本記事は、2018年2月に行われたセミナー「PwCが世界50カ国2802名に実施した"ファミリービジネスサーベイ2016"から見えてきたもの~」の内容を書き起こしたものです。第1話は、グロービス経営大学院でファミリービジネス・マネジメントの教員を務める蒲池正英氏が、調査結果のポイントをお伝えします。(全3回)
調査概要とキーメッセージ
蒲地:みなさん、こんばんは。本日は私からまず、PwCが行った「ファミリービジネスサーベイ2016」についてご案内をしたいと思います。
その前に少しだけ、自己紹介をさせていただきます。私は今、税理士法人カマチの代表者をしています。この税理士法人は祖母が開業した会計事務所で、私は3代目です。ですので、私自身もファミリービジネスの当事者となります。
2016年までは、実はこのPwCという会社におりました。そこで、事業承継・ファミリービジネスに関する部署に所属し、ファミリービジネスの皆さまのコンサルティングをさせていただいていました。今回のサーベイについても、実際にインタビュー等を行いました。
グロービスと私の関係ですが、私は2011年にグロービス経営大学院に入学し、2014年に卒業しました。そして現在、グロービス経営大学院で「ファミリービジネス・マネジメント」というクラスの講師を担当させていただいております。
さて、今回のファミリービジネスサーベイは、PwCがファミリービジネスの経営者、役員の方を対象に2年ごとにグローバルで実施している意識調査です。2年前に行った調査では、約50か国の売上高500万ドル超のファミリービジネスの意思決定者2802人を対象にインタビューを実施しました。主に電話でインタビューをしていて、平均所要時間は32分。一部オンライン調査や、PwCが面談を設定する場合もあります。日本国内では51名の方に面談でインタビューを実施させていただきました。
調査対象の属性ですが、業種は製造業が1番多いものの、卸売業、小売業、サービス業等、さまざまな業種にまたがっています。売り上げに関しては500万ドル以上ですが、さまざまな売り上げの規模の方を対象にしています。日本円で1000億以上の売り上げの会社も今回対象になっています。
世代ですが、創業者1代目から4代以上で取ったところ、日本は大体2世代目ぐらいが49%で少し多めになっていますが、世界の平均では比較的バランスよくインタビューをさせていただくことができました。年齢に関しては、日本は少し年齢層が高めです。35歳未満が日本は2%ですが、その方たちのインタビューは少し難しかったようになります。
今回のサーベイのキーメッセージですが、課題は3つ浮き彫りになっています。1つ目は人材に関して、2つ目はイノベーションに関して、3つ目はデジタル化への対応に関して。
まず1つ目の人材については、人材関係、長期的な視点を踏まえて、ビジョンに進むための具体的な中期経営計画の作成と実行を実現できる人材の確保が必要です。国際化、事業承継、デジタル化、いろいろな課題がありますけれども、それぞれに対応できる人材をしっかり育成していく。そのために、ちゃんと中期経営計画の中に人材育成も含めていくというのが大事
2つ目、イノベーションに対するメッセージですが、多くの企業がイノベーションを継続することが非常に重要であると考えています。そのなかでは、継続的にイノベーションが生み出される風土をつくることが大事と言えると思います。例えば、高い専門性と豊富な経験を持った外部人材や専門家の採用と活用、それから、多様なものの見方、考え方を社内に取り入れる。こういったことを重ねていくことで、イノベーションが生み出される風土がつくれる。これが1つの課題解決になるのではないかと思っています。
3つ目、デジタル化への対応。これは特に日本で言えることですが、大企業等に比べるとデジタル化に関して大きな投資がなされていないケースもあるかと思います。例えば、業務改善による生産性の向上もしくは柔軟な働き方みたいなことにデジタル化を活用することが、ファミリービジネスにおいては1つの大きな課題になると思います。
ファミリービジネスの特徴とは?
