グロービス経営大学院が主催するビジネスプランコンテスト、「GLOBIS Venture Challenge(通称G-CHALLENGE)」。2020年度大賞を受賞した株式会社アニポスはペット保険における保険金請求のDX等を通じ、保険運営会社の業務効率化及び、加入者の利便性向上に取り組んでいます。
今回は、いずれもグロービス経営大学院の卒業生であるCEOの大川 拓洋氏とCOO加藤 夕子氏にインタビュー。プレシリーズAラウンドにして1.1億円の調達に至った現在の事業への歩みや、動物に留まらない医療全体をも視野にした展望を伺います。聞き手は、G-CHALLENGEで同社のメンターを務めたグロービスの井上 陽介です。
動物病院向けから保険会社向けにピボットした理由
井上:お二人はグロービス経営大学院の「起業家リーダーシップ」の授業で出会ったそうですね。大川さんはこのとき起業のプランをあたためていた?
大川:私にとってアニポスは3回目の創業です。もともと広島で獣医師として動物医療に携わった後、動物病院を運営する会社を経営していました。当初、会社を大きくするために独学で頑張ってきたのですが、限界を感じてグロービスに通うことにしました。その間に思いついて始めたのが、現在弊社で提供しているペット保険請求システムのアニポスの原型です。
加藤:私はもともとペットには興味がありませんでした。しかし、ペット保険の使い勝手が悪く、かつそのしわ寄せが契約者の方に来ているという話を大川から聞いて、たしかにこのままではいけないなと。それで一緒にチャレンジさせてもらうことにしました。
井上:いまアニポスは、ペット保険会社向けと飼い主向けにサービスを展開しています。前者のペット保険会社向けには保険請求を含めたクラウドの業務システムを提供していますが、グロービス在学時に考えたビジネスモデルの原型に、これらは含まれていたのでしょうか。
大川:ペット保険の精算の仕組みを変えるという点では同じですが、最初は動物病院向けのサービスを考えていました。動物の診療費は人間と違って全額負担なので、飼い主様は高く感じがちです。そこで、窓口で保険が精算出来れば、診療時に支払う診療費は安くなって受診の敷居が下がります。そこでどのペット保険も窓口精算できるシステムを動物病院に提供しようと考えたのが始まりでした。
井上:現状は動物病院向けサービスには取り組んでいらっしゃいませんが、どんな点に困難があったのでしょうか?
大川:数年以内には動物病院向けサービスにも取り組みたいと考えています。ただ、実現のためにはまず保険会社を口説かなければいけません。保険会社と提携するには保険会社の課題を解決することが必要で、そこで先に保険会社向けのシステムを提供することにしました。
加藤:日本に動物病院は1万2000あります。私たちのリソースではそれぞれにマーケティングするのは難しい。それに、そもそも動物病院の悩みは忙しさゆえの人手不足がほとんどで、売上をつくりたいというモチベーションが高くなかったのです。
大川:動物病院側のペインがない状況に対して、いきなり物を売るのは無理筋でした。一方、保険会社側はペインがあるので、まずはそちらにアプローチしました。
井上:なるほど、スタートアップは仮説を持って顧客ヒアリングを行い、その領域にペインがなければピボットする、という基本のアプローチをしっかりと行っているのですね。
アプリでペット保険を簡単に精算
井上:飼い主向けには、どのようなアプローチを行っているのでしょうか?
大川:ペット保険は、動物病院の窓口で精算する方式と、飼い主様が保険会社に請求して自主精算する方式の2通りがあります。飼い主様には後者の保険金請求を簡単にできるアプリを無料で提供しています。主に保険会社から私たちのサービスを紹介いただいており、たとえば保険金の支払通知や更新促進通知の中にアプリの案内を入れて頂いています。現在は9,000人以上のユーザーにご利用いただいており、提携保険会社への保険金請求のうち、80%近くがアニポスアプリ経由の請求となっています。
(飼い主であるユーザーは動物病院で発行された明細書(レシート)をアプリから画像でアニポスに送る。すると、アニポスがその明細書情報について自社開発のAI-OCRをベースにしたオペレーションによるデータ化と保険会社への請求を行い、保険会社からユーザーに保険金が支払われる。なお、ユーザーが利用するたびアニポスが動物専門寄付サイトへ寄付をする仕組みとなっている 出典:アニポス公式WEBサイト)
実は飼い主様も保険についてはペインがあります。後日自主精算をするのは飼い主様にとって手間になります。ペット保険は人間の保険と違って低額頻回であることも、請求を後回しにしてしまう原因になります。しかし、たとえ低額でも、もらえるはずのものをもらうにもハードルが高いとなるとペインが深い。プロスペクト理論のいい例です。
井上:飼い主側のベネフィットは、アプリで簡単に請求できることですね。保険会社側はどうでしょうか?
