本記事は、G1ベンチャー2019「世界で勝つためのデザイン経営戦略」の内容を書き起こしたものです。(全2回 前編)
梅澤高明氏(以下、敬称略):今回は大変刺激的なセッションになるかと思います。壇上の御三方をご紹介しますと、まずは自社でデザイン経営を体現し、「デザイン経営とはどういうものか」を産業界に見せてくださっている松本さん。そして、日本を代表するデザイナーとクリエイティブディレクターである田川さんと大木さん。お二人は請われてお仕事をなさるだけでなく、企業のなかに入り込んでデザイン経営をつくり込むという形でもご活躍中です。
そこで、今日はどんな立場でお話をなさっているのかもクリアにしつつ、第一線での活躍内容を伺うとともに、デザイン経営とはどういうもので、どのようにつくり込んでいけばいいのかといったテーマで議論をしたいと思います。まず、経産省が1年ほど前に発表した『「デザイン経営」宣言』というレポートをご覧になった方は会場にどれほどいらっしゃいますか?まず『「デザイン経営」宣言』とはどんなものかという簡単なレクチャーを田川さんにしていただいたのち、議論に入りたいと思います。
なぜ今、経営に「デザイン」が必要なのか?
田川欣哉氏(以下、敬称略):はい。「経済産業省 デザイン経営」で検索すると1番上に経産省のpdfが出てきます。比較的短いレポートなので、まだ読んでいない方はぜひダウンロードしていただけると嬉しいです。デザインというと、最近は「デザイン思考」という言葉も相当使われてきていると思いますが、いよいよ「経営に直結する形で考えたほうがいいのでは」と言われるようになってきました。それで、普通は結びつかないデザインと経営というキーワードを無理やり1つの言葉にしたというのが今回の宣言です。
なぜ、今デザインなのか。世界中の大きな企業が、デザインのケイパビリティを経営のかなり上位に位置づけているという時代の潮流を、まずは認識として日本の方々とシェアしたいというモチベーションがあります。たとえば僕は最近スマホをiPhoneからPixelに乗り換えたんですが、Googleは他にもGoogle Homeを出したりしていますよね。GoogleってソフトウェアのTech Geekな会社だったと思いますが、今はIvy Rossというクリエイティブディレクターが会社に加わり、彼女を中心に強力なデザイン部隊をすごい勢いでつくっています。
なぜか。今はインターネットの波及範囲がスクリーンを超えて、僕らの物理的な生活環境や非インターネット的なるものと結合してきました。それで、バーチャルとデジタルの境界面が破壊されるところにパワーが生まれるという感じになってきた。そうなると、デジタルのなかであればUIを見ていればよかったデザイナーも、リアルな生活環境のなかに入った瞬間、服の着心地や家具の使い心地といったものまできちんと扱えなければいけなくなってきました。格好悪いものがスマホ画面のなかにあるのはいいけれど、格好悪いスマートスピーカーがあるのは困る、と。いきなりそういう世界になるわけです。それに気づきはじめたインターネットプレイヤーたちがデザインを強力に取り入れはじめて今に至っています。
では、そういう状況にあって『「デザイン経営」宣言』はどんなことを言っているのか。日本に残されたいくつかの勝ち筋であるデジタル×プロダクトというか、リアルの領域で突破をしていくうえで、やらなければいけないことはたくさんあるわけですね。どうやってデジタルを導入するのか、ですとか。ただ、いずれにしても、そこでイネーブラーとなる大きな武器の1つとしてデザインが出てくるということで、「経営としてもそれに取り組みましょう」と。
そのうえで、デザイン経営の要素として同宣言では2つのことが書かれています。1つは経営陣にデザインをマネージできる人を入れること。今は大手企業でもそうした人材を入れていないところが9割前後だと思いますが、そうした企業の方々に気付いてもらうというのが1つ。もう1つは、商品企画やプロダクトもしくは事業戦略を考える中軸にも、デザインが扱える人たちをきちんと入れるということです。これはUX的な話でいいんですが、しっかりと使ってもらえる、ユーザーに喜んでもらえるプロダクトづくりを、アジャイルのようなものと掛け合わせて入れていきましょうということも書かれています。このあたりが『「デザイン経営」戦略』の概要になります。
梅澤:ここで言う「デザイン」は、どこからどこまでを指すんでしょうか。
