリンクにするか考えたりしていた。その1杯が今日の自分の運命を決めるので(会場笑)。

田久保: 恐らく100人中99人はその辺をあまり考えず、シェフが飲みたくないドリンクを出して不機嫌さを助長してしまう感じがする。「ユーミンの歌が当時はフレンチ風だった」といったお話もあったけれども、そうした気付きはどうすれば身に付くのだろう。

奥田: たとえば、「なぜミスターチルドレンとサザンオールスターズと美空ひばりと小泉今日子は長くヒット曲を出し続けているのか」と考えてみると、どうなるか。僕はすごい数のCDを車に積んでいる。それで色んな歌手の方の全集を何回も聴いていると、「あ、ここがこの歌手のターニングポイントだったな」ということが分かってくる。

田久保: 会場の皆さんは、何か共通点を見出すことができるだろうか(会場挙手)。

会場: 今日お話を伺っていると、「同じことを続けていたのではなく、時代を読んで、時代に合わせた曲をつくってきたということなのかな」と感じた。

奥田: 実はそれに加えて、彼らは馬鹿な歌もバラードもポップスも歌ってきた。アル・ケッチァーノも2002年にマスコミで取りあげられて以来、「いつか終わる」と言われていた。でも、来週はまた3本ほどメディアに取りあげられる。今度は特集だ。ただ、僕は「ソロモン流」で取りあげられたとき、ごぼうをヌンチャクのように振ったりするという変なことをしていた。それは今お話ししたような、ヒットを出し続けるミュージシャンの共通点に気付いていたからだ。それまで、僕は本を書いて騒がれ、「情熱大陸」にも「素敵な宇宙船地球号」にも出た。BS番組にもたくさん出たし、ある年の元旦にはNHKで、夜の9時半から1時間半というゴールデンタイムの番組にも出たこともある。

でも、その放送を観てみると、私がイタリアに行ったとき、「一人の男がピエモンテ州に舞い降りた」なんていうナレーションが入っていた。その瞬間、「あ、これは神格化されて1本調子になるな。それで奥田政行は終わる」と思った。だから、そのときに撮影がはじまっていた「ソロモン流」では自分で自分を壊しにいった。カブを頭にくっつけて「カブの兜です」なんて言ったり、「今から世界初の料理をします」なんて言ってごぼうをヌンチャクみたいに振り回したりして奥田政行のイメージを壊しにいった。だから今がある。

ミスターチルドレンも「Tomorrow never knows」というヒット曲を出したあと、違う調子の歌を2曲つくって、そのあと「【es】 ~Theme of es~」という歌を再びヒットさせている。そこで、「あ、僕たちのミスチルが帰ってきた」となったわけだ。サザンオールスターズも美空ひばりもそうだし、小泉今日子も「学園天国」のような変わった曲や「木枯しに抱かれて」のようなバラードを出している。そういうことが、色んな歌手の方の全曲集を買ったりして聴き続けていくうちに分かってくる。

田久保: その先に、自家採種の野菜を出す新しいアル・ケッチァーノもある、と。

奥田: そう。飲食店は10年目に何かを起こさないとダメ。常連様は3年ぐらい来てくれるけれども、その後、入れ替わる。それで10年ほど経つとどうなるか。たとえば10年前、うちのファンになってくれた方が当時32歳だったとする。当時はぶいぶい言わせていた若手リーダーで、部下をたくさん連れてきたりしていたわけだ。でも、10年後は42歳。食の好みも変わってしまってお店に来なくなる。でも、落合務さんや日高良実さんのように10年後も何かのアクション起こした料理人の方々はロングランをしている。たまたま僕は10年目にアンテナショップでレストランをすることができた。そして振り返った時に、そういう法則に気が付いた。

田久保: 銀座のお店も10年目に出したとおっしゃっていた。

奥田: 実際、その頃はアル・ケッチァーノの売上も落ちはじめていた。でも、銀座でお店を開いたことによって、東京のお客様がアル・ケッチァーノにも来てくれるという、予期せぬ結果につながった。だから、振り返ってみれば、「あ、これは10年後の法則だったんだな」と分かる。これはすべて実体験だ。

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田久保: 極めて良質な経営学の授業を聞いている感覚だ。経営学でも必ず事例が先に来る。企業の新しい取り組みを学者の肩書を持つ方々が一列に並べて、「これらの共通点はなんだろう」と考え、法則やフレームワークを抽出する。だから、フレームワークができている時点では先進事例もたくさんあるということだ。でも、奥田さんはご自身で新しいことをはじめて、それをご自身のなかで法則化する。で、その法則をまた新しい店に適用している。1人で実務家と学者のサイクルを回している感じだ。

