市村次夫氏は、創業から17代目となる桝一市村酒造場の代表取締役社長兼、栗鹿の子で有名な栗菓子の「小布施堂」社長でもある。前編では、市村氏が主導する小布施の町並み修景事業についてお話をうかがった。今回は、300年以上続く老舗ファミリービジネスの歴史観について聞いた。(全2回)
実利を伴わない「べきだ論」では続かない
西村:17代もの長期にわたって続いている秘訣はなんでしょう。
市村:たとえば、忠臣蔵で切腹した人達は、子供や孫の再就職を考えた部分もあるんですよね。打ち首と切腹では子孫の扱いが全然違うんです。自分が名をあげたら再就職しやすいという思惑がある。
だから昔は切腹って偉い、名誉だとか言っているけど、実利性も伴っている。昔は軍人なんか皆そんな感じで戦争に行ったでしょ。切腹と心情的には一緒なのかもしれないですね。
昔の歴史を見ると、日本人の積み重ねというか考えさせられるところがありますよね。結構カッコ良く実利性を追求しますよね。それがないと無理ですよ、べきだ論だけでは。長く続かないんですよね。一時的に燃えても、それを何年もっていうと。
歴史観や生きてきた環境から生まれる長期視点、時間軸
西村:従業員が100名くらいとのことですが、町の規模からすると多いですね。
市村:飲食や宿泊業をやっているので、雇用の創出という点では実は貢献しています。ここ5、6年は設備投資をしていますが、過大投資に見えるのか、「人件費が掛かり過ぎているから削減したらどうか」と外から口を出されることもあります。「従業員にこんな人がいるからこんなことができそうだ」とか、「こんな新製品どうだ」とか、そういうアドバイスは一切ない。過去を追って、流動性がどうだとかね(笑)。
従業員も個人差がありますよ。能力がある割に頑張ってない人もいるし、能力いっぱいだなって人もいるし。能力があるのに持て余して使わなかったら叱りますよ。こいつの人生のために良くないって。
西村:採用の時は必ず社長が見るのですか。
市村:従兄弟がビジネスパートナーですが、最後に意見が対立した場合、向こう3年以内の案件は従兄弟に、3年以上に影響するのは私に優先権があるって決めてあるんですよ。よく機能別にして営業は誰誰でという風に分けるけど、こんなちっちゃいところでそんな風に分けても意味がないから時間で分けようっていうことにしている。従って社員は私が面接をしますが、パートに関しては面接をしない。設備投資は私が担当し、営業のディスプレイをどうするかは従兄弟。
西村:考えの根幹に時間軸がありますが、どうやってその感覚を身につけたのですか。
市村:身の回りを見れば、昔からみんなそうだから。隣村の豪商は一揆の時に何をやったかというと、「壊された母屋を建てなおすから」と建具の板を買った。割り切り方がドライでしょ。どうせ壊されるからって建具を買うとか。
普段は百姓の味方をしているから一揆の時は壊すのを勘弁して下さいってお願いするやり方もあるし、逆に金を貯めておいて一揆があったらすぐ建てなおすやり方もある。どれがいいってことではないし、正義も悪もない。考え方の違いで、どっちのスタンスを取るかはその家の選択。
西村:子供のころからの周囲の環境が歴史観や価値観を形作っているのですね。
市村:企業経営とは種類の違う、ある種の多様な価値観は必要。受容力ともいえる。関心の広さは、地域や人と触れていないと培われない。そう考えると子供のころの環境が影響するのかもしれません。
ホテル業界で注目されている某ホテルチェーンの採用は私より変わっていて、同居しているおじいちゃんおばあちゃんがいたら無条件に採用だとか。別居している場合は、理由をいろいろ聞いて状況によって採用を決めると。それも1つの考え方。
西村:祖父母がいると、人との接し方が優しくなるんでしょうか。
市村:家庭の中で1つの社会を日々営んでいるってことなのでしょうね。基準は学歴だけではない、それは1つのファクターに過ぎない。それから家族ぐるみの付き合いにも気をつけて欲しい。似通ったレベルの家族で付き合っていると、子供の教育上、全然社会が広がらない。
それよりも大事にして欲しいのは親戚づきあい。老いも若きも金回りのいいのも悪いのもいる。10年20年単位でみると、栄枯盛衰がある。子供が自然に親戚づきあいの中で日本の伝統社会的なものが体験できるはずが、最近はなくなっちゃっている。
血のつながりよりも家の存続。同業他社同士で相互監視、相互支援
西村:300年以上歴史のある会社の研究をしていて、長男の出来が悪いと女のお子さんに婿を取って継がせる会社が多いことに気付きました。日本の長く続いている家は意外とドライというか。血より家という側面が見えます。
市村:同業者組合も同じですよ。同業者の若旦那が結婚するなんて言うと干渉してくるんです。その店だけじゃなくて、同業者全体の産業や商売の維持のために。さらに、長男でも出来が悪いと「家督を継ぐな」と言ってくる。ちゃんと食うに困らないように遊ぶ金はやるからと、同業者一同が説得しちゃう。
