中国餃子問題の余波で、犬用のささみジャーキーが店頭から消える?――。田崎正巳・グロービス経営大学院研究科長が、中国食品問題の意外な影響の広がりを示唆する。
中国産餃子問題が発生し、1カ月半ほど経ちました。私がこの問題について、日中両政府がとりうる3つのシナリオを提示(2月13日付け、「中国産餃子問題、その後」) してからも、早1カ月が経ちました。ですが、解決される兆しがありません。
3つのシナリオを振り返ってみます。(1)日中ともに「原因は相手側」と言い続け、膠着状態が続く。日本は「日本国内で混入された可能性はない。中国の問題だ」と言い、中国側も「中国国内で問題はなかった。後は日本の国内問題だ」と主張する。(2)原因がうやむやになる。中国側が「今回は原因を特定できなかったが、今後二度とこういう問題が起こらないように協議していきましょう」などと提案する。(3)中国側が“悪意のある不満分子”を逮捕する。中国首脳が政治的判断をし、「食品工場としての安全性は全く問題ない。ある種のテロであった」とインチキ臭い話で幕を引く−−ということでした。
今日現在は、私の描いたシナリオの(1)に近い状態と言えるでしょう。2月1日のコラムでは、10年前に中国の冷凍食品工場を回ったり、冷凍食品会社のクレーム原因を調査した経験から、「今回のことは人間の介在を感じる」と書きました。ですから、(3)もあるかなと思っていましたが、未だ先行き不透明な状態です。
この先行き不透明な状態が一番困る状態で、両国とも立ちすくんでいる感じです。政治的なことには関心ありませんが、問題はこの影響がジワジワ出てきているということです。
ことが、中国産の冷凍餃子の可否だけであれば、日本国内に与える影響は限定的でしょう。しかしどうも、「風が吹けば、桶(おけ)屋が・・・」式に色々なところに影響が出始めているようです。「中国産餃子問題は、具体的にどのような分野で影響が出そうか?」。なんていう新人コンサルタントの採用試験にもできそうなほど、間接的ながらも影響はじわじわ出ています。
先日、ペットフード用スナックの製造卸をやっている社長さんから電話がありました。「いやー、もう中国産餃子問題で、やってられまへんわー!」と言うので、「ああ、ペットフードの世界でも検疫が厳しくなったんですね」と答えました。
例えばわんちゃんが好きな「ささみジャーキー」というのがあります。これは鶏のささみを乾燥させたペット用スナックで、昔は国産の鶏肉を使っていたのですが、今では大半が中国産の鶏のささみを使います。中国で完成させる会社もあれば、最後の乾燥は国内でやるところもありますが、多くの原料は中国産です。
ですが、餃子問題により中国側の検疫がとても厳しくなり、先月からささみが事実上の輸入ストップとなっているのです。私が「なるほど、そうですか。じゃあ、昔のように国産のささみに戻るしかないですね」と言うと、社長さんは「それが今はとんでもない価格になっていて、ペット用原料としてはとても手が出ないのです」。
確かに、国産の方が中国産より高いのは知っていますが、私も多少は相場観を持っていたので、操業できないほどではないはずだと思いました。またペット用スナックの需要が増えたくらいで価格が急騰するとは思えません。それだけの供給量はあるはずだと思っていました。
ところが聞くと、まさに「風が・・・桶屋」の話みたいなのです。
まず、中国産の冷凍食品などの輸入が事実上ストップしています。それは確かにそうでしょう。輸出する側(中国)は、検疫強化を打ち出しながらも実際には検疫できる要員を増やしているわけではないので、実務上作業がストップしているのだそうです。また輸入する側(日本)は当然のことながら、原因未解決のままなので、消費者が餃子に限らず「中国産」に拒否反応を示しています。双方の事情で、ほとんど中国からの輸入は停止している状態です。
次に、中国からの輸入品にはいろいろありますが、例えばミートボールやハンバーグなども結構人気です。ところが、これらが輸入できないので当然国産原料に向かい、価格も高くなります。しかしながら消費者は中国産とは意識してなくても、価格についてはかなり頭に入っていますので、おいそれと値上げもできないそうです。
