本記事は、G1ベンチャー2019「幸せと経営」の内容を書き起こしたものです。(全2回 後編) 前編はこちら>>
塩田元規氏(以下、敬称略):ちなみに、会場で「幸せですか?」と聞かれて手を挙げる方はどれくらいいらっしゃいますか?…(会場多数が挙手)多いな!皆さんは幸福度が高いんですね(笑)。家入さんはここまで伺ってどうお感じになりましたか?
家入一真氏(以下、敬称略):僕もちょっと質問をしたいんですけれども、「ここじゃないどこかへ行きたい」「本当の自分はもっと違うところにあるはず」という気持ちを人は本質的に持っていて、そうした現実との差異をマネタイズするのが資本主義の本質だと、僕は思っているんですね。で、それを煽るというか、そのためのマネタイズの仕組みをつくることで、労働力を含めて、うまいことハックできちゃうわけですよね。
ただ、国が豊かになって人口も増えて、「昨日より今日、今日より明日、生活は良くなっていく」という前提で頑張ることができる世界、つまり夢や明日に向かって頑張ることができる世界と、これから日本が直面していく世界では、「どうやったら幸せになれるのか」という前提条件が違うと思うんです。それでも「幸せとは何か」というのは本質的に変わらないものなのかって。その辺をお聞きしたいと思いました。
「心の資本(HERO)」を持っていると「持続的な幸せ」が得やすい
矢野和男氏(以下、敬称略):実は、データはその辺についてかなり明確に答えを示しています。どうすれば幸せになれるかというのは、人によって、状況によって、会社によって、時代によって、まったく違うんですね。先ほど石川さんがしていらした調査のお話というのは、おそらく平均値や典型例のことだったと思うんですが、実際には1人ひとりが大きく違う、と。コミュニケーション1つとっても増やしたほうが幸せになる人と減らしたほうが幸せになる人がいたり、とにかくいろいろある。そこは我々のデータにも明確に表れています。コミュニケーションや時間の使い方をデータ化して、幸せ自体を数値的に測ることができるという仕組みを我々は開発しているんですね。それで何百万日ぶんのデータをミリ秒のレベルで分析したりして。いずれにしても、とにかく多様だということです。
一方で、学問的には共通部分があることも分かってきました。それを持っていると、先ほど申し上げた「持続的な幸せ」が得やすいというものですね。それは「心の資本」。お金や社会資本とは別に、我々は心の1番根底にPsychological Capital、つまり「心理資本」というものがある。そういうことを、米ネブラスカ大学のフレッド・ルーサンスさんという有名な先生が、20年ほどの研究を通じておっしゃっています。それは「HERO」と呼ばれているもので、Hope、Efficacy、Resilience、Optimismの頭文字からとって言葉ですね。Hopeは前が見えなくても自分で自分の道を見つけられること。Efficacyはそこで前に踏み出せること。で、当然ながらそういうことをやっていればいろいろ困難にぶち当たりますが、Resilienceはそれにきちんと前向きに立ち向かえること。そしてOptimismは、いろいろと状況が変わったとき、プラス要素もマイナス要素も組み合わせて自分に都合の良いポジティブなストーリーをつくることができることです。
この4つが根底にある人たちは何ができるか。日々のなかに自分の挑戦をつくることができます。挑戦とか工夫とか、一歩を踏み出すことができるんです。そのうえで、相手に責任を押し付けるのでなく、「自分も含めて両者に責任がある」と考えるような関係をつくることができる。上司ともお客さんとも同僚とも、または仕事とも締め切りとも、双方向に関係性をつくることができます。我々はそれを数値で測ることもできるんですが、とにかくそういう人はコミュニケーションのパターンもすごく特徴的。いわゆるターンテイキング、発言権がすごく均等で、コミュニケーションが双方向なんです。逆に、そうでない人は一方通行になります。一方的に聞いていたり話していたり。だから両者によるコ・クリエーションにならないんです。それが1つ。
