各SNSサービスが課題として取り組む「ウェルビーイング」
2021年9月、特に若年層で爆発的な利用者の広がりを誇るTikTok(中国ByteDance傘下)が、「コミュニティにおける幸福感を得られる体験をサポートする」と発表し、複数のリソースを強化・追加した。
ホームページ上に新たな「ウェルビーイングガイド(※)」を掲出したほか、ユーザーが「#自殺」など特定のワードを検索するとローカルの支援団体を紹介する表示やメンタルヘルスに関連したサポートを提供する団体や場所の紹介動画などが表示されるようになったのだ。
※コミュニティの健全性向上への取り組みや、メンタルヘルスのケアにまつわる専門機関を紹介するガイド
さらには不適切な可能性のあるコンテンツに表示する警告ラベルについて、新たに「苦痛を感じる可能性のあるコンテンツ」が追加されており、この一連のリソース強化・追加により、一段と不適切なコンテンツがユーザーの目に触れないよう対策がなされたことになる。_
SNSの飛躍とその影
人間のコミュニケーションにおいて、SNSはその重要度を日に日に増してきた。長期化するコロナ禍の影響もあり、SNSの利用頻度も増大の一途をたどっている。東京都健康長寿医療センター研究所が発表した研究結果でも、SNS上での交流が良好なウェルビーイングに関連していると一定の価値を認めている。
その一方で、特にTwitterやTikTok、Instagram、YouTubeのように顔が見えない不特定多数との交流がメインとなるSNSでは、それ以外のコミュニケーション(対面での会話や電話)が少なければ少ないほど、全ての精神的健康度指標(WHO-5やK6などの、質問項目を利用して算出するウェルビーイング/悩み・抑うつ傾向/孤立感の指標)が低いという課題も指摘された。
先ほどのTikTokの発表と時を同じくして、米Wall Street JournalがInstagram(米Facebook傘下)を「10代の女性に悪影響を与えている」と痛烈に批判する記事を掲載するなど、現在、主にSNSに対しての社会の要請は一段とその強さを増している。これはSNSによる「個人と社会との繋がりの創出」という社会的価値と、その普及による負の側面が露わになった結果だろう。
そうしたSNSの社会的な価値と影響力ゆえの責任がいずれも増大していることから、サービスの運営企業としても、ウェルビーイング向上をユーザー側のリテラシーだけの問題にしていられなくなっている。この課題感の表れが、TikTokの今回の発表なのである。
今後、SNSにおけるウェルビーイングの向上を主目的としたコンプライアンス向上の取り組みが一段と加速するのは避けられないだろう。
コンプライアンスへの取り組みにおいて最重要視されるCSR
コンプライアンスを「法令遵守」という狭義で捉える時代は終わった。更に言えば、社会規範や社会道徳、ステークホルダーの利益・要請に従うという観点を含むようになったのも、今やひと昔前のことだ。
参考)DX大改革でリーダーに求められる新要件〜コインチェックの不祥事から
現在では、要請に「従う」という姿勢すら適切ではなく、最重要視されるCSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)に対する「積極的な」姿勢や活動内容がダイレクトに企業評価につながるようになっている。
ここで注意しなければならないのが、「CSR=社会貢献」ではないということだ。本来のCSRとは「企業が事業を展開することで生まれる社会的な責任」を指す。また、欧州では「企業の社会への影響に対する責任」と統一して定義されているが、今回のTikTokの取り組みはまさに、社会が企業に求めるCSR、責任の一端でもあるというわけだ。
SNS企業に限らず、自社が展開する事業が生み出す社会的価値と、事業が成長する中で生み出される弊害や負の側面を正しく認識し、その責任を果たす活動が企業価値にダイレクトに繋がる今の時代。今一度、自社のCSRを見直すタイミングが来ているように思う。
社会が企業に求める責任は「ゼロに戻す」から「プラスにする」へ
さて、ここまでCSRを「企業の社会への影響に対する責任」として、自社の事業成長における弊害や負の側面への責任を果たすこととしてきた。これは非常に重要な取り組みである一方で、あくまで「マイナスをゼロに戻す」取り組みでしかない。
コロナ禍によって、社会には大きな歪みが生まれ、また、目を背けてきた社会的課題に嫌でも目を向けざるを得なくなった。
ここ数年、世界の分断などの政治的な問題や、カーボンニュートラルをはじめとする環境問題などへの一連の取り組みは始まっているものの、コロナ禍によって動きを鈍化せざるを得ない企業も少なくないだろう。
それぞれの企業が社会を構成する1ピースとして社会のために何ができるのか。その責任までも「CSR」と捉えて、「マイナスをゼロに戻す」取り組みをしつつ、更に「ゼロからプラス」への活動ができるか否か −− コロナ禍の今、世界中の企業に突きつけられている課題だ。
むすびに
武田信玄の言葉を借りるなら「人は城 人は石垣 人は堀」。どんな企業であっても、そこで働く一人ひとりの意識によって良くも悪くもなる。
グロービス経営大学院で開講している科目「企業の理念と社会的価値」を受講した学生からも「改めて自社のサービスを俯瞰して捉え、社会に対しての価値を認識し、今、社会のために何ができるのか考えたい」という感想がよく寄せられ、この意識変容が重要なのだと痛感する。
読者の皆さんも、このニュースを「対岸の火事」にせず、自社のCSRについて考える一つの機会にしてみてはいかがだろうか?