米国の大手通信会社であるVerizon Communicationsは昨年7月、Yahoo!の主力事業を約48億3000万ドルで買収し、傘下のAOLと統合することを発表したが、その後、Yahoo!で5億人以上の個人情報が流出していることが9月に発覚した。これを受けてVerizonは、この個人情報の漏洩は買収契約における重大な違反事項であり、そのような事実を知っていたなら、もっと低い価格を提示するか、もしくは買収提案そのものも行わなかったであろうとした上で、買収額を10億ドル値下げするようYahoo!に要求したと報じられた(2016年10月13 日、米CNET)。その後もYahoo!での事実調査が続いており、結論に至っていない。
そもそも、買収価格とはどのようにして決まるのであろうか。まず、基準になるのは「被買収企業の今現在の事業戦略に基づく事業の価値」である。現行の事業戦略を継続した場合に、事業が生み出すキャッシュフロー(フリー・キャッシュフローと呼ばれる)を、そのキャッシュフローのリスクの大きさに見合った割引率(WACC:加重平均資本コストと呼ばれる)で現在価値に割り戻した価値がそれである。もしも当該企業が余剰キャッシュを保有していれば、それを加算したものが当該企業の企業としての価値(バランスシートの左側の資産の時価額)となる。ここから、バランスシートの右側にある有利子負債の総額を差し引いたものが、当該企業の株式の時価総額となる。(参考:フリーキャッシュフローと資本コストの調整で企業価値を高める)
通常の場合、被買収企業の株式を買収するので、買収価格は株式の時価総額となる。ただし、被買収企業に貸付を行っている先が、買収するのであれば当該貸付金を返済して欲しいと要求すれば、買収価格は株式の時価総額に有利子負債総額を加算した金額(つまり企業価値そのもの)となる。
次に、他の企業をなぜ買収するかであるが、買収し自社が経営することで、被買収企業の価値を上げられると信じているからである。その企業価値の増加の源泉は、
(1) 企業価値の回復(被買収企業の現状での経営が最適ではなく、買収して梃入れすることで本来の企業価値に回復する)
(2) 戦略的シナジー(買収して、自社の事業と一体運営することで、より多くの売上が期待できる、もしくはコストの削減が期待できる)
が主なものである。買収によって価値の増加が期待できることから、通常上場企業を買収する際には、買収前の株式の時価総額に30%程度のプレミアムが上乗せされることが多い。このプレミアムの源泉が、上記の買収による企業価値の増加額である。
被買収企業の経営者は、自社の株主の利益を最大化する義務が課せられていることから、今現在の事業戦略に基づく企業価値・時価総額が受容できる最低限の買収価格となる。一方、買収する側は、今現在の戦略に基づく価値に自社が経営した場合の価値の増加額を加算した金額が、買収にあたって提示できる最大額となる。あとは、買収側と被買収側の交渉次第で、買収したければ上限価格に、売却したければ下限価格に、買収価格は鞘寄せされていくことになる。
今回のYahoo!の買収価格48億ドルは、こうして決まったものであるが、その後、大規模な個人情報の流出事件が発覚した。この事故は当然のことながら、今後のYahoo!の事業展開に大きなネガティブなインパクトを与えるものであり、その影響額(この事故によって将来減少するであろうキャッシュフロー、つまり、ユーザーへの賠償金額そして将来の事業展開そして収益に与えるネガティブなインパクトの現在価値額)だけ、Yahoo!の企業価値の見積もりは減少することになる。
さらに、この事故はYahoo!買収後のVerizon の事業戦略にもネガティブな影響を与える可能性が高く、事業統合によるシナジーの現在価値が減少する可能性も高い。この結果、Yahoo!側での企業価値の減少額そしてVerizon側でのシナジーの減少額を足した金額(Verizonの昨年10月時点での見積もりは10億ドル)だけ、買収価格は引き下げられることになる。
Yahoo!が今後行う事故調査報告の結果次第ではあるが、最悪の場合には、買収そのものがご破算となる可能性もなくはないであろう。