トランプ大統領の就任、Brexitへの流れ、北朝鮮の動向など、明らかに世界の政治や経済の流れが変わり、益々先の見えない時代が到来した。そこで、2017年度の新年度特別企画として、実業家であり、元政治家であり、シンガポール国立大学リークワンユー公共政策大学院で地政学の教鞭も取る田村耕太郎氏に直撃インタビューを実施。世界をどう見ればよいのか、そしてこの時代に生きるビジネスパーソンには何が求められるのか、歯に衣着せぬメッセージを頂いた。(全3回)
アジアや日本における地政学的な意味合いはどう変化しているのか?
= 戦後の日本には不要だった地政学=
日本では戦後、地政学は長らく必要がなかった。他国の動向を分析して出方を考える必要があまりなかったからだ。その背景には外交方針の基本を米国追随として、独自の外交をしてこなかったことにある。また貿易立国と言われながら、実情は巨大な内需型経済であり、他国への理解がそんなになくても許される環境にあったのだ。
しかし、状況は大きく変わった。外交的経済的なアメリカの優位性が相対的に揺らぎつつあり、いつまでも対米従属外交ばかりやっていられない。長らくその巨大さの割に存在感が薄かった中国が経済的にも安全保障的にも日本を超えて、日本の政治外交そして経済に多大な影響を及ぼすようになった。超大国アメリカとそれに挑戦する中国、この二大国家が、多国間より二国間で物事を決めたい指導者を抱え、実質米中で経済貿易や安全保障の大きな取引が行われる可能性が高い。
さらに、日本の内需は高齢化と人口減少でどんどん小さくなっており、国内だけで経済が成り立つ状況は終わりつつある。例えば、日本のバブル絶頂期であった1990年、中国は既に人口11億人だったが経済規模は現在の8分の1だった。当時のグローバル市場では取るに足らない存在から今や日本経済の2.5倍以上のGDP規模で世界第2位の経済に成長し、いまだに年6~7%成長している。技術的にも中国は、世界最速のスパコンを独自技術で作り出し、米ロに次いで世界で3番目に有人宇宙飛行を成功させている。中国におけるベンチャーキャピタルの投資額も日本を大きく引き離し、シリコンバレーに匹敵する規模になっている。科学分野の中国人ノーベル賞受賞者も生まれ、今後は最も多くの科学系のノーベル賞受賞者を生み出すといわれる。しかし、今の日本のリーダー層や識者の多くはいまだに中国の巨大さと先進性を認めようとしていないのではないか。愛国心を持つことは大事だが、それが他国の実力を正確に把握することの邪魔になってはいけない。
中国以外の東アジアの地政学的変動要因としては、北朝鮮がある。「戦略的忍耐」という名のもと、実質北朝鮮情勢を放置してきたオバマ政権と違い、トランプ大統領は北朝鮮の脅威に積極的に関与しようという姿勢が見られる。北朝鮮情勢は予断を許さなくなっており、情勢いかんによっては、日本、韓国、中国の経済や外交に、少なくとも短期、展開によっては中長期の打撃を与える可能性もある。もっと言えば、台湾と中国、日本と中国、これらの関係にも地政学リスクは増えることはあっても少なくなることはない。
このような状況にも関わらず、日本には良質な地政学的インテリジェンスがほとんどない状況だ。過去必要とされなかったから、民間も政府もアジアの国別情勢やアジアの多国間マクロの分析そしてそれの絶えることないアップデートをしていくプロフェッショナルが育っていない。防衛省、外務省、経産省等で海外の鮮度と精度の高い最新情報を直接入手し、多角的に分析できる専門家があまり育っていない。企業においてはさらに残念な形になっている。情報とその分析のみならず、人的ネットワークも日本国内で「アジアの時代」といいながら、大変お寒い状況になってきている。一方で、内需のサイズに恵まれず、GDPの2倍以上の貿易量を誇る都市国家シンガポールにとっては、周辺の地政学情勢の分析とアップデートは死活問題である。
= エリートが見誤る世界の潮流 =
