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第8回 カルティベーションのポイント

投稿日:2008/03/19更新日:2019/10/12

前回は、「知識の幅を広げ、深く耕しておく」という話をし、そのためのヒントとして、「『なぜそんなことが起こったんだろう』と考えたり調べたりしてみる」「別の観点から見たときにどのように見えるか考えてみる」など、5つのポイントを提示しました。今回はこれについて事例に基づきながら解説してみます。なお、知識や情報を耕すことを、以後、「カルティベーション」と呼びます。

「知識の幅を広げ、深く耕す」ヒントとして前回提示したのは、以下の5つのポイントです。
・「なぜそんなことが起こったんだろう」と考えたり調べたりしてみる
・別の観点から見たときにどのように見えるか考えてみる
・時系列で展開を追うことで、動的な把握をしてみる
・「ということは、今後こんなふうになるのかな」など、思考実験的に将来予測をしてみる
・類似の事象や、反対の事象とセットで考えてみる
一つひとつ事例を交えながら、検討していきましょう。

「なぜそんなことが起こったんだろう」と考えたり調べたりする

これが、最も基本的なカルティベーションの方法論と言えるでしょう。

たとえば、2008年2月に、自動運転で航行中のイージス艦が漁船と衝突し、漁船の乗組員が行方不明になる事故が起こりました。なぜこうしたことが起こってしまったのでしょう? もともと小型船はレーダーや目視で確認しにくいという事情はありますが、現場はそうした船の多い海域であることはあらかじめ分かっているわけで、本来であれば慎重な監視体制が求められるところです。関係者に緊張感が欠けていたゆえのボーンヘッド、ということで済ませてしまっては、カルティベーションにはなりません。かつてあった「なだしお事件」と同様の事故がまた1件発生しただけ、ということになってしまいます。

ここでは、一歩踏み込んで、「ではなぜ関係者の緊張感が欠けていたのか」「そもそも、緊張感が欠けていたというのは本当なのか、なぜか別の理由があるのではないか」などと考えてみると新たな発見があるかもしれません。

イージス艦というのは、先端防衛技術(つまり、国家的秘密)の固まりであり、何かトラブルがあると大きな注目を浴びてしまう存在です。そうした存在であるにもかかわらず、関係者の意識が充分に及ばず払われるべき注意が払われなかったのはなぜか、と考えてみることに価値があります(まさに、一歩踏み込むという感覚です)。本当に緊張感が緩んでいたのだとしたら、国防上、極めて大きな問題ですし、防衛省の組織のあり方が問われます。他方、別な原因があるのだとしたら、それはそれで興味深いテーマといえるでしょう。

むやみに憶測する必要はありませんが、まさに「耕す」という感じで、あれこれ考えてみておくと、次に関連情報が出たときに、組み合わせて新たな意味合いを引き出しやすくなります。

なお、この事例などは典型的なのですが、中には、俗耳に心地よい陰謀論に安易に飛びついてしまい、そこで思考を停止してしまう人がいます。「ロッキード事件は、田中角栄の資源外交を嫌った米国の陰謀により、彼を失脚させるため・・・」といった類の理由付けです。こうした陰謀論は、一面の真実があるがゆえに根強く広まるのでしょうが、そこで思考を停止せず、「なぜ?」「本当?」「他に理由は?」などを問う姿勢が大事です。

別の観点から見たときにどのように見えるか考える

これはジャーナリストなどが意識的・無意識的に行なうやり方です(独自の視点から切り込むこと自体が彼らの存在意義でもあるため)。

たとえば、2008年初頭、東芝がHD-DVDから撤退し、ソニーなどが主導するブルーディスク(BD)が当面は標準的な規格となることがほぼ確定しました。直接的なきっかけは、東芝陣営の重要なソフト供給者であったワーナー・ブラザーズの撤退と、ウォルマートによるHDの販売停止の宣言です。しかしこれを、東芝が痛手、BD陣営が一安心、と捉えるだけでは、それ以上の示唆は手にできません。今回のこの意思決定が、別の観点から見るとどのように見えるかを考えてみると、物事をより立体的に理解できるようになります。

たとえば、動画ファイルのダウンロード、再生にフォーカスしてきたアップルの立場から見れば、消耗戦の規格競争が終わり、いよいよBD陣営との本格的な競争が始まる予兆と感じるかもしれません。BD陣営が、アップルにフォーカスを絞って使い勝手の向上や、ソフト、顧客の囲い込みに注力してくるかもしれないからです。

あるいは、東芝のHD-DVDの開発にこれまで携わっていた人々の今後にも注目されます。東芝にとどまって新しい技術開発に携わるのか、それとも転職などによって技術の伝播が起こるのか。かつて、IBM変革の中でIBMを辞めた中で決して少なからぬ人々がシリコンバレーへと流れ、後のITベンチャーを支えました。

頭の中に「画」を(できれば静止画ではなく動画で)描き、それに関連する人々や物事を意識することが、物事を多面的に見るコツです。企業の事例であれば、他のステークホルダー(従業員、顧客、株主、協力者、競合、地域、行政、社会など)の視点からものごとを眺めてみるのがいいでしょう。その際、たとえば顧客であれば「平均的な顧客」などは存在しません。「満足している顧客」と「満足していない顧客」、「既存顧客」と「新規顧客」など、いくつかにブレークダウンして考えてみることも有効です。

