渦中の暴動問題に触れた「チベット問題に思うこと」の特別編“チベット徒然日記”。その最後は、中国を挟んだ隣国“モンゴル”についても触れる。歴史的、文化的に近しく、混同されることも少なくない両国だが、田崎正巳・グロービス経営大学院客員教授の目にその違いはどう映るのか。
モンゴルとチベットの共通点
モンゴルとチベットは中国を挟んで北と南西にあります。一応中国を挟んでの「隣国」とも見えますが、直接接しているわけではなく、遠いといえばそりゃ1000キロ以上は離れています。この両国、実は古くから交流があったようです。元々、両国が大きな支配地域を持っていたころは、隣接していたわけです。今では、モンゴルの南半分(中国領の内モンゴル)やチベット自治区の北のほう(中国青海省)が中国の領地となっているので、離れているように見えますが、昔はお隣さんでした。
まず、宗教。今もモンゴルにはチベット仏教が多く残っています。共産党時代には弾圧され多くの寺院が破壊されましたが、今は回復しつつあります。チベットの方も当然チベット仏教で、これまた中国共産党によって、徹底的に弾圧されましたが、現在少しずつ回復しつつあります。チベット仏教というメジャーな宗教でなくても、地場信仰としてモンゴルには道祖神のような石を積み上げたような供養物があるのですが、遠く離れたチベットにも同じようなのがあったのには驚きました。
文字もそうです。今のモンゴルは、ソ連の影響でキリル文字になっていますが、元々はチベット文字と同類のモンゴル文字が使われていた。チベットはもちろんチベット文字だったのですが、中国に占領されてからは当然、漢字になってしまっています
チベットの道祖神
モンゴルの道祖神
そして現在の両国に共通な意識は?それは「嫌いな人第1位が中国人だ」ということでしょう。占領下にあるチベットは、わずか半世紀前に大量に虐殺され、占領された歴史から考えて当然のことでしょうが、なぜモンゴルもそうなのでしょうか?
現在のモンゴルは、資本主義、民主主義ということもあり、多くの外国人が訪れています。私がウランバートルの近代的ホテル「チンギスハーン・ホテル」に滞在した時、フェでエスプレッソを入れてくれるお姉さんと、毎朝コーヒー飲みながらお話しました。最初はたわいのない会話です。
「やっぱり一番多い客は日本人?」
「いいえ、韓国人よ」
「なんで違いがわかるの?言葉わからないでしょ?」
「見ればわかりますよ。日本人は、こうするでしょ(と、お辞儀や頭を下げるポーズ)」
「じゃ、韓国人は?」
「韓国人はこうです。(と、胸を張って威張る雰囲気。そして大股で歩く」
「なるほどねー、良く見てるねー」と感心。「じゃあ、中国人は?」と聞くと、それまでのにこやかな雰囲気が一変し、「大っ嫌い!」の一言だけ。「あれ?特徴聞いたんだけどなあ」と思い再び聞いても、「嫌い!」だけ。試しにモンゴル人の友人にも聞いたら、「中国人を好きな人いるんですか?」だって。
チンギスハーンに救われたモンゴル
さて、実はやっと本題です(前置き長くてすいません)。今、モンゴルは独立国で、チベットは占領された非独立国です。この違いはなんでしょうか。正しい学者の説を知りたい人は調べてください。私の話は、モンゴル人の認識です。
第二次世界大戦後の戦勝国側の大きな仕事は、国境の策定でした。ヨーロッパは入り乱れて複雑ですし、アフリカの植民地も広域に渡っていました。ソ連だけでも膨大な国境がありました。中国はもちろん「戦勝国」側でした。この時、中国はあることないこと、なんでも中国だと主張したようです。一説では沖縄も中国だという考えもあったようです。要は、琉球は明の属国だったから、あれも中国だということです。そして、それまで統治者が同じ時代があったとしても、中国とは別の民族の国と認識されていたチベットやモンゴルも、どさくさに紛れて「中国です」と主張したわけです。
欧米の人からすれば、欧州大陸、アフリカ大陸などで忙しいわけで、細かい歴史や経緯を吟味する時間も人もいませんでした。言ってみれば、中国の奥地のことなんかわかりません。「で、まあいいか、中国にするか」となりかけた時に、あるヨーロッパ人が「ちょっと待て!モンゴルってあのモンゴルか?チンギスハーンが作ったあのモンゴルか?あれはヨーロッパをも脅かせた強大な国で、中国の一部なんかじゃないじゃないか!」とバレてしまったんです。
残念ながら、ダライ・ラマの名前にはそこまでのパワーがなかったということです。今もモンゴル人は「チンギスハーンの名前があれほど有名でなければ、我々は中国の植民地になっていたであろう」と思っています。
チンギスハーンの偉大さと、今もモンゴル人に愛される理由の一つを垣間見た気がしました。
>>時勢インサイト特別編 その1 チベット徒然日記
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