本記事は、G1ベンチャー2019「幸せと経営」の内容を書き起こしたものです。(全2回 前編)
塩田元規氏(以下、敬称略):本セッションはG1ベンチャーのなかで最も抽象度の高い「幸せと経営」というテーマになりますが、僕はこのテーマでお話をさせていただきたいと強く思っていました。
会場にいらっしゃるのはほとんど経営者の方だと思いますし、僕も起業したのち最初のハードシングスを乗り越えて上場しています。ただ、そのなかで起業家自身は本当に幸せになっているのかなということを以前から思っていたんですね。僕は苦しかった時期、ストレスで深夜に吐いたり体中が震えたりしていた時期がありましたし、実際、起業家ってなかなか大変だよな、と。従業員にとっても同じだと思います。見方によっては、幸せと経営が相反するものという風に捉えている人もいると思うんですよね。
今日はそうしたテーマについて、キャンプファイアーを囲んで喋るように議論したいなと。で、壇上のメンバーを見ていただくと、僕と家入さんはどちらかというと起業家として現場でばりばりやっているほう。で、矢野さんと善樹さんはどちらかというとハピネスやウェルビーイングをデータとして測るということをなさっているほうですね。
そこで、まずは家入さんに口火を切っていただきたいと思います。起業家でもあり投資家でもある家入さんには、「起業家って本当に幸せなんですか?」「しんどいとき、どういうことをしたらいいんですか?」といった切り口で、思うことをざっくばらんにお話しいただきたいと思います。
起業することで本当に「幸せ」を得られるのか?
家入一真氏(以下、敬称略):今回このテーマで呼んでいただくことになって、まずお話ししたいなと思ったのは「起業が本当に人を幸せにするのか」みたいなことだったんですね。ずっと考えていたことではあるんだけど、最近改めて考える機会が増えていて。実際、エンジェル投資みたいなことをやっているなかでも、なにかこう、辛そうにしている子たちがたくさんいるんですよね。彼らを見ていて、究極的には自己責任の世界というのは理解しているんですけれども、「本当にそれでいいのかな」って。
僕は10代の頃、いじめられて引きこもって、ずっと対人恐怖症みたいになっていたんですが、そのあとの起業によって人生がより良い方向へ進んだ側だと思います。でも、他の人はどうなのか。昔は僕も「みんな起業しようぜ」みたいなメッセージを結構発信していたんですよ。「起業する子は相談に来て。ばんばん出資するよ」なんて。でも、それで良かったのか。最近は「起業しようぜ」と声高に言えなくなってきた自分がいます。それで、「起業=自己責任」というほうから「起業した結果うまくいかなかったとき、どうあるべきか」という方向に、どちらかというとセーフティネットをつくっていくという方向に、今は大きな興味を持つようになってきています。
塩田:そう考えるようになったきっかけは何かあったんですか?
家入:結構前ですけれども、身近にいた起業家が心を病んで、最終的には死を選んでしまったということがありました。あるいは、投資先を含めて身近にいる子たちがすごく辛そうにしていたり、自分自身だけじゃなく周囲も傷つけてしまって初期メンバーが皆去ってしまったりしているのを見ていて。そういうことを「ハードシングスがあるよね」の一言で片付けていいのかな、みたいなことはすごく思うんですよね。
失敗しても大丈夫な場所があるから人は一歩を踏み出せる
塩田:そこで起業家の方々にどんなサポートをしてあげると状況が良くなるとお考えなんですか?
