InstaVR芳賀洋行氏「MBAで学んだ問題解決ストーリーで2億円を調達」 

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MBAの真価は取得した学位ではなく、「社会の創造と変革」を目指した現場での活躍にある――。グロービス経営大学院では、合宿型勉強会「あすか会議」の場で年に1回、卒業生の努力・功績を顕彰するために「グロービス アルムナイ・アワード」を授与している(受賞式の様子はこちら)。2017年、「創造部門」で受賞したInstaVR株式会社 代表取締役社長 芳賀洋行氏(グロービス経営大学院、2013年卒業)に、MBAの学びをどのように活かしたのか聞いた。(聞き手=橋田真弓子、文=滝啓輔)
 

知見録: 受賞おめでとうございます。受賞の感想は?

芳賀: うれしかった。このアワードは小林清剛さん(ノボット創業者・元代表取締役)や杉本崇将さん(ポジティブドリームパーソンズ 代表取締役社長)も受賞されている。自分は、彼らが初代と2代目代表を務めてきたグロービス・アントレプレナーズ・クラブ(※大学院公認クラブ活動)の会員で、2人の影響を受けてきたので。

特に小林さんには、国内はもちろん、国外のスタートアップ向けのイベントでも何度かお会いしている。彼には、スタートアップが成長するには、多大な資金が流入するエコシステムに入ることだと教わった。シリコンバレーにはシリコンバレーの、ニューヨークにはニューヨークの、日本には日本のエコシステムがある。どのエコシステムに入るかによって調達できる最大限の金額が決まると。

そんな、先輩たちも受賞されているアワードをいただけて、改めて光栄だ。ただ、個人的には、自社がもう少し実績を上げてからの受賞でもよかったとは思っている。

就職した会社が買収され、米国流の洗礼を受ける

知見録: まずはここまでの道のりを振り返ってほしい。

芳賀: 生まれは福島県。10歳の頃には、すでにプログラミングを始めていた。もともと親父が買ってきたパソコンがほったらかされていて、いつのまにか自分のものになった。本当はゲームがやりたかったが、田舎だったので売っていない。仕方なく、自分でプログラミングして作るというパターンだ。

1998年、会津大学に進学した。コンピュータ理工学部のみの大学で、3年生以降の講義は全部英語だ。卒論も英文で提出する。24時間校舎が開いていて、ワークステーションが使い放題という、特徴的な学校だった。

入学して2年目にはもう、どこかの研究室で好き勝手に学んでいた記憶がある。CGやVRに出合ったのもこの時期だ。それから、プログラミング技術を活かして、映像制作などのクリエイティブにも関わっていた。地方局では、自分が制作したテレビのCMがいまだに流れているくらいだ。自分でソフトを作って、クラブのVJをしていたこともある。今風に言えば、「1人ライゾマティクス」といったところだ。

2003年、カナダのエイリアスというソフトウェア会社の東京支店に就職した。外資系のため新卒採用がなく、大学卒業の3か月前に入社した。もともと自分が使っていたCGのソフトが、その会社の製品だった。長い間使っていたから、採用側からすると、若い割に詳しいやつが来たな、という印象だったろう。

エイリアスでは、ハリウッド映画のビジュアルエフェクツ(映像効果)や、日本だとゲームやテレビCMに使用するCGを作るソフトを開発していた。当時、映画『ロード・オブ・ザ・リング』でエイリアスが開発したソフトウェアが大々的に利用されたのが印象に残っている。

知見録: 仕事は順調だった?

芳賀: 個人としては、入社後3度社長賞をもらうなど、高い成果を上げていた。ただ、会社が2006年に、オートデスクというアメリカ企業に買収された。

買収後、アメリカ流のビジネス感覚が嫌でも身についた。彼らは特にROI(投資利益率)を重視している。うまくいった人には金を払うし、うまくいかない人には金を払わずクビにする。そんな成果報酬型の人事制度からして、日本とは大きく異なる。自然と、企業価値を上げるにはどうするかという目線になる。

また、リストラクチャリングも避けられない。たとえ会社がうまくいっていても、コスト構造上この部署がいらないとなれば解散するし、必要なら積極的にアウトソースもする。会社を興して価値を提供し続けるには、ここまでドラスティックにやる必要があるのかと思い知らされた。

買収と同じタイミングで部署異動し、最新の開発に関われたので、仕事としてはやりがいがあった。だが、会社の文化が日に日に変化していくのも感じていた。「差別化戦略」を地で行く組織が、チャネル支配力のある会社に買収されて、自分が今までやってきたことが否定される。カスタマードリブンではなく、もっとチャネルで広げるみたいな発想が必要になった。

決定権のない人生は嫌だ、だからマネタイズの仕方を学んだ

知見録: グロービスを受講したきっかけは?

