堀義人のダボス会議2019速報(4)第4次リーダーシップが必要な時代に 

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ダボス会議4日目。朝7時半からは、僕が共同議長を務めるフォーラム・メンバー・アドバイザー・コミュニティの会合だ。インド、マレーシア、南アフリカ、メキシコ、インドネシア、米国など幅広いメンバーが集まっている。「第4次産業革命の時代には、第4次リーダーシップが必要」と説いた(後述)。

ダボスで一番親しい仲間がこの3人かもしれない。南アフリカとマレーシアの友人。年齢はほぼ同じくらい。僕の帽子に注目!ダボス会議にBリーグの茨城ロボッツが登場!しかも、写真を撮る時の掛け声は「Go Go Robots!」。

この親しい仲間と2時間ほど語り合った。どのセッションに参加するよりも勉強になった。

南アフリカ人のIqbalからは、アパルトヘイト時代の話を聞いた。アパルトヘイトでは、4つのカテゴリーに人間が区別され、そのカテゴリーごとに教育機関が存在した。当時はホワイト、カラード、インド人、黒人と4つに分けられていた。Iqbalはドイツ人・黒人・アジア人などのミックスなので、カラードに分類されていた。

白人向け教育は全て、施設も環境も教育内容も良い。大学もほとんどが白人向けだった。その中でケープタウン大学の医学部がごく少数のカラードを受け入れていたので、勉強して入ることができた。だけど、高校までの教育の環境が劣悪で教育内容も劣っていたので、最初の2年間はとても苦労した。しかも白人とは全く交流することができなかった。

大学卒業後、医者となったが、その理不尽な教育と自らが住んでいる良質な地域を追い出されたのに憤りを感じて、人種差別撤廃運動のアフリカ民族会議(ANC)に関わるようになった。医者だったので、武器を持つわけではない。ネルソン・マンデラ氏が監獄から解放された後に、かかりつけ医になった。1991年にはマンデラ氏に同行して、ダボス会議に来たという。

1994年にマンデラ氏が大統領となり、平等を勝ち取った。その後アメリカにわたりMBAなどを取得。大学に残ることも考えたが、マンデラ氏に相談したら「ANCに関係する企業があるから、経営をやらないか」と言われ、そこから会社経営の道を歩み始めた。今では、南アで資産価値2兆円以上もあるホールディングカンパニーのオーナー経営者だ。

一方の、マレーシア人のVijayは、マレーシアのマイノリティだ。マレーシアでは、中華系、マレー系、インド・スリランカ系に分かれている。マレー人が優遇されているマレーシアでは、スリランカ系のVijayは満足する教育を受けられない。そこで苦学して、奨学金を獲得してシンガポールに行った。その奨学金の期限が切れたときには、親が土地を売却して1年分の学費を確保してくれた。

ところが、英国大学の法律学部に入学したら、サッチャー政権の改革で授業料と寮費用が数倍に値上げとなった。その金額を払えないので、当時一番学費が安かった会計学部に変えて、タクシーの運転手などをしながら、生計を立てた。高給を求めてロンドンキャブの試験を受けて、当時4人しかいない非白人の運転手になった。主に効率が良いヒースロー空港からロンドン市内の往復に仕事を絞り、待ち時間に本を読んで勉強したという。

大学卒業後は米国にわたり、大手監査法人に勤め、その後マレーシアに戻り起業した。今や、アジアでもっとも成功したイーコマースの会社となった。

それぞれ差別や困難がある中でたくましく生き、起業家として大成功した話に集中して聞き入った。どのセッションよりも本当に勉強になった。マレーシアのVijayご夫妻と南アのIqbalとパチリ。

疲労が蓄積してきたし、英語を喋りすぎて頭が朦朧とするので、部屋に一旦もどった。溜まりに溜まったメールに返信して、SNSをチェックして、ダボス会議のサイトに行き、LIVE中継を拝聴した。1人で、「お部屋でダボス会議」だ。

今日はメイン会議場に行かずに、ホテルの部屋や外部会場でダボス会議を楽しむ実験をすることにした。ホテルで開催されるプライベート・イベントに2つ参加・登壇し、ホテルのロビーで友人達と会い、意見交換し、部屋でダボス会議の中継を聞いて過ごすのだ。

ダボス会議のメイン会場に行くと、寒い中歩き、セキュリティを通り、コートを脱ぎクロークで並ぶ。セッション会場に入るのも混雑して大変だし、並んでも入れないことがある。次のセッションまで空き時間ができてしまうので、結局少数のセッションにしか参加できない。当然ネットワーキングはできるし、質問できる利点もある。

一方「お部屋でダボス」の場合には、快適な環境の中で、さまざまなセッションを動画で視れる。しかも面白くないセッションはポチさえすれば、違うセッションも見れる。さらに、テキストでさまざまなセッションやスピーカーのサマリーも読むことができる。

