三菱総合研究所・環境フロンティア事業推進グループ/環境・エネルギー研究本部の面々が、専門家ならではの知識・知見によってビジネスパーソンの環境リテラシー醸成を援ける連載講座。今回から3回にわたっては、「洞爺湖サミット連動特別編」として、サミット議題に照らしながら、温暖化政策の方向性と、排出量取引制度など新たな社会ルールが出来つつある中で企業に求められる対策と戦略について考察していきたい。
いよいよ8年ぶりの日本でのサミットが開始となった。今回のテーマは、世界経済、原油、環境・気候変動、開発・アフリカ、食料問題だが、特に地球温暖化政策において今回のサミットに期待される役割は大きい。2000年の九州・沖縄サミットでは、1997年に採択された京都議定書の発効に向けた意志を示し、2002年の発効に向けた土台を築いた。
現在世界では、「2050年に世界の温室効果ガスを半減する」ことが一つの方向性として認識されているが、将来の社会像を現在の延長線上に考えていては、この目標を達成することは不可能で、新たな社会像を構築することが求められている。こうした背景を踏まえ今回は、サミットでの討議が注目される、温室効果ガス半減に向けた先進国の中期目標策定について議論したい。
途上国の「共通だが差異のある責任」
5月に神戸で開催されたG8環境大臣会合では、2007年のG8サミットで示された「2050年までに世界の温室効果ガス排出量を少なくとも半減することを真剣に検討する」とする目標を、更に一歩踏み込んで、これを世界全体の長期目標としてコミットすることに合意することを目指すとされた。
一見、この「2050年までに半減」という長期目標は既に所与であるように捉えられるが、まだ先進国と途上国の隔たりが存在する。先進国側は、温室効果ガスの大幅な削減には中国やインド、ブラジルといった途上国は、先進国以上の排出があり、途上国も目標にコミットしなければ実質的な効果がないと訴える一方で、途上国側は「排出量削減へのコミットメントはしない」というスタンスを固持し続けている。1997年に採択された京都議定書の合意プロセスにおいても、米国はエボリューション(将来の途上国の参加)や中進国の排出抑制義務に係る自主約束によって途上国も削減コミットメントする枠組みとすべきと主張したが、途上国からの強い反対により合意されなかった。
以下のグラフは世界の排出量の現状と将来の姿である。先進国の排出量が横ばいなのに対して、途上国の排出量は今後も増え続け、2030年には先進国の排出量を上回る可能性があることが分かる。
では、途上国は先進国と同様に削減目標を負うべきなのだろうか。
この問いには二つの観点で考える必要がある。1点目は、世界全体での目標への参加である。途上国の排出量が今後無視できないものであり、途上国の削減努力無くしては2050年で半減といった大幅な削減は不可能である。世界全体の排出量への寄与度で考えた場合、中国やインドは既に先進国を上回るレベルとなっており、先進国が対策をする中で何もしなくて良い、ということはあり得ない。途上国であっても、まずは世界全体で排出量を半減する目標を先進国同様に共有し、協力していくことが求められる。
2点目は、途上国が先進国と同様にすぐに国別の削減目標を負うべきかという観点である。確かに中国やインド、ブラジル等の新興国の排出は先進国を上回る規模になっており、それらの国に削減義務を課すべきとする考え方は一見合理的なように見える。しかし、一人当たりの排出量で比較すると、依然として先進国の排出量が多いことが分かる。究極的には、世界中の人々が公平に排出する権利を有していると考えれば、途上国に削減を求める前にまず先進国自らが削減を進めていくべきといえる。
但し、ここで先進国と途上国という二分化することには注意が必要である。途上国とされる国々にも一人当たり排出量が先進国並みのレベルにある国もあり、本来であれば先進国同様に削減義務を負うべき国が、「途上国」という傘の下に隠れることで、巧く責任逃れをしていることもある。途上国であっても一人当たり排出量がある一定レベル以上になった場合には、先進国同様の削減義務を課すというアプローチも有効だろう。*1
中期目標の提示が喫緊の課題
現在、サミットに際し、先進国が温室効果ガス削減の中期目標を示せるかが注目されている。
なぜ中期目標が重要なのか。以下はIPCCが昨年発表した第4次評価報告書で示されたシナリオ別のCO2排出ピーク時期と2050年の削減量、気温上昇レベルである。例えば、産業革命前からの気温上昇を2~3度程度に抑えるとした場合、およそ2020年までに排出量を頭打ち(ピークアウト)させることが必要であることが分かる。まさに2020年に向けた今後10年こそが地球温暖化対策にとって決定的に重要な時期であり、その期間にいかに低炭素社会に向けた道筋を付けられるかが鍵となるといえる。
EUは2020年までに1990年比20%削減を目標とし、中期目標に関して国際的な気候変動協定が合意された場合には海外クレジットの活用も考慮し、1990年比30%削減を目標とするとしている。また、EUは中期目標以外にも、再生可能エネルギー利用促進についても現状の倍以上であるエネルギー消費量比率20%を目標とするなど野心的な政策を掲げており、本格的に低炭素社会に向けて舵を切ったといえるだろう。
一方、日本は中期目標を現時点では示していない。福田ビジョンの中で、経済産業省が示した「長期エネルギー需給見通し」の試算を参照し、2020年までに2005年比14%削減を目安として示した。この目標は現在想定される技術を最大限導入した場合に期待される削減効果をボトムアップ式に示したもので、気温上昇を2度以内に抑制させるために必要な削減というトップダウン式に新たな社会像を示したEUと対照的である。
「2050年に半減」という方向性を示し、世界で共有することは大切である。しかし、2050年には今回サミットに参加したリーダー達のほとんどはいないだろうし、現在トップと呼ばれている企業でさえどれだけが生き残っているかも分からない。そのような未知の社会における目標では現在の行動に結びつけることは難しい。2020年という現在の行動の延長線上にある時期を目標として設定してこそ現在の行動を真剣に見直すことに繋がるのではないだろうか。日本でも有数の豊かな自然や環境に恵まれた洞爺湖で、世界の首脳達が自ら責任を持てる中期目標に対して明確な意志を示せるかどうかが試されている。
*1 一人当たりに与えられた排出する権利は平等として、将来的に一人当たり排出量に収束させるとするアプローチは、” common but differentiated convergence’”として提案されている。