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文在寅政権の論理とは?韓国民主化闘争の映画にヒントあり

投稿日:2019/08/17更新日:2019/08/19

日本と韓国の間で溝が深まっています。日本政府は7月に韓国向け半導体素材3品目の輸出管理厳格化を発動し、8月7日には貿易上の優遇措置を適用する「グループA(ホワイト国)」から韓国を除外する政令を公布しました。韓国の輸出管理に疑わしい事案あったためです。しかし、この決定に対して文大統領は「わが大法院の強制徴用判決に対する明確な貿易報復」とコメントし、それを受けて韓国では日本製品の不買運動に発展しています。さらに8月12日に韓国政府は戦略物資の輸出に関し、手続き簡略化の優遇措置を受けられる対象国から日本を外すと発表しました。8月15日の「光復節」の大統領演説は対日批判を抑制したトーンになりましたが、今後もそれが続くかどうかはわかりません。

この状況を打開するために何らかの外交努力が行われるのは必至ですが、もし政府間で交渉になった場合、例えば、相手が譲れない最低条件(留保価値:Reservation Value)や、交渉決裂時の次善の策(BATNA: Best Alternative to Negotiated Agreement)など、相手の行動の背景にあるものを見極めておくことが重要です。そこで、本稿では韓国の民主化闘争をテーマにした映画から、「文在寅政権の論理」を読み解きます。ちなみに今回取り上げる4本のうち3本は韓国の国民的俳優ソン・ガンホが主演している作品で、日本でも上映されたメジャーな作品ばかりです。韓国の世論がそれなりに反映されていると考えていいでしょう。

大統領の理髪師(2004)

この映画は廬武鉉大統領(在任期間2003~08)の時代に公開された映画で、表向きはコメディー映画調になっています。ソン・ガンホが演じる主人公は大統領の専属理髪師という設定です。彼が仕える朴正煕(在任期間1963~79)は日本統治下の朝鮮半島で生まれ、高木正雄という日本名で日本の陸軍士官学校(第57期)で学んだ人物です。映画の中では大統領が日本の軍人として満洲に駐留していた時代を思い出して、日本語で軍歌を歌うシーンもあります。

ちなみに、朴正煕の就任以前は李承晩(初代大統領で在任期間1948~60)による独裁が長く続いていました。しかし、不正選挙によるデモが全国的に広がったため辞任し、ハワイに亡命します。李承晩はアメリカで高等教育を受けた人物で、戦時中はアメリカに住んでいました。日本統治下の朝鮮半島で日本の軍人として戦争を戦った朴正煕とは対照的です。李承晩は反日でしたが、朴正煕は日韓の連携を重視しました。李承晩の失脚後、1961年にクーデターによって軍が実権を握り、63年に朴正煕が大統領に就任します。

映画はフィクションですが、ところどころに史実が挿入されています。主人公が李承晩の不正選挙に協力させられるシーン(野山に投票用紙を埋めるなど)、軍事クーデターで理髪館の前を戦車が通過するシーン、1968年の青瓦台襲撃未遂事件(北朝鮮の特殊部隊による朴大統領暗殺未遂事件)などです。この事件の後、共産主義者への弾圧が強まり、無実の市民が逮捕されて拷問受けます。そうした中、彼の小学生の息子にも嫌疑がかけられ、拷問の結果、歩けなくなってしまいます。もちろんフィクションですが、軍事政権が市民に対して行った不条理な拷問を批判しています。

タクシー運転手 ~約束は海を越えて~(2017)

映画の舞台は1980年の5月中旬のソウルと光州で、実話が下敷きとなっています。ソン・ガンホが演じる主人公はソウルのタクシー運転手で、政治に興味がない普通の市民です。彼はドイツ人記者を乗せてソウルから光州に向かうことになります。