ここからは項目を少しずつご紹介していきます。まず「ファミリービジネスと他の企業との主な違い」はどういうものがあるか。この点については「文化や価値観を強く持っている」「意思決定プロセスが迅速/組織がシンプル」「長期的アプローチで意思決定を行う」といったことが 結果として出てきています。
特筆すべきは、「高度人材の採用、維持に労力がかかる」という項目に対し、日本企業の88%が他の企業との違いだと言っている点です。グローバルな回答は48%ですので、非常に開きがありますね。日本では、人材(不足)が非常に騒がれていますが、人材がほしいと言いながらも、ファミリービジネスとして運営していくうえでは、少し他の企業とは違うところを皆さんは感じられているのかと思います。
次に「ファミリービジネスの強みと弱み」ですが、「ファミリービジネスは経済のバランスの安定性に貢献をしている」「不況時にも雇用を支えている」「利益を目的とせず、地域の取り組みを支えている」「世代ごとに社を変革している」、これが1つの大きなメリットかなと思いますし、皆さんも共感できることが多いのではないでしょうか。
少しデメリットな部分かなというところでは、「新しい考え方やアイデアを取り入れる機会が限られるのではないかと心配である」と。確かに、ファミリービジネスというと少し閉鎖的になりがちですので、その面もあるかもしれません。
ファミリービジネスの課題とは?
ファミリービジネスの「今後5年間に直面する主な課題」としては、大きく4つぐらいに限られると思います。1つ目「優位性を維持するためにイノベーションを続けること」。2つ目「適切な人材を採用し、維持する能力」を保持すること。3つ目「自社が属する業界の競争」。4つ目「よりプロフェッショナルな事業運営の必要性」、こういうことを課題と思われている方が多いということですね。
最初の3つは、日本においてもグローバルにおいても、かなり高い結果となっています。「よりプロフェッショナルな事業運営の必要性」で言いますと、日本は63%の方々が課題だと認識し、グローバルは42%ぐらいですので、少し開きがあると思います。日本はより、経営の専門家等を入れていき、ファミリービジネスといえども、専門的な方々の集まりになっていくことを望まれていると思います。
次に「これからの5年間に重要な目標」について。まず1つ目「事業の長期的将来性を確保する」。2つ目「従業員を公正に報い、成功を共有する」。3つ目「利益率の向上」。特筆すべき点は、国内とグローバルのパーセンテージを入れていますが、「従業員を公正に報い、成功を共有する」については日本では53%の方々が非常に重要であると答えていますが、グローバルはわずか30%で23%の開きがある。既にグローバルでは従業員に対して成功共有が行われているのかどうかまでは分からないですけれども、少なくとも従業員に対する意見はかなりの違いがあると思います。
また、「ファミリービジネスのマネジメントのまま維持する」ことが重要かどうかについては、日本の調査では16%の方が重要であると答え、グローバルでは30%となっています。グローバルではかなりファミリービジネスに対する評価が高いといったところも踏まえて、こういう結果になっているのかと思いますが、違いが少し見て取れるかと思います。
ファミリービジネスの国際化について
ファミリービジネスの国際化について、「国内売り上げの現状と5年後の見込み」を紹介します。日本では約50%の企業が国外売り上げのある状態になります。これが5年後、海外売り上げ、国外売り上げ、どのぐらいの企業が新たに販売を見込むかというところで言うと、71%という結果が出ています。現状50%というのは業種にもよると思いますが、残りの50%のうち21%は海外に出て行くことも意識していると。
では海外に出て行くとき、どういう市場を選ぶかが次の主題になります。「輸出市場を選ぶ際に重点的に検討する要素」として最も大きいのは「経済的安定・政治的安定」になります。2つ目は、「規模・成長可能性」。少し前までは、どちらかと言うと、規模や成長可能性に注力をして国を選んでいる方もいらっしゃったのかもしれませんけども。最近は経済的な安定性、政治的安定性みたいなところも気にされることが多いということで、皆さんが感じられているところとも合致するのではないかと思います。
事業承継計画について
ファミリービジネスにおいては数十年に一度必ず事業承継が起こります。これは、事業権に大きなインパクトを与えるわけですが、その計画についての結果を報告させていただきます。
まず、「承継計画の整備状況」ですが、「承継計画はない」というところに1番大きな数字がきております。日本においては39%。グローバルにおいては43%が承継計画はない。その他の企業は承継計画があるのですが。
「具体的な承継計画を整備し、文書化し、周知している」かどうかは、日本においては2%の企業しかやっているところがありません。これに対してグローバルは15%。文化の違い等はありますが、日本は昔から以心伝心やすり合わせの文化が強く、なかなか文書化するところまではいけなかったのかもしれません。
