日本人としてのアイデンティティを失わずに世界で戦う

グローバル化が加速する世界で日本に欠けているもの、必要なものは何でしょうか。世界20カ国、5000人の外国人と共に仕事をしてきた異文化人材マネジメント・コンサルタントである齋藤隆次氏に異文化理解における大切なポイントをインタビューしました。(全2回、後編)

日本に欠けている仕組みで伝える技術の伝承

田久保:グローバルに活躍されてきた齋藤さんから見て、日本の企業に欠けているものはなんだと思いますか。

齋藤:ノウハウの継承が乏しいことがあげられます。「無痛針」をご存じですか?刺しても痛みを感じない、特殊な注射針なのですが、この無痛針をつくっている会社が事業をたたむと発表しました。事業継承ができないことが理由だそうです。せっかくいい事業を持っているのに残念です。

今、中国がグローバル化でも日本を追い越したような状況になっていると思いますが、中国の部品メーカーを訪ねると、日本人技術者が中国の若者たちに、技術指導をしている光景をよく見かけます。中国には、熟練したスキルを持つ技術者を尊敬する風土があります。そして、そのスキルを自分のものにしようとする熱意と勢いがある。

そういうものを見ると、このままでは日本はいかんぞと思います。本来、日本は技術伝承が得意なはずです。伊勢神宮には「式年遷宮」と言って、20年ごとにお宮を建て替える風習がありますが、それは次の世代に技術を継承するためです。また、「200年企業」が、日本には先進国の中で最も多いといわれています。中国や韓国には、数社しかありません。その精神を是非取り戻したいですね。

田久保:フランスの場合は、どうですか?

齋藤:フランスは、個人の意欲のみに依存することなく仕組みとして会社に根付かせるところがあります。また、日本は経営のゼネラリストばかり評価し、専門職を評価しない傾向がありますが、欧米は違います。欧米の大学には、例えば「購買」や「プロジェクトマネジメント」、「ロジスティックス(物流)」を勉強する学科があります。そこを卒業した学生は、即、「購買」、「プロジェクトマネジメント」、「ロジスティックス」等の仕事に投入できます。日本で物流担当というとステータスは高くありませんが、欧米でロジスティックス担当のエグゼクティブ・ヴァイスプレジデントといえば、いちばん頭の切れる人がつく仕事です。社長の次に、高い給料をもらうことができます。専門家は高い尊敬と評価を受けています。このあたりには日本との差を感じます。

田久保:日本では技術は属人的なものになり、いい人がいなくなると部門全体がダメになってしまうことがありますが、欧米では、体系だった教育がなされているし、またそれを理解できる人が評価される、そんな違いがあるのですね。

「語学力」より「仕事ができること」

田久保:グローバル時代においては、語学力は必須でしょうか。

齋藤:語学が先か、仕事が先かと考えたとき、先に来るべきは仕事だと思います。米国に赴任していたころ、語学がとても堪能な上司がいました。ところが現地の人たちは、「彼の話すことは意味不明だ」と言うのです。そのとき思ったのは、いくら語学が堪能でも、日本語で論理的に説明できない人は英語でも通じないということです。その上司は、日本語で話すときも回りくどく解り難いタイプだったからです。

逆に、単語だけで話しているような人でも、しっかりとした専門的背景を持っている人は通じます。パイオニアで社長をしていたころ、ある優秀なメカニズムのエンジニアを日本から呼びました。その人は英語をまったく話せませんでした。ところが赴任早々、彼の前にはメカを手にした人たちの行列ができました。彼はジェスチャーをまじえながら、「ローラー」「モーター」「ベルト」といった具合に、指さしながら単語だけで不具合の原因を指摘していきます。実にみんなの尊敬を集めていましたね。仕事ができることが最優先で、語学は必要性があって学ぶくらいの順番でいいと思います。

田久保:他に日本人に足りないものはありますか?

