コストの急激な低下が社会を変える?

新刊『テクノベートMBA基本キーワード70』の3章「経営戦略」から、「Keyword033 限界費用ゼロ社会」を紹介します。

近年、「フリーミアム」や「サブスクリプション」のような利益モデル・課金モデルが流行するなど、モノやサービスの価格は、「コストに想定マージンを乗せる」といったオーソドックなものだけではなく、どんどん多様化しつつあります。特にソフトなどのデジタル財は、いったん作ってしまえば複製・移動・保存の追加コストが非常に小さいため、新しい利益モデル・課金モデルがどんどん採用されてきました。その波はいずれ物理的なモノにも及び、人々の消費や生活そのものを劇的に変えるという見方も出てきました。そうした動きの中で、企業がどのような価値を生み出し、どのように利益を上げていくのかも、劇的に変化する可能性があるのです。

(このシリーズは、グロービスの書籍から、PHP研究所了承のもと、選抜した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)

限界費用ゼロ社会とは?

限界費用とは、ある程度の数の製品を製造・販売した後の、追加1単位当たりの製造・販売コストのこと。さまざまな財における限界費用がゼロに近づいた社会を限界費用ゼロ社会という。ジェレミー・リフキンによって提唱された。

解説

限界費用とは、たとえばすでに1000ユニットの製品・サービスを製造・販売した場合に、1001ユニット目の製品・サービスを製造・販売するコストを指します。1万ユニットまでいったら1万1ユニット目、10万ユニットまでいったら10万1ユニット目……と、数がどれだけ増えても同じ考え方をします。数学的にいえば「微分」に相当するものであり、数量に対する総コストを曲線で表した時、限界費用はその時点での接線の傾きに相当します。

限界費用が早い段階でゼロに近くなる財にデジタル財があります。ITソフトなどがその例です。デジタル財は物理的な実体をともなう「モノ」とは異なり、その複製・移動・保存にほとんどコストがかかりません。つまり一度でも先に投資してそれを作ってしまえば、あとは追加コストほぼゼロで複製・移動・保存ができるということです。しかもモノとは異なり、非競合性(皆が同時に利用できる)という特性もあります。それゆえ、初期投資を分散できる規模の大きなプレーヤーが非常に高い利益率を享受できる可能性が高まります。だからこそ企業はネットワークの経済性を活用し、極力早期に規模化しようとするのです。

その成功例がかつてのマイクロソフトのWindowsです。開発には非常に多額のコストがかかりましたが、あっという間に初期投資分を回収してしまい、あとはコピーした分だけそのまま儲けになるといった感じでした。

音楽ソフトなどもデジタル化しやすく、いったんデジタル化されると複製・移動・保存のコストはほぼゼロです。財のデジタル化がいち早く進んだアメリカの音楽業界では、それまでCDなどの印税で儲けていたアーティストは、デジタル化によって印税収入が減り(人々が20ドルのアルバムではなく、1ドルのシングル曲を買うようになったことなどが原因)、ライブによる収入で儲けるようになっていったという変化が起きました。これらは事業経済性の変化にともなう業界のビジネスモデルの変化と言えます。

モノやサービスもゼロコスト化する?

提唱者のリフキン氏は、限界費用のゼロコスト化は、デジタル財のみならず、モノの世界にもどんどん浸透していくと主張しています。その鍵を握るのは、IoTの進化、自然エネルギーを活用した低コストの電力、極めて安価な3Dプリンターなどだと彼は言います。これらの進化によって、製造や物流のコストが限りなく小さくなると同時に、モノの希少性もどんどん失われることから、モノやサービスの値段もどんどん低くなるというのが彼の予測です。

また、ゼロコスト化が進んだ教育サービス(例:オンライン教育など)が世界中に普及することで、極めて多くの人が高い教養や思考力を得ることが可能になります。

これらの結果として、現在の資本主義経済、消費刺激型の経済は大きな影響を受け、プロシューマー(生産消費者)中心の、社会の持続性を意識したシェアリングエコノミーに転換していくというのです。

夢物語のような世界にも見えますが、昨今、想定外のスピードでコストが下がっている製品・サービスは数多くあります。たとえばDNAの塩基配列(シークエンス)の読み取りは、十数年前はヒト1人につき、億単位の費用がかかりましたが、いまでは数万円程度に下がっています。これを利用すれば、たとえば親子鑑定のみならず、どのくらい遠い親せきかといったこともすぐに分かります。このようにコストの急激な低下は、人々の欲求や製品・サービスに大きな変化をもたらしうるのです。

ただ、リフキン氏の描く限界費用ゼロ世界の前提となるゼロコストの電気や、極めて安い3Dプリンターなどの実現はまだまだ先の話です。電気については、特に日本の場合は自然エネルギーの比率が低く、業界のスマート化が遅れているという事情もあります。

また、モノに対する希少性が本当になくなるのかも疑問があります。企業側はやはり何かしらの方法で(情緒的価値を打ち出すなど)、価値を高める努力をするでしょう。実際のところ、体験に比べてモノの価値が下がっていくという流れはあるにせよ、そのバランスの変化は慎重に見極める必要があります。

(本項担当執筆者:嶋田毅 グロービス出版局長)

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