だから、悪いものの代表みたいに言われがちな株仲間とか同業者組合も、同業者全体のことを考えると、結構そうとは言い切れない所があるんですよね。
長寿企業として長く商売をやって来た事で培われた長期視点
西村:長く商売をやっていることで、長期で考える癖はつきましたか。
市村:それはあります。今は上場企業のトップもあまりにもアメリカ型になって、1年はおろか四半期で結果が求められるような風潮がありますが、冗談じゃないって感じがするのでね。日本が営々と培ってきた価値観でやった方がいいんじゃないかと。
例えば最初に会社が出来た時の株主も、50年後にただ買いましたという株主も1株は1株でしょ。そこはやっぱり時間の概念を入れなきゃ。とりわけ設立時の株主の価値ってすごいと思うんですよね。リスクの差が大きい。リスクも取らないで何でそんな評価しないといけないのか。株主重視自体は無条件に反対ではないですが、株主にも質があるだろうし、今日株を買ったらもう株主ですっていうのはおかしい。
そもそも、帳簿上の数字だけで判断するのは本質ではない、帳簿上の数字なんてみなしでしかない。それを考えるべき時に来ている。なので、今こそ日本の社会史を学ぶと、非常に知恵がある。
友人の歴史学者がいうには、室町から江戸時代にならないくらいまで、利息というのは元本を上回らないという商習慣でやっていたという。これは面白い考え方なんですよ。あくまで利息というのは元本の子供で、子供が元本を上回るのはおかしいだろうという前提でやっていた。面白いでしょう。
将来の展望:世代交代についての考え方
市村:歴史をどこで割り切るかなんですけど、1つは100年なんだけど、やっぱり悪いことに関しては100年じゃだめだね(笑)。日本では昔から、末代までの影響を考える風土があるけど、今は世界でも、近年特にインターネット社会になって、具体的に記録されるようになると孫子の代までずっと残りますから。しかも、海外だから関係ないってこともない。
そう考えると、より自分1代だけで考えちゃいけないという風潮が、日本以外にも世界中で認識される土壌が出来た。だから、自分1代だけで考えたら子供や孫が苦労する。これを世界に先駆けて日本が言うべきだし、権利もあるし、義務もある気がする。
西村:世代交代をどういう風に考えていますか。
市村:今は30代を鍛えているんですけどね。心もとないと思う部分と、少し分かってくれたかなという部分と色々ですね。
べきだ論で女性活躍とかって言っているけど、べきだ論じゃない。有用性の問題。この社員と認めたら、徹底的に会社が負担してもいいよってぐらいの。いいかげん、皆一緒だっていう建前はやめましょう。ぶっちゃけて言ったらどうか。そうしてまでも仕事について欲しい女性だっている訳ですよ。
伝統を引き継ぐ会社の中で、経営と資本の分離という選択肢を持つ
西村:後継者についてどう考えていますか。
市村:後継者は必ずオーナー兼トップに適しているかというと疑問もあります。例えば、オーナーシップに徹しながら、仕事は自分の得意なとこだけやって、社長は雇ってもいいのではっていうのが私の考えです。
西村:欧州型ですよね。そうすると、ファミリー憲章とか出てくる。
市村:ファミリー憲章のような、家訓(かきん)というものを、初代は絶対つくってないですよね。あれが引っかかるんですよね。初代はもっと自由だったんじゃないかなと。2代目か3代目になると一種の守りに入ってしまう。
西村:初代が作っている場合でも、創業10年~20年経っている場合が多いですね。こういうビジネスをされている場合は口伝で伝えることもあり得るのではないかと。
市村:私が好きな経営者は本田宗一郎です。やっぱり圧倒的に面白いと思うんです。日本の場合、「経営」っていっているけど良く聞いてみると、「管理者」じゃないかと言う経営者が多い感じがするね。本田さんは経営者で、副社長だった藤沢(武夫)さんは経営者というよりも番頭だったんじゃないかと。上手く補い合っていた。全てを1人が担う必要はなくて、役割分担をして補完し合って経営していくという選択もこれからの経営の在り方の参考になると思います。
インタビューを終えて
市村社長のダイバーシティを受け入れる懐の深さと、チャレンジ精神に感銘をうけ、17代続く老舗ファミリービジネスの社長だからこそ持てる、過去の歴史から未来を考える、数100年規模の長期視点からの発想に圧倒されたインタビューでした。
余談ですが、お話を聞きながら、期間限定栗の点心朱雀を洋風にアレンジしたモンブラン朱雀を頂きました。市村社長が一緒に勧めてくれたのが、桝一酒造場の日本酒「州」です。「えっ!モンブランと日本酒?!合うの?」と思いましたが、少し甘めの「州」に朱雀がとても合いました。そんな発想にも、多様性を受け入れる小布施の懐の深さを感じました。