齋藤:グローバルニュースを見て、海外に対して目を開くことが日本人は少ないように思います。海外の方は大きく目を開いてグローバルニュースに触れ合っていますので、その辺は改善していくべきなのではないでしょうか。

また、日本人が弱いのは、宗教でしょう。宗教というのはデリケートで、触れてはいけない部分もあるので、十分注意する必要があります。たとえば、イスラム教徒がいちばん多い国がどこだか、みなさんはご存じでしょうか。インドネシアです。人口の8割はイスラム教です。ところが同じインドネシアでも、バリ島にはイスラム教徒がいません。ほとんどがヒンズー教です。いろんな宗教の人がいて、それが一つの言語でつながっている。日本人は宗教に対する意識が低いので、意識的に勉強して身につけたほうがいいですね。

日本人としてのアイデンティティをなくさない

田久保:日本人の特質で世界で評価されるのはどのようなところでしょうか。

齋藤:一つは礼儀正しさですね。日本のどこに旅行しても、外国人が困ることはないでしょう。日本は世界一安全で、親切なおもてなしの国だという理解は広がっています。また、グローバルな会議で日本人が黙っていると、たいていの議長は発言を引き出そうとします。「日本人なら何かいいことを言うだろう」と考えるのです。インド人と中国人を黙らせて、日本人をしゃべらせるのがいい会議にする方法だというグローバルなジョークがあるくらいです。そういう好意に甘えてはいけませんが、リスペクトされていることを理解することも必要です。

田久保:ご自身がグローバルでリーダーシップを発揮するうえで大切にされたことはありますか。

齋藤:私はヴァレオで社長をしているとき、「和魂洋才」を常に心がけていました。ヴァレオのマネジメントの仕組みは非常に優れています。月次活動報告書の仕組みやKPIを中心としたマネジメントシステムは非常に優れていたものでした。それらのシステムは全面的に受け入れ展開しました。しかし、ただ受け入れているだけでは、世界に埋没してしまいます。仕組みを受け入れながらも日本人の魂を入れ、アイデンティティを失わないところに日本人として存在する価値が出ます。西欧の仕組みを学びながら日本の魂を持ち続ける。それが「和魂洋才」であり、私が大切にしていたことです。

かといって、一方的な押し付けも嫌われます。日本では工場の整理整頓は当たり前ですが、「日本人は奇麗好きだから」では通用しません。整理整頓が、品質向上と顧客の信頼そして売上増加につながる、だから、成功パターンとして我が社のスタンダードにするんだということを説明しないといけません。「なぜ工場が奇麗だとあなたの給料が上がるのか」というのをロジカルに説明していく必要があります。

日本のよいものを世界に広める後押しをしたい

田久保:齋藤さんはそもそも、なぜグロービスに入ろうと思ったのですか。

齋藤:もともと米国でMBAをとりたいと思っていて、GMATの勉強をしたり、大学訪問をしたりしていました。ところが現法の社長に昇格してしまったので、時間がなくなってしまった。それであきらめて戻ってきたんです。代わりに中小企業診断士の資格をとったのですが、MBAをとりたいという思いはあきらめられませんでした。それで2008年、グロービスに入学したんです。当時はもうMBAの資格自体の必要性はまったくなかったのですが、どうしても夢をかなえたかったんです。

田久保:齋藤さんにとってグロービスはどのような場でしたか。

齋藤:新しいふれ合いの場でしょうか。卒業後10年目になりますが、今でも当時の仲間たちとはつながっています。定期的にスカイプで情報交換をしたり、一緒にバンコクへ旅行に行ったりと、今までのキャリアの延長線上にはない形で、人生が豊かになっている気がします。

田久保:最後に、今後の目標を聞かせてください。

齋藤:先ほど無痛針の事業をやっている会社が事業継承ができず会社をたたむという話をしました。このように素晴らしい事業をしていても、国内だけでは行き詰ってしまう会社が山のようにあります。そういう会社に海外に出ていくノウハウを伝え、会社の手助けしたり、あと押しする活動をしたいと考えています。日本のよいものを、もっと世界に広めていきたいですね。

(文=石井晶穂)

前編はこちら>

RELATED CONTENTS