韓国では1979年に朴正煕が凶弾に倒れた後、1980年5月に陸軍少将の全斗煥と盧泰愚らがクーデターによって実権を掌握しましたが、これに反対して光州では大規模な市民デモが起きていました。光州事件(1980年5月18日~27日)はこのデモを軍が弾圧した事件です。この弾圧によって、一般市民にも多数の死傷者(死者は約150人)が出ました。この事件は韓国国内のメディアでは報道されていなかったので、主人公は光州の状況を知りません。外国人記者たちがその異変を察知し、その状況を海外から伝えたことで、その事実が明るみに出ます。なお、このクーデターによって全斗煥は大統領に就任(1980~88)、盧泰愚(1988~93)がその後を継ぎ、軍人による政権が続くことになります。

弁護人(2017)

舞台は1981年の釜山で、この映画も実話をもとにしています。ソン・ガンホが演じる主人公は釜山の弁護士で、モデルは廬武鉉です。彼は高卒で弁護士となった人物で、当時は不動産登記業務などを手掛ける税務専門の弁護士として活動していました。しかし、あるきっかけで学生の弁護を無償で引き受けることになります。

1981年9月、警察は逮捕令状もないまま、釜山読書連合会のメンバー22名の大学生らを拘禁しました。その背景には、全斗煥政権による「赤色分子」(共産主義分子)の取り締まりの強化がありました。廬武鉉は新人弁護士の文在寅(現大統領)らと彼らの弁護を担当しましたが、22人中19人が有罪となってしまいます(後に冤罪となる)。廬武鉉はこれをきっかけに人権派弁護士の道に進むことになります。この映画は韓国国内で観客動員数1100万人を超える大ヒットとなりました。

1987、ある闘いの真実

この映画はソン・ガンホの主演ではありません。舞台は1987年のソウルです。1987年1月、ソウル大学に通う学生運動家が警察の拷問の末に死亡します。この事件をきっかけに民主化運動は激化しました。ピークはこの年の6月10日からの20日間(6月民主抗争)で、全斗煥政権から大統領直接選挙を含む改憲の合意を引き出します(6・29宣言)。政権が譲歩した背景には、88年のソウルオリンピックの開催がありました。国際的な平和の祭典を控えたこの時期に軍隊が市民を武力弾圧していたら、先進国から激しい批判を受けるのは必至でした。経済発展を遂げて先進国入りを目指していた韓国にとって、そうした事態を避けたかったのです。

これらの映画から分かること

これらの映画から分かることは、今の文在寅政権は民主化闘争の延長にあり、それはまだ完全に終わっていないということです。今回取り上げた4本の映画は廬武鉉・文在寅の政権時代に公開されたもので、軍事政権に批判的な点が共通しています。

しかし、93年に誕生した金泳三政権(1993~98)以降は一貫して文民統治が続いているので、すでに民主化闘争の敵はいないはずです。東西冷戦も終結し、経済的にも豊かになりました。それににもかかわらず、民主化闘争の映画が国民の人気を集めるのはなぜでしょうか。そして、なぜ今になって民主化闘争で名を上げた文在寅が大統領に選ばれたのでしょうか。

それは、廬武鉉(当時)と文在寅が闘っている相手は軍事政権ではなく、今に至る軍事政権の遺産だからでしょう。では軍事政権の遺産とは何でしょうか。その最たるものは1965年の日韓国交正常化で得た経済協力支援と、それをもとにした急速な経済発展です。1965の朴正煕政権時代に「日韓基本条約」と「日韓請求権協定」が結ばれた際、日本は韓国に対して合計5億米ドル(無償3億米ドル、有償2億米ドル)と、民間融資3億米ドルの支援を行っています。当時の韓国の国家予算は3.5億米ドル程度でしたから、その大きさが分かるでしょう。

朴正煕政権が発足した1963年の時点では、韓国よりも北朝鮮の方が経済的に発展していました。韓国のGDPが北朝鮮を追い抜いたのは1975年です。この急速な経済発展は「漢江の奇跡」と呼ばれています。