また、そういう関係性をつくることができる人は(コミュニケーションに)体の動きがシンクロします。そのうえで挑戦する“場”を能動的に自分の責任でつくっている。それができる背景に「HERO」があるということですね。内部に心の資本があるから、自分の周囲で能動的に関係性をつくることができるんです。そういう人たちが、刹那的な幸せではない持続的な幸せをつくることができる。ここ20年で、科学的にはそういうことがずいぶん分かってきました。
塩田:それは環境によらないということですね。
矢野:そうです。そこは環境によらないんですが、それによって発揮された具体的な行動、あるいは「どうすればうまくいくか」ということ自体は、状況によってまったく違うということです。
塩田:働いているメンバー1人ひとりがそうしたコ・クリエーションを能動的に行えば、結果として、家入さんが先ほどおっしゃっていた資本主義という点で見ても成果は出るということですよね。
矢野:もちろんです。コールセンターでも店舗でもプロジェクト管理でも、あらゆる業種において、そういう人たちが多い組織はお金も生んでいるということになります。
1日のはじまりに「なぜ毎日職場に行くのか」と質問する
石川善樹氏(以下、敬称略):先ほど家入さんがおっしゃっていた「ここじゃないどこか」みたいなものと現実との差異を埋めるというのは、資本主義に限らず人間の本質なんだと思うんです。だから人間だけが世界中にこれだけ散っているわけで、やっぱり未知のものを求めるというのは仕方がないと思うんですよ。人間の本質だから。今日、駅でおかあさんが3歳ぐらいの男の子をベビーカーに乗せて歩いているのを見たんですが、その男の子が「ママー!面白いこと思いついた!」って言うんですね。そうしたらお母さんが「面白いことは思いつかないの!!」って。「えええ?!コ・クリエーションしていないじゃん」って(笑)。3歳だから思いついちゃうのだと思うんですけど、「こんな風にして日本のイノベーションが…」って思って。
いずれにしても、未知のものへ向かうとき、そのプロセス次第で幸福度が変わるというのは、科学が発見したことのなかでもかなり面白いことだと思います。どういうことかというと、1日のはじまりと終わりを素晴らしいものにするということ。1日がはじまるときに大事なのは、「今日はこういうToDoがあるぞ」と考えることではなく、「私たちはどこからきて、今ここにいるのか」と、過去から今を思い出すこと。なぜアカツキという会社が生まれて今日ここにいるのか、と。1日のはじまりを素晴らしいものにしているかどうかは、この質問をすれば分かります。「あなたはなぜ毎日職場に来るんですか?」。いろいろな答えが出てくると思うし、それは複数あってもいいんです。ただ、皆の答えのなかから共通したものが浮かび上がらなかったら、その組織はちょっとまずい。組織のルーツが忘れ去られているんだと思うんですね。
塩田:それは会社でもすぐできそうですね。アカツキではすべてのプロジェクトについて、「なぜ」をクリアにするのが最初のルールになっているので。
石川:大切なのはストーリーなんです。今年は「令和」になりましたが、最初の元号は「大化」でした。これは中国に対する独立宣言だった。中国が自分たちの元号を朝鮮やいろいろなところに押し付けていたのに対して、「我々はあなたたちの元号を使いません」と。あれは日本の独立宣言なんですよ。じゃあ、独立宣言をして次に何をしたかというと、天武天皇という人が古事記をつくった。日本という国はどうやってできたのかという、ものがたりをつくった。同様に、社史って大事だと思うんです。我々はどこからきて、どこに向かおうとしているのか。これを1日のはじめに毎回確認することがおそらく大事なんですよね。もしくは、そう感じられる仕掛けをつくることが。
