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第11回 驚くべきトヨタの適応力と米市場の“グローバル化”

投稿日:2008/07/18更新日:2019/04/09

外部環境の変化への適応力が、企業の趨勢を決める――。ガソリン高と不況に苦しむ米国では、大型車の需要が低迷している。大きな地殻変動が起こりつつある米市場に対し、素早く対応したトヨタから学べる教訓とは何か。グロービス経営大学院客員教授・田崎正巳が考察する。

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日本経済新聞7月10日付け夕刊で、「トヨタ、北米生産体制の再編を発表」との報道がありました。減産と各工場の生産車種の変更が主な内容です。

「トヨタ自動車は大型車を中心に需要が低迷している北米の生産体制を再編する。大型車を生産するインディアナ工場の一部ラインを年内に休止し、現在建設中のミシシッピ工場の生産車種を大型車からハイブリッド車「プリウス」など乗用車に変更する。米景気の減速やガソリン高で燃費効率の低い大型車の販売が急減しており、初めて工場の長期間休止に踏み切る。北米で営業利益の約五割を稼ぐトヨタは、中小型車へのシフトにより、米国事業の立て直しを急ぐ」

私は、この報道を見て驚くと共に、トヨタの「経営力」の底力を見た思いがしました。

トヨタは奥田碩現相談役が社長になった1995年以降は、国際化と海外生産強化を最大の課題として、10数年間ずっと突っ走ってきました。わずか半年前でも、「海外での生産が間に合わない」「新工場稼働のための応援部隊が足りない」と言っていたほどです。

海外生産拡大への執念はすさまじく、米国でも新興国でも、ここ数年間は常に工場新設に追われているような状態。グループ化したスバルの米国工場でカムリを生産するという手際の良い発表があったのも、いかに生産体制がひっ迫しているかを物語っているでしょう。

米国における一番新しい工場は、06年のテキサス工場と07年のインディアナ工場です。そしていま建設中のミシシッピ工場が、2年後にできます。実は、これら3工場は、トヨタの戦略転換と大いに関わっているのです。

ビッグスリーの“聖域”だった大型車市場への参入

米国でのトヨタの販売車種は、カムリを筆頭とする乗用車がメインでした。ハイラックスやランドクルーザーなどのピックアップトラックやSUVは、日本からの輸出で対応していました。車種も、米ピックアップトラック市場の一番メインのセグメントとは少しずれていました。

ハイラックスは小さな(日本では十分大きいですが)ピックアップトラックとしては人気ありますが、米ビッグスリー(ゼネラル・モーターズ、フォード・モーター、クライスラーLLC)の作る大きなピックアップトラックとは、売行きでは比較になりません。全ての自動車カテゴリーの中で、フォードのFシリーズというフルサイズ・ピックアップトラックが、なんと、23年間もの間ベストセラーを維持しているのです。米国人の大型車好きを、如実に表しています。

Fシリーズはとんでもなく大きく、長さは5.8メートル、幅は2メートルを超えます。最近フルモデルチェンジしたトヨタのアルファードが、日本の一般乗用車市場では一番大きく見えます(実際にはレクサスLSの方がサイズ的には大きいでしょう)が、それでも全長4.8メートル、幅1.8メートル。これと比べてもサイズ的には比較にならないほど大きい。

またランドクルーザーも日本で見たら“小山”のように大きいですが、米国では「ミドルクラス」でしょう。地球上のあらゆる道を走る上での走破性能は、恐らく世界一でしょうが、その分値段が高いのがネックです。つまり大きさは米国の大型SUVより小さいのに、価格はとても高いので、実は米国では大して売れていません。

逆にビッグスリー側からすれば、乗用車では日本車に痛い目にあってきましたが、フルサイズ・ピックアップトラックと大型SUV(実は中身が同じで、シートの数が違う程度です)では、その牙城を守ってきました。この大型車市場は、北米以外にはほとんど存在しない市場。グローバル市場を見据えたトヨタには、参入の対象にはなってなかったのでしょう。それと、ビッグスリーの利益の源泉の市場に入ると、“全面戦争”になって、政治的リスクを負うのを恐れたのかもしれません。

トヨタはしかし、06年、大きな戦略転換をして、その大型市場に参入しました。もちろん、工場から新設しなければそんな大きな車は作れません。そして、今回、そのために作った戦略的な3工場が、再編、ライン休止の対象となっています。つまり大きな戦略転換を決定してまだ日が浅いのに、今回はそれらの計画を棚上げして、大型車の生産を大幅縮小し、ラインそのものをプリウスなどの小型車生産に変更しようというものです。そのために半年間もラインを止めるという意思決定をしたわけです。