田川:皆さんが「デザイン」と聞いてなんとなく思い浮かべるのは、いわゆるプロダクト。インダストリアルデザイン、カーデザイン、グラフィックデザイン、ファッション等々、第一次産業革命以降の大量生産で出てきたようなものを扱うのが、日本の方々が思い浮かべるデザインだと思いますが、そこはすべて含みます。で、インターネット以降はUIやUXも含まれます。前者はデザイン単体で、後者は「テクノロジー×デザイン」といった文脈ですね。あと、今盛んに言われているのはビジネスモデル等を扱うことのできる人がデザインの観点も持つという「ビジネス×デザイン」。職種で言うとこの3領域で、エリアはかなり広いんですが、これを包括的に「デザイン」と言っています。
梅澤:UI/UXデザインからビジネスデザインの領域に拡張したり、リアルなプロダクトもデザインできるチームをつくる等、いくつかベクトルはあるものの、いずれにしてもデザインの役割を拡大させ、経営における位置づけを高めるのがデザイン経営の本質ということですね。では、続いて松本さん。ラクスルにおけるデザインと経営の関係について教えてください。
ラクスルが「デザイン思考」を取り入れている理由とは
松本恭攝氏(以下、敬称略):これをデザイン思考と呼ぶのかどうかは分かりませんが、ラクスルはプロダクトをつくる際、いわゆる“デザイン思考的なもの”をすごく大切にします。具体的には、とにかく観察をすることと体験をすること。たとえば弊社は「ハコベル」という物流サービスを提供しています。このサービスをつくったときも、プロダクトマネージャーやエンジニアは運送会社や配達場を30箇所ほど訪れて、自分たち自身でものを運ぶ経験をしたり、何十人もの方にヒアリングをしたりしていました。新たに加わるエンジニアも、いきなりコードは書かず、まずはモノを運んで、現場における業務の理解をします。その業務がどうなっているか、徹底的に体験して観察をして、さらにはインタビューも行います。
そのうえで、その業界が本質的に抱えている課題は何か、エンジニアもプロダクトマネージャーもデザイナーもビジネスデベロッパーも、皆が考えます。デザインという最後のアウトプットよりも我々が重要視しているのは課題設定なんですね。課題を外すと、そのあとのすべての努力が無駄になる。ですから、正しい課題設定をするために観察・体験・インタビューを行って、そこで出てきたものを解決しよう、と。
で、解決しようという段階でも最初からコードを書くことはありません。デザイナーが中心になって、優先順位を付けた問題を解くためのUIをデザインします。そのデザインによって動くプロダクトができたら、実際に観察をした人やインタビューをした人に、モックベースですが「このデザインやサービスで、あなたの抱える課題は解決できますか?」ということを当てに行きます。すると、最初はだいたい「こんなの使えないよ」となるので、「もう1度考えてきます」と。そうしてデザインをブラッシュアップして、改めて当てに行くということを3回と5回と繰り返し、まずはデザインを仕上げます。そうして、「この形なら私たちの抱える課題を実際に解決できます」というところまで持っていって、そこで初めてコーディングに入り、プロダクトをつくってローンチします。
こうすることによって何が変わるのか。ラクスルの経営において最も重要でかつ制限の多い制約条件は開発工数です。ソフトウェア・エンジニアの採用はどこも大変ですよね。開発リソースが無限であれば、こんなことをしなくてもいいんです。でも出せる玉は限られていて、そのなかで我々は最大の投資をするわけですね。ですから、その投資が1回でも外れるのは非常に大きい。かつ、1度外してしまうとそのコード自体がレガシーになり、その後大きく尾を引くということもあります。ですから、出すものに関してはとにかく外したくないので「正しい課題を解決していこう」と。そして、それを解決してサービスに落とし込んだとき、きちんと社会実装されるところまでUIをデザインするということを前提にしています。
これ、いわゆるデザインシンキングと言われるものですよね。付箋でざっと書き出した課題を整理して優先順位をつけて、そしてデザインから入るという形ですから。ただ、それを取り入れている理由は、本質的にはエンジニアリソースの制限という問題を解決するため。エンジニアとしても使われないものをつくるのは最高にデモチベーションすることですよね。ですから、つくったものが絶対に使われ、かつ問題設定が正しくて、解決するとインパクトが出るということを実現するために、我々はデザイン的な思考によるプロダクト開発や経営を取り入れているということになります。
梅澤:「うちの会社はデザイン思考を結構使っている」と感じている方は会場にどれほどいらっしゃいますか? 2割弱ですかね。田川さんの感覚とだいたい合っていますか?
