ビジネスリーダーが学ぶべき「歴史」と「リーダーシップ」〜出口治明×為末大

本記事は、G1ベンチャー2015「歴史とリーダーシップ~“破壊的”イノベーションを生み出す“武器”としての歴史~」の内容を書き起こしたものです。(全2回 前編)

為末大氏(以下敬称略):それでは「歴史とリーダーシップ」をテーマに始めたいと思います。最初に出口さんの方から、歴史に対するレクチャーを10分ぐらいやっていただけるということなのでお願いします。

歴史を学ぶ意味とは

出口治明氏(以下敬称略):では、すごく簡単に。「歴史を学んで何の意味があるのだろうか」と言う人がいらっしゃるのですけれど、リーマン危機とか東日本大震災みたいなことは、形は違っても、また起こるとみなさん思っていますよね。その時に、リーマン危機や東日本大震災のような過去からよく学んだ人や組織の方が、やっぱり対応しやすい。未来は何が起こるかわからないけれど、悲しいことに教材は過去にしかない。唐の太宗が書いたとおり、「古(いにしえ)を以て鏡と為せば、以て興替(こうたい)を知る可し」と、そのとおりの意味ですよね。

もう一つは、「昔のことなんか勉強しても、昔は飛行機とかインターネットがなかったのだから、今と比べてもしょうがない」と言う人もいるのですが、これはストラディバリの話を考えればすぐわかります。彼はバイオリンづくりの天才で、何百というバイオリンをつくっていて、いっぱい残っています。どんな木を使って、どんなニスを使ったかも全部わかっているのですが、彼以上のバイオリンはできない。なぜかといえば、人間の能力、もっと平たくいえば、大脳は1万3,000年ぐらい一切進化していない。そうであれば、1万数千年の間に最高の能力を持つ天才がいつ生まれるかはアットランダムなので、300年前にストラディバリが生まれて、それ以上の天才はまだ生まれていないということは当たり前ですよね。歴史を学ぶ意味は、これに尽きると思います。

それから、「歴史は一つか、いっぱいあるのか」という話ですが、たぶんグローバルに考えれば一個です。歴史って「出来事」ですよね。いま僕がしゃべっていることも出来事です。もしみなさんの中で、誰かメモを取られていたと仮定します。二人か三人かメモを取られていた。それがいわゆる歴史の一次資料というもので、同時代のデータですよね。でも、メモを取っている人は、みんな自分の好きなことだけをメモに取るので、別に私の話を再現したいわけではないです。自分の好きなことを、勝手にメモを取っている。このメモを同時代の資料として分析して、今まで歴史は語られてきたのですが、テープが出れば、かなり近く再現できますよね。
テープにあたるものが、たぶん自然科学の知見だと思います。たとえば花粉を分析して、当時の気候を丁寧に再現する。そうすると、どういうことがわかるかといえば、源平の争いは、昔は平家物語等を分析して、オール平家が贅沢をしていて、それで東国で臥薪嘗胆の源氏が勝ったのだよねという話が、現在、気候を分析すると、西日本はほぼ飢饉だったので、実は平家が負けたのは、「腹が減っては戦はできぬ」で負けたんだと、こういうふうに変わってくるわけですよね。それはテープが発見されたからです。
だから歴史というのは、たぶん文科系の学問ではなくて、基本的にはいろんな学問の力をトータルに分析して、ひとつの真実に近づこうとするのがたぶん歴史だというのがグローバルな理解だと私は思っています。だから、歴史はたぶん一つですよね。

それから、もう一ついえば、「日本史はない」とか、私は自分の本で極論を言ったりしているのですが、それはなぜかといえば、世界はつながっているからです。東証の株価を分析する時に外国人の投資家を無視して、日本だけで分析してどれだけ緻密にやっても意味がないって、すぐわかりますよね。そうすると、ペリーがなんで日本に来たかということも、アメリカの国務省にある文書を見なければわからないわけです。私が中学校の頃は「捕鯨のための水とか薪を仕入れるために日本に来た」と。あれ、大うそですよね。ペリーが連れてきた船は戦艦大和・武蔵です。鯨のために大和・武蔵を連れてくるかと。で、国務省の文書やペリーの書いたものを見れば、明確に書いてあるわけです。当時の世界は、実はアメリカは大英帝国と争っていたわけです。この二つは仮想敵国です。何をめぐって争っていたかといえば、中国マーケットです。ペリーの船はニューヨークの近くから日本に来ています。つまり大西洋を渡って、それからインド洋に入って日本に来ているのです。ニューヨークからロンドンに行く船賃が乗るわけですから、絶対に大英帝国との競争に勝てないので、太平洋航路を開くしかアメリカの未来は開けないとペリー本人が言っています。だから、戦艦大和・武蔵を連れて江戸湾に来ているわけですよね。そんなふうに考えれば、鯨でもなんでもないのがわかります。
これも、でも、日本史の先生が日本に残されている文献だけを読んだら、永遠にわかりませんよね。だから極論すれば、日本史はないと思います。世界の中でのつながりを見なければ、歴史は見えないと思います。

