グロービスのアクセラレータープログラム「G-STARTUP」第1期デモデイで優勝したバズリーチ代表取締役 猪川崇輝さんと、メンターを務めたUB Ventures代表取締役 岩澤脩さんに、3カ月間にわたるG-STARTUPを振り返っていただきました。起業への想いと、G-STARTUPで得たものとは何だったのでしょうか。(全2回、前編)
治験業界のペインを包括的に解決したい
岩澤:バズリーチを起業された経緯をもう一度お話していただきましょうか。
猪川:もともと同じ治験業界のベンチャーの創業メンバーとして14年間、被験者募集にフォーカスした事業をやっていました。結果、リーディングカンパニーにはなれましたが、14年間業界に携わることで製薬業界を知って、治験者募集以外にもたくさんのペインポイントがあることに気づいたんです。
治験は新たな薬や治療法を患者さんに早く届ける(承認する)のが目的ですが、その目的を1日も早く達成するには製薬業界のペインポイントを包括的に解決した方がいい。であれば、すでにリーディングが故にサポート範囲に固定イメージができてしまった環境ではなく、心機一転、自分たちで新たに会社をつくりチャレンジングな環境でやろういうことで、2017年に起業しました。あと、一度は起業(チャレンジ)を、という自分の中の決め事もありました(笑)。
主なプロダクトは、SaaSを使った製薬企業や医療機関が治験情報を登録・管理するプラットフォーム「puzz」、治験情報を一般の患者さんや医師に公開・マッチングする「smt」、それから治験に参加する患者様向けの服薬管理・コミュニティアプリ「スタディコンシェルジュ」の3つです。そして、患者さん特化型の治療(症状)ヒストリーをマッチングするSNS「ミライク」を開発しています。
岩澤:同じ業界で長年結果を出し続けてきて、積み上げてきたものがあるなかで、改めてペインポイントに気づいて起業するケースは、ありそうでありませんよね。創業メンバーの方々が前職でUS事業を立ち上げた際に、日本と全く異なるアメリカの治験マーケットに愕然としたとか。
猪川:そうですね、日本とアメリカで大きく違うのは、簡易保険制度です。日本は国に守られているところがありますが、アメリカは個人に委ねられています。だから、治験も1つの先進的な医療として、個人が探しやすいようにプラットフォームをつくろうとか、それに付随するサービスをつくろうとする文化がある。結果として、IT会社や保険会社なども治験に関わるサービスを展開しています。
一方、日本では治験業界は非常に凝り固まった業界になっているんです。ニーズに応えてさえいれば、売り上げが大きく下がることも上がることもないですし、業界の売上もここ10年ほとんど変わってない。これは、僕らがSaaS化に踏み切った一因でもありますが、そういう業界にスタートアップが入っていこうとすると、誰もやってないような「あったらいいな」をつくるしかないんです。
製薬企業と患者さんの関係性もアメリカと日本では大きく違っているのが現状ですが、今は製薬業界的にもUS環境を踏まえて『日本も変えなくてはならない』という流れが来ています。既に出来上がってしまっているものを打破するのが、スタートアップの役割、役目だと思っているので、非常に大きなマーケットで壁もさまざまありますが、やりがいもチャンスもあると思ってます。
仲間とのディスカッションの延長に「起業」があった
岩澤:読者のなかには、いずれ起業したいと思いながら大企業に勤めている方もいらっしゃると思います。そういう方たちへのメッセージも込めて、14年いた会社を辞めて起業を決断させたのは何だったのでしょうか。
猪川:勇気です(笑)。僕は正直、ずっと独立したかったんです。でも前職では創業メンバーでしたし、環境も良かった。ズルズル10年ぐらい経ってしまって。そういうときに新しいチャレンジをしたいメンバーが少しずつ集まってきて、最初は仕事の昼休みに「独立するんだったら何やる?」みたいな話をしていました。
具体的なことを全く決めずに、「アメリカのすごいところを日本に持ってこれるか」とホワイトボードに書いてディスカッションしたり、「事業化できるんじゃない?」という話をしたりしていました。僕たちの場合はチームがある程度固まっていたので、それは一歩を踏み出すうえで大きかったと思います。
岩澤:それはすごくヒントになりますね。大企業から独立しようとすると、市場分析やサービスの作り込みなどの形から入ろうとして動き出せない方もたくさんいらっしゃると思うんです。そうではなくて、まずは、そこにいるメンバーでディスカッションしてみることがスタート。その延長線上に起業というオプションがあるのはいいですよね。特にバーティカル SaaS(業界特化型SaaS)は、豊富な業界経験を持つ人材が必要なので、どんどん大企業から飛び込んで欲しい。
猪川:そうですね。スタートアップも早いタイミングで大企業出身の方が欲しいんです。共同創業者とか2番目のメンバーで入ってもらえると層が厚くなりますし。ただ、お金では採用できない。大企業の中に起業家に近い想いを持つ人たちが増えてくると、すごくいいなって僕は思います。