芳賀: 買収後、以前は評価されていた行動が評価されない状態になり、疑問を抱えていた。その疑問の答えを探すように、各種の勉強会に顔を出すようになった。すると、参加者の多くがグロービスに通っていた。そこで体験会に行ってみると面白い。そんな話を当時の上司にしたら、上司もまたグロービスの生徒だった。

会社が買収されてから、自分が経営してない以上、会社を売るのも残すのにも決定権がないことに気づいた。自分は結局、従業員だったんだなと。そんな経験を何回もくり返す人生は嫌だなと思い、少しずつ独立を考え始めた。

とはいえ、自分はここまでずっとエンジニアの道を歩んできたので、どうやってマネタイズをすればいいかわからない。そのあたりの知識をまずは学ぼうと単科生からスタートした。2009年のことだ。

知見録: その後、グリーに転職したと聞いたが?

芳賀: 本科生になってから、勉強の参考にと、あらゆる会社の財務諸表を見た。すると、勢いのよい会社、悪い会社が手にとるようにわかる。仕事柄、特にゲーム会社の財務諸表を見てみたが、家庭用ゲームの会社が軒並み数字を落とす中で、すごく伸びているのがグリーだった。興味を引かれて、転職した。

入社後は、スマートフォンのゲームを作ることになった。しかも日本人がほとんどいないチームで、基盤もないところから始めるという状況。それでも、最初はエンジニアで入って、その年の社内の賞をいただくくらいのパフォーマンスを残した。以降も、リードエンジニア、プロダクトマネジャーと上り詰め、製品を出すところまで関わった。じつは、コードを書けるのを生かして、年末年始に1人でプログラムを全部作り直すなんてこともあった。

当時は英語がしゃべれるエンジニアが少なく、並行してイギリスの採用も手伝ったりして、正直疲弊していた。そんな自分を見かねて、CTOの補佐をするポジションに引き上げてもらったりもしたが、結局2年と少し在籍して、退職を選んだ。

勝手に作ったアプリが150万ダウンロード

知見録: グリー退職後はどうやって生計を立てていた?

芳賀: 辞めてしばらくは、勝手にアプリを作って暮らしていた。人から頼まれるわけでもなく、アプリを作りストアに出して、売上を得る。稲盛和夫さんが「夜なきうどんの屋台には経営のエッセンスが詰まっている」といったことをおっしゃっているが、自分なりの夜なきうどん屋が、まさにアプリの製作販売だった。それがきちんとマネタイズしたので、1つの自信にはなった。

その後、1年半ぐらいカナダの会社で、アジア拠点の立ち上げを手伝っていた。そして、土日の暇な時間に、VRのアプリを作り始めた。いざ完成したアプリを販売すると、需給がかなりアンバランスなことに気づいた。何の広告も出していないのに、1日に結構な数のダウンロードがある。需要があるのに供給が全然できてない状態だ。

そのうち、各社からVRアプリの依頼が殺到した。最初にビジネスになったのはドバイの会社。1日でほぼ完成形を納品して、契約を結んだ。以降も注文は来たが、仕様が大きく変わるわけではない。飽きっぽい性格なのもあって、アプリが自動で完成する仕組みを作り上げた。それが、後の「InstaVR」の原型だ。このツール自体に需要があると感じて、一般公開に踏み切った。また同時に、もう1つ動画プレイヤーのVRアプリを作り、世界中で150万ダウンロードされることになる。

ちょうどカナダの会社との契約も切れ、これらの事業を軸にしていこうと思ったのが、2015年の夏だ。

ほぼ1人で2億円の調達に成功

知見録: 調達はどのように進めたのか?

芳賀: 当時行なわれたあるイベントに、精神的な後押しを受けた。カリフォルニアに、Yコンビネーターという有名なインキュベーターがある。Dropbox、Airbnbといったスタートアップに投資しているこの会社の、ワンデー勉強会に参加したのだ。

そこで、シリコンバレーのエンジニアや各社の錚々たる創業者たちがしゃべるのを聞いたのだが、誤解を恐れず言えば「みんな普通だな」という印象を受けた。決して自分から遠い人たちではないように見えたし、それぞれ運に助けられた部分もある。自分も同じようにやれないわけがないと感じた。それに、彼らのように技術がわかっていて、同時にビジネスもわかる人は、世界中でもあまりいないというのは、発見だった。