奥田: それが本当に面白い。ちなみに僕は経営者だから博打をする。経営をする人は博打が上手じゃないといけない。ピンポイントで当たり外れがあるから。僕は新しいお店は、ぴんときた場所でやる。で、丑三つ時になったらそこに立ってみて、それで暗い気持ちになるならそこで店はやらない。あと、海外に行ったときはルーレットをやる。それで、だいたい10万ほど勝つ。でも、人に教えると負ける。ルーレットのツキと競馬のツキと(パチンコは今やらないが)パチンコのツキは、それぞれ種類が違う。だからルーレットで失敗すると競馬で勝つし、競馬で外れるとオートレースなんかで当たるようになっている。だから、「今、自分のツキでどこが悪いのか」ということ掴む必要がある。そのうえで、ツキのない店舗には投資せず、違う店舗に人を集めたりするとそちらで利益があがり、他店舗のマイナスも回収できる。

で、それにだんだん慣れてくると、次はどこの地域が流行るかも分かってくる。だから、あるとき弟子に、「シェフ、独立したいんですが、どこで独立したらいいですか?」と聞かれたときは、「飛騨高山に行きなさい」と言った。そうしたら今は飛騨高山でブレークしている。流行るところって、“気”の玉が動いている。で、それが次にどこへ行くか、だんだん見えるようになっていく。流れが分かってくるというか。そういうことが博打をすることで分かってくる。馬鹿みたいにはやらないですよ(笑)? 競馬とか、海外に行ったときのルーレットとか、常に時間はないのでその程度。

ちなみに、ヤマガタ サンダンデロをはじめた際、実は4000万の借金をしてソファで寝たりしていた。お金がないから漫画喫茶に泊まったりして、スタッフに「シェフ、止めてください」なんて言われながら。ただ、実はそのとき、1点買いで万馬券を連発し、その次に2点で万馬券を当てて、それで給料を払っていた(会場笑)。あそこは僕も鬱になりながらやっていたお店で、もうスタッフも「この人に付いていって大丈夫か?」となっていたけれども、万馬券を3連発で当ててからは、「この人に付いていこう」と(会場笑)。だから、「今はどこのツキがいいのか」というのが分かるような力も養うようにしている。

6次化で成功するためには?

田久保: そうして感覚を研ぎ澄まして、今の環境や時代のニーズを読んでいくのだと思う。そのなかで、たとえば今は6次産品に求められることが変化しているというお話もあった。奥田さんは6次産品で使って何ができるのだろう。実際、最近は6次化ということがよく言われるけれども、そこで成功している事例はあまり多くない状態だ。

奥田: 6次産品に関して言うと、「料理」との違いを本質的に理解して、そこを突付いていく必要がある。料理というのは賞味期限の短い加工品だ。

田久保: 「その場で食べる加工品」と。

奥田: そう。一方、6次産品は賞味期限の長い料理。そういう風に捉えると製法も変わって、「このおいしい料理の賞味期限を長くするためにどうすればいいか」となる。でも、最初から加工品をつくろうと考えてしまうと、「消毒するためにはああだこうだ」といった話になって、まずい加工品になってしまう。だから、まずはおいしいものをつくろうと考えること。逆に、料理のほうは賞味期限の短い加工品だから、その食材でいろいろと、たとえば熱々のうちに食べてもらったりする。加工品と料理の違いはそこだ。

田久保: ちなみに「あるけっ茶」はどういった経緯から生まれたのだろう。

奥田: 元々は「すらーり美人茶」という名前で、「売れないんです。どうしたらいいですか?」という相談を受けていた。だから、「たぶん、それは名前が悪いよ」と。まず、美人もそうでない人も「“すらーり美人茶”ください」と言えない(会場笑)。だから、まずは名前を変えることになった。で、いくつか商品名候補を挙げていったなかで、冗談で「あるけっ茶」という名前も入れて多数決を取ってみると、ほとんど「あるけっ茶」で手が挙がった。それで、販売元の先代社長は「それは許さん」と言っていたらしいけれども(笑)、若社長の決断でその名前にしたら売上がいきなり10倍になった。それでペットボトルもできて、しかも「世界緑茶コンテスト」で最高金賞という不思議な結果になった。だから「アルケッチャ」という言葉に何か不思議な魔力があるのかもしれない。

