グロービス経営大学院の教員でもありYahoo!アカデミア学長の伊藤羊一氏と、グロービスで人材マネジメント領域の研究をしているファカルティ本部長の君島朋子が対談。両社のエンジニアを起点に、働き方改革の未来について語り合った。
生産性を上げるために何をすればいい?
君島:グロービスではEdtech領域を強化するために、今エンジニア採用に力を入れています。ヤフーはエンジニアがたくさん働いていますが、労働時間の規制が厳しい中、どうやって生産性を上げているのでしょう。
伊藤:やはり経営陣のスタンスが大きいと思います。「社員の才能と情熱を解き放つ」ために、まずは「安心、安全」に仕事ができる環境を作ろう、という方針のもと、働く時間はしっかりコントロールしよう、と常にメッセージングしているし、そのための施策も行なっている。
同時に、社員一人ひとりにも、やるべきことがいっぱいある中で、生産性をマックスにするという意識が絶対必要。インプットが最少の中でアウトプット最大にするっていうふうに、一人ひとりが意識しながら実行していくようにならなきゃいけない。
社員の多くが、自分が付加価値を出せるわけではない会議に「呼ばれたから何となく出席する」ということはせず、自分なりに取捨選択しているように感じます。そこは、以前私がいた組織とは明らかに違い、必要だから出る、呼ばれていても必要ないなら出ないという判断を各自がしっかり行なっている。
現・経営陣はネットの申し子でもあり、書類作成には全くこだわらないですね。ただ、口頭でラフに伝え、理解してもらうために、全社員共通の言語として、クリティカル・シンキング力はやっぱり必要だと感じています。
君島:他の働き方改革をやっている会社に聞くと、大体、会議が減る、書類が減る、ハンコが減ると。それもやる方がいいのですが、無駄だったものを削いでるだけで、まだ生産性や過剰品質の本質はあんまり変わっていないと。
伊藤:昔はヒエラルキーもはっきりしていて、承認会議も厳しかったと聞いています。今は担当者と社長が「ちょっと話聞かせて」っていう感じのコミュニケーションもあり、相談、雑談ベースの話はショートカットOKっていう感じです。
君島:それは、うちも同じですね。代表の堀に突然突っ込まれることはよくあります。逆に、部署のメンバーはみな勝手にチームを作って、トップでも誰でも「この人と話さなきゃ」と思ったら勝手に行って相談している。
伊藤:だからこそ、目標設定やビジョンの共有は、かなり真剣にやっていますね。
君島:そこが擦り合っているからこそ、個人が自由に動けるんですよね。本間さんが書かれた『ヤフーの1on1』 を拝読して、これはすごいなと思いました。
伊藤:1on1は、自分が決めた目標に対して1週間毎に振り返る機会となっています。上司は、コーチングとフィードバックという手段を通じて、部下の気づきを引き出していきます。これを繰り返すと、自分でも振り返りのサイクルを回すようになっていきます。
僕が入社した時はまだ「1on1をやっていたら時間が足りなくなる」っていう声が結構あったんですけど。今はほとんどないですね。部下が成長するためには不可欠な時間ですし、結果、部下が成長してどんどん成果を出していけば、時間に余裕がでてきますからね。僕自身、今にして思うと1on1をやっていなかったら、メンバーと1対1の信頼関係は築けなかった気がします。
働き方改革の本質は「生き方改革」
伊藤:働き方改革について話す機会が増えてきて、これはいったい何だろうってずっと考えてきました。
インプット分のアウトプット、つまり生産性を最大化するのは当然。ヤフーがやっている「フレックスタイム制」や「どこでもオフィス」の制度は、生産性を最大化するための施策でもあります。
「どこでもオフィス」は毎月5日までは、連絡がつけばオフィス外のどこで働いてもいいという制度で、僕の部下でシンガポールと2拠点で生活する人間が現れてきたんですよ。
自由を享受できる仕組みで生産性を最大化する、それは会社にとってもいいことだし、本人の成長のためにもなる。さらに社員一人ひとりの視点で働き方改革を考えると、これは「自分らしい生き方をする」ための「生き方改革」なんだろうと。
自由を享受できる環境で最大限のパフォーマンスを出す。最小限のインプットでアウトプットする。「自分の人生」を「自分の意志」で生きてく中で、働く会社を選べばいい。それが、最終的にはパフォーマンスの最大化に繋がる。パフォーマンスを最大化するうえで、必要であれば副業すればよい。会社の中で成果を出すために、フレックスやどこでもオフィスを使った方がよければ、使えばいい。それが、働き方改革だと。そう考えたら自分の中で腹落ちしたんです。
君島:とても共感します。自分の「生き方」の中に、自分の選んだ仕事がある。もちろん会社側のニーズと擦り合わせた上でですが、一人ひとりが自分で仕事を選んだと感じて働いて欲しいと思います。ヤフーでは社内の仕事も選べるのですか?