「お部屋でダボス」はお勧めだ。⇒⇒World Economic Forum Annual Meeting

親しい友人とはアポ入れして会えばいい。韓国の友人のイーサンヤップ教授とパチリ。十数年以上も前から仲がいい。日韓関係が厳しい時期だからこそ、会い続けることが重要だ。最新のテクノロジー動向や、日韓関係について意見交換した。

夕方になり、YPOイベントに参加した。YPOとは、世界的な経営者の組織だ。僕もメンバーの一員でもあるYPOが、ダボス会議でプライベート・セッションを初めて開催したので参加することにした。

テーマは「使命感があるビジネス」だ。最近、ビジネスには明確な使命感が必要だという考え方が主流になってきている。世界がグロービスの考え方に追いついてきている感じだ。UNICEFトップであるHenrietta Fore氏による冒頭の挨拶中。

YPOの一員として議論に参加。僕が座ったのは、所得格差のテーブルだ。「格差」に目を当てるよりも、ボトムを引き上げることに集中すべきだと思った。ボトムを引き上げるには、低所得となっている原因をしっかりと認識し対処する。その上でセーフティネットが必要となるであろう。

低所得となっている理由の一因は教育や職業の機会が十分ではないからだと思う。

1)教育については、昨日の総理のスピーチが参考になる。「ひとり親家族に教育機会を提供することにより大学進学率が24%から42%に上がった。無償教育が拡張することにより、さらに進学率は上がるであろう。格差は拡大しないで縮まっている」と発言があった。高等教育の機会に加えて、社会人の再教育の機会も多くすることが重要だと思う。日本では教育訓練給付金として100万円以上も支給される。とても良い制度だと思う。

2)職業については、最低賃金を上げることが重要となろう。日本の今の景気で有効求人倍率が1倍を超えている現状であれば、基本的には職の機会がある。

そしてセーフティ・ネットについては、一昨日に議論したベーシックインカムが重要になるであろう。

所得格差の問題にしっかりと向き合わないと、日本にも社会的断絶が生まれてしまうと危機感を抱いた。

プライベートな夕食会を終えて、部屋に戻ってきた。私的な会合なので、写真を上げられないのが残念だ。世界を取り巻く状況、気候変動、経済、地政学的な状況、リーダーのあり方などについてとても有意義な意見交換ができた。

僕が、気になっていることの1つが、新たなリーダーのあり方だ。第4次産業革命、第4次国際化の時代には、第4次リーダーシップが必要となるからだ。第4次リーダーシップとは、以下の要素を持つ人だと思う。

・社会変革力:自らの職務を超えて、社会問題や政治・行政やNPOに積極的に参画・行動し、世の中をよくすることに貢献するリーダー
・共感を伴う発信力:自らの組織を超えて、SNSやブログ記事などで自らの考えを積極的に発信し、共感を得ながら、世論を自ら信じる方向に導いていく力
・国際的影響力:自らの地域・国を超えて、グローバルにネットワークを張り、自らの考えを英語で主張し、世界に影響を与えることができるリーダー
・そして、テクノロジーへの理解力だ:既存のテクノロジーを超えて、新たなテクノロジーを理解し、未来を切り開いていくリーダー。まさに、グロービスが提唱する「テクノべート」・リーダーのことである。

以前、世界経済フォーラムの「New Model of Leadership」というアジェンダ・カウンシルで、リンダ・グラットン女史やEQを提唱したダニエル・ゴールマン氏と意見交換した。

まさに今、世界で必要とされているのが、「第4次リーダーシップ」だと思う。

2019年1月24日
ダボスにて
堀義人

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京都大学工学部卒、ハーバード大学経営大学院修士課程修了(MBA)。住友商事株式会社を経て、1992年株式会社グロービス設立。1996年グロービス・キャピタル、1999年 エイパックス・グロービス・パートナーズ(現グロービス・キャピタル・パートナーズ)設立。2006年4月、グロービス経営大学院を開学。学長に就任する。若手起業家が集うYEO(Young Entrepreneur's Organization 現EO)日本初代会長、YEOアジア初代代表、世界経済フォーラム(WEF)が選んだNew Asian Leaders日本代表、米国ハーバード大学経営大学院アルムナイ・ボード(卒業生理事)等を歴任。現在、経済同友会幹事等を務める。2008年に日本版ダボス会議である「G1サミット」を創設。2011年3月大震災後に、復興支援プロジェクトKIBOWを立ち上げ、翌年一般財団法人KIBOWを組成し、理事長を務める。2013年6月より公益財団法人日本棋院理事。いばらき大使、水戸大使。著書に、『創造と変革の志士たちへ』(PHP研究所)、『吾人(ごじん)の任務』 (東洋経済新報社)、『人生の座標軸』(講談社)等がある。

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