それで「アルケッチャップ」というのもつくった(会場笑)。生産者の方が、「トマトが残ってしまって困っている」ということで、「じゃあ、冬の間は冷凍しておいてください」と話した。で、冷凍したトマトを水に漬けると“逆湯向き”ができるから、それを添加物ゼロのケチャップにしていった。ただ、ケチャップはいろいろなものを入れないとケチャップと名乗れないから、「“アルケッチャップ”という名前にしましょう」と。それで今は毎日すごい数売れていて、生産者の方も今は加工が追いつかない状態になっている。

あと、先ほどのプロデュース店に関して言うと、「アル・ケッチァーノ」の名前は付けないと言ったけれども、東京駅のプロデュース店は「店名の横に“from アル・ケッチァーノ”と小さく書く程度ならいいよ」と言っていた。でも、開店前日に行ったら、「Yudero 191フロム アル・ケッチァーノ」と大きく書かれていて(笑)。だから、今は「食べログ」から「アル・ケッチァーノ」で検索すると本店よりも「Yudero 191」が先に表示される。で、今はパスタ専門店として1席あたりの売上が日本一になっている。あと、三重にも「サーラ ビアンキ アル・ケッチァーノ」というお店がある。こちらは、うちで一番やんちゃな子が回しているお店だ。だから、その子が悪さをしないよう、孫悟空の頭に付けた輪のように「アル・ケッチァーノ」の名前を付けたが、これを付けたことで今でも繁盛している。

田久保: 「誰のためにどちらを向くか」といったお話もあった。強い目的感のようなものが、お店をつくるうえで大事だというお話だと思う。そうした思いの背景等も伺いたい。

奥田: 僕は鶴岡市で生まれ、そのあと新潟に移って、そして高校のとき、鶴岡にまた戻ってきた。なぜ、新潟県に住んでいた奥田家が鶴岡に戻ってきたのか。そして、なんのために鶴岡で生まれたか。そういうことを僕はよく考える。そこで自分は何をするために、この世に生まれ落ちたのかということを併せて追求していくと、「自分が世の中に、あるいは次世代に何を残せるのか」と考えに行き着く。そこで、まずはこの世界になんらかの「物体」を残そうと考えた。それで本も書いたりしている。

ただ、料理は絵画をはじめとした美術品と違って形に残らない。人が魂や命をかけて何かを描くと、それは芸術品として世の中に残るけれども、料理はどれほどすごい料理でも時代を超えて残ったりしない。無形のものだから。「それなら食べた人の心に残る料理をつくればいい」と思う。だからこそ、どちらを向いて、誰のために、どんなお料理をつくるのかが大事になる。それによって素材が形を変えていくからだ。

それに、世の中の形あるものはすべて人の気持ちの化身だ。(ペットボトルを手に取って)これも、「蓋をしたい」と思ったからスクリューの形になったし、「飲みやすくしたい」と思ったから手の平で収まるようなサイズになった。そのときの、その人たちの、命の煌きの化身が形になっている。そういう化身を残すため、どちらを向いて誰のため、どんな料理をするのか。そう考えると、同じお料理でも、たとえばお年寄りの方にお出しする料理と若いカップルにお出しする料理では、盛り付けから味付けからすべてが変わっていく。

田久保: そういったお考えだからこそ、奥田さんの料理を食べたいという人が後を絶たないのだと思う。形に残るものそうでなくても、結局はそうした思いがこもった商品というか、そういうことを本当に考え尽くした商品が多くの人に求められるのだと思う。

奥田: あとはタイミング。織田信長は歴史上でスーパースターのような扱いをされているけれども、現代に生きて殺戮をしていたら犯罪人だ。志を持っていたとしても、自分が生きている時代に合ったことをしないといけない。世の中にはすごい人が今までもたくさんいたけれども、埋もれさせられた人は多い。その辺が分かると、きちんと時代に適合しながらも、次の世代のために何かを残せるのだと思う。

田久保: では、会場の皆さんから質問を受けたいと思う。

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会場: 論理的で理解できるお話が多かった一方、自分が持ち得ない感覚のお話もあったと感じた。「次のスーパースター」は、そうした感覚に関しても相当なものを持っている必要があると思ったが、その辺も含めて次世代をどう育てたいとお考えだろうか。

