インフレ(全体的にモノの値段が上がり、お金の価値が下がること)の兆候がいよいよ強まっている。米国も欧州も物価上昇率は4%前後に達した。中央銀行の最も重要な役割というのは、インフレファイター(インフレを極端に嫌う者)であるから、ECB(欧州中央銀行)もFRB(米連邦準備理事会)も利上げを迫られていると言っていい。
しかし事はそう簡単ではない。米国は住宅価格の値下がりでサブプライムローンが破たんし、金融機関は大きな損失を被った。その結果、いま最も懸念されているのは景気の後退だ。だからFRBは6月25日のFOMC(連邦公開市場委員会)で金利の据え置きを決めた。
サブプライムローン問題が一服したために金利を据え置いたというよりは、金利を引き上げるべきところで引き上げに“ためらった”というほうが正解かもしれない。実際、FRBとは対照的にECBは7月に利上げに踏み切ると見られている。
インフレになる可能性は高い?
英エコノミスト誌の記事の中に、気になる数字があった。1968年にインフレ率が4%に近づいたとき、最も重要な政策金利であるFF(フェデラルファンド)レートは5%だった。
1989年に同じようにインフレ率が4%に近づいたとき、FFレートは10%だった。最初のときは米国だけではなく先進国がインフレに苦しむことになり、そして1990年代の米国は逆にインフレに悩まされることはなかったのである。そして今はどうか。インフレ率は4%に近づき、FF金利は現在2%にしか過ぎない。
だからといって米国や欧州がすぐにインフレに悩まされるというわけではない。エネルギーと食料を除いたいわゆるコアインフレで見れば、まだそれほどインフレが高進しているわけではないからだ。エネルギーと食料の値上がりがほかの製品やサービスの値上がりとなり、そして賃金にまで反映されるようになると、インフレスパイラル(インフレが悪循環に進む)が始まる。
そうなると1970年代に日本を含む先進国が悩まされたように、景気停滞下のインフレということにもなりかねない。もっともエコノミスト誌は、このあたりにはやや楽観的だ。それは先進国経済が1970年当時とは変わってきているからだという。製品市場は非常に競争的になっているし、労働市場は柔軟になっている。物価と賃金の上昇スパイラルになる可能性は高くないというのだ。
しかしインフレになる可能性が高いと考える市民は増えている。ミシガン大学の調査によると、これから1年以内に5%を超えるインフレになると考える人が多いという結果が出た。これは1982年以来最も高い数字だという。
そう考えている人が多いからといって、インフレ率が高くなるわけではない。しかし全体的にインフレ期待が浸透すると、企業はコスト高の価格転嫁をより進めようとするだろうし、労働組合は賃上げ要求を強めることになる。そうなったら物価と賃金の上昇スパイラルが息を吹き返す恐れも出てくる。
金利を引き上げれば日本経済は後退
過去の経験から言えば、「インフレになってから物価上昇などを押さえ込むよりも、インフレを予防するほうがコスト的に安い」とエコノミスト誌は指摘する。7月に入ってECBが利上げに踏み切れば、FRBもイングランド銀行も遅れることなく利上げに追随すべきである。「そうしなければFRBもイングランド銀行も、インフレファイターとしての信任を失うだろう」とエコノミスト誌は主張する。
ひるがえって日本銀行はどうするのだろうか。いま政策金利は0.5%。物価上昇ということになれば、当然金利を引き上げるというのが白川方明総裁の基本スタンスだと思う。しかし政治状況から言うと、早ければ2008年の秋、遅ければ2009年の1月には総選挙ということになるかもしれない。いま金利を引き上げれば、それこそ足腰が決して強いとは言えない日本経済は一気に後退しかねない。
自民党としては景気が悪くなれば、総選挙で惨敗する可能性もあるだけに、金利の引き上げには相当抵抗するだろう。白川総裁はかなり厳しいかじ取りを迫られそうだ。
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