田川:このぐらいだと思います。松本さんが今おっしゃった問題意識は、インターネット上でプロダクトやアプリをつくっている人たちは、比較的、肌感覚として持っていると思います。でも、製造業等になるとそこがぐぐっと落ちてしまう。これは買い手が誰なのかという話ともかなり関係していると思います。買い手が量販店等だと、あまりデザイン思考をしてもセリングパワーが生まれない。でも、ユーザーと直結するプロダクトをつくっている人たちは1対1でユーザーと向き合いますから、プロダクトづくりにおけるデザインのプライオリティがマーケティングより高いということがあるんだと思います。
梅澤:ありがとうございます。では、続いて大木さん。現在、どんな立ち位置でお仕事をしているのかといったお話からはじめていただくと分かりやすいかなと思います。
「経営のビジョン」を形にするのがデザイン
大木秀晃氏(以下、敬称略):僕は今、博報堂ケトルとアイスタイルで2つの仕事を兼務しています。博報堂ケトルでは一社員で、アイスタイルでは経営陣。後者ではチームクリエイティブオフィサー(以下、CCO)として、経営にクリエイティブをもたらすという役割で経営会議にも出ています。で、アイスタイルでの役割についてはお二人の話にも直結することが多いなと思いながら聞いていました。アイスタイルは@cosmeというWebのプラットフォームからはじまった企業ですが、今はリアルな店舗や「ベストコスメアワード」というアワードを運営していたり、多岐に事業を展開しています。ですから、田川さんが先ほどおっしゃっていた、「もともとスクリーン上だったところからリアルに落とし込んでいくとき、デザインはどうするのか」といった課題をかなり早い段階から持っていたと思います。
あと、松本さんがおっしゃっていた工数も課題でした。やり方が定まっていないと、その場その場で対応しなければいけなくなる。スクリーン上ではRGBカラーでもリアルではCMYKに対応しなければいけないとか、色の問題1つとっても都度対応しなければいけなくなります。コアとなるデザインのプリンシプルがなければ、その場ごとに対応しなければいけなくなって工数が増えるんですね。ただ、工数が増えたからといって強度の高いデザイン設計になるかというと、なりづらいという悪循環が起こる。それを直していくことも課題でした。
梅澤:以前、「アイスタイルにクリエイティブ体質をつくる」といった表現をなさっていました。
大木:はい。冒頭で田川さんが「デザインと経営は結びつかないと捉えられている」とおっしゃっていましたよね。ただ、ここで言うデザインはクリエイティブとも近いと思いますが、おそらく田川さんご自身は「結びつかないということはない」と考えていらっしゃるんだろうなと感じました。僕も同じです。そもそも何かを経営しているということは、そこにポリシーやビジョンがあるんだと思うんですね。それを形にするのがデザインやクリエイティブだと僕は考えています。でも、それをせずに表面だけデザインしていくと、その都度対応していなかければいけなくなる。だから、経営やビジネスのビジョンがあるならそれを1度「形」にして、その「形」からコミュニケーションやプロダクト、あるいはインターフェースを設計していこう、と。それができれば、とても強い体質をつくることができるし、コミュニケーションの速度も上がると思っています。
最近はデザインとともに「ストーリーテリング」ということもよく言われますが、ストーリーもあとからつくると表層的になります。「ストーリーってどうやってつくるの?」という相談もよくいただくんです。でも、ビジョンやビジネスで目指していることを形にしていけば、「その形があるからこそ、この商品やサービスをつくりました」という風に、点と点が結ばれる。そこを話せばストーリーになるんです。会場にはPRやメディアの方もいらっしゃると思いますが、おそらくその線がつながっていないと違う要素でPRしなければいけなかったり、違うストーリーを持ってこなければいけなくなると思うんですね。
田川:それを博報堂の方がおっしゃっているところが僕はねじれていると思っていて。今まで、そういうものを日本企業は代理店にすべて外注していた。それで、「メッセージをどうするか」とか、“自分たちっぽさ”みたいなものをつくることに関して、「誰かやってください」という感じだったじゃないですか。それを今は企業側が巻き戻しにかかっているとき、大木さんというプロフェッショナルが企業のなかに入った。それによって大木さんは今、外注で請けているのとは質的に異なるインパクトをアイスタイルで起こしているんだと思います。
経営のコアの「強度」を上げていく