会場: 今は地方創生ということが言われているが、その辺に関連した奥田シェフの出店意図や、東京一極集中解消の意図があるかどうかといったことを伺いたい。

奥田: 最初のご質問に関して言うと、まずスーパースターとスーパーヒーローは違う。スーパーヒーローは仮面ライダーやウルトラマンで、スーパースターというと王貞治や長嶋茂雄やマイケルジョーダン。で、スーパーヒーローのストーリーには必ず負け組みがいて、スーパーヒーローは必ず勝ち組のほうにいる人だ。スーパースターはそこが違う。その人がいることで多くの人を幸せにできるし、人に夢を見せることができる。だから後者になりたいと思って精進しているのでヒーローは通過地点だと思っている。

あと、次世代に関して言うと、実は今、1人の子をすごく可愛がっている。それでイタリアにあるベジタリアン専門の星付きレストランへ修行に行かせているところだ。なぜなら、僕は海外修行をしていないから。奥田シェフが持っていないものを持っている人間でないと、奥田シェフを超えることができない。だから、その子には1年間、毎月6万円を払って英語教師を付けていたし、先日は120万円を渡して「これで行ってきなさい」と、イタリアに行かせた。

下の人間に抜かれることを嫌がる経営者は多いけれども、次の庄内をつくるためには私にないものを身に付けてもらう必要がある。それで「次は君の時代だよ」と。だから新しいお店もその子が帰ってくる来年11月に合わせた。今後はその子を売り出し、スーパースターとして次の庄内をつくってもらいたい。

田久保: その方のどういった部分を見て、「次はこの人だ」と思ったのだろうか。

奥田: 自分に合わせて動きをつくることができるというのが1つ。あと、その子は全国サッカー選手権に出場した経験がある。学生時代、部長だったりインターハイに行った経験があるような子は、皆が忙しくなってへたったところから伸びてくるという共通点がある。そういう何かの壁を超えてきた子は、最後に実力が拮抗したとき、がむしゃらな精神力で勝つ。錦織選手も同じだ。やっぱり壁にぶち当たったときは必死にやり合って勝たないといけない。その子はそれを身に付けていて、勝負ができる人間に育ってきたというのがある。

それと地方創生に関して。スタッフにどこかのプロデュース店を任せようとなったときは、その子の生まれ故郷に近いところへ料理長として行かせる。そのうえで月給40万円を支給する。それで料理長としての実績を身に付けたら独立しやすくなるからだ。プロデュース店は、そんな風にスタッフの生まれ故郷の近くで、そして大義があるところにつくる。福島出店の意義は完全に復興だ。それが将来も残っていくことに意味があるから、そこでは福島で生まれた子だけを採用している。

一方、東京のお店にも意味がある。たとえば生産者の方がニンジンをつくり過ぎてしまっても、東京の各プロデュース店にレシピを添えてニンジンを送ることができる。それで、「今週いっぱいはニンジンを使いなさい」と。そうすれば生産者の方が思い切って作物をつくることができる。とにかく東京は情報でも何でも消費するところだから、そこには「おいしくなって、大きな付加価値がつくもの」を送る必要がある。そうした消費地として東京にお店を置くという意図が1つある。

それで今は鶴岡に本店を置いて、北海道と東北と関東と三重にプロデュース店を置いている状態だ。また、今後は東海地方と広島にもお店をつくる。広島に関してはオリンピックも念頭に置いて、外国人観光客が大勢訪れる宮島の目の前で、直営店としてやっていく。また、こうしておくことで、庄内で食材が調達できない冬に広島の食材が使えるというメリットもある。特に冬の庄内は陸の孤島になるときがあるので。そこで広島から最盛期の食材が入るという意味もある。

田久保: 大義があって、プロデューサーを任せられるレベルの方々がいたとき、その方の生まれ故郷にお店をつくると。

奥田: その3条件が揃ったときにつくる。

田久保: そうなると、当然ながら地方創生のようなことも必然性を帯びてくる。

奥田: ちなみに、次に出す本は「地方再生のレシピ」という本だ。地方を再生させていくためのいろいろな技法を書いている。

会場: 奥田シェフは論理的な左脳と感覚的な右脳の両方を使っていらっしゃると感じる。それで今日は左脳の使い方をいろいろ教えていただいたけれども、右脳や直観力の鍛え方のほうも何かあればぜひ教えていただきたいと思った。

奥田: 直観力を育てるためには、分かりやすいところだと博打とか(笑)。あと、東京で満員電車に乗ったときは人を観察している。それで、「あ、この人とは気が合うな。この人とは合わないな」なんていうことを考えている。あと、そこで人の顔を見れば、「この人は2駅以内に降りるな」なんていうことも分かるようになる。実際、それが8割ぐらい当たる。そんな風にして、いろいろなところで常に人間を観察したりしている。

