理念浸透を進め、組織を一枚岩にしたい――経営者や人事が抱く思いは同じだ。だが、「企業が一方的に従業員に理念を押しつけるだけでは、本当の意味での“同志”になりえない」と、グロービス経営大学院の卒業生であり、パラドックス社執行役員の鈴木祐介氏はいう。同社が開発したインナーサーベイ「同志サーベイ」とは。
測りたいのは企業と個人の“心の重なり”
田久保:本来、働く人と企業はやりたいことを共に実現する「同志」のようなものではないでしょうか。とはいっても、大抵は企業側が社員に自社の理念を浸透させることで目的を追求しようとします。ですが、従業員の想いはどうでしょうか。本来は「企業が掲げる理念」と「どう生きたいかという個人の思い」が重なり合って初めて、互いを「同志」と呼べるのではという気がします。
そこで今日は、組織の「同志度」を測れるというインナーサーベイ「同志サーベイ」についてお聞きします。パラドックスさんが独自に開発したということですが、まず貴社がどんな企業なのか、教えてください。
鈴木:当社のミッションは「志の実現に貢献する」です。クライアントが大切にする価値観やあり方を深く理解し、世の中に提供する価値や使命を明確にする。つまりアイデンティティを明確にした上で、そのブランドストーリーを社内外に浸透させるとともに、商品開発やプロモーション、採用や組織活性など横断的に伴走することで、企業や従業員の自己実現に貢献しています。誇りを持って幸せに生きていく人を日本中に増やしたい、そのためにはぜひ志を持ってほしいし、その志を支援したいという思いでやっています。
田久保:「同志サーベイ」は同じ志を持っているかどうかの度合いを測るツールだそうですが、従業員満足度調査(ES)とは違うんですね。
鈴木:そうです。働きやすさなどを網羅的に測定するESなどと違い、同志サーベイでは企業の志と個人の志の接点に特化して設問を設計しています。
具体的には、「同志度」という独自の基準を設け、企業と個人における相互認知・共感・貢献度を測定します。相互認知は、お互い自分の強みや価値観、在りたい姿、目指したい姿を知っているかどうか。相互共感は、共感を寄せて尊重しているか。相互貢献は、お互いの志をかなえられるよう支え合っているか。さらに、「価値観・強み・自己実現」という3つの観点から企業の現在の組織状況を把握します。
田久保:このサーベイで焦点になるのは、企業、あるいは周囲の人と自分の心の重なり、自己実現の重なりといった部分でしょう。「ご唱和理念」とか「額縁理念」といった言葉があるように、理念浸透というと単に理念の暗記になりがちです。でも、一言一句間違えず覚えることにはあまり意味がない。
例えば、グロービスではハートフルコミュニケーションという言葉がありますが、何かあった時に割と皆が引用します。このように言葉が生きていること、あるいは、日常の行動に落としこんでいくことが大事かな、と。そういう本来の意味での理念浸透度が、このサーベイで明らかになる気がします。
鈴木:おっしゃるとおりです。企業の志と関係なくやるのであれば、独立するか他社の方が幸せに働けるのかもしれません。自社の目的と自身の想いに接点があり、その接点をどれだけ大きくできるかということが肝心です。サーベイでは、個人の志を支援する制度を設けているか、評価に結びつけているかなども振り返ることができます。風土や、半径10mぐらいにいる上司、部下、仲間の理解や共感の度合い、人間関係も見えてきます。
そのためには、環境も大切です。先ほど、ESとは違うというお話をしましたが、「ハラスメント行為がないか」や「安全に働けるか」といった項目は捕捉設問としておさえています。マズローの「欲求5段階説」でいう下位の欲求に該当するような内容ですね。といっても、純粋に働きやすさについて聞いているわけではありません。大切にしたいのは特に自己実現欲求や誇りなどの働きがいについてです。
田久保:「お給料はいいですか?」「オフィスは快適ですか?」といった話ではなく、心のつながりを重視した調査ということですね。言語化・数値化が難しく、見過ごしがちな部分だと思います。ESが高かったら人事は安心してしまいそうですが、同志度を測ることによって、組織が果たして一枚岩になっているか、改めて見えてくるのではと思います。
あえてパンドラの箱を開け、組織に活力を与える
田久保:そもそもなぜ「同志度」という新しい尺度を作り、測定、フィードバックしようと思ったのか。経営者の皆さんにとってどんな意味で役立つと考えたのでしょうか。
