前回、転職後の満足につながる要素として、大きく感情因子と環境因子があり、環境因子によって感情因子が影響されているのではないかという仮説を立てました。今回は、30個の環境因子のうち、どれがスタートアップで働く人の感情を動かしているのか、インタビューを通して検証した結果を紹介します。Vol.2で示した関係図で表してみると、スタートアップで働く魅力がよりはっきりとしてきました。
それでは、感情因子と環境因子の関係を、詳しく見ていきましょう。
※感情因子と環境因子の詳細は前回をご参照ください。
インタビュー対象者は?
スタートアップへ転職した20代~50代の被雇用者の方、計27名にインタビューを行いました。
- 年齢は、30代~40代が9割
- 性別は、男性8割、女性2割
- スタートアップへ転職する前に所属していた会社は、大企業77%、中小企業19%、スタートアップ4%
どの因子が影響したか?
(1)満足につながる感情因子は何か
前回、スタートアップで働く人の満足につながる感情因子として13個の要素を定義しました。
このうち、どの因子が影響しているのか、インタビューを通して検証しました。その結果、満足度との関係が強い感情因子には、以下の4つが挙がりました。
- 成長実感
- 自分で決定できる感覚
- 重要事項の意思決定に関与している感覚
- ワクワク・ドキドキ感
※影響度は、感情因子の満足度への影響を5段階評価で回答したものの平均とした。4点を超えるものを影響が強い因子として抽出した。
スタートアップには仕事の幅が広い、個人の裁量が大きいといった特徴があるため、大企業よりもこういった感覚を持ちやすいようです。
(2)スタートアップ特有の環境因子は何か
次に、スタートアップ特有の環境因子について見ていきましょう。環境因子30個についても前回定義しました。
インタビューを通して検証した結果、満足度を上げる環境因子には、以下の6つが挙がりました。
- 仕事の幅
- 責任あるポジション
- 個人の裁量・決定権
- 働き方の自由度
- 一緒に働く仲間
- 経営理念
これらも大企業と異なり、スタートアップならではの環境因子といえます。会社規模が小さいので個人の仕事の幅や責任の範囲が大企業より広くなること、会社としての成長意欲が高く、従業員も経営理念への共感が強いため、仲間と高め合いながら働く環境があることが満足につながるようです。
また最近は、リモートワークや勤務時間など、働き方の自由度が高いことも重視されてきていることがわかりました。
対照的に、満足度を下げる環境因子として、以下の5つが挙がりました。
- 導入教育、入社後のサポート
- 福利厚生
- 企業の寿命・安定性
- 入社前の情報開示
- 世帯収入・家族の負担
会社としての歴史が浅く、制度として整いきれていない環境面の要素、導入教育や福利厚生、入社前の情報開示といった内容があがりました。また、入社前から覚悟はしていても、企業の寿命・安定性は、改めて働いてみると不安になるのかもしれません。
そして、家族の世帯収入・負担について。年収が大幅に下がった、勤務時間が長くなったという方も少なからずいらっしゃいました。家族の説得、そして納得感を得ることは、スタートアップへの転職を決めるために押さえておきたい重要な因子といえそうです。
※棒グラフは、アンケート結果の「悪い方に影響」を-2点、「良い方に影響を+2点」として、5段階評価を行った平均を表す。真ん中の線は0点を示す。1点以上の因子をかなり良い方に影響する因子としてピックアップし、マイナスの点数となった因子を悪い方に影響する因子として抽出した。
(3)各環境因子はどの感情を動かしているのか
「満足」という状態は、複数の「感情」の組み合わせによって得られます。そしてその「感情」は、環境によって影響を受けます。では、スタートアップで働くことによる満足には、どのように感情因子と環境因子のが関わっているのか、関係を次の図で示してみます。
矢印の太さは、インタビューの結果からわかったそれぞれの関係の強さを示しており、この関係の強さは「この環境因子を理由にしてこの感情因子に至った」という意見の数が一定以上あったものを表しています。
先ほどあげた満足につながる4つの感情因子(成長実感、コントロール感、ダイレクト感、ワクワク・ドキドキ感)が、スタートアップ特有の複数の環境因子により、動かされている構図を描くことができました。また、信頼感や心理的安全性へも太い矢印が出ています。実際にインタビューでは、一緒に働く仲間との気軽なコミュニケーションが取れることによる心理的安全性の確保に言及する声を多く聞くことができました。
スタートアップで働くことに満足している方は総じて、スタートアップ特有の環境因子をポジティブに受け止めている傾向が見られます。
反対に、不満につながる感情因子と環境因子の関係はどうでしょうか?