あと、私はスタッフの足音もすべて分かる。だから誰かが後ろを通ったとき、見なくても誰か分かる。目に映ることは3割だけ信じて、あとの7割、目に映らないことに意識を集中させていると、後ろで何が起きているかも「見える」。それで、たとえば調理場で誰かがボールを落としたら、「あ、今は泡立てをしていたあいつが落としたんだな」といったことも分かるようになるし、視界が360度になる。そうして5感を研ぎ澄ませると6感の扉が開く。だから常に5感を使うようにしている。それで、たとえばペットボトルのキャップ部分と透明なボトル部分で味が違うことも分かる。水の硬度も分かるようになる。そういう領域まで研ぎ澄ませていくと、後ろも「見える」ようになって、直感が降りてくる。

田久保: 「直感が素晴らしいんだろうな」と思える方は世の中に結構いらっしゃる。ただ、奥田さんのように、その感覚を「こういうやり方でこんな風に鍛えているんだよね」というところまで言葉にできる方は、極めて稀有だと感じる。

新メニューを考えるとき、左脳と右脳はどれほどの比率で使うのだろう。

奥田: 流行らせるためにつくる料理もある。「あ、この店は今売上が落ちているから流行っているコレをやろう」と。これは左脳だ。で、右脳の場合はというと、自分に“降りてきた”ものをお料理にしていたら、それが時代をつくってきたという面がある。在来作物のお料理は特にそうだ。「生産者が困っている。この人たちのために何かしたい」といった思いの化身が料理になっていった。そこには愛が入っていて、なぜか名物料理になる。そしてその後に何が起きるかというと、お料理に翼が生える。その結果、映画になったりするというような愛がある料理はおまけがつく。

それで自分の幸福論も分かるようになった。お金がなかった頃、それでも実家にしばらく給料を入れていたのだけれども、ある日、それがすべてパチンコに使われていたことが分かった。そこで私はそのお金を実家ではなくて、「もう俺は羊の生産を止める」と言っていた、とある養羊場経営者の方のために使った。そのお金で買った羊肉を東京へ持って行って有名レストランに売り込んでいった。すると、しばらくしてそのお肉が雑誌でも取りあげられるようになったので、その雑誌をその生産者の方に見せた。

すると、それまで青白い顔色で「羊の生産なんてもう止める」と言っていた人が、「俺の羊ってすごいんだな」と、目の前で顔を紅潮させて、すごく幸せな顔をする。そのときに、「あ、自分は周りの人が幸せになれば、自分も幸せや生きがいを感じるんだ」と気付いた。その連鎖を地域に広げて、いろいろな人に尽くしていった。ただ、最近、振り返ってみてさらに分かったことがある。自分は、自分がしてもらいたかったことを人にしていたんだ。「なるほど」と思った。自分がこういう仕事をしてきた理由を考えてみて、最近になってそういう自分の幸福論に気付いた。

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料理の裏に込められた食材や生産者、スタッフへの愛

田久保: 奥田さんはお話には「愛」という言葉が頻繁に出てくる。食材に対する愛もあれば、生産者の方々やスタッフの方々に対する愛もあると思う。奥田さんにとって特別な言葉なのかなと感じた。

奥田: まず、好きと愛の違いが分からないといけない。「好き」というのは自分のため。ある女の子が好きというのは、たとえば「キスをしたい」という自分の思いだ。里芋が好きというのも、自分が食べたいという思い。でも、それが愛に変わるときがある。人にも食材にも良いところと悪いところがある。でも、悪い点も踏まえたうえで、「それでもその人のために尽くしたい」となれば、それが「好き」から「愛」に変わった瞬間だ。そのなかで藤沢カブを使った料理が生まれて、その料理が観光客を連れてくるようになって大きな話題になっていった。

ただ、愛を持ってその食材に尽くしていくわけだから、そこには共感がないと胸に穴が開いてしまう。自分の体を投げ出してお料理をつくっているから。「藤沢カブと山伏ポークの焼畑風」をつくるためには、藤沢カブの酵素が時間がたって死なないよう、営業前に車で山へ登って、その日使うぶんだけを取ってくる。そんな風にお客様と藤沢カブに尽くしていく。しかしそこには共感がないと胸にぽっかり穴が開く。たとえば、夫婦なら愛している旦那さんには「愛してるよ」と伝えてあげてほしい。共感を生まないと旦那さんは家に帰ってこなくなる。でも共感があるとそれが未来につながり、食材が今後も残っていくという結果につながるので。やはり人間なので、誰かに尽くしていったときは、「ありがとう」という言葉の共感が必要だと思う。

