「GX」の壁を乗り越える プライム上場企業「脱炭素」最前線

2022年4月4日に誕生する東証プライム市場。上場企業1841社には「気候変動によるリスク情報」の開示が実質的に義務づけられることとなる。具体的には脱炭素に向けた自社の取り組みなどを、国際的なルールに従って投資家に周知することが求められている。

CO2などの温室効果ガスの削減に向けたアクションプランを策定するには、自社と関係企業の排出量を精緻に算出する作業が不可欠となるが、拠点数の多い大企業の場合、そのデータは膨大なものとなる。効率的な収集・分析と、効果的なアクションプランの策定に向け、デジタルテクノロジーを活用したいとするニーズが強まっている。

山積みの請求書

オフィスに入ると、デスクの至るところに白い紙の束が積みあがっている。東証1部上場のA社では、サステナブル戦略推進部門に所属する10人ほどの社員が1枚ずつ手にとり、エクセルシートに数値を入力していた。オフィスにはどんよりとした空気が漂い、担当する社員の表情は乏しい。

白い紙の束は地方の営業拠点から届けられた電気やガス、燃料代の請求書をまとめたものだ。自社の温室効果ガス排出量を算出するため、請求書の記載項目をエクセルシートの指定されたセルに入力しなければならない。拠点によっては、共有したシートに必要事項を記入する担当者がいるところもあるのだが、請求書の宛先を本部としている拠点もあり、現状ではサステナ部門の担当者が手入力しなければならない作業が残ってしまうのだという。

精緻な排出量算出へのハードル

プライム市場に上場する企業は、国際的な枠組みであるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)などに準拠した情報開示が求められている。温室効果ガスの排出量に関しては、自社が燃料の使用などで直接的に排出した分(Scope1)、自社が電力の使用などで間接的に排出した分(Scope2)、調達や輸送、従業員の移動、自社製品の使用など、バリューチェーン全体での排出分(Scope3)に分けて開示しなければならない。

排出量の算出には炭素会計(carbon accounting)の手法が適用される。ところが、やり方次第では実体と大きく乖離するという課題がある。荒っぽく売上高に、所属する業界の「排出係数」を掛け合わせることで求める方法もあるが、この方式では売り上げが伸びれば伸びるほど、排出量が増えることとなる。現在は取り扱う商品ごと、拠点ごとなど、細かく精緻に排出量を割り出していくのが主流となっているのだが、A社のように、膨大な事務作業に忙殺される企業も現れている。

さらにTCFDに準拠する企業は、事業運営上の気候変動リスクについて、いくつかのシナリオを構築、提示することが必要となる。シナリオの作成などを外部に委託した場合の費用負担を考慮し、自社で作成できないか、模索する企業も少なくないようだ。

小売大手B社の挑戦

温室効果ガスの可視化は、企業が脱炭素社会への変革を促す「グリーントランスフォーメーション(GX)」の出発点でもある。全国各地に拠点展開し、多くのグループ会社を抱えるような大手企業の場合、各拠点から集まるデータをいかに効率よく集計、分析し、脱炭素へのロードマップの策定につなげられるかが問われることとなる。

小売大手のB社が、デジタルテクノロジーを活用した排出量の可視化に本格的に取り組み始めたのは2019年だ。国際的枠組みの「パリ協定」の水準と整合する温室効果ガス排出削減目標「SBT(Science Based Target)」に基準変更があり、企業が目標を設定するうえで、Scope3の範囲を含める必要が出てきたことがきっかけだった。

同社はグループ全体で極めて多くの店舗数を抱える。仕入れ先や納入先なども含めると、排出量算出に必要なデータの種類・量が膨大なものとなるのは言うまでもない。同社は各拠点の担当者にエクセルファイルを送信し、電力使用量など必要事項を毎月入力してもらい、データを統合するという非効率な作業ではなく、booost technologies(東京都千代田区)が提供するクラウド型プラットフォーム「ENERGY×GREEN」を活用することに決めた。

(「ENERGY×GREEN」の画面の一例)

同プロダクトは、電力会社などの請求書データをネットワーク上で共有できるAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)連携や、AI-OCR(文字データの認識に人工知能を活用した技術)の機能などを実装している。B社はデータ入力作業にかかる労力を大幅に削減したばかりでなく、TCFDで求められる気候変動リスクに関するシナリオや脱炭素目標の達成に向けたロードマップの策定、具体的なアクションプランの構築と管理、投資家向けのレポートの作成も一元化できるようになった。

プライム市場誕生で広がるニーズ

booost technologiesのプロダクトに対しては、業務の効率化や、効果的なアクションプランの策定を目指すプライム上場企業からの引き合いが増えている。22年2月に同社はグロービス・キャピタル・パートナーズなどを引き受け先とする第三者割当増資により12億円の資金を調達。プロダクトや顧客への支援体制の強化につなげる方針だ。booost technologiesの青井宏憲社長は「当社が関わる顧客が温室効果ガスを50~60%削減できるように、必要なプロダクトを開発していきたい」と話す。

日本政府は2030年度に温室効果ガスを13年度比で46%削減する目標を掲げている。産業界でも企業が排出削減目標を設定、公表する動きが相次いでいるが、削減が容易な業界もあればそうでない業界もある。Scope3での排出量削減に関しては、各企業が属する業界内での連携した取り組みが求められることとなる。

国際的な枠組みに沿った受動的な脱炭素化ではなく、脱炭素化を通じて自社の競争力を高める「攻め」のGXを日本企業に促すプラットフォーマーになれるのか、同社に注目が集まっている。

(文:GLOBIS知見録編集部 長田 善行)

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