家入:10年ぐらいやっている試みとして、「現代の駆け込み寺」と呼んでいる、リバ邸というシェアハウスを今は全国50箇所ぐらいで展開しています。最初は六本木につくって、そこに当時はBASEの鶴岡(裕太氏:同社代表取締役CEO)君が住んでいたりして、いろいろな起業家が生まれました。そういう居場所をつくることで、そこを起点にして起業する子たちが出てきた。
で、「これはどういうことなんだろう」って自分なりに考えていたんですね。それで以前は「人は居場所があるから起業する」と思っていたんですが、最近は考え方が変わってきました。そうじゃなくて、失敗しても大丈夫な場所があるから人は一歩を踏み出せるのかな、って。リバ邸には「起業しようぜ」という子たちだけが集まっているわけじゃなくて、本当にいろいろな子がいるんです。「大学に行けなくなった」とか、「就職したけどパワハラで鬱になった」とか。そんな、心に同じような傷を持っている人たちが集まって、「次に何しようかな」みたいなことを考えているんですね。
1人じゃ何もできないと思い込んでいるけれど、「何人か集まれば何かできるかもしれない」と。新しい一歩を踏み出せるのは、挑戦できる場があるからじゃなくて、失敗しても「まあ、なんとかなるよ」と言ってくれるやつらがいるからなのかなって。どちらかというと、そういうセーフティネットがあるから挑戦できるのかなって、最近は思っています。それで、最近はcotree(コトリー)さんというオンラインカウンセリングの会社と組んで、起業家向けにメンタルヘルスのケアプログラムみたいなものもつくったりしています。それをVCさんに協賛していただいて、投資先はそのケアを無料で受けることができるようにしたり。
塩田:ありがとうございます。では、続いて善樹さん。善樹さんは今、すごく簡単に言うと「ウェルビーイングをテーマに、新しい指標をつくる」ということをやっていらっしゃるんだと思います。ただ、家入さんがおっしゃる通り、今は起業家がメンタルを病んでしまったりするということも現実に起きてきている。そういったことに対して、学術的な視点というか、善樹さんが研究していらっしゃる範囲で「こういうことを大切にしたほうがいいのでは」といったお話をしていただいていいですか。
「幸福になる」ことと「不幸を減らす」ことは違う
石川善樹氏(以下、敬称略):この会場にいらした方々は、「幸せと経営」という視点であれば、たぶん「幸せ」のほうに興味があるんじゃないかなと思います。「幸せってなんぞや」と。そう考えると家入さんが今おっしゃったことはすごく示唆的で、成功を目指す場と失敗を受け入れる場というのは、おそらく少し違うんだと思うんですね。これは幸せにも同じことが言える。幸福になることと不幸を減らすことは違うんですよ。
幸せや不幸について最もたくさん考えてきたのは、最初は宗教や哲学でした。たとえば不幸については、研究対象にもなっている有名な言葉があります。「不幸とは願望と現実のギャップから生まれる」ということを、西洋の著名な哲学者が言っているんですね。願望と現実のギャップから生まれるなら不幸を減らす方法は3つ。1つ目は願望のレベルを下げる。2つ目は現実を願望に合わせていく。自分のスキルアップですね。で、3つ目はコペルニクス的転回ですが、願望を変えてしまうということ。「その願望に固執するから苦しむんだ。でも、願望は変えられる。それが人間に残された最後の希望である」みたいな、そういう良い話を哲学者はたくさんするんです。
一方、幸福に関しては文学者がかなり書いています。マルセル・プルーストが『失われた時を求めて』という長編小説で書いていることが有名かもしれません。この本の主人公は、幸せになるために3つのことを模索します。最初は「地位や財産を手に入れたら幸せになるに違いない」と。社会的に上の階層へ行くことが幸せになることだと考えていろいろ画策しますが、どうも違うらしいと気づきます。で、次に主人公が目指したのは恋なんですね。「燃えるような恋をすれば幸せになるに違いない」と、とある素敵な女性の心をいかにして奪うかみたいなことが延々と書かれている。で、結局はその恋を手に入れるんですが、キスをした瞬間に「これもなんか違う」と気づくんです。地位でもない、恋でもない、と。
「幸せ」を阻害する最大の要因は「習慣」である