鈴木:先ほどお伝えした通り、私たちは理念経営を後押しするブランディングをやってきました。2020年現在で理念やアイデンティティの開発に携わったのが約200社、常時100社以上のブランディング活動をお手伝いしています。ですので、理念経営についての悩みは日頃からよく耳にしていました。
経営者のみなさんは「自分の思いが伝わっていないのでは」と心配されていますし、現場は「トップの意向がわからない」と悩んでいる。また、取材していると、モチベーションが高い人は自分のやりたいことができているけれど、そうでない人はやらされ感を抱いていることがわかってきました。誰だって、一方的に貢献していたら苦しくなります。そんな状態はフェアじゃないし、結局、組織として長続きしません。
同志と呼べる人たちが会社に溢れていくとその分、話が合う人が組織に増えるわけで、メンタル面の安定にもつながるはずです。何より、社員のみなさんが自身の自己実現につながっていると心から思える仕事ができていて、そのために仲間たちが応援してくれていて、しかもその仕事が会社の理念の実現にも貢献していると実感できる――そうなれば、きっと誇りを持って、幸せに働けるのではないかと思うんです。そして、そういう社員で溢れたら、企業はきっと理念に向かって力強く成長していけるはず。私たちはそれを「叶え合う組織」と言っているのですが、そういう組織づくりをしながら、その会社らしい企業文化を育んでいく手法として同志サーベイは有効なのではと考えました。
田久保:このサーベイを、どういう企業に使ってほしいと思っていますか。
鈴木:一言でいえば、志を持ち社会で役立とうとしている企業、人を大切にする企業、長期的に繁栄したい企業です。今のところ導入企業は、中堅規模以下の企業が多いです。幅はやや広く、数十億〜数百億円ぐらいがボリュームレンジでしょうか。オーナー企業が多いです。
田久保:同志サーベイの導入を提案すると、経営者や人事の方はどんな反応をされますか。
鈴木:「大事なことですね」と身を乗り出す人もいる一方、難色を示す人もいます。パンドラの箱を開けてしまうんじゃないか」という恐怖があるのでは、と思います。
「メンバーは企業の理念にあまり共感していない」「みんなそれほど幸せそうに働いていない」と薄々気づいているけれど、サーベイをやったら現実が赤裸々になってしまう。しかも、従業員はサーベイをしたら問題に取り組んでくれると期待します。企業としては、期待されてもどこまで取り組めるかわからないし、逆に従業員を残念な気持ちにさせてしまうかもしれない。
ただ、トップの皆さんは意外と不安を抱いていないんですよ。むしろ「早く課題が分かったほうがいい」と思っている人が多い気がします。
田久保:実際に導入した企業を見ていて、どんな気づきがありましたか。
鈴木:社員数50人くらいの内装会社さんの例をお話しします。従業員の多くはデザイナーで仕事の満足度は非常に高いですが、サーベイを行ってみると理念への共感度はそこまで高くなかった。純粋に仕事を楽しんでいて、会社に所属していることより、働くことそのものが自己実現であり、誇りにつながっているという人が目立ちました。このままだと一見面白そうに見える仕事や高額オファーが来たら転職してしまうかもしれません。この会社では、会社への愛着を高める施策を打っています。
あともう1社は介護関連の企業。使命感を問われる業務内容だけに、皆さん仕事に対する誇りも強いです。ただ、マズローの「欲求5段階説」でいう下位の欲求に該当する点数が低いんですね。企業にも仕事にも貢献しているけれど、自分に対して貢献されている実感はあまりない。ここでは、働き方改革や相互理解を深める施策を進めています。
田久保:みなさん、葛藤を抱えているんですね。志を実現するといっても、日本で働く多くの人は企業に雇われている。雇われている状態で自分の志が開花できればいいですよね。少なくとも、志を意識しながら毎日の仕事に向かえるようになれば。同志サーベイがその気づき、きっかけづくりになるということですね。
鈴木:私たちは日頃、経営者の横で仕事をさせていただいていますので、トップが孤独であることを感じることもあります。みなさん常に矢面に立ち、いろんなプレッシャーを抱えておられます。同志が増えればどれだけ励みになるか。それに、サーベイ結果から好循環が生まれて会社がいい雰囲気になると、働く人の顔も生き生きしてくるんですよね。企業と個人の両方が幸せになっていく取り組みになればと願っています。
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