災害や気候変動が絶え間なく起こる中で企業が行うべき「戦略的サステイナビリティ」とは

本記事は、G1経営者会議2019「AIとビッグデータによる戦略的サステイナビリティの実現」の内容を書き起こしたものです。(全2回 前編)

島田太郎氏(以下、敬称略):本セッションは「戦略的サステイナブル」ということで、SDGsで事業価値をどのように創出するか、またはそれをAIやビッグデータでどう実現するかといったテーマになるかと思います。なかなか難しいテーマですが、今日は素晴らしい方々にお集まりいただきましたので、いろいろお話を伺えると思います。

私は今週シンガポールに行っていたんですが、あちらではここ2~3週間雨が降っていなかったそうです。それで「ゴルフ場の草が枯れている」と現地の方に聞いて、「怖いね。そんなことがあるんだ」なんていう話をしていました。あるいは、ユヴァル・ノア・ハラリさんの著書によると、人類の体重は合計すると全世界で3億トン、家畜は7億トンになる一方、野生動物では1億トンしかないそうです。ほとんど地球を食い尽くす勢いで増えているわけですね。よくよく考えると、このままでは本当にヤバイ事になる、と。ですから、そういう部分に企業としても何らかの形で、事業を成立させつつも貢献していかなければいけないのだと考えています。そうした問題意識で、まずは川邊さんから順に、皆さまが現在どんなことをなさっているか伺いたいと思います。

インターネットカンパニーの次の課題は「環境」

川邊健太郎氏(以下、敬称略):インターネット産業というのは、SDGs上の問題を解決したいと考えている会社や、その問題解決に燃えて起業するような人たちが数多くいます。そうした課題解決は「当たり前だよね」と認識している人が多いと思うんです。そのなかでもとりわけ、自分たちがこのまま膨張していくことによって最も大きな問題を引き起こしてしまうのではないかと皆が考えている分野は、やはり環境。新しい会社が多いのでジェンダーの平等に対する取り組みは結構やっているんですが、環境についてはこれから大変になると思っています。

ただ、環境といってもすぐにはイメージが沸かないですよね。インターネット企業はハードウェアなどのメーカーほどCO2や産業廃棄物を出しているわけでもないですし。では、課題はどこにあるのかというと、データ、あるいはデータセンターです。約25年におよぶ商用インターネットの歴史を経てデータは莫大に増えましたが、それまではデータを結構捨てていました。持っていても仕方がないから。しかし昨今はディープラーニングという手法が生まれ、データを持っていれば持っているほど、さまざまな推察や洞察ができるようになってきました。それで、「さあ、データの時代だ」と。データをたくさん蓄えて、それをディープラーニングにかけて付加価値を高めていこうと、我々も躍起になっています。

ただ、このディープラーニングを走らせるコンピューターのなかのGPUという部品が、凄まじく電力を使います。スーパーコンピューターも同様です。ですから、それをいかに抑え、エコにしていくか。ただ、おそらくそこもデータの力で何とかしていけるのではないかなと考えています。

それともう1つ。すでにサステイナブルでない事例を引き起こしてしまったケースが物流クライシスです。今までは徒歩で、ある種エコに買い物へ出掛けていたものが、Eコマースの成長に伴い、荷物を主に自動車で運んでいるわけです。それでCO2の排出がさらに増えていった。さらには、ドライバーや作業員の不足が深刻になっていきました。そこをサステイナブルにしていくことも課題ですし、こちらもやはりデータで最適化していくことになると考えています。

「防災・減災以外に何か取り組めることはないか」が大きなテーマになっている

住隆幸氏(以下、敬称略):まず、私どもが従来からCSRとして取り組んでいる大きなテーマの1つは環境です。具体的に何をしているかというと、1つには当然ながら会社として環境マネジメントのISO規格等を取得して、紙の消費を減らすようなことを昔から行っています。で、このほかには、たとえば東南アジアでマングローブの植林事業を十数年続けています。これまでの総植林面積はカンボジアぐらいの広さになるのではないかと思いますね。毎年、社内の有志が取引先の代理店さんやお客さんと一緒に植林に行っています。マングローブは成長が早く、CO2削減に大変有効な植物なんですね。こうしたものが従来から続くCSRの取り組みです。

