日常のビジネスシーンに潜む数々の“落とし穴”。なかでも、営業先でのプレゼンや得意先へのメールなどコミュニケーションにおける転ばぬ先の杖を中心に、グロービス経営大学院で教鞭を執る嶋田毅が紹介する新連載。第6回は、言葉の解釈の違いによって、上司の意図と異なる作業をしてしまった、シンクタンク主任研究員のケースを見てみよう(この連載は、ダイヤモンド社「DIAMOND online 」に寄稿の内容をGLOBIS.JPの読者向けに再掲載したものです)。
前回、「錯覚」や「ヒューリスティックス(複雑な意思決定を行う際に、暗黙のうちに用いている簡便な思考法)によるエラー」によって受け手が意図を取り違える例を見た。
今回は、より単純な、「言葉の意味の取り違え」によるミスコミュニケーションを紹介する。極めて多発する例であり、原因も多岐にわたる。
【失敗例】「生産財とは生産のための財?」
上原雄太氏は、中堅のシンクタンク兼コンサルティング会社、リレーションシップ・デザイン社の主任研究員だ。同社は主に消費財企業向けのブランドイメージやレピュテーション・マネジメントに関する調査、コンサルティングを行っている。30代後半の上原氏は、若手が多い同社の中ではベテランである。
ある日、上原氏は中途入社の新人、豊田英司君を呼び、簡単な指示を出した。
「豊田君、うちの会社には慣れたかい?」
「そうですね。おかげさまで勘所はわかってきたかと思います。ところで、今日はどんなご用件でしょう?」
「うん。豊田君も知っての通り、うちのクライアントは消費財メーカーか、もしくは一般消費者向けのサービス企業が多い。彼らはブランドイメージやレピュテーションを大事にしている会社だから、うちのメイン顧客であるのは当然ともいえるのだが、うちとしてはもう少し商売を広げたいと考えている」
「それは確かにそうですね」
「そこで豊田君には、“生産財”企業のブランディングやレピュテーション・マネジメントの現状について簡単にスタディしてほしい」
「スタディはどのへんまでやればいいでしょうか?」
「そうだな、まずは彼らの問題意識や、ベストプラクティスについて簡単に調べてくれ」
「彼らの問題意識や、ベストプラクティスですね」
「そうだ。まだ簡単な予備調査だから、あまり詳しくなくてもいい。ざっくりとした情報を1週間程度でまとめてくれないか」
「了解しました」
豊田君はデスクに戻ると、早速簡単な作業予定を作った。「“生産財”ということだから、材料・部品メーカーはもちろん、重電など大型の資本財を扱っている企業も押さえておかないとまずいな。まずはWEBであたりをつけるか…」
それから1週間。豊田氏はWEBや公開資料からさまざまな企業の取り組みを収集するとともに、そこで見つけた、ユニークな取り組みをしている会社Z社にヒアリングを行い、それらを数10ページのレポートにまとめた。そして、その資料を上原氏に見せ、簡単な説明を行った。
「豊田君。なかなかの力作で結構なのだが、君が調べた会社は全部製造業を顧客とするメーカーだね。できれば、システムインテグレーターやオフィス向けにサービスを提供している企業のことも調べてほしかったのだが…」
「ええ、でも“生産財”の企業ということでしたから…」
「うーん。『生産』という言葉があるからといって、製造業を顧客とする企業だけに限定する必要はないよ。一般消費者を顧客とする企業以外の、法人を顧客とする企業全般について調べてくれると嬉しかったな。要は、B to B型の業界でのうちの事業機会を知りたかったんだ」
「前にいた会社では、生産財は文字通り生産のための財を指していましたから…。でも、それならそうと早めに言っていただければ、もう少しやりようがあったんですが…」
【解説】上原氏の指示の問題点 使った言葉は、万人が同様に解釈できる言葉?