そうして主人公が最後に行き着いたのは「幸せを阻害する最大の要因は習慣である」という結論だったんですね。私たちはすぐに慣れてしまう。たとえば夕日の美しさというものに、私たちは生涯で何回気付くのだろう、と。夕日が美しいと思っても、すぐにそれを忘れてしまう。それが習慣の恐ろしいところです。「初心忘るべからず」と世阿弥も言っていますが、それこそG1ベンチャーのようなイベントへの参加も、慣れてくると「またか」なんていう風になるわけですね。そうでなく、毎回初心に帰って子どものように再発見するというか、習慣に溺れないというのがプルーストのメッセージなんです。
塩田:それ、頭では分かるんですけれども、そうは言っても「巻かれちゃう」じゃないですか。そうならず初心に帰るような方法は何かあるんでしょうか。
石川:環境を変えるというのは一番分かりやすいですよね。付き合う人を変えたり。たとえば日本人同士で接していると分からなくなってくるけれども、まったく違う、すごく苦しい立場にいる人と接してみたり。それで、日本で当たり前の生活がありがたかったんだ、なんて思うことがあるじゃないですか。海外に行くと「コンビニってありがたいな」って。そんな風に環境を変えるのは習慣から脱却する1つの考え方だと思います。
ただ、ここまでは哲学や文学や宗教の話です。でも、20世紀後半になって、ようやく科学が幸せにメスを入れはじめたんですよ。その第一人者が隣にいらっしゃるわけですね。「幸せ業界」「ウェルビーイング業界」では「世界の矢野」ですから。
塩田:すごくきれいなお話の流れでした(笑)。では、次は科学のほうに視点を移して、「幸せとは」といったお話を伺いたいと思います。
「幸せ」に最も近づく方法は「他の人を幸せにする」こと
矢野和男氏(以下、敬称略):家入さんと石川さんが今おっしゃっていたことは、幸せに関してすごく本質的なお話でした。で、今まではそういうことが哲学や個人の経験として語られていたんですが、そういうことって進歩していかないんですよね。「あの人はああ言っていた。私は違う」「あの時代はこうだった。今は違う」って。結局、ソクラテスや孔子の時代から良いことは言われているんですが、それが進歩していかない。だからそれを科学にしよう、と。それで今から20年ほど前、心理学をより前向きにしていこうということが「ポジティブサイコロジー」という形ではじまりました。
そうした研究のうちのいくつかが、まさに今お二人がなさっていたお話と密接に関わっています。たとえば幸せというのは、いろいろと分類はあるんですが、だいたい3つの要素から成り立っているとされています。1つは「遺伝」や「幼児体験」。これは極めて関連性の強い要素で、大人になってからもなかなか変えられない部分がある。幸せになりやすい人とそうでない人の違いには、ある程度は、ざっくり言うと半分ぐらい、遺伝や幼児体験が影響しているということです。
で、2つ目は「宝くじが当たった」「昇格した」「ストックオプションがお金に変わった」といった要素ですね。ただ、こうした要素によって人は一瞬幸せになるんですが、あっという間に元へ戻るということもいろいろな実験で分かっています。ネガティブな要素についても意外と同じことが言えるんですけれども、いずれにしても「のれんに腕押し」。ふにゃふにゃ過ぎて持続的に変えることはできない要素です。影響度としては意外と小さいものの、そういう要素もあるというお話になります。
そして3つ目が、今お話しした2つの中間にある要素です。そこに「持続的に変えることができる部分」があるというのが、この20年で分かってきた非常に重要な研究成果です。
石川:「持続的な幸福」というのはキーワードですよね。
矢野:そう。一瞬だけ「うれしい!」と感じるようなことではなく、持続的に変えることができる部分。で、これは日々の行動や習慣と極めて密接に関係しているというんです。良い習慣を持つことが大事である、と。どんな習慣かというと、当然いろいろあるんですが、なかでも一番効果的なのは「ほかの人を幸せにする」こと。自分が幸せになりたいと思っているうちは、関心が自分に向いています。たとえば、うつ状態に陥っている患者さんも「自分は不幸せなんじゃないか」という風に、かなり自分を向いているんですね。でも、持続的な幸福を感じている人は考えが外に向いていて、それが他者を幸せにする行動につながっています。だから、小さくてもいいから、それを日々の行動へ移すことが幸せに最も近づく方法である、と。そういうことが、ここ20年で定量的に科学的に、哲学や文学とは別領域の話としてずいぶん分かってきました。
塩田:科学的というのはどういう部分なんですか?データを取るんですか?