次に「将来の事業承継計画」、どのような方針で引き継いでいくか。まず、「経営を次世代に引き継ぐ」方が日本では40%、グローバルでは39%いらっしゃいました。次に「所有は次世代に引き継ぎ、経営の専門家を招き入れる」が日本は20%、グローバルは30%。ここはかなり開きがあると思います。海外ではファミリーオフィスというような一族の資産を管理するような会社が一般的にあるので、それも影響していると思います。日本においても、所有はするが、経営に関してはプロフェッショナルにというところも多くなっていくのかなと思っています。
「経営者の資質として最も重要と考える要素」、これは後継経営者ということですね。「先見性変化への対応能力」が70%で圧倒的に高くなっています。
次は「後継者選定にあたっての基準」。先ほどの「先見性変化への対応能力」というのは、どちらかと言うと、経営能力に近い部分があるのかなと思うんですけども、後継者選定になると、実は「人間性・人望」とお答えになった方が多くなりました。少し補足しますが、この「経営者の資質として最も重要なもの」と「後継者選定にあたっての基準」の2つは、日本の経営者の方のみにお伺いしたものです。プロフェッショナルの経営者が必要、後継者を選ぶにあたっては人間性、人望が非常に重視されているということが見て取れるかと思います。
次の「親族間紛争に対応するために実施している手順や仕組み」があるかどうか。これも非常に日本とグローバル、結果が分かれました。グローバルでは親族間に関して、比較的いろいろな対策を取っている。一方日本の人は、どこも対策していないと言ってもいいのではないかと思います。
例えば株主間契約、グローバルの企業ですとよくありますけれども、何かあったときにはこのように処理をしてくださいねっていうことを、あらかじめ契約で決めておくわけですね。こういう仕組みはまだ日本には浸透していませんが、今後入ってくるものになるかなと思います。
「上記のいずれも実施していない」というところが日本は55%で突出しています。これは、先ほどのすり合わせみたいなところもあるんですけども、「あまりここに触れてはいけないんじゃないかな」みたいところも、皆さん感じられることが多いのではないでしょうか。ただ、何かあってからでは遅いので、考えていくべきものかとは思っています。
デジタル時代に向けて
「デジタル時代に向けた準備」、実はこれは2016年のサーベイで初めて項目として出てきました。今の時代、AI等を含めてデジタルビジネスがかつてない進化を遂げていますが、そこに向けてファミリービジネスの皆さんはどういう対応しているのか。「デジタル時代に適合した戦略がある」に日本は33%の方が「ある」と答えています。グローバルでは53%です。「デジタルが企業文化に浸透している」に関して日本は10%、グローバルは56%で、かなり開きがあるのではないかと思います。
次に「デジタルディスラプションに対する認識」ということで、例えば今行っているビジネスがデジタルによって破壊的に変革をされる可能性があるかどうか、そういう脅威を感じているかどうか。日本においてもグローバルにおいても、あまり政策的ではないというところで、やはり危機感が少し足りないのではないかなというところが見て取れるかと思います。
そういう「デジタルディスラプションの脅威に対する取締役会レベルの認識」は、日本は29%、グローバルは54%。こちらにも大きな開きがあります。冒頭のキーメッセージのところでもお伝えしましたけれども、やはりデジタルに関してはグローバルとはかなりの開きがあるという。対策が必要な部分なのかもしれないと思います。
ファミリービジネスに必要なのは創業の思いや理念
サーベイの結果としては以上ですが、日本の51人の経営者の方々に対しては、「長く残したいレガシーは何ですか」という質問もしました。「従業員を大切にする」「社員を大切にする」「生き様、生き方を大切にする」等々いろいろ挙がりましたが、戦略とか製品開発ではなくて、どちらかと言うと思いや、企業理念、また経営倫理などが多かったことが印象的です。そういうものがしっかりしているからこそ、長い間続く、ファミリービジネスの経営がうまくいっているのかとも思っています。
最後に、「長寿のファミリービジネス企業に見られる共通点」ということで、こちらはサーベイを行わせていただいた結果としてなるほどと言えるのではないかということで、1枚のスライドにまとめています。真ん中に創業精神、経営理念がしっかり入っている。その周りを人材、イノベーション、戦略実行、それから、社会の公器としての認識、こういうものが取り囲んで長寿となっているのではないかと思います。
レガシーとして残したいものでもお話した通り、真ん中にあるものがやはり大事であると。今回人材が大事ですよ、イノベーションですよ、デジタル化ですよってお話をしましたけども、この真ん中にあるものを支える1つの要素としてそれらがあると言えるのではないかと思っています。
簡単ではございますが、私からの講演は以上とさせていただきます。ありがとうございました。