そして、それ以外はというと、保険事業を営む私どもには避けて通れないテーマがSDGsのなかに2つあります。1つは気候変動。ご存知の通り、どうも最近は台風の頻度と強度が上がってきているのではないか、と。我々は有事の際、被災者の方々の応援体制を敷きますが、ここ数年はそれが夏の定番のようになってきました。被災者対応で、毎年何百人何千人という社員が緊急本部へ応援に行っています。それで、自然災害自体をなくすのは無理ですが、我々としても「防災・減災以外に何か取り組めることはないか」というのが今は大きなテーマになっています。まだローンチできるサービスとして出来上がったものはないんですが、まずはそれが1つ。

もう1つの大きなテーマがウェルネス・健康の領域です。ウェルネスといってもいろいろありますが、損害保険と生命保険の両方を営んでいる私どもにとって一番の目標は健康寿命をできるだけ伸ばすこと。他者の介護や支援がなくても、ご自身で日常生活を送っていけるという健康寿命を伸ばしていきたい、と。ここでも何か取り組めるのではないかと考えて、今はチームをつくって一生懸命開発をしています。ただ、こちらもまだローンチできるところまでまとまっているものはない状況です。

島田:少し意地悪な質問なのですが、今後、保険料は上がってしまうんでしょうか。

住:自然災害に関して言うと、地震はもともと政府の再保険制度によって決まっているので、基本的にノーロス・ノープロフィット。我々は収益を上げていません。ただ、地震のところは若干上がってしまいましたね。一方、台風については、実は我々は皆さんにお支払いする保険金の支払い能力確保のため、たとえばイギリスのロイズですとか、世界中の保険会社とシンジケーションを組んでいます。おそらく日本の保険会社の資本だけではお支払いしきれないので。で彼らが要求する値段が今は結構上がってきています。我々としては、保険会社だけではなくキャピタルマーケットの投資家にも引き受け能力の提供を投資商品のような形で呼びかけ、懸命に支払い能力を確保していました。それでここ10年ほどは仕入れ値をだいぶ抑えていたんですが、さすがにここ2~3年の災害多発で、今は少し値段が上がってきました。それで、たしか火災保険料は来年から少し値上げをさせていただく予定になっています。申し訳ありません。

島田:こんなところでそんな話をさせてしまって申し訳ないです(会場笑)。それほど喫緊の課題ということですよね。では、続いて松尾先生。

目の診断はディープラーニングで自動化できる

松尾豊氏(以下、敬称略):AIとSDGsの直接的な関係というと、たとえばリサイクルのところで廃棄物の処理等を自動化しようというものがあります。私もこの1年ほどでゴミ処理場を何箇所か見に行きましたが、自動でゴミの分別ができるんですね。そうすると、そこからデータを取ることができて、どういうものに廃棄コストがかかっているかという情報を戻してあげることができる、と。そんな風にして静脈産業から流れをつくるというのが1つあると思います。

それともう1つ。今朝も京都で眼科学会というものに参加してきたんですが、正直に申し上げて、もう目の診断はディープラーニングで自動化できるんですね。それでお医者さんのほうはまた別の仕事を担当なさるようになると思いますが、とにかくディープラーニングの精度が高いので。これ、日本のような国では実感というかメリットをあまり感じることができませんが、世界には医療にアクセスできない方々がたくさんいます。自動化技術でコストが大幅に下がり、そういう人々も医療にアクセスできるようになる、と。これは世界全体で見ると非常に大きい効果だと思います。

島田:ありがとうございます。では、技術的に今後はどうなっていくのかという点も、AIで具体的に何をやっていらっしゃるのかというお話と交えつつ、可能な範囲で共有できればと思います。たとえば東芝では電力の問題もあるということで、分散化やチップへのAI機能搭載等々、ディープラーニングのツリーを省いたりする技術開発にも取り組んでいます。あるいは、教師なし強化学習が今は流行っていますよね。「アルファ碁ゼロ」の衝撃もありました。今まで「データがなければ」という話だったのが、今はデータなし・教師なしで、いわばシミュレーションのような方法でデータをつくる手法も増えてきています。それで、東芝は車載のチップもやっていますが、3Dシミュレーターでアノテーションの情報を先につくってしまって学習させるといった感じにもなってきました。

松尾:囲碁のように勝敗がはっきりしているものはデータがいくらでも取れますから、そこはいいんだろうと思うんですね。一方、実世界で何らかのインタラクションが必要なものは、どうしてもコストがかかるというのがあると思います。ただ、本当はデータを少なくする方法がたくさんある筈なんですよね。今、教師なし学習というお話がありました。今、ディープラーニングの研究はすごく進んでいますが、1つ大きな謎があるというか、研究者が皆思っているけれどもまだできてないことがあります。