塩田:それは僕もすごく重要だと思います。僕も入社してきた人たちに、その都度3時間ぐらいかけて社史を話していて(笑)。それをすると、今この瞬間にアカツキという会社がある理由が、過去の歴史やものがたりと一体化するので。たとえば親についても、「自分が今この瞬間に生きているのは親がいるからなんだな」と思うだけで幸福度が少し高まる、みたいな。
1日の最後は「ToDoリスト」でなく「ToFeelリスト」で振り返る
石川:だから経営者こそ語り部にならなきゃいけないんです。「チーフ語り部オフィサー(CKO)に」。で、もう1つが「1日の終わりを素晴らしいものにする」という考え方ですね。これはハーバード・ビジネス・スクールの先生による大発見です。これはどういうことか。「どのように仕事を終えたうえで職場を後にすればいいのか」ということを我々は意外と考えませんよね。でも、それが超重要なんです。なぜならエクスペリエンスとエバリュエーションは違うから。「今日1日、良い体験をしたのかどうか」と「今日1日を自分がどう評価しているのか」は違う、と。
たとえば「大好きな人とのデートで朝から楽しい」というのは、エクスペリエンスとしては最高ですよね。でも、別れ際の2分で大ゲンカをすると、その1日の評価は最悪になる。その日の体験はほとんど素晴らしかったのに。これは何を意味しているか。出来事に対する人間の評価は最後の経験がめちゃめちゃでかいということです。だから1日の最後、仕事の終え方が大事なんです。そこで、そのハーバードの先生が発見したのは、ToDoリストの確認で終えてはいけない。
塩田:結構やってる人がいるんじゃないですかね(笑)。
石川:なぜか。現代において仕事が終わることってないじゃないですか。それなのにToDoリストを見てしまうと、「あ、今日も私は無能だったな」って、悲しい気持ちで1日が終わってしまう。では、何を見るべきかというと「ToFeelリスト」です。今日1日で何が印象に残ったのかというフィーリングを振り返る。必ずしもポジティブじゃなくたっていいんです。ネガティブでもいい。自分の感情を振り返るだけで、なにかこう自然と1日1日が改善されていく。「測るだけダイエット」に近いですね。体重を測るだけなのに、なにかこう、無意識に行動パターンが調整されるという。だからToFeelで1日を締める。30秒でもいいんです。
塩田:素晴らしいですね。Feelというのは、特に経営や会社の観点では忘れられがちだけれども、結局はどう感じたかが1番重要になる、と。
石川:そうなんです。以前、ヤフーの川邊(健太郎氏:同社代表取締役社長)さんにこういう話を聞きました。ヤフーは1on1(ミーティング)をすごくやっていて、それで川邊さんもいろいろ聞くんですが、いつも最後に聞いていることがあるそうです。それは、たとえば30分の1on1だったとしたら、「この30分で何が印象に残った?」。すると、だいたい自分の想定とズレ過ぎていてズコッてなるそうです。「それが印象に残ったの・・・」みたいな。でも、そこから学ぶというか。
塩田:たしかに。アカツキでも一番大事にしていて、かつ効果があるなと感じているのは「分かち合うこと」なんです。たとえば週に1回の報告会でも、報告のあとは質疑応答をやる代わりに皆で輪になって「何を感じたか」ということだけ喋るんですね。それをやるだけで幸福度がすごく増すという。感じたことだけをシェアするんです。そういうことが今はデータでも証明されているということなんですね。