残念ながら日本は、日本語の壁と積極的に情報を取りに行く人材とアクセスが未整備で、結果として世界に対して極めて閉じた社会で、世界や日本にとって重要な国々の情報に関して、世界から大きくズレてしまっていることを認識すべきであろう。しかし、日本企業や日本政府はまだズレによる痛みを感じていないように見える。企業も国家も体力にあふれ、乏しくて正確でない情報で判断ミスをおかしても、まだ打撃をこうむっていないからだろう。中国や欧米の企業は、10~20年現地に赴き、現地化する社員を世界各地に送りこんでいる。このままでは、日本は、日本をリスペクトしてくれ、自らも「日本の裏庭」と思っている東南アジアでさえも居場所を失ってしまう可能性がある。
日本同様に世界各国の情報分析のエリートたちも大きな流れを見誤っていることを忘れてはいけない。リーマンショック、中国経済予測、Brexit、トランプ大統領の就任など、世界の大きな流れの予想について日本のリーダー層が礼賛する世界経済フォーラム(WEF、通称ダボス会議)でも見通しを外しまくっているのだ。大きな流れを決めるのはエリートではない大多数の人々だ。彼らの気持ちを理解せず、少数の同じような立場にあるエリートだけで考えると、流れを見誤るのだ。
しかし、さすが欧米のエリート層は反省をはじめ未来予測の仕方を変えつつある。一つの未来を予測することではなく、いくつかのシナリオを用意して、どれが起こってもいいように備えるシナリオプラニングが多用されるようになってきた。また、物事を見るときに、黒か白かという発想ではなく、「オクシモロン(矛盾することが同居する状態)」 な状態を想定することも広く受け入れつつある。シナリオプラニングの訓練を受けているリーダーや識者が少なく、政治討論番組で見受けられるように物事を白か黒かで二分しがちな日本人リーダーは、未来予測が自然と苦手になる傾向がある。
世界展開する日系企業は地政学をビジネスに活かしているのか?
= 要注意。生半可な情報で動いている人たち =
アジアは世界で最も多様な民族、宗教、経済発展段階、統治形態にあふれる場所である。しかも、状況は刻一刻と変化している。一つの国の現状を正確に理解するのは簡単ではない。物事というものは、近すぎると全体像が見えにくいし、外国に長くいても日本人ばかりで交流していれば得られる情報は限られる。つまり、その国に長くいるからと言ってその国が正確にわかるわけでもない。一番危険なのは、日本人社会で閉じているのに、駐在歴が長いから「俺はこの国を、アジアを、よくわかっている」と思ってしまうことだ。東南アジアで言えば、「東南アジアは約200の巨大ファミリーが仕切っていて、そのファミリーと商売をすべきだ」と言ったことをよく耳にするが、名前が付いていても、資本関係やファミリーの関与が実はほとんどない企業もある。
日本の大企業と言えども、アジアで巨大ファミリーとがっぷり四つに組んで、綿密にバックグランドチェックやブラックリスティングをした上でアップデートし続けるスキルは欠かせない。しかし、長い時間をかけて地道にコツコツ、ローカル特有の情報入手やネットワーク構築に当たっている日本人は多くはない。いまだに駐在員の方々のローテーションは短く、どうしても現地より東京を向いている人が多い。そこを見透かされ、いい人材の採用や登用ができず、いい現地パートナーを逃している事例によく出くわしてしまう。
= 注意深いのか、注意深くないのか分からない=
このような状態なので、本来なら日本のお得意様であるべきアジアでのビジネスに対しては、大胆さもスピード感も今一つな事例が目立つ。一方で、「結果が出るのは自分が異動した後だろうから、知ったこっちゃない」とばかりに不正確で古い情報のまま買収や提携、投資に突き進んでしまう事例もある。アジアでいろんな事例を見ていると、日本企業は注意深いのか注意深くないのか分からないことがある。世界中見回してもアジア、その中でも東南アジアほど、日本を日本人を日本企業をいまだにリスペクトしてくれる場所はほかにない。情報や人材の未熟さから、日本企業が大きな機会をつかみきれていないのは、残念なことである。
【ポイント】
・企業も政府も地政学分析ができる人材の育成に本気で取り組む時に来ている
・難しい未来を予測するキーワードはシナリオプラニングとオクシモロン。
・長くローカルに向き合い、溶け込める人材を作り出す人事から取り組むべき
※第2話は4/13、第3話は4/14に掲載予定です