大木:僕は博報堂グループでもコピーライターやデザイナーとしてキャリアをスタートさせたわけではなくて、最初はプロモーションの部署にいたんですね。それで1年目はペットボトルのオマケをつくったりキャンペーンを企画したりしていました。そのときに僕が感じていたのは先ほどの話と同じです。頼るべきコアのデザインがすでに決まってしまっていて、かつ、それが企業や商品の本質からズレたところに置かれていると、キャンペーンやプロダクトもそこからしか生み出せない。だから、どうしてもズレちゃう。それで、一番川下にいながら「なんでここをコアにしちゃったんだよ」という思いを持ったままコアに近づいていった。だから、コアをつくるクリエイティブディレクターになってからは、「これを設定すれば(川下も)すごくラクになるよな」ということを想像しながら博報堂でもやっていました。
僕は特殊な経歴だと思いますが、それでアイスタイルに移った今は、社長の吉松(徹郎氏:同社代表取締役社長CEO)に当初言われていたことの意味も分かるなと思うんですね。たとえば、代理店にお願いしている仕事は一部でしかないということで、アイスタイルに入った当初は「そこはまだやらなくていい」と言われていたんです。そこは、末端とは言いませんが、経営のコアからすると1段階か2段階外側にあるものだから。そのうえで、「まずはコアの部分を見直して欲しい」と。そのなかの1つにマーケティングコミュニケーションがあり、店舗があり、サービスがあるわけです。
というわけで、末端からコアの大切さを知った僕としては、コアがないとマーケティングコミュニケーション1つとってもロスが起こり、工数が増え、弱くなると考えています。だからアイスタイルでは「強度」という言葉を浸透させたいと思っています。その辺がバラバラしているとコアの強度が落ちます。でも、強度の高いコアを設定すれば展開しやすくなるし、デザインリテラシーやクリエイティブリテラシーが低い人も「あ、こうすればいいんだ」となって自動的に広がりはじめるので。そういうコアを設計したいと思っています。
梅澤:アプリから店舗から、それ以外のさまざまなマーケティングコミュニケーションまで、すべてに横串として刺さるようなコアをつくるということですか?
大木:すべてに対応できないコアでないと強度が低いということになるので、それがチェックポイントになると思っています。ある程度はカバーできていても、ある部分のみカバーできていないという話であれば、「それは(本当の)コアじゃないのかもしれない」ということで、スクラップ&ビルドを行うことになります。
梅澤:サービス自体をどんな風に顧客へ届けていくかというところまで含めてやっていかないと、仕事が部分最適にしかならない、と。そこで上流まで行程を遡ることのできる立ち位置に、大木さんは今いらっしゃるということですかね。
では、続いてサービス開発におけるアプローチの部分も伺ってみたいと思います。今変化中ということであればビフォーアフターというお話でも結構です。まずは松本さんから。
松本:先ほどお話ししたのが、まさにサービス開発のアプローチですね。観察をして体験をして解像度を高めよう、と。そうして、エンジニア、マネージャー、プロダクトデザイナー、ビジネスデベロッパー、オペレーター等々、全員の視点から課題を出して、ブレインストーミングをして優先順位をつけたうえでどの課題を解いていくかを考えていく。そうしたユーザーセンタード・デザイン(以下、UCD)というアプローチで我々は展開しています。
たとえば予算策定にあたって我々は社内で目標を提示しません。社内でつくって欲しいんですけれども。一方で、「1人当たり生産性および1人当たり売上総利益は毎年20%、全事業部でアップしてください」「販管費については各事業部にてこういう形で考えてください」といったガイドラインは出します。あるいは、全事業に対して「向こう5年間、売上成長30%、売上総利益成長30%以上を維持してください」ですとか、とにかく具体的な指示は一切出さず、ガイダンスベースで提示します。
あるいは、採用では「ワークサンプルテスト」というアプローチを導入しています。まず、上司になる人、部下になる人、役員等々、3~5人ぐらいが面談を行い、それを通ると次は実際のタスクやミッションを与えて、半日から1日ぐらいかけて取り組んでもらったりするんですね。それをチームのメンバー全員の視線で評価します。そんな風に、カルチャーチェックとスキルチェックを仕組み化しています。そんな風にして、当社で成果を出すための、またはビジョンに一貫性を通すためのルールやプリンシプルを僕は今までずっとつくってきました。「これがラクスルらしい」という。ただし、それは1つひとつに対して指示を出すものではなく、あくまでガイドラインであり、ガイダンスです。
これは投資家とのコミュニケーションでもまったく同じ。ガイダンスベースなんですよね。点のコミュニケーションでなく、ベクトルとその長さに関する継続的なコミュニケーション。当社は、そういうコミュニケーションを中に対しても外に対しても取っています。これは、会社としてある種のアーキテクトをつくっていて、それがカルチャーとも一体化しているという意味で、デザイン経営に近い考え方なのかなと感じました。
