いまや日本国内にいても、企業の規模を問わず、外国人との協業は当たり前になってきています。世界20カ国、5000人の外国人と共に仕事をしてきた異文化人材マネジメント・コンサルタントである齋藤隆次氏に異文化理解における大切なポイントをインタビューしました。(全2回、前編)
国内にいても「異文化理解」が必要になる日本のこれから
田久保:齋藤さんはこれまで世界20カ国、5000人の外国人と接してこられたそうですね。そもそも、グローバルなキャリアを歩むようになったきっかけは?
齋藤:パイオニアで、北米事業を担当したことがきっかけです。40歳のときに米国へ赴任し、44歳で現地法人のCEOに就任しました。帰国後、フランスの自動車部品メーカー、ヴァレオにヘッドハンティングされ、50歳でアジア統括部長、57歳で日本法人社長を任されました。本社のリエゾンコミッティ(経営会議)のメンバーは30人ほどでしたが、その中で私が唯一の日本人でした。パイオニアでの海外勤務が7年半、ヴァレオでは14年勤務していましたから、20年以上にわたって、グローバルな環境で仕事をしてきたことになります。
田久保:昨年には、初の著書『ビジネスエリートが実践している異文化理解の全テクニック』も出版されました。
齋藤:「異文化理解」というと、かつては海外へ赴任する人のためのものでした。しかし最近は、多くの外国人が日本に来るようになりました。在留外国人は250万人を超え、300万人になろうとしています。さらに2019年には改正入管法が施行され、5年間で約34万人の外国人労働者を受け入れることになりました。外国人の部下がいることは、当たり前になってきています。
私から見ると、日本はもっと外国人を活用できると思います。そのためには、海外で働く人だけでなく、あらゆる人が異文化を学ばなくてはなりません。そんな思いがあり、本を出すことにしたんです。私がこれまで培ってきた異文化理解のノウハウを、次の世代に継承できればいいなと思っています。
無駄のないヴァレオでの経営と人材育成
田久保:ヴァレオはどんな会社でしたか?
齋藤:日本ではあまり知られていませんが、ヨーロッパでは優秀な人材を輩出することで評判の高い会社です。「ヴァレオ経営者学校」とも呼ばれ、ヴァレオ出身者なら経営者として間違いないと言われています。ライバル社や中小企業の多くの経営層にヴァレオ出身者がいることがあります。
ヴァレオは仕組みをつくることが非常に上手です。ヴァレオの生産方式は、すべて日本の自動車会社の生産方式をもとに、非常にきれいな仕組みをまとめ上げています。日本の自動車会社は生産方式を哲学として教えるので、欧米人にとって理解するのが大変です。それでは日本以外の企業には根付きません。
対してヴァレオでは「標準化」「マニュアル化」して「理解しやすく」「実行しやすく」システム化しています。「Kousu(工数)」や「Sangenshugi(三現主義)」といった、日本語の用語もそのまま社内標準語になって定義付けされています。
また、数センチの厚さになるという月次活動報告書が月初数日でまとまります。内容すべてにわたって世界統一されています。財務はIFRS(国際会計基準)に基づいていますし、経営のフォーマットもすべて同じです。そのため、ヴァレオの経営層は転勤してもその日から経営状況を把握することができます。
この月次活動報告書を用いて実績検討会議をやりますが、無駄が一切ありません。予算と実績を比較して、足りないところを指摘して、次のアクションを出す。その次の会議では、「結果どうなった?」「では、こうしよう」「足りなければ追加のアクションを」と次々進んでいきます。
ヴァレオでは経営者が育つといいましたが、これはすべての部門、営業でも人事管理でもそうですし、すべて標準化、指標化、仕組み化して同じようにやりますから、誰でも育ってしまうのです。
自分たちのものに落とし込み、システム化するのが得意なフランス
田久保:仕組みづくりが得意なのは、ヴァレオが素晴らしいのでしょうか。それともフランス人の特質でしょうか。
齋藤:両方あります。まず、フランスは植民地経営をしてきた歴史がありますので、どうしたら異文化の人たちを巻き込めるのかという勘所をわかっているのかもしれません。特にフランスは、グローバルスタンダード、デファクトスタンダードをまとめるのがうまいと思います。
かといって、仕組みをつくったら、それに自動的に各国が従うとも考えていないのです。各国の意思のみに頼ることなく、マトリックス組織で実行が担保されるべく押さえるべきところを押さえていきます。
田久保:仕組みはつくるけれども、肝心なところは自国で押さえてチェックをする。そういうPDCAが回っているんですね。
齋藤:その通りです。例えば、ヴァレオのKPIは5つのコアから成り立っています。開発、人事、製造、品質、営業といったコア毎にKPIがあります。KPIは毎年見直しをして、KPIを入れ替えていきます。
田久保:指標を追っていたらいつの間にかマーケットと合わなくなっていた、ということが起こらないように、KPIの入れ替え制で防いでいるわけですね。
グローバルリーダーは切磋琢磨するなかで磨かれる
田久保:仕組みに支えられているところは大きいと思いますが、個人にフォーカスした時に、どのような特性を持った人が、グローバルリーダーにふさわしいと思いますか。
齋藤:自分を表現できる人ですね。人と切磋琢磨してこそリーダーシップは磨かれます。日本人は会議で発言しないことで知られていますが、それではグローバルで通用しません。まず、発言をすること。根回しと稟議書でものごとが決まる日本とは違うことを理解しておく必要があると思います。
自分を表現できる人を育てるには教育を変えることも必要です。一方的に教えるのではなく、インタラクティブな教育にしていかなければならない。グロービスでは、発言しない人は置いていかれると考えるのが当たり前です。グローバル化の時代では、グロービスの状態は普通です。むしろ、人を押しのけてでも発言するくらいの積極性を持つべきだと思います。
田久保:今後、日本の職場にも外国人がたくさん入ってきて、グローバル化が進むと思うのですが、どんなことに注意すればいいですか。
齋藤:もっとも大切なのは、違いがあることを前提にすることです。日本人は「みんな同じ」が前提なので、そのことをよくわかっていません。例えば、日本人は空気を読んで全体の流れにしたがうことを優先しますが、外国人の場合、他人と違う自分であることを優先します。どちらがよい、悪いというわけではありません。ただ、違いがあることを前提にしていないと軋轢が生まれます。
習慣の違いもあります。例えば5Sです。日本では、職場まわりをきれいにすることは常識です。しかし、米国ではそうではありません。専門人の仕事だと考えます。掃除をしてくれる業者の人がいるのに、自分が掃除をしてしまったら、その人の仕事を奪ってしまうと考えるのです。
田久保:国によって習慣や文化の違いがあると思いますが、相手に合わせてこちらが対応を変えるべきでしょうか。
齋藤:いえ、対応を変えてはいけません。相手に合わせるあまり、自分のアイデンティティをなくしてしまうのは、一番よくないと思います。特に欧米人は、トランスペアレンシー(透明性)を重視します。考えていることや、行動している理由が見えない人は、「何を考えているかわからない」と嫌われます。
対応を変えるのではなく、相手に対する理解を変えていくのです。そのためには、まず相手の話に耳を傾けてきちんと聞くこと。そして、理解する努力をすることです。そのうえで、自分の考えていることを伝える。それが大切です。一貫性をもった態度が信頼を生み出します。(後編に続く)
(文=石井晶穂)