たとえば人間の赤ちゃんは、「これが犬だよ」と、たくさん教えられなくても犬が分かります。明らかにデータ量は少ないんですよね。で、それがどういう仕組みでできているのかは分かっていないんですが、「そこに教師なし学習が効いている筈だ」と。「犬」と教える前に、犬であることを分かっている筈なんです。そんな風にして、データに内在する構造を見つけ出すということを人間の脳はやっている筈なんですが、今のディープラーニングはそこがきちんとできていない。その辺を解き明かすことは今後すごく重要なテーマになると思います。

島田:住さんはいかがですか? たとえばAIの技術者をたくさん育てなければいけないということも今はあるかと思いますが。

住:もともと保険会社には、保険数理の専門職であるアクチュアリーという方々がいます。私どものグループにも100名以上います。これには10科目ぐらいで試験があって、だいたい皆仕事をしながら毎年1~2科目その試験を受けますから、平均すると資格取得に5年ほどかかるという、結構ハードな資格です。データサイエンスの話が巷でいろいろ出てきた数年前、「これ、アクチュアリーがやっている仕事と何が違うんだっけ」ということに、当時は誰も答えられませんでした。

一方、実は私どもがデータサイエンティストのチームをつくったのは去年。ですからそこは出遅れたんですが、やってみると、意外にもアクチュアリーとデータサイエンティストでかぶっている部分もかなりあると分かりました。ですから、今そのチームには外部から採用した10名ほどが在籍していますけれども、今は彼らが中心になって、100名超の社内アクチュアリーたちをデータサイエンティストに再トレーニングするプログラムを走らせています。毎年20名ぐらいをトレーニングしていこう、と。実は松尾先生にそのカリキュラムを監修していただいているんですが、計260時間ぐらいを半年ほどかけて履修します。これは業務の一環として私どもが指名をしたうえで受けてもらいます。もちろん所属長の了解は取ります。

それを今年5月に開講して、今のところは脱落者もなく全員順調にやっていますね。明けて1月から最後の仕上げを40時間ほどかけて行い、それで第1期が終わったのち、また来年5月から第2期がスタートします。そんな風にして、今は毎年20~30名の規模で内部の人材を鍛え直しています。ただ、規模感としてはおそらくこれでも足りないので、もう少し外部からの採用と、新卒の方の採用も加速させなければという感覚を持っています。

事業も世の中の仕組みも、データを集めて機械学習させることで良いパターンを見つけることができる

島田:皆さん、順調にAIエンジニア化している感じですか?

住:一番の基本はPythonを使ったプログラミングなんですね。アクチュアリーたちはSPSS等各種のプログラム言語をもともと使ったりしていたんですが、そうは言ってもPythonをイチから教えるとなると人によって差が出ます。何の苦労もなくすっと使いこなせるようになる人間もいれば、どうしても引っかかってしまう人もいて。やはり若い方のほうが入るのはラクみたいですね。プログラムには40歳以上の人間も参加していますが、本人は「結構苦労している」と言っていました。

島田:川邊さんはいかがでしょうか。

川邊:「データでSDGsを」となると難しいんですが、「事業的サステイナビリティとデータ」ということであれば、すごく話しやすくなりますね。正直言って、ヤフーは事業的サステイナビリティをデータで実現していっています。どう実現しているかというと、ヤフーはコンシューマ向けサービスをいろいろやっていますが、まずは各サービスでKGI(Key Goal Indicator)を明確にします。ほとんどの場合は利益ですね。利益がKGIで、それを分解すると売上等のKPIになる、と。では、売上が何からつくられるのかというと「ユーザー数×広告出稿回数」等々。そんな風にKPIを分解します。KGIは結果ですからデータでなんとかできるものではありません。ですから、個々のKPIにデータを絡ませて、数値を向上させることができそうなものを見つけ出し、そこを集中的にやるという作戦になります。

かつてはそれを、インターネットサービスをつくるのが上手な人間がやっていました。サービスのプロデューサーやエンジニアが、「このKPIを高めたら事業の最終的な利益や売上が伸びるんじゃないか?」という仮説を立て、いろいろとデータを使って改善をして、「ほら、やっぱり良くなった」なんていう風に。ただ、そんな風にして今までは人間がデータを用いてKPIを改善していたものが、昨今は急速に機械学習が、さらには機械学習から進化したAIが勝手にやってくれるようになってきました。