どの断面を取っても「その会社らしい」と思えるかどうか
田川:近いですね。ブランディングの専門家と話すと、「やることはだいたい3つしかない。『足す』と『引く』と『磨く』だ」なんてよく言われます。結局、ラクスルが何かをしているときは、「ラクスルっていうのはこうだよ」というシグナルがたくさん出ているわけじゃないですか。松本さんがCEOとして何か発言しているときも、ラクスルのアプリやWebを見ているときも。そういうとき、どの断面を取っても「その会社らしい」と思えるかどうかで、会社に対する信頼度はぜんぜん違ってきます。
たぶんデザイン経営というのはCEOの分身のようなや役割で、そのシグナルを調整していると思うんですね。マーケティング用のランディングページとブランディングサイトを見て感じることがまったく異なるのなら、そのシグナルがズレているということ。そうなると「本当のことを言っているのかな?」なんて感じてしまう。人間も同じじゃないですか。「ある会合ではこんな話をしていたけど、別の会合ではぜんぜん違う話をしていた」となれば、その人の信頼度は下がります。一人の人間を見てみても、“キャラ立ち”している人は着ている服や言葉づかい、あるいは提供している機能まで、シグナルがしっかりコントロールされている。
たぶん企業も同じで、そうしたシグナルがいい加減でも良かった時代からダメな時代に、インターネット(の登場)を境に変化しているのかなと感じます。それ以前は、どちらかというとチャネル等をしっかり押さえるほうが売上相関は大きかった。でも、エンドユーザーと直結するような形になると、シグナルの部分をしっかりつくり込んでいかないと離脱されてしまう。それでデザインということが強く言われるようになったんだと考えています。
松本:あと、デザイン的思考のほうが再現性を持たせやすいですよね。個人の勘に頼った意思決定だと、本人がいなくなったときにそれを維持できなくなる部分があると思うので。
田川:難しいのはデザイン経営を入れてもまったく機能しないパターンがある点です。ビジョンがよく分からない会社では。だから、そこは順番がある。ビジョンがクリアになっているからこそHowの部分がデザインでインストールされ、それがシグナルとして顧客に伝わるという順番です。大木さんもそうですよね。ビジョンについて経営者と壁打ちをして、「こういうことですよね」という風にくっきりさせていくと、それが伝わるような状態になるんだと思います。だから「デザイン経営をする」という企業には2つのパターンがある気がします。1つは、ビジョンはくっきりしているけれどもやり方がよく分からない会社。もう1つは「そろそろビジョンをくっきりさせないといけないのでは」と思っている会社です。
大木:そうですね。で、そこは会社の規模に関わらないと思っています。スタートアップで社長の意思が強いからビジョンがつくりやすいという場合もあれば、50年以上続く老舗でも創業者のビジョンが明確だったから大きくなってもブレていないという場合はあるので。その逆もあります。創業者がきちんとビジョンを立てていなかったから、大きくなってからも皆がなんとなくビジネスをやっているという会社もあって、これは一番修正しづらいケースです。
あと、僕としては「デザインは骨と肉のどちらなのか」ということを問いたいと思っているんですね。皆さん、デザインって基本的には表層だと思っているじゃないですか。ヘアスタイルでもファッションでも、デザインという言葉の字面を捉えると表側だと思います。ただ、僕としては先ほど松本さんがおっしゃっていた「アーキテクチャ」のほうが近い気がしています。これ、どちらが正解かを僕が今お伝えしようとしているわけではなくて、そういう考え方をしてみてはどうかなという、自分への問いかけでもあるんですが。
要は、表面が変わっても変化しないものをつくることが、アーキテクチャでありプリンシプルをつくることだと思っているんです。なぜそれが必要なのか。たぶんビジネスの形態が簡単に広がりやすくなってきたからというのがあると思っています。20世紀は「何屋さん」と決めたら10年は変わらなかったけれども、今は10年前にやっていたものとまったく違うビジネスを展開することも多い。トヨタさんが「MaaS(マース)」や「モビリティ」なんて言っているのと近いと思います。表層はいろいろ変わって、サービスからプロダクトになる場合もあるし、プラットフォームになるかもしれない。そんな風に、企業がビジネスを拡張しやすくなっているし、逆に言えば拡張していかないと勝てない、と。そういう状況で、デザインは外側、つまり血肉の話をしているのか、内側、つまり骨格側の話をしているのかということは意識しておくと、1つのヒントになるのかなと思っています。 後編に続く>>
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