最近、サントリーが新商品「頂」のウェブCMを公開したところ、内容に関して視聴者からの非難が多数生じる、いわゆる「炎上」状態となり、ごく短期間で公開中止に追い込まれるというケースがありました。
サントリーといえば、昔からさまざまな商品で話題を呼んだ広告の実績があり、むしろ「広告表現の得意な企業」として定評のあるところです。そんなサントリーにして、こうした想定外の事態に陥ることもあるということです。こうした事態を避けるにはどうしたらよいのか、考えてみましょう。
要因はいくつも考えられますが、ここで取り上げたいのが「広告表現はターゲット顧客に刺さるものを」というセオリーの“呪縛”です。
一般に、CMの表現は「マーケティング・ミックス」でいうところの「プロモーション」の一環であり、ターゲット顧客に対して訴求したい価値をいかに効果的に伝えるかを目的とします。マーケティングの世界は日進月歩で、さまざまな新しいコンセプトが登場しますが、ターゲット顧客のことをよく理解し、それに応じて適切な広告メッセージを打つのが良いという点は一貫しています。つまり、「ターゲット顧客の視点に立って、魅力的に映る広告を考えよう」という姿勢は、もはや空気のように定着していると言えるでしょう。
筆者がGLOBIS知見録の記事を編集したり、教材の原稿を書いたりする際も、やはり読者、受講者の方々にとって、「なるほど、これは役に立つ」「ああ、こういう悩みは自分にもよくある」と切実に感じられるようなテーマや事例の選定、表現の工夫を常に探求しています。今回のウェブCMのように、新商品について少しでも顧客の認知と興味を喚起しようというフェーズの作品であれば、なおさら「いかに目を引くか」「いかに感情を揺さぶるか」に注力するのも当然ではあります。
しかし、とかく「ある嗜好を持つ人にはとても響くポイントも、別の嗜好を持つ人には全く響かない」ことはあるものです。「響かない」だけならまだしも、「ある人にとってはポジティブに映るものも、別の人にとってはネガティブに感じる」ものも少なくありません。たとえば、ちょうど今高校野球の予選がたけなわですが、「夏の炎天下、厳しい練習に取組む野球部員」のシーンを見たとき、「体力の限界に挑む、これが青春だ!」と感動する人もいれば、「あんな苦しい思いをさせられてひどい」と憤る人もいる、という具合です。
もちろん、何でもバランスを考えるあまり八方美人で無味無臭な表現になってしまっては本末転倒です。現実には、「ある程度、不快に感じる人はいるかもしれない」と自覚しつつも、ターゲットへの訴求力と比較して敢えて選ぶということがほとんどでしょう。しかし、潜在的に不快に感じる人を減らすような、テーマの選択や表現・演出の工夫は改めて重要だということを今回の事例は示したと思います。
今回の教訓として痛感したのは、「ターゲットへの訴求力」と「それ以外のカテゴリの人へのネガティブな影響」とを比較する際に、「ターゲットにいかに響くか、が重要なのだから」というところで思考停止してしまい、後者を過小評価してしまう危険性です。冒頭で“呪縛”と表現したのもこうした事情からです。
具体的に、こうした呪縛を振り払うには、「日頃から世の中で賛否両論あるテーマへの感度を高めておく」とともに、制作プロセスの中に「客観的な眼でチェックを入れる」「全面公開前の試作段階で反応を調査する」といった工程を組み込むのも一案でしょう。
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