時系列で展開を追うことで、動的な把握をする

ある時点でのワンショットの情報は、それはそれで重要ですが、その「ある時点」が必ずしも大きな潮流を代表しないことがあります。

たとえば、日本の国政選挙を考えてみましょう。1989年4月の参議院選挙では、いわゆる3点セット(消費税、リクルート問題、農産物自由化問題)の影響もあって、自由民主党は歴史的な敗北を喫しました。かたや当時の社会党が大きく議席を伸ばし、「山が動いた」とも言われたことが思い起こされます。

このワンショットだけを見ると、保守政党が凋落し、革新政党(あるいは社会民主政党)が支持を得たように見えますが、みなさんもご存じの通り、これは長期トレンドの中ではむしろ例外的な選挙です。実は戦後の日本では、多少の紆余曲折はあるものの、ある時期を除くと、ほぼ一貫して保守政党の得票率は上がっていたのです。その傾向は1990年台以降も続き、特に社会党は短期間でその地位を失ってしまいました。

ちなみに、1993年の総選挙は、自民党が過半数割れし、下野したことで錯覚してしまいがちですが、実は自民党の流れを汲む保守政党(新生党、日本新党、新党さきがけなど)が大きく議席を伸ばした選挙でした。このように、ワンショットではなく、大きなトレンドをみておくことは非常に重要です。特に、選挙などとは異なり、日ごろのニュースなどで肌感覚として理解することが難しいテーマについては、可能であれば過去のトレンドを入手し、対比させて情報を立体化しておくことが有効です。

なお、余談ではありますが、国政選挙について言えば、政党間の得票率の推移もさることながら、より重要なのは、得票率の低下と、社会調査などにおける「支持政党なし」の増加であることは言うまでもありません。

思考実験的に将来予測をする

これは前段の「別の観点から見たときにどのように見えるか考える」「時系列で展開を追うことで、動的な把握をする」を発展させ、「結局それがどのような影響をもたらすのか」を予測してみるということです。たとえば、近年話題となることが多い少子化は、結局どこまで進み、どのような効果をもたらすのでしょうか。

こうした思考実験は、しょせん未来のことですから、正確な答えは出せません。しかし、それを考える過程でさまざまな原因や要素(少子化の例であれば、経済、社会制度、医療・保育体制、個人の意識など)について思考することになるでしょう。また、さまざまな事象はリニアではなく循環的に影響を及ぼしますから(たとえば、業績が悪い→投資余力がない→ますます業績が悪くなる、など)、大局的に物事を捉え、因果関係を考えようとする姿勢にもつながります。

企業のワークショップなどでこれを行なうと、いざそうした予想が実現しそうになったとき、「あっ、これは以前に議論したとおりになっている」と考えることができますから、組織全体の状況理解と行動が早くなるなどの効果もあります。その一つが「シナリオ・プランニング」と呼ばれる手法です。シナリオ・プランニングでは、複数の、起こりうる未来の可能性についてグループで議論することで、物事を大局的・構造的に捉え、組織として「未来の記憶」を持つことを狙っています。

シナリオ・プランニングに限らず、未来を考える思考実験のテクニックにはさまざまなものがありますが、ここではもう一つ、よく使われる方法として、「ベストケース、ワーストケースを考える」というやり方をご紹介しましょう。これは、すべての条件が同時に良くなったときに(あるいは悪くなったときに)どこまでのことが起こりうるかを頭の中で考えてみることです。「未来の触れ幅」を意識できるとともに、それらの要素が同時に動き始めたときに、「これはまずい!」と先んじて行動をとることが出来るようになります。

類似の事象や、反対の事象とセットで考える

社会学の天才、マックス・ヴェーバーは、「学者の重要な才能は、物事に驚くことだ」と喝破しました。これはビジネスパーソンにも当てはまりまるところ大です。最も端的にその差が出るのが、物事をある相似(あるいは反対)のものと対比・比較しその差(あるいは類似)に意味を見出せるのかどうかということです。

たとえば、地理的に近接しているにもかかわらず、ある商品の普及率に大きな差があるとしたら、何かしらの理由があるはずです。ビジネスであれば、なぜ同質化や裁定(アービトラージ)のメカニズムが働かないのか、働くためにはどのような条件が必要かなど、いくらでも発想のヒントは出てくることでしょう。

一つ具体的な例で考えてみましょう。現在、海水を濾過して真水にするコストは、東レなどの浸透膜法ではトン当たり50〜60円です。この方法は、かつて主流であった蒸発法よりもコストが安く、また環境への負荷も小さい優れた方法です。そして実際、水資源に恵まれない中東などの国々では、この濾過技術が大活躍しています。一方で、日本ではダムからの取水コストは東京都で百数十円、地域によっては数百円ものコストとなります。これを、もっと簡単に言えば、水資源に恵まれているはずの日本の消費者は、一部の砂漠の国よりも高い水を飲んでいるのです。この数字を見て何も問題意識を持たないようであれば、どれだけ仕事で急に「So Whatをひねり出せ」「アイデアを出せ」といわれても出せるものではありません。まさに常日頃の情報のカルティベーションが必要なのです。

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