生きたリーダーの歴史を学ぶのが一番

もう一つ。今日は「リーダーシップ」もテーマなのですけれど、先ほど人間は将来何が起こるかわからないから過去しか教材はないと言ったのですけれど、やっぱり、リーダーシップを学ぶためには、生きたリーダーの歴史を学ぶのが一番わかりやすいですよね。ロールモデルになりますよね、「こんな人がいて、こんなことをやったんだ」とか。

バーブルの話をしましょう。バーブルってどんな人かといえば、ティムール朝の直系の子どもです。ところが、ティムールが死んでから弱くなって、ティムールの都であるサマルカンドを追われて、アフガニスタンに逃げます。そこから、もうサマルカンドを取り返すことはできないと思って、新天地をインドに求めて、みなさんがご存じの名前ではムガール帝国をつくりました。だから、すごくベンチャー精神にあふれた人です。慣れ親しんだ故郷を捨てて、新しい地に自分の帝国を求めた人ですけれど、ただ、ものすごく苦労するわけです。戦争に負けてばっかりで、ライバルと争う中で死にそうになって、実のお姉さんを敵将に渡して逃げたりしているのですよ。敵はすごく喜ぶわけですね。ティムール朝の王女ですから。「王女様をくれるのだったら、じゃあ弟は逃がしてやるわ」と。こういう苦労を重ねて大帝国をつくるのですけれど、ある時、雪山を進軍している時に、ものすごく寒くてバタバタとみんな死んでいく。最後まで残ったのが仲間数十人。そのグループが小さい洞穴を見つけるのです。その洞穴は一人しか入れそうもないと。で、みんながバーブルに言うわけですよね、「あなたは生き残ったティムール朝の唯一の王子なので、あなたが死んだら、もう再興ができない。ここで休んでください」と。当然その時にバーブルは洞窟に入らないわけです。自分が生き残っても、このつらい進軍についてきてくれた数十人を残して、自分だけ楽はできないと。彼はものすごく文武両道で、その時にペルシャの古い詩を思い出して書いているんですよね。「仲のいい、本当に心を許せる友人たちと一緒に死ぬのは、婚礼のようなものだ」と。そうしたら部下はついていきますよね、「じゃあ、親分と一緒に」と。いろいろなことが学べると思います。

リーダーになるための条件とは

為末:ありがとうございました。今日この後、いろいろ聞きたいことがあるのですけれど、でも、忘れちゃいけないので、最初に二つだけ聞きたかったことを聞いておかなきゃいけないので、それから先に。
一つは、なぜ出口さんはリーダーになられたと思うのですか。というのも、歴史を見ていくと、坂本竜馬のくだりも書かれていたと思うのですけれど、時代が要請してリーダーになったのか、自分が切り開いてリーダーになったのかという、この二つが非常に重なってくるように思うのですね。今回はベンチャーサミットなので、ベンチャーの方はきっと「自分の力で社会を変えるのだ」というのもあるのですけれど、一方で、時代がその人をリーダーに押し上げていったという側面もあるんじゃないかという気もしていて、その時に、リーダーになるための条件ってなんだろうなというのを、もちろん能力もあると思うんですが、生まれた環境みたいなものもある気もしていて。一方で、時代がその人に要請したというのもある気がしていて、そのことを最初に。

出口:歴史をつぶさに見たら、リーダーになるかならないかは偶然だと思いますね。確証はないのですが、ナポレオンはロベスピエールの弟が見い出した将軍だといくつかの文献にあります。テルミドールの反動でロベスピエールの一族が全部殺されます。ナポレオンもロベスピエールの弟が才能を見出した将軍なので、死刑リストに載っていたのです。その時の総裁政府トップはバラスという人なのですけれど、そのバラスがガールフレンドのジョセフィーヌと寝ている時に、ロベスピエールの一族は全員根絶やしにして最後に残っているのが下っ端のリストだということで、それをジョセフィーヌに見せるのですね。一番下がナポレオンで、その頃ジョセフィーヌはナポレオンと付き合っていたので、「この若い将軍は、思想的には何の背景もないよ。ただ、鉄砲を撃つのは上手だから、使ったらいいじゃない」と言ったので、バラスは「そうか」と言って、線を引いてリストからナポレオンの名前を消したという話があるのです。ここでジョセフィーヌがナポレオンと付き合っていなかったら、ナポレオンは死んでいたかもしれません。