大川:大きく2つあります。1つは、加入している飼い主様の満足度が上がって継続率も上がります。もう1つは、いままで紙のオペレーションでやっていたところがデジタルになり、業務の効率化、要はコスト削減に寄与できます。たとえばいま保険金の査定も私たちのサービスの中で完結するような形で進めています。そうなると保険会社はやることがほとんどなくなって、加入者集めに集中できます。
井上:あらゆる企業においてDX(デジタル・トランスフォーメーション)で業務の効率化をしていくことは必須です。そんな中アニポスが保険会社と飼い主を結びつけることで、保険会社にとっての業務改善を実現できているのですね。
受診歴から最適なペット保険をリコメンド!?
井上:アプリで満足度を高めて保険加入を増やすことがアニポスのつくっていきたい方向感だと思いますが、ユーザーからはどんな声があがっていますか。
大川:いま日本のペット保険加入率は7.7%です。イギリスは30%なので、日本もまだ伸びていくでしょう。既にペット保険を知っている飼い主様は約8割います。それなのに7.7%しか加入していない一番の原因は、「よくわからないから」。どんな保険があって、どれを選べばいいかわからないという声が大きいのです。
私たちはいずれその問題を解決していきたい。具体的には、動物病院でもらった明細書を写真に撮って記録する機能がアプリにあるので、その記録データから「いつくらいにこの病気にかかる確率がこれくらいあります」と見せて、健康指導や予防接種のお知らせをする。さらに、「そろそろこういう保険に入ったほうがいいですよ」とリコメンドしてもいいかなとも考えています。私は獣医師として動物診療に携わっていた経験がありますが、飼い主様から「どの保険がいい?」と質問されても業法上答えられなくて困っていました。しかし、アプリを紹介する分ならその問題もありません。
井上:ペットの病歴も含めて蓄積できて、ペットのライフスタイルがより良くなることに貢献できるのですね。
大川:実は、加入率の低い理由はもう一つあります。それは平均月5000円という保険料の高さです。保険料は純保険料と付加保険料で構成されます。純保険料は加入者が増えて大数の法則が効けば下がるので、アプリの利便性を高め、ペット保険に加入する飼い主様を増やすことが大事です。もう一つの付加保険料は代理店手数料と業務コストが乗っているので、私たちのシステムでコスト削減してもらう。そうすると、ユーザーは保険料が下がってうれしいし、市場が広がって7.7%が30%になり、業界の人にも喜んでもらえるでしょう。
動物医療の課題解決を、人間の医療界にも広げたい
井上:加藤さんから見て、アニポスのチームはどう見えますか。
加藤:私は前職でシステム開発をやっていたので実感があるのですが、普通の開発メンバーはtoCのエンドユーザーのことまで考えられないことが多い。しかしアニポスの開発メンバーはそこまで踏み込んで議論している。とてもいいチームだと思います。
井上:最後に大川さん、今後の展望をお願いします。
大川:いまはペット保険の利便性を上げる、保険会社にベネフィットを与えるところをやっていますが、次のステップとして保険市場自体をもっと大きくすることに貢献したいです。
さらにその先には、人間の医療も良くしたい。動物と人間の医療は市場規模こそ違いますが、実は同じような課題を抱えています。ですから、ペット保険で動物医療に素晴らしい役割を果たせたら、その仕組みを展開して人間も含めた医療界全体にインパクトを与えられるかもしれない。それに人生を懸けて取り組んでいくつもりです。
井上:大川さんの大いなる志があるからこそ、多くの仲間、そして保険会社や飼い主の皆さんを巻き込んでいくことができるのですね。これからのアニポスの成長を期待しています。