我々も機械学習にかけて、クリックされる回数やクリック率をどんどん増やしています。具体的な手法は、ディープラーニングの話になると必ず出てくる、いわゆるA/Bテストですね。「文字数は15文字にしたらクリックされるのか、それとも13文字のほうがいいのか」とか、「色はこのブルーがいいのか、もう少し薄いブルーがいいのか」とか、「表示させる位置の背景色は白と青でどちらがいいのか」とか。こういったことも昔は人間、たとえばデザイナーが試行錯誤しながらやっていました。でも、今はAIが多様なパターンを表示して、それぞれクリックされる確率を見ていきます。そのうえで、「あ、これが最もクリックされるから、このUIにすべて変えよう」と。その変えるという部分も機械が自動的に行います。そんな風にして事業の規模を大きくしています。

このような取り組みを、1つのサービスのなかでも複数まわします。ヤフーであれば100ぐらいサービスがあるので、100のサービスのなかでそれぞれ、さまざまな試行錯誤がデータおよび機械学習によってなされています。それによって事業が逓増していく、と。複利で少しずつ大きくなっていきます。これが我々にとって最大の事業的サステイナビリティであり、まさにデータと機械学習からつくられているものになります。

島田:地域や人のアトリビュートによってもクリックするか否かの差は出るんですか?

川邊:はっきり出ますね。それでもの凄い数のパターンを実験しながら、自動的に、最適なものにしていきます。そういう手法を実装できているデータドリブンカンパニーと、そうでない会社とで、まずIT業界では明確な差が生まれていますね。おそらく他の産業も少しずつそうした要素が入っていったとき、そのサイクルがある会社とない会社で明確に競争力、あるいは付加価値の差が出てくるのではないかと思います。

松尾:A/Bテストやスプリットテストというのは本当に強力で、サービスの質もめちゃくちゃ変わるんですね。で、そう考えると、世の中におけるほぼすべての社会システムはA/Bテストをしていないとも言えます。これ、結構ひどいことなんですよね。僕は思うんですが、たとえば消費税もA/Bテストで決めればいいじゃないですか。

これ、結構真面目な話で。今の世の中は複雑になり過ぎていて、頭の良い誰かがモデルをつくってそれで説明できるような時代ではすでにないんですよね。非常に多様な要因の組み合わせで動いているので。そういう世の中に対応するためには、少し動かしてみて結果がどう変わるかというところから、データを使ってどんどん学習させて、それで良いパターンを見つけるというやり方しかおそらくはない、と。消費税が8%から10%に上がったとき、社会にどのような変化が起こるかといったことはもう予測できないので。それなら、たとえばどこか1つの地域で先にやってみて、そこの傾向から全体を推測したりしてみるとか、もっと多様なやり方がある筈だと考えています。

島田:そのためにはリアルタイムのフィードバックが必要ですよね。今言われたようなことがネットでは割と簡便にできたとしても、ハードの世界ではそのためのIoT実装がまだまだ遅れているので、そこをなんとかしなければいけない、と。

川邊:ネットはフルデジタルですから。ただ、それでも「こういうやり方で付加価値を付けるんだ」という結論に達して、我々がやりはじめたのは数年前で、それが最新の状況です。ですから、集めることのできるデータは集めて、機械学習によるPDCAサイクルを回していくと、事業はすごくサステイナブルに、複利で効いてくることになると思います。

島田:その意味では、我々のようなハードベンダーは今後ともデータが出るようにする努力をしていかなければいけないかなと思います。住さんはいかがですか?

住:実は、金融保険業はA/Bテストがすごくやりづらい規制業種なんですね。そもそも値段については全件認可を取らないといけないので、勝手に変えてお客さまの反応を見ることができません。グループには自動車保険をダイレクトに売っている会社があります。そういうところが、たとえばウェブサイトで「こういうパターンとああいうパターンがあります」といったA/Bテストを行ったり、特約をお勧めする際に「AパターンとBパターンがあります」とご案内したりというのはしょっちゅう行っています。ただ、一番大事な価格がA/Bテストの対象にできません。また、商品も1つひとつ認可を取らないといけないので、たとえば「こんな面白い商品をつくったからお客さんの反応を知りたい」というような、お菓子業界等々でやっているようなテストマーケティングもできません。その意味ではすごく遅れた業界という側面があります。

島田:そのあたり、政府に何か提言をなさったりすることはあるんですか?

住:認可について自由度を高めて欲しいというお話は、当局の方々との対話のなかで継続的に行っています。あと、今は活用していらっしゃる企業も多いと思いますが、内閣府でつくっているサンドボックスという制度を使って何かできるのではないかという検討はしています。(後編に続く)

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