矢野:つまり、そうした場で「良いこと」を言っているんですよね。その「良いこと」を言った瞬間に、ストーリーを自分でつくっているということです。こんな実験もあります。たとえば「今日あった良いこと」または「今日あった悪いこと」を、毎日1つ書いてもらうという実験です。そのスパンは1日でも1週間でもいいんですが、それで良かったことを書いているグループは、どんどん健康状態も心理状態もパフォーマンスも上がるんですね。逆に、悪いことを書いているグループは心理状態も健康状態もどんどん悪くなって、途中で実験が打ち切られたという有名なケースもあります。危険だということで。
そこでよくよく考えてみると、会社のウィークリー進捗フォローアップミーティングって…(会場笑)。だいたいは「今週あったうまくいかなかったこと」の報告ですよね。「まずは問題を報告しろ」って。あれ、心理学的にはほとんど、人をどんどんうつにするプラクティスなんです。よほどケアしない限り、ですけれども。もちろん悪いことを報告するのは大事なことですが、心理学的にはそういうことも検証されています。
塩田:起業家が苦しんでいるのはそういう部分もあるんですかね。起業家も、課題ですとか「何が足りないか」といったことをすごく議論するのです。
矢野:結局、いろいろなことが起きるなかで、我々はどのようなストーリーでもつくることができるわけですね。それで、石川さんがおっしゃった通り、100個の良いことと1個のマイナスがあったときでも、アテンションを悪い1個のほうに当ててしまうと1日がすべて悪く見えてくる。それはアテンションの当て方であって、これも実は技術なんです。そこで「良いこと」について書くとか、そういう訓練をしていると、少しずつアテンションの当て方も自分で変えることができるようになる。
石川:それが心理学の歴史そのものなんです。心理学は、最初は考え方を変えようとしていました。「考え方がネガティブ過ぎるからポジティブにしよう」と試行錯誤していたんですが、結論は「無理」。で、その次は「考えは変えなくていい。行動を変えてください」となりました。行動活性化療法というんですが、これも大成功とはいいがたいのが現状だと思います。それで今はどうなっているかというと、矢野さんがおっしゃった「注意を向けるところを変えてください」なんです。アテンショントレーニング。まさにマインドフルネスもそういうことですけれども、そもそも見るところを変えてしまえば自然と良いほうへ変わるという話です。
塩田:家入さんはいかがですか?ここまで、お二人からはデータも交えたお話が多かったと思いますが、家入さんが感じたことというのは。
フリーランスのように単独で働く人たちの「幸せ」はどこにある?
家入:また聞きたいことが出てきました。僕も会社経営で「ものがたり」を語ることは本当に大事だと思ってきたし、それをずっとやってきたつもりだし、起業する子にもそういう話をしてきました。ただ、働き方の自由というか、個の時代みたいなものが到来してきたなかで、ものがたりを見ることがそもそも不可能な世界というのも一方では生まれてきたのかな、と思っているんですね。
以前、友人でもある松本紹圭(浄土真宗本願寺派光明寺僧侶)さんというお坊さんに言われて「なるほど」と思ったことがあります。そのお坊さんは「皆で朝のお寺掃除を一緒にやりませんか」と、Twitterで告知をしたりしているんですけれども、結構集まるらしいんですね。それを定期的にやっている。ただ、どんな方が掃除に来るのかというとフリーランスの方々らしいんです。それまで属していた組織を飛び出してフリーランスになったものの、孤独に苛まれている、と。それまでは戻ったり集まったりできる場所があって仲間もいたんだけど、フリーランスになった瞬間、そこが断絶してしまって出会いがなくなってしまったから。そういった方々が朝の掃除に来て、つながりを感じて、それで「良かった」なんていう感じになって帰っていくというんです。