そこで、今鶏のささみが引っ張りだこなのだそうです。鶏のささみを豚肉に混ぜて使うというわけです。増量材として見ればコストが安くなりますし、カロリーも減るのでヘルシーにもなります。鶏のささみは、それだけでは淡泊過ぎて、食材としては、あまり人気はありませんでした。他の部位に比べてかなり安く流通していたのですが、ここ1カ月で倍以上に値上がりしたのだそうです。
人間様への鶏のささみが優先ということで、とてもペット用には回ってこないというのがその社長の悩みでした。高くてもいいから、仕入れて高価格で売るか?これには小売店側(大手チェーン店)がNOなのだそうです。
それはそうです。ちゃんと理屈を説明すれば分かってくれるかもしれませんが、消費者にとってみれば今回の事件で国産餃子が高いのは仕方ないにしても、ペット用のささみなんかが高くなる理由は理解できません。
いきなり店頭売価が倍になったら、その小売店への信用もなくなってしまうかもしれません。ですので、多くの小売りチェーンは当面販売そのものをしないことになりそうなのだそうです。私がそれを聞いて、「えー、じゃあ社長のとこの売上なくなっちゃうじゃないの!」と言うと、他の製品では反対に、「国産で安全なのがほしい」と注文が殺到しているのもあるのだそうです。一昨年に出した製品が、「いくら作っても足りない状態」なのだそうです。結局「プラスマイナスゼロですわ」ということで、私もホッとしました。
ペット用スナックの例ですら、こんなに「中国産餃子問題」の影響を受けているのです。ましてや、人間用食品はどれだけ影響を受けているのか、全くわかりません。我々が見えていない「風と桶屋の遠い関係」の影響が段々表面化してくるのでしょう。
中国産食品を大量に輸入してきた日本では、「嫌なものはイヤ!」といって避けていれば解決するというのは所詮無理なのですから、どこかにその弊害が表面化するのだろうと思います。
ある資料を見ますと、実はここ数年中国産の生鮮食料品の輸入量が大幅に減っているというデータがあります。残留農薬の問題、肉まん報道、うなぎの抗菌剤問題などにより、2005年から07年にかけて3割以上減っているのです。
なーんだ、減っても大丈夫と思ってはいけません。その分、国産農産物が増えたわけではないのです。その分は「冷凍食品」という形で増えているのだそうです。つまり形を変えただけで、中国依存構造には変わりはないのです。
中国産生鮮食料品が人気を得たけど、それはいろんな問題で減った。それを補う形で、冷凍食品が増えたというわけです。じゃあ、この冷凍食品が減ったら、何が増えるのか?短期的には国産でしょうが、農産物を原料にしている限り、増産はすぐには実現できないでしょう。
となると、価格高騰。するとそれを補うかのように、他の代替品への需要増になり、それまで関係ないと思われた食材が価格急騰する。なんだかいたちごっこみたいですが、問題が長期化するとこんなことが表面化してくるのだろうと思います。
「中国産餃子問題は、具体的にどのような分野で影響が出そうか?」という新人コンサルタントの採用試験は、相当頭を回さないと答えは出てきません。「犬用のささみジャーキーが店頭から消える」なんて関連付けられる人は果たして何人いるのでしょうか?
このままの状態が続けば、輸入冷凍食品の在庫が無くなっていく4月あたりから、段々話題になってくるかもしれません。この問題、決して餃子好きの人だけの問題ではないのです。米国産牛肉のBSE問題よりは、ずっと根が深い問題になりそうな気がします。
効率化第一で農業をないがしろにしてきたツケが、「安全はタダじゃないよ!」という形で日本人に問うているような気がしています。
▼時勢インサイトとは
経営のプロフェッショナル、田崎正巳が世の中の動きを鋭く切り取り、ニュースの本質を読み取る連載コラム。時勢に即応し、不定期に更新します(なお今回の内容は、「グロービス経営研究所コラム」に掲載された内容をGLOBIS.JPの読者向けに一部加筆のうえ、再掲載したものです)。