上原氏と豊田君の会話の最大の問題点は、「生産財企業」が何を指すのか、2人の解釈が違っていたという点である。
豊田君は文字通り「生産」(製造)に直接用いられる部品や材料、資本財を提供している企業をイメージした。一方の上原氏は、生産財企業をより広義に捉え、「顧客が一般消費者ではなく、法人(企業や公共団体など)を顧客として製品やサービスを提供している企業をイメージしていた。
重要なのは、両者の定義とも、決して「間違い」ではないということだ。豊田君の定義をイメージする人も多いだろうし、上原氏の定義が身についているビジネスパーソンも多いだろう。両方の解釈が成り立つがゆえに、本来、上原氏としてはしっかり指示出しの際に「言葉の定義」を確認しておくことが望ましかったのだが、それを怠ったがゆえに無駄が発生してしまった。
実は、上原氏の最初の指示にはもう1点、危ない箇所があった。「簡単にスタディしてほしい」という言い方だ。人によって、「スタディする」といって思い浮かべる作業はかなりばらつきがあるし、「簡単に」という形容詞も受け取り方は人それぞれである。ここはさすがに豊田君がその意味合いを確認したからトラブルにはならなかったが、その豊田君も、「生産財企業」については、自分の解釈を疑わず、確認を取らなかったことが、後のトラブルにつながった。
豊田君に限らず、新人や別組織の人間は、往々にして言葉の意味を別に解釈している可能性がある。ベテランの上原氏としては、そうした危険性を予め察知した上で指示を出すべきであった。
「言葉の意味の取り違え」という 落とし穴を避けるには?
ビジネスシーンに限らず、「言葉の意味を取り違える」ケースは非常に多い。むしろ、言葉の意味を全く同じように理解している他人はいないと言っても過言ではない。
そして、「言葉の意味を取り違える」原因も極めて多岐にわたる。必ずしもMECE(漏れ・ダブり無し)の分類にはなっていないが、以下に一例を挙げよう。
【日常的なもの】
(1)もともと国語的に意味を理解しにくい(例:流れに掉さす)
(2)本来誤用だったものが一般化しつつある(例:檄を飛ばす、情けは人のためならず)
(3)同音異義語の勘違い(例:構成と校正、債権と債券)
(4)外来語のため人によって意味がばらつく(例:リベンジ)
(5)人によって想像する「程度」が違う(例:数日後)
【特にビジネスシーンに多いもの】
(6)組織によって定義や意味するものが異なる(例:メディア対応)
(7)新規あるいは専門的な概念や言葉のため解釈がまちまち(例:コンピテンシー、コンプライアンス、善意の第三者)
(8)抽象度が高く、イメージがばらける(例:チャネルの再構築)
(9)あえて意味をぼかしている(例:善処する、検討する)
ここでは、後半の「特にビジネスシーンに多いもの」について見てみよう。今回のケースで紹介したのは(6)だが、(7)(8)(9)も非常に多い。
(6)や(7)については、日常付き合う狭い範囲では比較的問題にはなりにくい。したがって、特に他の組織や部署の人間、バックグラウンドが違う人間と話をする際に、強く意識することが望まれる。また、新人が組織に加わった際には、初期の段階では丁寧に意味を説明し、「意識あわせ」しておくことが望ましい。
(8)(9)は、ビジネスパーソンたるもの、できる限り避けるように努めるべきだ。われわれの大学院では、特に(8)のような言葉を「Big Word」あるいは「思考停止ワード」と呼び、受講生には使わないよう戒めている。これらは、具体的に考える苦労を避け、易きに流れている側面もあるからだ。コミュニケーションだけではなく、思考力を磨く上でも避けるべき言葉である。主語と述語をしっかり用い(主体とその行動を明確化し)、頭の中にある程度共通の動画が浮かぶくらいにまで具体化したいものである。
いずれにせよ重要なのは、「他者と自分の言葉の理解は必ずしも一致しないことが多い」ということを認識した上で、伝え手、受け手いずれの立場の場合も、アクション上、重要となるポイントについては、「初期の段階でしっかり擦り合わせる意識」を持つことである。
次回からは、3回にわたって『会議の落とし穴』をご紹介します