そのお話を伺って、「あ、なるほどな」って思いました。いつも「居場所」という言い方をしていた僕に、松本さんは「いや、居場所というのは場所だけじゃダメなんです。役割が大事なんです」と言うんです。どんなコミュニティでも、そこに馴染める人と馴染めない人が出てきてしまう。「でも、掃除は皆に等しく役割が与えられるから最高の居場所になるんだ」って。得意不得意はあるかもしれないけど、基本的には「あなたはこれをやってください」っていう役割を与えられると人は頑張ることができるから。
塩田:役割をもらってコミュニティに貢献しているということで幸せになる、と。
家入:そう。で、そのお話を聞いて思ったんです。プラットフォームをやっている僕らとすれば、「個の時代の到来」というのは、テクノロジーの大きな流れを踏まえても割とポジティブなものとして語られがちですよね。でも、一方では孤独だったり、心の課題というものがこれからどんどん深刻になっていくんじゃないかなって僕は思っていて。そういう、大きな「ものがたり」を一緒に見ることができないような、フリーランスのように単独で働く方々の幸せって、どこにあるのかなと思いました。
矢野:私は「より自然な状態になる」という風に捉えるのがいいんじゃないかなと思っています。先ほど石川さんもおっしゃっていましたが、生物ってものすごく多様に進化しているわけですね。常に実験と学習を繰り返し、遺伝子を書き換えることによって大変な多様性を生み出し、それぞれに次の「道」をつくっている。種レベルでも個体レベルでも。それはすごく正しい「道」じゃないかなと、私は思っています。で、書道や茶道のように、そういうことを日本人は「道」という風に表現してきた。「日々是好日」という言葉が去年はずいぶん話題になりましたが、それで各々の道を極めるということをやっているので、もともと日本人はそういうことをルーツに持っているのではないかなと思います。
石川:個の時代に大きなものがたりがないというのは、「どこへ向かうのか」という意味においてだと思うんですね。ただ、「我々はどこから来たのか」という大きなものがたりはあって、それを再確認することが何より大事だと思っています。それは、たとえば「日本人とは何か」という問いだったり。それを忘れているから、孤独を感じたりすると思うんですね。たとえばユダヤ人は皆、バーミツバという成人式で「ユダヤ人がどうやってここまで来たのか」という歴史ですとか、家族の歴史の話を延々とするんです。そうすると自信が出てくるのでしょうね。そうして1人でも歩んでいけるようになる、と。
塩田:ありがとうございます。では会場との討議に移りたいと思います。
質問1、日立で従業員の幸福度を高めるため、実際に行っていることがあれば教えてください。
矢野:(日立社員の幸福度UPについては)それほど簡単な答えはないんですが、常に試行錯誤して実験と学習を繰り返すことが大事だと思っています。実際、日立でもいろいろやっています。たとえば昨年は「ハピネス運動会」を行いました。職場のハピネス、あるいは「周囲を幸せにしているかどうか」を測ることができるスマホアプリを使って、職場対抗で組織を活性化するためのアクションを設定・実行してもらったんですね。これはすごく盛り上がりました。
あるいは営業の方を600人ほど集めたうえで、幸せになるためのちょっとしたアドバイスを、学問的に、あるいは各種データを通して提示してあげるといったことも数ヶ月やりました。それによって、実際に周囲を幸せにする力が高まったということも検証しています。また、そうしたアドバイスを活用しているチームと活用していないチームでは、翌クォーターの受注予算達成率で27%もの差がついたということを実証したり。つまりパフォーマンスにも直結するということですね。こういった取り組みをグループ30万人全員ですぐやるわけにはいきませんが、少しずつオフィシャルにはなってきました。それで今は「ハピネス運動会」も全社的な取り組みになっていますし、これからどんどん大きくしていきたいと思っています。
質問2、個の時代になって「ネットでのつながり」は増えていくが、「リアルなつながり」はどうすればよいか?