フランス革命のリーダーを、残された事跡とか文献で整理したら、いちばん能力が高かったのは誰かという分析があって、いろんな人が「すごく潜在的能力が高かった」と分析されているのですけれど、ほとんどは全部ギロチンで死んでいるのです。そうすると、リーダーになる、ならないかは、歴史を見たら偶然な気がします。リーダーの候補は何人かいる。ただ、その偶然、リーダーになった人を結果的に見たら、何がやっぱり優れていたかといえば、当たり前ですけれど、まず体力ですよね。大変なときにリーダーになるためには、何が起こるかわからないわけですから、フルに働ける体力があり、やりたいことがあった。「これを自分はやりたい」とか、「偉くなりたい」でもいいんです。「こういうことを自分はやりたいのだ」という強い使命感というか、まあ、趣味でもいいのですけれど。やりたいことが強烈にあった人が、やっぱり結果的にはリーダーとして残っているような気がします。

組織を維持するためには「仕組み」をつくる

為末:なるほど。もう一つの質問は、大きくなった組織を今度は維持する方のリーダーシップっていうのですかね。

出口:維持するというのは、仕組みをつくるということですよね。例えば、大唐世界帝国の例でいえば、華僑が始めるのですよ。そうすると、唐という国をつくった時は、李世民の周囲にいる優秀な部下、魏徴とか、房玄齢とか、杜如晦とか、そういう人々がちゃんと国を支えるわけですけれど、華僑というのはみなさんご存じのように、貴族でなくても優秀だった人を全国から集めるわけです。そういう仕組みをつくると今度は、貴族ではないけれども、いわゆる庶民の中から、ものすごく能力の高い人が出てくるわけですよね。武則天が華僑を引き上げて、ものすごい優秀な官僚が育つように。彼らが玄宗皇帝の開元の治を支えるわけですから、リーダーシップというよりも、やっぱり、長く続くのは、その仕組み化でしょうね。だから、創業の数十年の間にちゃんとしたシステムをつくる、とか。

為末:そこから先は、じゃあ、どちらかというと率いる人はさほど重要じゃなくて、いかに強固なシステムができているかというのが重要だという感じなのでしょうかね。

出口:それもありますね。でも、これも玄宗皇帝の例がすごくわかりやすいのですけれど、最初の半分ぐらいは一所懸命仕事をしたから、唐の都はシステムも完全に整って、最盛期を迎えます。ところが後半は、幸か不幸か、楊貴妃という美女が現れて、仕事をサボっちゃうとガタガタになっていきますよね。だから、そこはすごく難しくて、やはりシステムも大事だけれども、リーダーもちゃんとやらないと、しんどい。ただ、システムができあがったら、リーダーのウエイトはちょっと低くなるかもしれませんね。

為末:なるほど。もう一つ。出口さんの本の中で私が一番面白いなと思ったところが、活版印刷が生まれて活字が生まれて歴史に残せるようになった時代から、英雄の行動が変わるっていうところがあるのです。つまり、自分たちの振る舞いが後世に伝えられるってわかってから、リーダーの振る舞いがちょっと倫理的になるっていう話が出てくるのですけれど、私は今、インターネットの時代に、なんでも行動が出ちゃうとなってから、少し人の行動が変わってきているのではないかって気がするのですね。つまり、全部パブリックになって、全部ポリティカル・コレクトネスみたいな行動をとる人が増えているなという印象があるのですけれど、過去に「このあと残っていくのだ」ということを意識しながら取る行動と、それがないところで取る行動の二面性が今すごくある気がするのですけれど、そのあたりはどう感じますか?

出口:これは簡単な話なのですけれども、例えば古代文明の中で四大文明とか言っていますが、インドは記録に残っていないのですよ。なんで残らないかといえば、文字はあるのですが、紙とか粘土板がなかったので、貝葉(ばいよう)と呼んでいるヤシの葉に書いていたのですよ。その時はいいのですけれど、すぐに腐っちゃう。残らないのですよね。そうすると、誰もメモを取らなければ、みんな好き勝手言うじゃないですか。でも、記録されていたらみんな気にしますよね、「アホなことは言えない」と。
それと同じ現象だと思うのですけれど、中国のように文字が発達して、しかも紙も世界に先駆けて発達すると、必ずどこの世界でも「記録魔」とか、書きたい人がいますから、みんなが書き始めます。そうすると、やっぱり人間の行動というのは、同じ書かれるのだったら「かっこよく書かれたい」という気持ちがありますよね。それで行動が変わってくるというところが中国のものすごく面白いところですが、同じような現象は、実はイスラム世界にもあるのです。これはなぜかといえば、中国から紙が入って、紙がものすごくイスラム世界ではたくさん生産されたからです。そうすると、みんな書きたくなりますよね。書きたくなると、みんなお殿様のことを書いたり、男だったら、きれいな女性スターのことを書いたりするのが古今東西変わらないので、書かれる人は、「いっぱい書いているやつがいるな」と思えば、立ち振る舞いを考えるようになります。