ただ、先ほど「年に2人ぐらい悪者が来る」と言った通り、基本的に愛が大切だけれども、悪者が来たら剣を抜かないといけない(笑)。熊が襲ってきたときに「愛だよ」と言ったって、そのあいだにやられてしまう。だから「愛だよ」と言っても分からない人には剣を抜かないといけない。実際、アル・ケッチァーノは何回も乗っ取りをかけられている。アル・ケッチァーノが欲しいという人は大勢いるから。乗っ取りをかけられているときに「愛です」と言っているうち、「あ、この人やばいぞ」となって(会場笑)。そこは剣を抜かないと自分がやられてしまうから、そういうことも覚えておいて欲しい。

田久保: 「その人を尊敬するスタッフが出てきたら給料を上げる」というお話には、「なるほど」と思った。私は常々、尊敬されるリーダーは3つの大きな愛情を持っていると感じていた。自分が取り組んでいる仕事そのものに対する愛と、仲間に対する愛情と、そして顧客に対する愛情だ。奥田さんの場合、食べてくださる方々と、仲間と、そして「料理人でいること」そのものだと思う。あるいはそこに生産者の方や物流の方も加わるかもしれないけれども、とにかく、それらが見えてきたとき、「あ、この人のようになりたい」という下のメンバーが出てくる。だから、それを理由にお給料を上げるというのは素晴らしい仕組みだと思った。

奥田: そう。人間、一人では何もできないので。

田久保: そこが一番大事なところだ、と。

奥田: ツキでもなんでも、それを持ってくるのは「人」なので。人を大事にできない料理人は絶対に良いお料理をつくれない。人を踏み台にしてのし上がっていった人は、いずれ必ず孤立したりクビにされたりする。そういうことは幹部にする前の段階できちんと給料に反映させる。「給料が増えないのはちゃんと意味があるんだよ」と。それを消化した段階で給料をあげることによって、悪い人が幹部にならないようにしている。

田久保: では最後に、会場のファンの方々や、経営者やリーダーとして世の中を良くしたいと思ってグロービスで学ばれている方々に、何かメッセージをいただきたい。

奥田: 私には大事にしている言葉が2つある。1つは、「誰をも犠牲にせず、お互いに育み合いながら、関わった人すべてを幸せにする」ということ。そのためには包容力をはじめ、いろいろなものを自分が身に付けないといけない。それに自分が人間的に成長しないといけないし、それなりの人間力を持って仲間を増やしていく必要もある。私自身はそういうことを大事にしながら「食の都 庄内」をつくってきた。

それともう1つ。今は「日本のために」という気持ちで取り組んでいることもある。東日本大震災以降、僕は、たぶん料理界で最も頻繁に東北へ行ってきた1人だと思う。で、それについて「売名行為だ」とかなんとか、いろいろ言われたりもした。でも、そこで大事にしていた言葉が、「誰にも染まらず、誰にも惑わされず。自分が正しいと思ったことを、自分が正しいと思ったやり方で。日々起こることは、宇宙の営みからすれば ほんの小さなこと。でも、そこに喜びが生まれたら、それは何にもかえがたいほど大きなこと」というものだった。男として生まれたからには国や人のために志を持ちたい。そのうえで自分が正しいと感じたことを、そのときに正しいと思ったやり方で、人間社会のいろいろなものに惑わされずに進めていく。

そこで誹謗中傷を受けることもあるし、邪魔する人だってたくさんいる。特に男の人は正しいことをやると、嫉妬心から生まれた攻撃で潰されやすい。けれども、そんなことは宇宙の営みからすれば小さなことだ。また、そのなかでも、人は日々、目の前の人と一緒に食事をしたりして、「おいしいよね」「何か悩んでいるの?」なんていう会話をする。実は、身の回りのそういうちょっとした一瞬が、何にも代え難いほど大きなことなんだ。そういうことも大事にしながら、「志を持って人や国のためにやっていきなさい」と。そんな風にして上と下をつなげて、それらを大事にしていきたい。そんな思いがあって、自分で考えたこの2つの言葉を大事にしている。

田久保: 今日は経営の側面から奥田さんの生き様にいたるまで、さまざまなお話を伺うことができた。皆さん、奥田さんに盛大な拍手をお願いします(会場拍手)。

※開催日: 2015年9月3日

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