矢野:そうです。データを取りながらランダムな実験や定量的な統計分析を行うことで、単なる思いつきや1人の経験じゃないレベルでそういうことが検証されてきました。
職場での「幸せ」は「上司との関係性」が影響する
石川:哲学の領域から科学の領域に変わるというのはどういうことか。哲学では「幸せとは何か」ということを考えます。あるいは「不幸とは何か」。でも、それは科学にとって、実はどうでもいいんです。「幸せですか?」と聞かれて、「幸せです」と答える人とそうでない人がいるわけですよね。そこで科学が測定するのは「幸せです」と言っている人たちの特徴。本人なりにいろいろと幸せの基準はあるわけだから、幸せとは何かという判断自体はご本人にお任せします、と。ただ、少なくとも、それを聞かれて「幸せだ」と答える人がいるなら、その特徴を見るということになります。
僕は2年前、工場で働く派遣労働者の方々のウェルビーイングについて研究したことがあります。対象となる方々の年収はだいたい150~200万円。仕事は単純作業です。そこで皆が何に怒っているのか。最大の怒りは「給料が安過ぎる」、ではなくて、その給料を得るための仕事がつまらな過ぎるというのが一番の怒りだったんです。全国各地の工場を回って、そこで働いている派遣労働者の方々にいろいろとリサーチをしました。「0点から10点で、今はどれくらい幸せかを教えてください」って。すると、当然なんですけれども、すごく低い。
でも、稀にいるんです。皆と同じ環境で働いているにも関わらず、矢野さんがまさにおっしゃった、日々のちょっとした行動の違いで幸せを感じている方がいる。「その特徴って何なんだろう」と、かなり調べました。すると、いくつかあったんですが、顕著だったのは上司との関係性。いくつか条件があります。1つは上司が「自分もこういう人になりたいな」「真似したいな」と思えるような、尊敬できるような人であるかどうか。で、2つ目は些細なことでもいいから褒める上司かどうか。「お前、毎日遅刻せずに来ていてえらいな」みたいな、そんなことでいいんですよ。毎日遅刻しないのが当たり前だと思っていると、遅刻するやつに目が向きはじめます。そうではなくて、当たり前のことが当たり前にできていることを、とにかく褒める、と。「お前、昼飯がつがつ食ってすごいな」みたいな(笑)。
塩田:それは上司が日々の当たり前に、先ほどおっしゃっていた「夕日がきれいなこと」に感謝できているということですよね。
石川:そうなんです。それともう1つ。これは僕も「なるほどな」と思ったんですが、一生忘れられないような体験を共にするかどうか。たとえば、ある派遣労働者の方はいつもなら仕事が終わってそのまま帰っていたんですが、ある日上司に呼ばれたんですね。「ちょっと今日繰り出すか」って。それで連れて行ってもらったのが、ドン・キホーテ。ドン・キホーテでカップラーメンをおごってもらったんです。「それがうれしくて、うれしくて。一生忘れないと思います」と言うんですね。
塩田:ちょっと分かります。
石川:結局は本人がどう感じるか、だから。とにかく、そういう一生忘れないような体験をできると、その上司を無条件に尊敬するようになるというんですね。調査では、そんな風にして上司との関係が重要という結果が出ました。これはたまたま派遣労働者の方がそうだったのかというと、そうではなかった。世界各地で同じ調査をしても、ホワイトカラーやブルーカラーに関係なく似たような結果が出ます。だから、経営者もしくは上司の方は、自分が幸せになるためにも、まさに矢野さんがおっしゃったように周囲を幸せにすることが大切になる、と。
塩田:そういうことを伺うと可能性を感じます。経営者というのは「最も上にいる上司」じゃないですか。その経営者がコミュニケーションを少し変えたりするだけで、組織に大きな影響が出るということですよね。そういうこともデータとして分かってきている、と。 後編に続く>>
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