知の創造勉強会 Edu-Techの最新事例[1]
今野穣氏(以下、敬称略): 前回は我々グロービス・キャピタル・パートナーズ(以下、GCP)が新しい投資領域をどのように見ているかということで「6テック」の総論をお話ししたが、今回からはその各領域を深掘りしていく。第1回目となる今回は、教育分野における、「Education-Tech(以下、Edu-Tech)」の最新事例等をご紹介したい。また、今年2月には私の担当先でプログラミング教育の事業をしているキラメックスという会社が、ユナイテッドという上場企業に買収されたというトピックもある。良い機会なので、後半は同社代表取締役の村田さんにもご登壇いただいて、キラメックスの教育事業に関するお話も共有したいと思う。
では早速、6テックの1つとなるEdu-Techについて、同分野で特色ある会社を紹介しながらご説明したい。まず、これは我々のメンバーである湯浅(エムレ秀和氏:同社シニア・アソシエイト)君が調べたことだけれど、日本でもアメリカでも中国でもブラジルでも、Edu-Techはほぼ同じポイントに従って変遷を遂げている。そのお話に尽きると思うので、今日持ち帰っていただきたいメッセージということで、まずはそれらのポイントをお話ししたい。
まず、「リアルからネットへ」という、いわば「Edu-Tech1.0」のような、電話帳をネット化するような世界では既存プレイヤーが比較的強い。信用性やお客さんの数といったパラメータが、ネットに置き換える展開力よりも大きな要素になっているためだ。また、いわゆるEラーニングの領域では、怠けたり飽きたりするという人間の性質に遠隔でチャレンジしなければいけない。従って、どこの国でも継続性が課題になる。
となると、各プレイヤーの切り口は5つぐらいに整理される。1つ目は公教育。最初からそこに商流がある公教育、あるいは学校の宿題管理や先生同士のコミュニケーションといった、なくてはならない既存オペレーションにインサイダーとして入り込むという切り口だ。で、2つ目は、教育事業や教育コンテンツを提供しているんだけれども、ユーザーの感じている価値は良い意味で軸が少しズレているという点だ。どういうことかというと、コミュニティやインセンティブが軸になっている。たとえば海外では教育コンテンツを無料で提供しつつ、大学や企業とタイアップして単位互換にしたり就職支援をしたりするサービスが結構出てきてきた。別のインセンティブを付けたサービスがウケたりしているわけだ。
3つ目は新しいマーケットをネットで創出してしまうという点。日本だと英語教育がそれにあたるし、プログラミング教育はグローバルでいろいろ出てきた。中国でも、アメリカにいるスピーカーが中国人に英語を教えるようなサービスが伸びている。日本だけでなく、特に非英語圏ではそうした言語教育のサービスが相当伸びてきた。で、4つ目はしっかりとお金を取って成果にコミットする点だ。無料コンテンツを流通させるアプローチの逆張りとして1つの考え方になると思う。キラメックスもそれで伸びた面がある。そして最後はリアルとネットを組み合わせて体験価値を高める点。この5つぐらいに集約されると考えている。
そのうえで最近の動向を見てみると、人工知能(以下、AI)を活用した「Edu-Tech2.0」のようなものが始まろうとしているように思う。教育業界ではそれを正面からやっているところがまだ少ないけれども、これから始まるかな、と。あと、今は世界的にM&Aが大変盛んだ。規模の経済化が進んでいて、大きいところがさらに大きくなっていく傾向もあると見ている。とにかく、Edu-Techについて考えとき、「具体的にどこを強みにするか」「将来はどこが脅威になるか」といったことが、このサマリーだけを見ていても結構出てくるように思う。たとえばリクルートの「スタディサプリ」がMBAを提供する日だって、もしかしたら来るかもしれない。買収をしているので、そういうことはあり得る。
Edu-Techにおける社会人教育事情
私からは深掘りのポイントを3点に絞ってお話ししたうえで村田さんにご登壇いただこう。まずは社会人教育の海外事情について、いくつか事例を紹介したい。1つ目はGeneral Assemblyという会社。2011年に創業したのち1.2億ドルほど調達して、テクノロジーとビジネス、そしてデザインに特化した教育サービスを提供している。リアルの教室にも力を入れていて、1学期あたりフルタイムで120万円、パートタイムで40万円と、結構なお金を取っている。で、現在は受講生が4000人、卒業生が2万5000人にのぼっていて、世界に14のキャンパスがあるという状態だ。