迅速な意思決定こそ、トヨタの経営力の表れ

ここまでの話は、「なるほど、理にかなっているな」「市場環境の変化に適応したんだな」と思える話です。

私が驚いたのは、そのスピード感です。外部環境の変化に適応できずに苦しんだ大企業をたくさん見てきました。大手総合電機などはその典型です。決算発表の時のセリフはここ毎年同じで、そらんじられるほどです。「想定外の価格下落に見舞われ、赤字になってしまった」「予想以上に消費者の嗜好の変化があり、対応しきれなかった」などです。

そんなこと、普通の消費者でも新聞読んでいれば分かるし、ビックカメラの店頭を見れば分かる話です。どうして「社長の私がバカだった」という理由を言わないのか、いつも不思議に思っていました。総合電機に限らず、金融や外食など大きな工場を持っているわけでもないのに、外部環境の変化に対応しきれない企業が多いです。なぜか。意思決定のメカニズムが有効に働いていない。重要な情報が上がらず、更にそれが分かったとしても、意思決定できない経営者が多いということなんだと思います。

大企業であればあるほど、大きな投資には事前の準備を十分にやります。トヨタも、大型ピックアップトラック販売戦略の転換に始まり、それを受けての開発、工場の新設と、かなり長期間の間に、販売、開発、生産、購買の全てに渡って、慎重かつ大がかりなプロジェクトをいくつも走らせていたことは容易に想像されます。1年や2年でできる仕事ではないでしょう。

ここで怖いのは、やればやるほど「供給者の論理」になっていくのです。「こんなに頑張って販売戦略を作った」「大型車用の資材や部品調達のために全米のサプライヤーと交渉した」「今までとは異なる車を生産する新工場の設計に、大変な汗と努力を要した」などです。

これは裏を返せば、「せっかく作ったのに」という現状肯定の気持ちを生みやすい土壌を作ることになります。大きければ大きいほど、工場操業開始後間もなければ間もないほど、現場や幹部クラスにはそういう思いが強いでしょう。

これだけの工場です。5年どころか10年、20年後の将来像を描いた上で決断したことでしょう。まさか操業開始後1~2年で、あるいは建設中に方針が変わるなんて、まさに想定外だと思います。

足元の数字は、確かに悪いですが、壊滅的とは言えません。例えば、5月の販売台数を見ると、大型ピックアップトラックの「タンドラ」は前年比31%減ですが、大型SUVの「セコイア」は81%増と伸びています。もっとも、合計では20%減ですが。

ビッグスリーが販売台数を半減させていることと比べれば、仮に数カ月間こういう状態が続いても、コスト削減とか創意工夫で乗り切ろうとするのが、普通の幹部レベルであり、普通の大企業のトップでしょう。

わずか半年前まで、15年以上にわたって増産に追われていた超大企業が、工場の休止、しかもラインを変えてしまうという難しい決断を短期間で下した。トヨタの凄さを感じました。トップもすごいし、幹部も「自分の城を守る」だけのタイプではないのでしょう。

外部環境への適応力が、明暗を分ける

さて、米市場です。異変が起きています。新聞等の報道でご存じかもしれませんが、現実の数字となって表れたのを見ると、その地殻変動ぶりを再認識させられます。

数カ月前、先に触れた、過去23年間トップセラーを誇ってきたフォード・Fシリーズが、カムリに抜かれました。「あれ?過去この市場をずっと見て来たけど、Fが負けるのは記憶にない」と思いました。

そして、5月の数字を見て、また変化を感じました。今年の5月の全米トップセラーはホンダ・シビックでした。第2位がトヨタ・カローラシリーズです。私の知る限り、ここ数年でシビックがアコードを、カローラシリーズがカムリを抜いたことはありませんでした。23年間トップのFシリーズは、これら4車種を下回っています。

つまり、米国の消費者は、ピックアップトラックからミドルサイズ乗用車へ、ミドルから小型へと、はっきりとシフトしています。その下のフィットやヴィッツは台数ではまだまだですが、伸び率ではシビック、カローラシリーズを大きく上回っています。

米国以外では売れない恐竜のような巨大な車が闊歩していた米市場が、グローバル市場と同化していく過程にあるような気がします。今後のガソリン価格次第でしょうが、このまま続けば年間200万台は市場から消えてしまいます。それも大型車中心に。

市場の縮小と車のダウンサイジング。2つの要因で、急速に市場構造が「普通の国」へ変わっていくと予想されます。

ビッグスリーは、恐竜の如く“博物館でしか見られない存在”になってしまうのかもしれません。現在、ビッグスリーの全てが、車のダウンサイジングに取り組んでいますが、それよりは企業のダウンサイジングの方が早く訪れるでしょう。

ダウンサイジングに耐えられないところは、“ナッシング”になってしまうかもしれません。もしビッグスリーが、トヨタのような外部環境の変化への対応力を持っていたならば、どう考えても今とは異なる形になっていたでしょう。金が余って、世界中のブランドを買い漁っていたのは、わずか数年前なのですから。

恐竜も大企業も敵はコンペティターではありません。自社の「外部環境の変化への適応力」だと思います。

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