今年3月発売の『海外で結果を出す人は「異文化」を言い訳にしない』から「異国の地でどんな自分でいるのか」の一部を紹介します。
VUCAの時代と言われて久しいものがあります。こうした時代に、客観的事実に基づいて常に正しい意思決定を行うことはほぼ不可能です。そもそも、どれだけ客観的事実を精査したところでそれはしょせん過去の事実であり、「未来の事実」は存在しないからです。こうした不確実性の高い時代のリーダーには、今まで以上に「自分はこうしたいと思う。なぜなら…」の根拠として、自分なりの判断の軸や思い、人を引き付ける信念が必要となってきます。
筆者はコンサルタント時代にこう言われたことがあります。「客観的な事実でクライアントを動かすのはそれほど難しくはない。一流のコンサルタントとは『あなたがそう言うのであれば、それをしましょう』とクライアントの経営者に言ってもらえる人間だ」――こうした話と通じるものがあります。「この人が言うのだからついていこう」と思わせる判断の軸を持つことが、不確実性の高いグローバルビジネスで活躍するリーダーにとっても必須の要件なのです。
(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、英治出版のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
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最後に求められるのは、主観的な判断力
客観的な判断だけで結論が出せるのであれば、極端な言い方だが、リーダーは不要だ。もちろん、客観性の追求はとことんやるべきだ。なにも徹底的な分析や精査を否定しているのではない。ただ、どんなに理詰めで考えても、それだけでは結論が出ないこともあるのだ。
C社の例で考えるなら、2つの案のどちらにも相応のメリットとデメリットがあり、優劣つけがたいといえるだろう。競合他社がどんどん入ってくる市場でいちはやく大きな存在感を獲得するには、一気に投資するA案で進めないと、事業の成功確度は下がってしまいそうだ。しかし、現時点で残された不確定要素を考えると、最初からまとまった投資をするリスクも無視できない。B案で進めれば、投資リスクは下がるが、うまく事業を拡大できないおそれもある。そうなると、そもそもの目的を達成しづらくなり、事業そのものが立ち行かなくなる可能性もある。
つまり、練りに練った事業計画をこれ以上客観的に精査しても、解決策は出てこないのだ。したがって、最終的には、主観的な判断で決着をつけるしかない。この最後の主観的判断を行う立場であることが、リーダーがリーダーたる所以であると私は考える。特に不確実性の高い海外事業ほど、現場の最前線にいるリーダーが、自分なりの主観的判断を行うことが非常に重要になってくる。自分なりの主観的判断とは、言い換えると「意思決定の軸」を持っているかどうかだ。
イオンの前身である岡田屋を、岡田卓也氏とともに牽引してこられた名経営者の小嶋千鶴子氏は、客観的判断・主観的判断に関してこう述べている(『あしあと』小嶋千鶴子著、求龍堂、1997年)。
「客観的とは、どこまでが確定的で、どこまでが不確定かという確定・不確定要素を冷静に分析できるということである。100パーセント確定的であることはまずない。あとの何パーセントかは不確定なまま決断せざるを得ないのである。その不確定性に対して主観的判断が必要になる。[中略]主観的判断力とは、不確定性の部分に対してリスクを負えるという勇気である。不確実と知りながら一つの決断をするリスクに対して臆病でないということである。そのリスクを負って、なおかつ前に進もうというわけだから、そこには自分の覚悟なり信念がないと踏み込むことはできない。その意味で主観的判断の背景には、自分の心を強く揺り動かすだけの何らかの要素がなければならない」
私は、この小嶋氏の考えに深く共感する。主観的判断というのは、その時々の気分や好みで決めるという意味ではなく、確固たる主義主張に裏打ちされたものだということだ。どんな状況下でも、リーダーが絶対に持っていなければならないものなのだ。
グロービス経営大学院では、世界で通用するリーダーに必要な「国際的視野」を習得するための「グローバル・パースペクティブ」の授業を行っています。
『海外で結果を出す人は「異文化」を言い訳にしない』
著者:グロービス(著者)、高橋亨(執筆者) 発売日 : 2021/3/22 価格:1,980円 発行元:英治出版