「1 on 1(ワンオンワン)ミーティング」という言葉、ご存知ですか?シリコンバレーを起点とした、世界的に注目されている新たな人材育成の手法で、最近ではヤフーが本格的に導入していることでも知られています。
1 on 1とはその言葉の通り、上司と部下での1対1でのミーティングのことを指します。「週1回の対面ミーティングなら、うちの会社でもやっているよ」と思う方もいらっしゃるでしょう。恥ずかしながら、私も本書を読むまで1 on 1とは単に上司と部下との業務確認面談を西海岸風にカジュアルに名付けたものだと誤解をしていました。しかし本来の1 on 1は人材育成を目的として設定された場であり、上司が業務の進捗確認のために設けるミーティングとは明らかに一線を画するものです。
一般的に、社会人の学びの7割は業務から、2割は他者から、1割は研修や本から得ると言われています。しかし日常業務をこなしていても、その経験は必ずしも学びに繋がるとは限りません。アメリカの教育学者デービッド・コルブは、経験から学びを得るためには、経験→省察→概念化→実行という4つのサイクルをぐるぐると回すことが重要だという経験学習モデルを提唱しています。
しかし、常に忙しいビジネスパーソンにとって、経験学習のサイクルを一人で回すことは難易度の高いことです。だからこそ、上司との対話を通して経験学習の時間を確保する1 on 1が注目されているのです。ヤフー社員の「ちゃんとした1 on 1をやると業務の時間全てが研修になる」という言葉こそ、1 on 1の経験学習効果を象徴しているといえるでしょう。
このように、部下の成長が促されひいては組織全体も成長する非常に魅力的な手法とはいえ、実際に人材育成の場として1 on 1を機能させるためには、上司側の技術が相当に求められます。そのため、「1 on 1を部下のための時間と定義する」「部下に十分に話させる」「上司の考えを言わない」等、ヤフーでは上司向けの技術トレーニングを徹底的に行っています。また、部下側にも実施された1 on 1の質を評価してもらうなど、1 on 1が形骸化しないための取り組みも行っているのです。
本書には、1 on 1導入の旗振り役だった著者が、導入に当たり苦労したこと、上司のトレーニング方法、良い1 on 1と悪い1 on 1の詳細な比較、現場で利用されている1 on 1シートからFAQまで、あますことなく記載されています。「ここまで自社の人事制度の手の内を明かしてしまうの?」という驚きとともに、ヤフーの人財開発企業としての本気度が伝わり、その企業の想いや哲学に率直に感動を覚えました。人材育成担当者のみならず、部下を持つ方にはぜひ手に取っていただきたい1冊です。
蛇足ですが、1 on 1は新しい人材育成の手法と記したものの、一方でしごくベーシックな人材育成手法だとも言えます。信頼する人との対話から生じる気付きや、即答を求めず再考し続けるプロセスは、ソクラテスと弟子との対話をも思い出されます。誰かと顔を合わせずとも業務がこなせてしまう時代だからこそ、あえて顔をつきあわせて、丁寧に対話をする場の価値に人は気付き始めています。組織の在り様や働き方が変化しても、人が人である限り、1 on 1の人材育成は普遍的に効力を持つのではないでしょうか。
『ヤフーの1 on 1 部下を成長させるコミュニケーションの技法』
本間浩輔(著)
ダイヤモンド社
1800円(税込1944円)