母数は少なかったものの、インタビューから出た不満につながる要素についてもピックアップしたところ、上図のような構図が描けました。
入社前の事前情報やイメージに対して、入社後にギャップを感じることがあり、マイナスの感情につながる結果が見られました。また、企業の成長ステージが変化し、職場環境も変化したことで不満につながることもあるようです。
特に印象深かったのは、利益偏重の経営体質になり、それまでの自由な風土が失われ、心理的安全性が著しく低下したというコメントでした。スタートアップは異動先も少ないため、不満が続いてしまうとすぐに人が辞めていく、という声も複数ありました。
心理的安全性は、満足にも不満にも強い関係性があることがわかりました。上司も経営者も特に意識しなければならない重要な因子といえるでしょう。
因子の影響を変化させる要素とは?
ここまで、インタビュー全体の結果を分析する中で見えてきた、各因子の関係を見てきました。しかし、更に分析を進めると、ある2つの要素によって、影響する因子の組み合わせやその強さに違いがうまれることもわかってきました。
(1)働く人の年代
まず挙げるのが、働く人の「年代」です。インタビューの結果を改めて、対象者の年代別に以下の様に3つに分け、分析してみます。
- 20代後半~30代前半
- 30代後半~40代前半
- 40代後半~50代
各グループの因子の影響度をプロットしたのが次の図です。図中の青色の矢印は、年代が「下がる」ごとに影響度が良い方に変化する因子、ピンク色の矢印は、年代が「上がる」ごとに影響度が良い方に変化する因子を表します。
結果として、30代以下の若い年代になればなるほど、仕事の幅やインフラ環境、働く仲間、会社の成長フェーズという因子から、良い影響を受けて満足度が高まる傾向が見られます。
一方、50代に近づく高い年代では、経営理念や業界・業種、既存のスキル活用という因子から、良い影響を受けている傾向が見られました。
(2)スタートアップのステージ
スタートアップのステージによっても、各因子の組み合わせや影響度が変化する傾向がありました。
ここでは、ステージ別に
- アーリー(シード含む)
- ミドル
- レイター
の3つのグループに分け、各グループの因子の影響度をプロットしました。
図中のピンク色の矢印は、ステージが上がるごとに影響度が良い方に変化する因子。青色の矢印は、ステージが上がるごとに影響度が悪い方に変化する因子を表します。
結果として、「アーリー」から「レイター」へ成長するに連れて、世帯収入や家族に掛かる負担の因子が良い方に変化します。企業が成長することで、経営が安定し、給与や勤務時間に余裕が生まれてくるという現状があるようです。アーリーステージの企業では金銭や時間など生活面の負担の大きさに注意が必要かもしれません。
反対に、成長するにつれて、仕事の幅や個人の裁量、経営者との距離という因子は悪い方向に変化する傾向も見られました。企業が成長することで、裁量権が小さくなった、経営者と頻繁に話せなくなった、といった声も少なからずありました。会社が短い期間で変化していくので満足度も常に一定という訳ではないようです。
次回は最終回です!これまで分析をしてきた結果をもとに、スタートアップで働いて満足している人の特徴、スタートアップの魅力を改めて見ていきましょう。
まとめ
- スタートアップ転職後の満足度には感情因子と環境因子が影響し、特に成長実感やコントロール感など4つの感情因子は満足度との関係が強い。入社後に感じるギャップや心理的安全性の欠如は不満につながる要素となる。
- スタートアップでは、仕事の幅や個人の裁量、経営者との距離など6つの環境因子が満足度に寄与している。一方で、導入教育の少なさや企業の寿命に不安を持つ人や、ステージの変化による企業風土の変化で不満を感じる例もあった。
- 若い世代は仕事の幅やインフラ環境に重きを置き、年齢が上がるにつれて経営理念や業界・業種が重要となる。
- 企業が成長するにつれて経営が安定し余裕度が増える半面、裁量権が変化するなど満足度が低下することもある。
(つづく)