伊藤:ヤフーには「ジョブチェン」っていう制度もあって。公募じゃなくて「FA」です。3年経過したらどこの部署にもアプライできると。どこにでも出願できるんですよ。例えば僕がエンジニアのセクションに手を挙げるのは自由だと。もちろん、そのセクションで面接して合否は出します。ただ結果として、毎年、一定規模の社員がジョブチェンで異動する。
君島:割合的にはグロービスが勝ったかもしれない(笑)。うちも毎年何十人か希望を出して異動していますが、全社員で400人しかいないから。
伊藤:ジョブチェンじゃない異動も本人の意向を強く意識しています。自分のキャリアも自分で決めてくと。「やりたい仕事は自分で決める」というのは、前社長の頃から徹底していたようです。
1on1でも、通常は1週間の仕事の振り返り、気づきを引き出していくんですけど、月に1回くらいは、キャリアの話をしています。これも働き方改革っていう文脈にかなり繋がってくると思います。
君島:うちもそれをずっとやっていて。堀が「個の爆発」と言っているんですが、爆発するためには好きな場所で自分の選んだことやってないと爆発しない、だから好きな仕事を選べるって言っているんですよ。
伊藤:ヤフーでは「才能と情熱を解き放つ」と言っています。「解き放つ」と「爆発」って、ほぼ同じじゃないですか!
働き方改革の未来の姿は?
君島:働き方改革は今後どこに行くと思いますか。グロービスでは、エンジニアもコンテンツ開発陣も、外部委託や業務委託のいろんな人でチームを組んでやろうねみたいになってきて。会社や特定の部署にいてやらなきゃいけない仕事って、だんだん解体されてきたような気がするんですよ。
伊藤:ヤフーにLODGEというオープンコラボレーションを生むための場所ができました。ほかの会社もオープンな場所を作って、出島がいろんなところにできるようになるといいですよね。
ヤフーだけでやってもだめで、グロービスもここ(オフィス内のカフェスペース)を解放したら行き来が生まれる。今のLODGEだと、ヤフー以外の方がヤフーにいらっしゃるだけになっているけど、行き来すると本当にコラボできる環境っていうのが広がるように思います。そうすると、どんどん、これまでの「会社内で仕事が完結する」だけではない状況が生まれてくると思います。
君島:私も似たようなこと考えていて、グロービスの講師やエンジニアもいろんなとこで働いていて、副業もいくつかお持ちだったりします。が、本当はもっとうちに来て欲しいわけです。そのためには、気軽にどんどん来ていただけるようにならないといけなくて。そうすると、いろんな方の知恵が集まって交流しますよね。
伊藤:当然ですが、場所がオープンになるだけじゃだめで、仕事自体もそうやってほかの人とコラボしながらやっていくっていうのは、明らかに増えていくと思っています。
例えば、ヤフーの社員がベンチャーの仕事を引き受けたいとすると、副業申請をしたうえで行うことができるわけです。現にそういう形で、スタートアップをサポートしている人間もいます。これが自然になるためには、社会全体に副業解禁の流れが広がることが必要。会社対会社でプロジェクトをやると固くなるけど、会社なんだか個人なんだかよく分からないけど、やっているうちに仕事になっちゃった、みたいなのが広がっていくと、こういう場所も活きてくる。
君島:副業をした方が、そこでテクニックを得て帰ってきてくれれば、それはそれでいいですよね。
伊藤:副業解禁の流れの中でみんながわっさわっさ集まって、プロジェクトごとに仕事が進んでくようにはなるだろうなと。
君島:うちは講師もそうですけど、エンジニアもいろんな働き方の人が出てきて。副業を持っている方もいますし。いろんなプロジェクトがいっぱいあって、必要な方のスキルのタイプも違ったりするので。もうそれごとに1番の方が率先されたら本当はいいわけなんですよね。
伊藤:テレビ局のディレクターやコンサルティング会社のコンサルって、プロジェクトごとにアサインされるわけでしょ。そうすると仕事ができる人はアサインされるけど、そうでないとアサインされない。
君島:労働市場が社内で生まれるんですよね。
伊藤:案件にどんどん呼ばれることで売れっ子になってさらに成長する、だからその方向にみんなスキル鍛えようぜっていう感じになれば、本当に社会全体の生産性が上がるだろうなと感じています。
そのためには制度としての副業や、場所としての出島とか、個人が仕事をどんどん作っていくといったことをみんなでやっていく必要がある。プレミアムフライデーや残業時間削減は、それはそれで進めていくことが必要ですが、全体感の中で働き方改革を進めていくことが大事。
本質はやっぱり生き方改革。僕がメディアに出まくっているのは、こういう生き方をしている奴がいるんだって知るだけで、「ああ羊一さんみたいになろう」って目指す人が出てくるかもしれない。そうすれば垣根がさらになくなってくから。