プロダクトの特徴は、キャリアチェンジやキャリアアップにフォーカスしている点。また、社会人向けということで短期間の超集中セッションという特徴もある。この辺はキラメックスとも近いように思う。さらに、先ほど申しあげたインセンティブ関係では就職サポートにも相当力を入れているようだ。こちらでつくった成果物を就職先に提出できたりインターンにつなげることができたりするほか、GAが信用補完したネットワークも構築したりしている。また、GoogleとともにAndroidのエンジニアやデベロッパーを育成するプログラムや、500 StartupsというVCとともに起業促進のプログラムも進めたりしている。
もう1つ、Pluralsightの事例もご紹介したい。2004年に創業して1.6億ドルを調達した会社で、こちらもプログラミングとデザイン、そしてクリエイティビティのオンライン講義を行っている。こちらの特徴はロールアップ戦略。買収を通じて会社を成長させ、規模の経済化を進めている。この3年ぐらいで8社ほど買収した。現在は月額25ドルのサービスを提供していて、2015年の売上はおよそ100億円。顧客企業数は6500社以上にのぼるようだ。企業向けの売上は全体の65%を占めていて、これはLinkedInに買収されたlynda.comという会社の同45%と比較してもかなり高い。
プロダクトのほうはというと、買収を重ねた結果、短期間で大変幅広いカリキュラムを提供できるようになった。600人の教師がいて、コースは4000以上ある。また、教師に対するインセンティブ設計もしっかりしていて、クラウドで仕事をしているにも関わらず平均年収は4万3000ドル。なかには1億円プレイヤーもいる。一方、生徒へのインセンティブはというと、ある会社を買収して独自スキルの評価システムを設けた。それで、たとえば大学の卒業証書に代わる認定書を提供したりしている。また、リアルタイムでメンタリングを行うような機能も買収によって手に入れている。
Edu-TechにおけるAIのベストプラクティス
他方、AIに関する動きを見てみると、先日のG1サミットで松尾(豊氏:東京大学准教授)先生が面白い話をしていらした。今、AIで旬の領域は画像認識だという。「画像認識が進むと汎用性が相当高まるのではないか」と。たとえば掃除や片付け。AIが「きれいな空間」を認識すれば、汚い空間をきれいな空間になるまですべて掃除してくれる。そうした世界が今後3年ぐらいで来そうだというお話だった。
教育業界にどこまで入り込んでくるかは分からないけれども、いずれにせよAIは技術的にそういうレベルまで来ていて、昨日も洋服を自動で折りたたんでくれるという機器に関してリリースがあった。恐らく、これもベストプラクティスをマシンに覚えさせ、それを模倣させるシステムだと思う。そうしたものがすでに出はじめている。ただ、教育で活用されている技術はまだそこまでは来ていない。
ただ一つ言えることは、教育業界にAI的なものが導入されてくると、基本的なカリキュラムがインターネットによって提供され、先生の役割が変わってくる可能性があることだ。先生自身が必ずしも教える当事者ではなく、伴走者や相談相手という立場になるかもしれない。
さて、続いてはグローバルなAIの事例ということで、特徴的な会社を2つほど挙げたい。まずはNewsalaという会社。こちらはメディアが書いた記事の表現を、ユーザーのリテラシーに応じて単語や表現を変えていくというエンジンをつくった会社だ。それで、たとえばリテラシーが低いユーザーに対してはやさしい言葉に自動で変えたりする。そういうところからスタートして、さらには理解度を測るようなクイズを出してみたりもするという。
もう1つはTurnItIn。テキストデータのコピペ判定アルゴリズムを提供している会社だ。ネット上の文字情報をクローリングして、出典元にどれだけ近いかを自動判定するという。で、その結果がゼロに近ければ近いほどオリジナルな文章というか、何かを真似ているわけではないことが分かる。ゼロだと逆に言語的な問題があるように思うけれども(笑)。一方、スコアが100ならどこかのコピペだろうということを自動判定する。これ、売上はどのように立てるのかなと思うけれども、あるプライベート・エクイティ(以下、PE)がこちらを750Mドルで買収した。従ってエンジニアリング以上の価値が付いているのかなと思う。
Edu-Techに旧来の教育大手企業はどう立ち向かう?