 為末:もう一方で、書くという行為って、必ず主観が入ると思うのですね。時代の権力者が書かせるっていうところもあると思うのですけれど、人が書いた以上は必ず偏見が混じるというのもある気がするんですけれど、時代の文献を見ていて、てっきり、この情報しか残っていなかったからこうだと思っていたけれど、いろいろ調べてみたら「なんだ、こいつ、すごく偏って書いていたな」みたいなのもあったりしますか。

出口:もう山ほどありますよね。そのいちばん典型的な例がモンゴルだと思います。中国人にとってモンゴルというのは自分たちの国を取られたので、めちゃくちゃに書いてあるわけです。「野蛮で、人をいっぱい殺して、文化にはまったく理解がない」と。ところが、幸か不幸か、モンゴル帝国というのはユーラシアを全部仕切りましたよね。そうすると、ペルシャ語とかトルコ語の文献が実は山ほど残っているのですが、今まで日本の学者は漢文の文献しか読んでいなかったのですよ。
ところがトルコ語とか、あるいはペルシャ語を読んでみると、違った姿が見えてくるわけです。それで今わかっていることは、たとえば公主の子孫はどんなメモを残しているかといえば、「モンゴルの時はよかった」と書いているのですよ。「自分たちはいっぱいお金をもらえて、尊敬されて、ものすごく大事にされた」と。ところが、「明の時代になってから給料は減らされて大事にされないので、生活するのも苦しい」と書いているのです。
これはどういうことかといえば、クビライという人はすごく賢かったので、最後に南宋を接収し、中国の南半分をモンゴル帝国に併合します。そうすると、膨大な官僚が向こうにはいるわけですが、官僚って平均的に考えれば、普通の人よりもちょっと賢い人ですよね、文字も書けますから。で、賢い人を放っといたらどうなるかといえば、悪口を書くに決まっていますよね。それでクビライはどうしたかといえば、財政を投じて出版事業を始めるんですよ。「中華文明はすばらしいから、過去の遺産をどんどん残そう」と。そうすると官僚は、まあ、宋の国は滅んだわけですが、仕事があれば飯が食えますよね。しかも忙しいので、いっぱい本をつくり始めるわけです。「大字本」「小字本」とか呼ばれていますが、要するに文庫、新書をつくり始めるのです。その新書はポケットに入るので、それを日本の五山の僧などが日本に持ち込みました。日本の五山文化といわれている室町時代の文化のほとんどは、モンゴルの出版事業のおかげなんですよね。だから事実は、いろいろチェックしてみると、むしろ、野蛮な人々で文化を無視したのではないという姿がわかってくるのです。

「引っ張るリーダーシップ」と「担がれるリーダーシップ」

為末:そうなってくると、今起きている出来事とかも、いろんな国の角度の新聞を読むとか大事かなと思います。もう一つ、「引っ張るリーダーシップ」と「担がれるリーダーシップ」みたいなのがある気がしますが、どう考えますか?

出口:引っ張るリーダーシップか、上に乗って担がれた方がいいかというのはよく議論になりますが、個人的にはあんまり意味がない議論だと思っています。それはなぜかといえば、例えば国とか組織をつくる時に、ろくな部下がいなかったら、引っ張るしかないですよね。でも、例えば優秀な部下がいっぱいいたら、乗っていたほうが楽ですよね。だから、どちらがいいというのではなくて、状況による気がします。
歴史上の人物を見ていたら、この使い分けがよくできている人というのは、すごい大帝国をつくりますよね。自分が引っ張る時は引っ張るんだけれど、どんどん優秀な部下ができてきて「あ、これは乗っておいたほうが楽だ」と思うと、ひたすら乗るようになる。

為末:その時に部下が優秀かどうかを見分けるのって難しいなと思うのですけれど、それはどうやって?

