AIテクノロジーのコア技術、機械学習に欠かせない学習データを提供するバオバブ。国内外の大学や研究機関が評価する高品質なデータをつくるのは、世界1200名以上のパートナー、Baopartたちだ。代表取締役社長、相良美織氏は、「どんな人もありのままに受け入れてリスペクトし、助け合う仕組みこそ高品質の秘訣」と語る。Forbes JAPAN WOMEN AWARD 2022 企業部門第1位を受賞した同社が挑む、社会課題解決とは。(聞き手=田村菜津紀 グロービス KIBOW社会投資、文=西川敦子)【KIBOW社会投資投資先企業インタビューシリーズ】(全2回前編、後編はこちら ※明日11/16公開)
世界中の人とつくりあげる「アノテーション」とは
田村: まずは、Forbes JAPAN WOMEN AWARD 2022 企業部門第1位の受賞おめでとうございます。
相良:ありがとうございます。身が引き締まる思いです。
田村:早速ですが、相良さんが代表取締役社長を務めているバオバブについて教えてください。どんな事業を展開しているのでしょう。
相良:私たちはアノテーションといって、機械学習に必要な学習データを作るサービスを提供しています。機械学習はAIテクノロジーのコアの技術。それだけにクライアントの半数は、東京大学や京都大学といった大学や、NTT、日立など大企業の研究機関が占めています。
扱っている学習データの分野は多岐にわたります。機械翻訳の対訳データや画像データ、音声データ、三次元データなどです。
(猫の学習データを作成するには、1枚の画像から、猫の輪郭や目鼻立ちにポイントを置いていく。こうした猫の画像を何万枚と読み込むことで、コンピュータもこの画像にあるのは猫だと認識できるようになる。この学習データ1枚1枚を作成する作業をアノテーションという)
学習データをつくっているのは世界22カ国以上、1200名以上におよぶ当社のパートナー、Baopartさんたち。全員リモート勤務ですし、個人の事情にあわせて会社がアサインを工夫し、サポートしていますので、都合のいい時間帯に働いていただいています。育児・介護などを抱えている方、自閉症など発達障がいを抱える方など、多様な人がいます。利用先の障害者就労施設を通して参加しているBaopartさんもおられます。
じつは発達障がい者の方の中には、アノテーション*が得意な方が多くいらっしゃいます。例えば、画像データをつくるのは結構根気のいる仕事ですが、何十ページにもわたるガイドラインに沿ってコツコツ作業し、非常に高品質なデータを仕上げる人が少なくありません。
田村: AIというと、最先端で難易度の高い領域というイメージがありますが、アノテーションは未経験者でもできるのでしょうか。
相良: AI技術はものすごいスピードで発展しているので、「アノテーションの10年選手です」という人はまだ世界に存在しません。逆に言えば、未経験者でも頑張り次第でエキスパートになれる可能性はあります。ただ、向き不向きはありますので、希望者には、まずトレーニングを受けていただきます。その後、テストを実施し、適性を考慮したうえでアサインしています。
田村:向いている人は、初心者でも高品質な学習データをつくれる可能性があるわけですね。具体的に、どんな学習データが高品質とされるのでしょう。
相良:正確、かつノイズのないクリーンなデータですね。私がAIの業界に入った2010年頃、「データは量が重要」と言われていました。
ですが、人間の脳をモデルにしたニューラルネットワークが浸透してからは、量より質が重視されるようになりました。ニューラルネットワークのAIモデルは、少しでもノイズが入ると使いものにならなくなることがわかってきたからです。「ガベージイン・ガベージアウト」(ゴミデータからはゴミしか出ない)と言われるくらいです。
品質を維持するための3つのポイント
田村:品質を担保するため、バオバブではどんな工夫をしているのでしょう。
相良:大きく3つの点で工夫しています。1つはBaopartさんをリテインし続けること、2つ目はオペレーション、3つ目はツールです。
1つ目のBaopartさんとのリテインについてですが、当社にとって一番大切なのは、みなさんが辞めないことなんですね。人間の習熟スピードって本当にすごいなと思うんですけれど、やればやるほど仕事が正確に、そして速くなっていくんです。だから我々としては彼女・彼らをつねにリテインし続けなければいけない。
アノテーションの会社って、米国西海岸をはじめ海外にはたくさんあるんですよ。ただ、外注先に対する対応が冷たくて、質問しても答えなかったり、ガイドラインもわかりづらかったり、といった会社が結構見受けられます。なにより料金が安い。時給100円以下というところも少なくないです。
でも、ちゃんと尊敬をもってパートナーに接すれば、作業のパフォーマンスや品質は絶対高くなるんです。だからバオバブでは、「バオバブの仕事がやりたい」とみなさんに思っていただけるよう頑張っています。嬉しいことに、障害者就労施設の指導員さんが「来週木曜日にバオバブの仕事が来ますよ」と伝えると、その日に向けて体調を整えてくださる利用者さんがたくさんおられるそうです。
2つ目のオペレーションですが、まず気をつけているのはコミュニケーションですね。
Baopartさんのお仕事をチェックする当社スタッフは、つねに丁寧なコミュニケーションを心掛けています。やり取りするときは、「いつもお仕事してくださってありがとうございます」から始める。指摘するときは、「これじゃダメです」ではなく、ガイドラインとどこがどう違っているかをわかりやすくお伝えする。質問には迅速にレスポンスする。基本的なことですが、すべて徹底するようにしています。
ガイドラインも大切なコミュニケーションツールですから、フォントや図表を含め、ひたすらブラッシュアップし続けています。昨日、Baopartになった人たちもすぐ理解できるように。永遠のベータ版ですね。
わからないことがあったら質問できる掲示板も設けています。過去のQ&Aもたどれるので、自分と同じような疑問に対する回答が検索できます。
3つ目のツール、これも当社がこだわっているポイントです。アノテーションの事業を始めた頃は使いづらいツールしか出回っていなかったので、自分たちでさくさく仕事できるツールを開発・内製しました。ツールもガイドラインと同様、つねにブラッシュアップしています。
ありのままのその人を受け入れ、共助する「リスペクトドリブン経営」
世の中にはいろいろな理由から働きづらさを抱える人がいますよね。認知症の親や病気の子どもを抱える人。障がいを抱える人。女性として生まれてきたけれども、男性として生きたいと思っている人。気圧や天気の変化で頭痛が起きてしまう人。
当社ではBaopartさん全員に在宅で働いていただいています。自分や家族の都合に合わせ、好きな時間帯に仕事ができます。もちろん服装は自由。ニックネームを登録いただいていますので、たとえば本名が「山田大次郎」さんでも、ニックネームが「ミキ」ならミキさんとお呼びします。
バオバブの仕事に携わるすべての方がその人らしくいられるようにしたい。そして最終的に、「I’m remarkable.(私は素晴らしい)」と誰もが思える社会を創りたいと思っています。
(後編はこちら ※明日11/15公開)