一方、旧来の教育大手企業はこうした流れどう対応しているのか。グローバルでは教育業界に3大プレイヤーがいるとされている。Pearson、Houghton Mifflin Harcourt、そしてMcGraw-Hill Educationの3社が、旧来の3大教育事業者または出版社と言われていた。ただ、3社のシェア合計は、2008年以降のわずか4年ほどで60%から40%ぐらいに縮小している。また、教材に関してもベーシックなテキストブックが減っている代わりにサプリメンタルな教材がシェアを伸ばしている。アメリカではカリキュラムをすべて統一化しようという動きがあるけれど、デジタル領域では多くのプレイヤーがそれぞれ違う攻め方をしているのではないかという仮説も成り立つと思う。
で、こちらの3社をそれぞれ見てみると、Pearsonは本業で苦戦しているようだ。1884年に創業した会社で今は1兆円ほどの企業価値があるし、およそ8000億円の売上がある。しかし、今はノンコア事業を次々売却している。半年ほど前は『Financial Times』を日経に売却した。それで教育に特化すると言っているものの、外から見ている限り、あまりうまくいっていないように思う。たとえばLAやニューヨークやロンドンといった州の共通テストで失注が続いたり、インキュベーターをはじめたものの中止したり、レイオフをしていたり。それでCEOがデジタル化を成長戦略に挙げて、外側では結構いろいろ出資をしているようだ。アフリカやインドの学校、あるいはデジタル教材の領域に出資したりしていて、コア領域で苦しんでいるからこそ、新しい市場を見つけ出そうとしているのかなと思う。
一方、Houghton Mifflin Harcourtは割と積極的にデジタルシフトを進めている。ここも1880年創業の古い会社で、時価総額はおよそ3000億。売上も結構大きい。月間利用者数はおよそ1700万人におよんでいて、そのなかでデジタル化を進めている状態だ。彼らは自分たちでプラットフォームを持っていて、「Assignment」「Document」「Learning Content」といったオンライン教育コンテンツを先生向けに提供している。また、Teacher to Teacherのコミュニケーションプラットフォームというか、恐らく宿題を売ったりすることができるマーケットプレイスを、2016年春にスタートするといった動きもある。
あと、McGraw-Hill Educationはというと、我々よりもさらに大きいPEファンドに一旦買収をされた。「された」というか、売却したうえで、水面下に潜ってデジタル化を進めている。だから三者三様だ。苦労しているところもあれば、上場を維持したままデジタル化を推進しているところもあるし、ファンド傘下に入ってじっくり地固めを進めているところもある。ただ、全体的には大手が結構弱くなっていると思う。
ということで、ご紹介したような流れが今は世界共通で起きている。あと、今日はコアではないから紹介しなかったけれども、中国でもEdu-Tech周辺では結構な売上をあげている会社がある。Alibaba、Baidu、Tencentの3社も教育事業をやっていて、すでにかなり大きくなっている状況だ。そうした状況も踏まえ、既存プレイヤーやスタートアップがどのように動いているかを考えてみると、今後3年ぐらいで「Edu-Tech2.0」のような領域に、AIのテクノロジーも踏まえて進むのかな、と。その辺がEdu-Techの大きな趨勢だと考えている。
あと、ぶっちゃけたお話をすると、今お話ししたような領域でうまくいっている会社は皆、100億単位の資金調達を行っている。教育には時間とお金がかかるわけだ。だから、会場の皆さんとしては、「当事者としてどこまでドメインを広げるか」という論点もあるかもしれない。ざっくり言うと、日本だけで進めるなら調達額も市場規模もアメリカの1/10になると思う。従って、10~20億前後でEラーニングを立ちあげるといった予算感が、1回で使うかどうかは別として、適切なのかなと思う。ちょうど時間になったので、ここからは会場からご質問を受けたい。
Edu-TechではAIも大切だが…
会場: 「Edu-Tech2.0」へ向かう流れのなかでは、自社で独自にAIを開発しないと競争優位にならないのだろうか。あるいは、どこかと提携たり外部資本を活用したりする形でも、今後の流れについていけるものなのかどうかを伺いたい。