漢江の奇跡と元徴用工問題

日韓請求権協定で日本が韓国に供与した3億米ドルには、元徴用工への賠償金が含まれていました。徴用工とは第二次世界大戦中日本の統治下にあった朝鮮半島で日本企業の募集や徴用により労働した労働者のことです。韓国政府は1977年までに約92億ウォン(無償で供与した資金の9.7%)を元徴用工と遺族に支払っています。しかし、残りの9割は自国の経済発展のために使われました。つまり、日本から得た3億米ドルのほとんどが元徴用工ではなく大企業に渡ったことになります。軍事政権による日韓国交正常化の恩恵を最も受けたのはヒュンダイ、サムスン、浦項製鉄所(創業)、大韓航空(民営化)などの大企業なのです。この事実が初めて国民に明らかにされたのは2005年になってからで、廬武鉉政権の時代でした。

前大統領の朴槿恵(2013~17)は朴正煕の娘であり、その前に大統領を務めた李明博(2008~13)は大阪生まれで現代建設(現代財閥の企業)の会長でした。つまり、軍事政権の恩恵を受けた側です。一方、廬武鉉や文在寅の支持基盤は労働組合や市民活動団体で、その恩恵をあまり受けていなかった側です。だから、元徴用工とその遺族による怒りは日本だけに向けられているのではなく、軍事政権時代の韓国政府に対しても向けられています。事実、2018年12月に元徴用工と遺族1100人が韓国政府を相手取り、1人1億ウォン(約1000万円)の補償金を求める訴訟を起こしています。こうした背景により、朴槿恵が弾劾された後に文在寅が選ばれたのです。

まとめ:交渉事は「相手の論理」を理解することから

もちろん、軍事政権時代への反発だけで、現在の日韓対立を説明することはできません。李明博政権は竹島問題を再燃させましたし、朴槿恵政権は日本の歴史認識に対してたびたび批判しました。その理由として考えられるのは、韓国の日本に対する依存度が低くなったことです。

例えば、約20年前の金大中政権(1998~2003)の頃ならば、そうはいかなかったはずです。韓国は金泳三政権時代の1997年に通貨危機に陥り、国際通貨基金 (IMF) や世界銀行から約580億ドル(約6兆円)の資金支援を受けます。その後急速に経済を立て直し、2001年8月にIMF支援体制からの脱却(195億ドルを全額返済)を果たしました。

ちなみに、IMFへの出資額で日本は2位でしたから(2019年現在も)、日本はIMFを通じて韓国経済の立て直しに貢献したと言えます。また、日本政府は邦銀に働きかけ、韓国企業の邦銀に対する短期債務(118億ドル)の繰り延べ交渉を妥結するなど、国家破産の危機を助けました。この通貨危機によって大企業のリストラなどが進み、韓国経済は強くなりました。ご存知のようにサムスン電子の躍進は通貨危機の後です。80年代から90年代までの韓国の政権は「克日」(強い国を作ることで、過去の日本による支配を克服する。全斗煥の発言)を目指していましたが、今や日本とは「対等」という意識に変わったのでしょう。

今の韓国は民主化闘争で名を上げた人物が政権トップであり、その時代に民主化運動に参加した大学生(日本のバブル世代)らが社会のリーダーとなっています。そのため、現政権の日本に対する言動の根底には、「民主化闘争の論理」と「克日から対等という意識の変化」の2つがあると考えられます。冒頭に述べたように、もし交渉に至った場合、相手がどう行動するのか、交渉が決裂したらどうなるのかを見極めることは重要です。今回紹介したこれらの映画は、その助けとなるはずです。

【参考記事】
交渉術とは?交渉に必要な「BATNA」と「RV」
交渉上手は頭の中にBATNAやZOPAなどの構造を描く
ZOPAとBATNA(動画)

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