今年3月発売の『海外で結果を出す人は「異文化」を言い訳にしない』から「本社とあなたへのメッセージ」の一部を紹介します。
海外展開を積極的に行っている企業であっても、満遍なく各拠点のサポートができているかと言えば、そんなことはありません。よくあるのは、ニューヨーク支社やシンガポール支社のような旗艦支社に対するサポートはそこそこできているものの、その他の小さい支社や、日本から遠い支社に対するサポートが手薄だったり劣後してしまうというケースです。一見理に適っているようではありますが、これでは現地に赴任して血眼で働いている駐在員は疲弊してしまいますし、頑張った割に結果もなかなか出ません。「結果がなかなかでない→サポートが薄くなる→ますます結果が出ない→ますますサポートが弱くなる」の悪循環に陥ってしまうと、そこからのリカバリーは容易ではありません。まだ小さな支店だからこそ、人材面でもサポート面でも力を入れるのが、グローバルカンパニーたらんとする組織には必要なのです。
(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、英治出版のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
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本社へのメッセージ
本社に心がけていただきたいことを、2つあげる。
①徹底的に寄り添う
まずは、海外オフィスや海外勤務者に、徹底的に寄り添ってほしい。これに関して、私が商社の本社で業務を行っていたときの上司の言葉を紹介したい。
「海外から来た依頼は、遠いところから来たものほど、そして、小さなオフィスから来たものほど、優先順位を上げなさい」
最前線で最も苦労しているのは、中東、アフリカ、中南米といった、一度行ったらそう簡単には戻って来られない、そして、生活習慣の違いも大きい遠隔地で孤軍奮闘している人たちだ。海外でも、規模の大きなオフィスは、それなりに現地にもリソースがある。しかし、立ち上げたばかりの小さなオフィスには十分なリソースはないので、行った者がマルチタスクで動かしながら仕事を創っている。
ところが、人間の心理として、大きな部門からの依頼や、近くから来た依頼からどうしても手をつけがちだ。これでは、最前線で奮闘している人たちは孤立無援になってしまう。実際問題、本社でよく耳にするのは、「海外で何をやっているのか、よく分からない」「海外の様子がよく見えない」と揶揄する言葉だ。その裏には、「もっとちゃんと本社に報告してこい」という意識があるのだろう。もちろん、海外にいる者も、本社にきちんと伝える努力をする必要がある。
とはいえ、海外にいる人にとっては、本社の人がそう感じているのと同様に、「日本の本社が、何をやっているのか、さっぱり分からないし、見えてこない」のだ。こうした逆の立場のことが本社で取り上げられることはきわめて少ない。本社からのミッションを受けた海外オフィスという関係性上、どうしても本社のほうが上の立場になりやすいが、本社の側がその構造をしっかり意識してほしいと切に願う。
こうした事態に陥らないようにするには、どうしたらいいか。その戒めの1つが、「遠くの人にこそ早く返事をしてあげなさい」なのである。いま本社にいる人は、このことをぜひとも肝に銘じていただきたい。
海外オフィスに寄り添うために、さらに突っ込んだ施策を行った例もある。
V-Cube社の社長の間下直晃氏は、自宅を、本社のある東京からシンガポールへ移して、社長が常時、海外拠点であるシンガポールにいるという状態をつくった。その当時、V-Cube社は海外展開を始めたばかりで、ご多分に漏れず、海外展開のスピードは遅々として進んでいなかったようだ。しかし、間下氏は、そうなるのも当然だろうと冷静に見ていた。
海外事業を立ち上げてすぐの頃は、会社全体からすれば、海外の事業規模はまだ「小さい」。それに、海外からは、日本とは勝手の違う依頼がくるので、「面倒」な事案も多い。加えて、「英語」を基本とした外国語でのコミュニケーションが必須なので、さらにハードルが上がる。
「小さい」「面倒」「英語」の三重苦だ。人間の性として、できれば避けて通りたいのは当然だ。結果、本社からの対応は遅れ、えんえんと先延ばしにされる。そこで間下氏は、こう考えた。
「この状況を打破するには、社長が現地に行くしかない。そうすれば、さすがに本社のスタッフも言うことを聞かざるを得なくなるだろう」
実際に間下氏は、自らシンガポールへ移り住み、シンガポールから日本のオフィスに海外の要望を伝えつづけた。それが効果を発揮し、徐々に本社が動くようになっていった。
さすがに社長に言われれば、本社も腰をあげざるを得ないだろう。逆にいえば、ここまでしないと、海外から本社を動かすのは至難の業だということを肝に銘じておかなくてはいけない。
私も実際に、いくつかの海外拠点を任されてきたが、海外拠点を本当に親身にサポートしてくれる本社の人は、ほんの一握りだ。文字通り、ほとんど寝る間もなく、現地の体制を立ち上げながらビジネスに追われているときに助けてくれた人は、一生忘れない。本当に信頼できる人として、今でも感謝の気持ちでいっぱいだ。
②エース級人材を新興国、途上国へ
駐在員を選定する際にも、注意したいことがある。ニューヨークやロンドンといった先進国の都市や、シンガポールのような地域の拠点に、ここぞとばかりエース級の人材を投入する企業は、今も多い。その一方で、新興国にある現地法人や、途上国の立ち上げオフィスには、規模や収益が小さいことから、経験の浅い社員を送り込んでいることが散見される。
しかし、すでに事業が立ち上がり、体制が整っている拠点よりも、一から組織を立ち上げ、ブランドの浸透もなく、人材もまだ揃っていないマーケットのほうが、はるかにビジネスパーソン個人の力量が問われる。むしろ、エース級の人材が必要なのは、新興国や途上国のほうではないだろうか。各企業の戦略にもよるが、今後の世界のトレンドを考えると、たとえば、ミャンマーのような成長途上にある東南アジアの拠点や、南西アジア、アフリカなどに、あえてエース級を送り込むことで、新しいビジネスが生まれ、発展していく可能性が高い。
ユニリーバ、シーメンス、フィリップスなど、各国の現地に根付いてグローバル展開している企業や、近年では、韓国や中国の企業も、新興国や新・新興国に積極的にエース級の人材を送り込んでいる。このように、戦略的に人材を投入している競合に対して、それに対抗できる人材を選定し、鍛え、派遣しているのか、真剣に考えてほしいと思う。
グロービス経営大学院では、世界で通用するリーダーに必要な「国際的視野」を習得するための「グローバル・パースペクティブ」の授業を行っています。
『海外で結果を出す人は「異文化」を言い訳にしない』
著者:グロービス(著者)、高橋亨(執筆者) 発売日 : 2021/3/22 価格:1,980円 発行元:英治出版