今野: 実はGCPにもAIの技術的論考を行うチームがあって、そこでまさにご質問の内容について議論している。で、「もしかしたらグーグルがAI機能そのものをAPIで開放すれば終わっちゃうんじゃないか?」と。AI自体への投資を考えと、そこが岐路になると思う。幸か不幸か、ビッグプレイヤーがそうした機能を提供して、そのうえでアプリケーションやサービスにするところを各プレイヤーが担うというか、ローカライズまたは最適化するような流れになる可能性もある。僕も、どちらかと言えばそうなるかもしれないと考えていた。そのサービスでしか使えないようなAIなら話は別かもしれないけれど、一般的なものなら借りてくればいいのかなと思う。特に教育業だとAIがなければサービスが成立しないケースは、正直、あまり見当たらない。価値や利便性をより高めるためのツールにとどまる気がしているので、最初から自分で突っ込まなくてもいいと思う。半年後にはまた違うことを言うかもしれないけれど(笑)。
会場: GAの動きは我々グロービスに割と近いと感じた一方、こちらは公共価値というか、価値ベースでどのような点が受けていると認識していらっしゃるだろうか。それともう1つ。G1サミットではコロプラの馬場(功淳氏:株式会社コロプラ代表取締役GM)さんが「バーチャルリアル(以下、VR)の時代が来る」と盛んにおっしゃっていた。VRの技術的ブレークスルーが起きるタイミングについてはどう見ていらっしゃるだろう。
今野: 1点目に関して申しあげると、まずEラーニングの教育事業者は最初に必ず受験領域から入る。効果が主張しやすいので。逆説的に言うと、日常の勉強は効果を伝えにくいのだと思う。だから、たとえば我々の投資先でもある「すららネット」は、そこを証明するために彼らのツールを入れるクラスと入れないクラスに分けたうえで、3ヶ月間のカリキュラムで偏差値がどれほど上がったかを検証したりしている。ツールを入れなかったクラスの子が可哀想だけれども(笑)、とにかく、そんな風にして価値を示している。
ただ、今後はそういう部分でも、AIのテクノロジー等によって、より定量的な効果が出るようになるのではないかなと考えている。面白いなと思ったのは…、それをAIと呼ぶのかどうかは分からないけれども、Eラーニングにすることで今は新しい効果測定が行えるようになってきた点だ。今は、単に答えが正解か否かでなく、「どれほど考えたか」「回答までにどれほどの時間を要したか」といったプロセスまで測定できるようになった。その意味では一般の教育でも、さらに大きな効果を提供しやすくなるように思う。
ただし、それをもってユーザーの飽きや怠惰に勝てるかというと、ちょっと分からない。たとえば傍から見ていると、グロービスの本質的な価値の多くは、実はリアルなコミュニティにもあるんじゃないかと思っているので。この辺に関しては村田さんからもお話があると思うけれども、事業のなかで何回か訪れた大きな成長機会の1つとして、リアルの場に受講者を呼んだということあったと思う。リアルな場に呼ぶことで「最後までやろう」という生徒が増えた。答えが曖昧だけれども、とにかく効果測定は結構大変だ。ただ、全体としては右肩で測定のレベルも上がっていると思う。いずれにせよ、GAについては受験と同じで就職という出口を見せているという点があると考えている。
それとVRのほうはというと、こちらもGCPメンバーで議論はしている。ただ、馬場さんがやっているゲームやエンターテイメントの世界では流行ると思う一方、それ以外の領域はまだ分からない。かなり時間がかかるように思う。そもそもヘッドセットを付けて何かをするというユーザビリティが消費者にどれだけ受け入れられるかがまだ分からないので。
会場: たとえばインドの人々は英語も得意だし、シリコンバレーで働く人材も多い。だからインドではそろそろEdu-Techが大きくなっていくように感じるが、その辺についてはどうお考えだろうか。それともう1点。教師の役割変化に伴って、AIがメンターの役割を取って代わるような可能性はないだろうか。
今野: インドに関しては、ごめんなさい、調べていないので分からないです。ただ、1つ言えるのは投資マネーが今一番熱いのはインドだ。東南アジアからインドに移っていて、インドで最もお金が流れている。ハーバード・ビジネス・スクールでもインド人の先生や生徒がすごく増えていると伺っているし、流れは来ていると思う。あと、メンターに関しては、それこそ表現や感情、あるいは環境を認識することができるようになれば、AIがメンターの役割を取って代わる時代も来ると思っている。では、時間になったので私のセッションはこれで終わりたい。ありがとうございました(会場拍手)。
※本記事は、グロービス社内で行われた勉強会の内容を書き起こしたものです(全3回)
第2回はこちら
https://globis.jp/article/4291