ワンデー勉強会から帰ってきたあと、友人の訃報を聞いた。その時の感情は上手く言えないが、自分はサボっているんじゃないかと感じた。ビジネスで大きなリスクをとっているわけでもないし、まだまだ遊んでいるなと。

そこで一念発起して、資金調達を始めた。数社回ったところで、Tokyo VR Startupsからシードラウンドの資金調達に成功した。

その後、「InstaVR」を1か月でアルファローンチ。最初にラスベガスのCESで発表したのが2016年の1月。次に3月のサウス・バイ・サウスウエストにも出展、初期の顧客の導入につながった。特に、アメリカのスミソニアン博物館が本格的に利用を開始し、そのフィードバックに応じて機能を拡張したのがよかった。

6月末ぐらいから投資ラウンドで言うシリーズAに突入、8月末に2億円の調達が終わった。

知見録: その頃には従業員を採用していた?

芳賀: いや、しばらくは自分1人で製品開発からマーケティング、セールス、会計、ファイナンスまですべてを賄っていた。海外マーケティングについては、オートデスク時代の北米の友人の手を借りたり、あとは現地で調達した。こちらに、その国その国に合った人材を使える度量があれば問題はない。最初のフルタイム従業員が入社したのは2016年の4月だから、それまではほぼ1人チームだった。

人材の流動性の高い国外では、人材は一瞬で調達できる。それも、すごくピンポイントな仕事から、定常的に発生する仕事まで、お金があれば、適した人をすぐに雇える。 何が課題で、その課題をどういうステップで解決し 、どう評価するかという仕組みを即座に作れれば、少ないコアチームで大人数を動かして事業を動かすことは可能だ。

MBAで学んだ投資家を納得させるストーリー

知見録: グロービスでの学びはどう生きている?

芳賀: 自分はエンジニア育ちでビジネス面では素人だったので、一番大きかったのは「お金」についての学びだ。当然、後の資金調達にはすごく役立った。

入学当時、1つの目標として掲げていたのが、事業計画書を作れるようになること。そこで、「ビジネスプラン」のクラスを履修した(※現在はベンチャー系の科目で同様の内容を展開している)。おかげで、損益計算書やバランスシートを自ら作成し、資金調達において投資家と直でお金の話をすることができた。

あと、資金調達の際は、投資家に対してストーリーを語る必要がある。そこで、「ビジネス・プレゼンテーション」で学んだ「問題解決ストーリーライン」が参考になった。あるべき姿のゴールがあって、現在があって、そのギャップが存在する。そこにおいて、まずどこに問題があるのか、なぜなのか、解決するにはどうしたらいいのか、どんなオプションがありうるか、それを実行するためのリソースは何か、具体的な実行機能は何かと、問いを立て、全部に答えていく。投資家に話すのなら、その投資家が知りたい言葉、もちろん会計の情報を入れ込みながら、ストーリーとして語る。これは、今でもよく使っている。

経営すること以上に難しく、エキサイティングなことはない

知見録: 今後の展望は?

芳賀: 「InstaVR」は世界で1万社を超える会社に導入されているが、それははじめの一歩に過ぎない。たとえば、世界中に不動産会社は300万社ぐらいあり、広告代理店でも100万社ぐらいが存在する。「InstaVR」は業態および、企業サイズによらず導入例が増えている。まず100万社の導入を目指している。

ネットの世界は、必ずしも先行者が勝つわけではない。FacebookだとMySpaceが前にいたし、2番手のほうが有利だったりする。競争の激しい世界で戦っていく以上、ずっと気を抜くことはない。

自分の使命は、新しい事業を作り、育てていくこと。それは、顧客の課題を理解し、価値ある製品を創り出し、価値を提供するプロセスを仕組み化し、ビジョンを持って人を動かし組織化し、より大きな課題を解決していく「経営」そのものだ。経営すること以上に難しく、エキサイティングで面白い取り組みは世の中に存在しないと思っている。心から楽しんでやっているし、とても貴重な機会が得られている現状に感謝している。

グロービス アルムナイ・アワード2017 「創造部門」受賞理由

芳賀洋行氏は、2015年に現在のInstaVR株式会社を設立。高品質のVRアプリを簡単に作成し、効果測定から分析までをワンストップで実現できる世界初のツールとして「InstaVR」を提供している。米国・スミソニアン博物館を始め、スタンフォード大学、国際連合、テスラモーターズ、ドバイ国際空港など、世界140カ国10,000社を超える企業がInstaVRを導入。売上げの海外比率が8割を超え、グローバルな舞台で活躍している。また、シリコンバレーのベンチャーキャピタルなどから総額2億円の投資を獲得し、さらなる成長を目指し挑戦を続けている。

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