家入:「会社に属して生きることがなくなる世界では何が起きるのかな」って自分でも考えてみると、いくつものコミュニティに属して生きていくという話になるんだろうなと思いました。それで、いわゆるヒエラルキー型ではなく水平分散型の、いろいろなコミュニティの円が生まれていく、と。場合によってそれらの円は重なる可能性がありますけれども、とにかく、そんな風にしてSNSですとか、先ほどお話ししたお掃除のコミュニティですとか、いろいろなコミュニティに属すること。それが孤独に潰されないための、1つの選択になるのかなと思いました。
リバ邸をやっていて面白いと思うことがあります。かつてはリアルな場からコミュニティが発生していたと思うんですけれども、今は逆にネット上のコミュニケーションからリアルなコミュニティが生まれたりしている。今は双方向という話だと思うんですけれども、たとえば僕の周囲にいる若い子たちも基本的にはまずネットでつながっているんですね。SlackやDiscordやTwitterで、たとえば不登校の子たちが集まって、その子たちがリアルな場にも集まる。オンラインからオフラインが生まれているという流れがあるのは、すごく面白いなと思います。
石川:オンラインとオフラインにまつわる問題というのは今に限った話じゃないと思うんですね。昔からある問題で、これを見事に解決した大企業が徳川幕府だと思っているんです。全国各地で見事なリモートワークを実現していましたよね。徳川幕府にはオンラインとオフラインのあいだをつなぐ参勤交代というものがあって、実はあれが重要なんじゃないか、と。あんな風にして、時間をかけて一緒に歩くことがオンラインとオフラインをつないでいった。だから今こそ参勤交代をやり直そう、と(会場笑)。
矢野:我々のデータでも、共感を持つような双方向の会話時間が、会話の比率ではなく会話の時間という絶対量がすごく効いていることは示されています。ですから、相手が上司か誰かは別にして、ある程度はそういう時間を持たないと人間というのは幸せになれないし、そのための1つの答えがコミュニティなんだと思います。
質問3、幸福度調査等で日本人の順位はかなり低い状態ですが、その割に日本を飛び出す人はあまり増えていないし、大企業を捨てて新天地を求める人もマジョリティになっていない。ですから、日本の場合はそこで「評価バイアス」があるように思っていますが、その辺はどうお考えですか?
石川:評価軸のバイアスについては本当におっしゃる通りで、僕は今それに一番腹が立っていて、変えようとしているんです。国連の「世界幸福度調査」というのは、たった1つの設問で測定されているんですよ。(パラメーターとなる)ハシゴがあって、その一番下の段がゼロ点で「最低の人生」。そして一番上の段が10点で「最高の人生(Best Possible Life)」。そのなかで「あなたはどこですか?」と質問しているんです。つまり上に行けば行くほどいいという発想。この考え方の根源がどこにあるかというと、北極星。何を絶対とするか考えるうえで、長らく北極星を知らなかった民族である日本人とは違い、中国や西洋の人々は北極星を絶対として、その不動のポイントにどうやって昇っていくかということを考えてきたんです。調査で示されるハシゴは旧約聖書にあるヤコブのハシゴからきているんですが、それで「上に行けば行くほどいい」と。でも、日本人が絶対としていたのは太陽なんですよ。太陽は春夏秋冬で動きます。「いいことも悪いことも含めて、いろいろあるのがいいんじゃないのか」というのが、日本的な幸せの考えだと思うんですね。そういう多様な文化の視点を入れ込んだ幸福度の指標をつくろうということを、僕は今仕掛けています。
質問4、最近は大人の引きこもりということが社会問題になっていますし、企業でもうつになってしまって出社できなくなるといったケースがある。そうなってしまったときの対処法、あるいはそうならないための方法論があれば教えてください。
石川:あと、社会人の引きこもりについて。これは職場の孤独という問題だと思っています。それにどう対処するか。つい先日、「Harvard Business Review」が、まさに職場における孤独について特集を組んでいました。そこで「どういう対策を取ればいいのか」という見事な論文を、僕が書いています(会場笑)。なので、そちらを読んでいただけたらと思います(笑)。
質問5)何らかの修行や自己を鍛えるということによって、経営者が幸せを得ることはできるものなのか?
塩田:「修行」に関して言うと、こういう話は皆が頭で理解しようとするんですが、頭で理解するのではなく体験しないと意味がないんですよね。そのうえで、「自分はどういう葛藤を抱えているのか」と、自分の内側をきちんと見ることが重要だと思っています。たとえば親との関係で傷ついたこととかも含めてすべて見ていくと、結果として世界の見方が変わっていく。僕にはそういう体験があるし、そういう体験が好きな経営者の方は、特に日本には多いから、そこは素晴らしいんじゃないかなと思っています。
ということで時間ぴったりで終わりました。改めて壇上の皆さまに拍手をお願いしたいと思います。ありがとうございました(会場拍手)。
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