出口:成果でしょうね。例えば中国でしたら、戦争をやらせてみたらものすごく強いとか、小さい国を治めたらものすごく立派に治めるとか。そういう部下がいたら、「これは任せたほうが楽だ」と思うというところがすごく大事なんです。ある意味ではダーウィンの進化論と同じで、賢い人や強い人が生き残るんじゃないよねと。状況は常に変わっていくのだから、適応がすべてだと。私はこれ、真理だと思うのです。
だからリーダーシップも、たとえば会社を立ち上げる時で頼りになる人がいないとか、自分が一番よく知っている時は突っ走るしかないけれど、あとから優秀な人が入ってきたら「任せたほうが楽だ」と、その切り替えができること。やっぱり、変化に対応することができることがいちばん大事だと思います。

為末:もう一つ、宗教についてです。宗教がなんで生まれたかというのを本の中で説明されていたところがあったと思うのですけれど、私はスポーツを引退して、ちょっとだけ会社をやって、数人ぐらいの社員なのですけれどね、いつも迷うのが、「どこまで押し付けていいのか」っていうところがあって。さっきの話にも近いかもしれないですけれど、ベンチャーでグーッと伸びていく会社というのは外から見ていると、ちょっとカルト的というか、「そんなにみんな、一つの価値観で染まっていいの?」っていうふうに思えるところを感じます。そういう組織って強いなと思う反面、「いや、個々人が考えるのが大事だ」って言う経営者もいたりして、こういうのって歴史上、短期的にはどっちが強くて、長期的にはどっちが強いとかあるのでしょうか?

出口:戦後の日本は開発独裁というか、「アメリカに追いつけ追い越せ」でみんながやってきたので、何かをゼロから立ち上げる時は、黙って同じことをやる方が、効果が良いというのがたぶんファクトでしょうね。ただ、それ以降はどうかといえば、いろいろな人を使ったほうが得なので、いろいろなことを言う人がたくさんいたほうが安全で強いということになると思います。これ、動物の世界でもそうですよね。よく「2:6:2の原則」ってありますよね。2割は一生懸命やり、6割はまあまあで、2割は適当にサボっていると。これ、動物学の世界では、何か変なことが起こった時に、遊んでいる人がいないと群れが死んでしまうという説が結構強いのです。だから、あえて生存のために遊軍というか、違う価値観を持った人を残しておくのです。だから、モンゴル帝国とか大唐世界帝国とか、長続きして、ものすごく高度な文明をつくった大帝国というのは、だいたい寛容で、ダイバーシティを大事にしていますね。

リーダーにとっては「後継者選び」が永遠の課題

為末:もう一つ、リーダーにとっては後継者選びも重要かと思いますが、その点はどうでしょうか?

出口:そうですね。歴史上いちばん難しいのは、やっぱり後継者選びに尽きる気がします。これはものすごく面白いのですけれど、中国でいえば、一番優秀な皇帝は誰かといえば、ほとんど全員が「康熙帝」と言うと思います。それから、文献に残っている中では、唐の「李世民」だと思います。で、この二人が二人とも、後継者選びに失敗しているのですよね。だから、そういう面では、歴史を見ている限りは、大権力者が最後に望むことは立派な後継者というか、次世代のリーダーを育てることにみんなが苦心して、これは永遠の課題で、なかなかうまくいっていないというところが人間らしいですよね。

為末:一番優秀な部下に任せてはダメなのでしょうか?

出口:部下とリーダーはまったく違う資質ですからね。不幸なことは、次のリーダーを選ぶ時に、部下の中から選ぶじゃないですか。でも、それは部下として優秀な人であって、リーダーとして優秀であるとは限りません。それは一言でいえば、どんな優秀な部下でも、困ったら相談できるんですよね、「親分、どうしたらいいですか」と。ところがリーダーというのは、相談する人がいないのですよ。迷った時は自分で決めなきゃいけない。これはまったく違う資質ですよね。
90年代にジョン・リードという有名なアメリカの経営者がいて、彼の人材育成法というのはものすごく面白いのです。シティグループを率いていたんですけれど、優秀な部下に全部小さい子会社の社長をさせるんですよ。で、社長として優秀だったら、本体の幹部候補生に引き上げるのです。例えば日本の大銀行とか、子会社が山ほどありますよね。その子会社をどう使っているかといえば、「この子会社は一番大きいから、副頭取のポスト」とか、こういうふうにやっているわけです。これ、めちゃくちゃもったいないですよね。むしろ、部下として優秀な人を2期4年とか子会社のトップにしてみて、人を使う能力があり、自分で決める能力があるかを見てから本体の役員に登用するとか。結局やらせてみなければ能力は身につかないので。だから、どんな小さいことでもいいので、自分で決めさせるという訓練をしないと無理だと思います。(後編に続く)

RELATED CONTENTS