治験というニッチなジャンルでG-STARTUPに挑む
岩澤:今回G-STARTUPの応募に至った背景には、どのような課題感がありましたか。
猪川:G-STARTUPは、応募してくる企業も幅広いだろうし、メンターする人も、評価する人も、広い目で見てくれるだろうな、と。治験というニッチなジャンルで挑んだときに採択されるのか、理解されるのか。そこに挑戦したいという想いがありました。
岩澤:たしかにファーストピッチのときは、正直、そこまで印象は強くなかったんですよね。
猪川:そうですよね(笑)
岩澤:デモデイでも「ダークホースだった」という声も出ましたし。ファーストピッチのときは私も「製薬業界の人たちとの接点しかないから、事業に対する解像度が高過ぎて、周りがついていけないんだな」と思いました。
業界内に閉じて事業をやるには、それでいいかもしれません。でも、ベンチャーキャピタルから資金調達をしたり、業界の外から優秀な人材を採用したりして、業界外からの応援者を増やしていくには、高解像度の視点が逆にディスアドバンテージになるかもしれない。だから、マッチングしたときに、解像度を下げて、業界の外の人でも理解できるピッチをつくることに貢献したいと思いました。
猪川:そこは僕も実は分かっていて。というか、そこは理解しながら挑んだので、みなさんが「ダークホース」って言ってくれたのは、その通りだなと思います。
分かりやすく会社の価値を伝える「見せ方」を磨く
岩澤:最初に結構時間をかけて、どこをめざすのか議論しましたよね。事業そのものに対するメンタリングなのか、今の事業の「見せ方」を磨いていくのか。
猪川:これまでも業界フォーカスのアクセラなどに出ると、当たり前のように採択されたのですが、そうでない場所だと「理解されてないんだろうな」という不満足感がすごくあって。でも他企業のピッチを聞いていると、自分が知らないジャンルでもスッと入ってきて「すごい」と思う。そういう経験があったので今回のG-STARTUPで表現をブラッシュアップしたかった。まさにそこが岩澤さんとマッチしました。
岩澤:ちなみに、マッチングで、なぜ私を選んでいただいたんですか(笑)。
猪川:最初はチームのメンバーで意見が割れたのですが、おのおの選んだ理由を話して、最終的に全員一致で決めました。
岩澤さんを選んだ理由は、シンプルに元々ユーザベースで事業を経験されている方だというのが大きかったです。あとは、ユーザベースといえばSaaS。僕らもどんどんSaaS化をしていく方向性なので、そこで選ばせていただきました。
岩澤:ありがとうございます。私がバスリーチを選んだ理由は、マッチングからデモデイまでの変化率の高さ。事業のメンタリングは現業のVCでもやっていますが、「見せ方」を磨くのは自分も新しいチャレンジなのでやってみたかった。最初に細かくピッチ用のマニュアルつくりましたよね。
猪川:そうそう。まずは岩澤さんに当社事業をいま一度理解してもらうために、プチピッチをもう1回やって。全部やりなおし。
岩澤:だって、最初に送られてきたピッチ用の資料が100ページ以上あったんですよ(笑)。5分で喋るのに。
猪川:そうでしたね(笑)。動画も急遽入れましたよね。
岩澤:治験業界をみんなが知らないなかで、治験を短い時間で正しく理解してもらうために動画を入れよう、と。資料は結果的に最初から9割くらいは削ってます。今回「見せ方」を磨いたわけですが、それによって事業を説明するうえで何か変わりましたか。
猪川:優勝をいただいたということは、イコール、5分間で理解をいただくことができたということですよね。それは自分の成長につながったと思います。以前は、とにかく治験はニッチと構えていたというか。具体的に話し方が変わったわけではないんですけど、気持ちの部分が変わりました。
岩澤:ニッチコンプレックスの解消というか。限られた時間でも伝え方次第でバリューを伝えられるっていうことに気づいたっていうことですよね。
猪川:はい。まだ具現化できてないですけど、それって多分、僕たちのサービスを使ってくださるユーザーにも同じことが言えるんだと思っているんです。僕たちはBtoBtoCなので、Cは治験も含めた新たな治療法を必要とする全ての患者さんやご家族になりますが、その方々が選択肢として理解しやすい情報にする必要があるんだろうなと考えていたので、結果的にすごく事業に生かせるターニングポイントになったと思いました。
岩澤:G-STARTUPは「ユニコーンを輩出する」というミッションでやっていますが、ユニコーンになるうえで、「分かりやすく会社の価値を伝えられるかどうか」がすごく大切な要素だというのを今回感じました。
猪川:それは非常にあります。
岩澤:ユニコーンって、いかにステークホルダーの応援者を増やしていくか、その輪をどう広げていくかみたいなところがあると思うので大事ですよね。(後編につづく)