機会か、脅威か? ~人工知能が変える生活、ビジネス、社会~[3]
鈴木:ここで改めて会場の皆さんを巻き込んで議論を続けたい。何かご質問やご意見はあるだろうか。
会場(石黒不二代氏:ネットイヤーグループ株式会社代表取締役社長兼CEO):日本のAIが世界で勝つためにはどうしたらいいとお考えだろう。日本のITはここ何十年か負け続けている。他方、グーグルがなぜ勝っているかといえば、勝てるだけのデータベースエンジニアを雇ってインフラを構築するため、IPO前に1000億の資金調達を行っているから。今は1兆かけている。1社にそれほどの資金が潤沢に流れる仕組みがあったからグーグルができた。日本では絶対できなかったと思う。だからIoTに関しても同様の結果にならないかと懸念している。冷蔵庫が喋るという程度の話でなく、データがどんどん蓄積されて機械が賢くなっていくなか、実は日本の基幹産業である電機や自動車が今後負けていくのではないかとの危機意識がある。エンジニアの方に聞くのはおかしいかもしれないが、そこで技術以外にどういったお金があれば、あるいは誰と組めば勝てるとお考えだろうか。
会場(川邊健太郎氏:ヤフー株式会社副社長執行役員 最高執行責任者):データの内容や質について伺いたい。良いアルゴリズムをつくるためには恐らく豊富なデータが必要になる。そこで地域性のあるデータというか、日本人に偏ったようなデータは競争優位性になるとお考えだろうか。たとえばグーグルと戦うにしても、コンピューティングパワーやデータサイエンティストの数では絶対に敵わない。そこで、せめて日本の情報だけはたくさん持っていることを強みにしてAI化させようという意識がある。日本に偏ったデータはメタ推論等に対してどれほど効くものだろうか。やはりコンピューティングパワーやより大きなデータを持っているほうが勝つのだろうか。
会場(竹中治堅氏:政策研究大学院大学教授):政治学の世界でも重回帰分析がよく行われていて、「たとえば民主主義はどんなときに成立するか」ということで経済発展の指数などが説明変数になる。今日はそうした変数を人工知能ができるようになるとのお話だった。その場合、候補となるような、潜在的に関係がありそうなデータの選択は今後も人間が行うのだろうか。無数のデータを入れるにしても、政治に関連するデータをめちゃくちゃにぶち込むというその最終的判断は、少しは我々人間が行うということであれば研究者の仕事も残ると感じるが、その辺はどうだろうか。
会場(内山幸樹氏:株式会社ホットリンク代表取締役社長CEO):人工知能の技術はサービスや事業の差別化にどれほどつながるとお考えだろう。たとえばレコメンドエンジンのアルゴリズムはいろいろあれども、精度はどれもさほど変わらない。むしろ、より多くのデータを入れたほうが賢くなる。同様に、どこかがすごい技術で人工知能やディープラーニングでつくったとしても、1~2年後にはその論文を読めば同じようなことが、たくさんのデータを打ち込めばできてしまう。だとすると大事なのはアルゴリズムではなくて、「いかにたくさんのデータを入れるか」とか、「それをいかに早く行うか」といったことになる。良いアルゴリズムなら速くできるかもしれないが、そのぶんサーバを増強すれば速くできてしまう。そういったことまで考えると、人工知能の開発をどれほど頑張らなければいけないとお考えだろうか。
会場(小林りん氏:学校法人インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢代表理事):教育分野におけるAIのアプリケーションについて伺いたい。今は問題に対する答えによって次の問題が変わるというような、一人ひとりにパーソナライズされたラーニングが注目されている。ただ、これは現時点では認知能力というか、左脳的なところに限られた動きだと思う。ただ、それがいずれ右脳的な領域というか、非認知能力にまで及んだアセスメントもできるようなものになるとお考えだろうか。なるとすると、それはどれほどのタイムスパンで現実的になっていくとお考えだろう。
会場(木村尚敬氏:株式会社経営共創基盤パートナー取締役マネージングディレクター):人工知能が日本の産業に与えるインパクトと、そこに向けて経営者が準備しておくべきことをお聞きしたい。IoTが進化していった場合、ものづくりのあり方も大きく変わると思う。そこで、たとえばドイツには「インダストリ4.0」の動きもあって、結局はまたドイツ勢に覇権を取られてしまうのかという危機意識もある。日本企業が将来人工知能に関して覇権を取るため、今のうちに何をしておくべきとお考えだろう。
会場(土井香苗氏:弁護士/ヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表):たとえば20年後は、人をまったく介さず自動的に人を殺すようなプログラミングがなされた武器も登場し得ると言われている。そうした完全自律型の「キラーロボット」…、と我々は呼んでいるが、キラーロボットは核兵器に次ぐ兵器の革命だと言われている。それで軍拡競争のようになっていったら大変なことになる。人権または法律の面から言うと、人類はこれまで100年以上かけて無差別殺戮のようなことが起きないような、そしてそれを守らなかった人間を処罰するような国際法体系を整えてきた。一部でそれを破る人々はいるが、とにかくそういう法律体系をつくってきた。しかし、キラーロボットのようなものが生まれるとしたら、仮にプログラミングをきちんとしていたとしても、間違って無差別殺戮をしたときに裁くことさえできなくなる。戦争のあり方が変わってしまうと思う。だから、そうした技術ができあがる前に禁止すべきだという意見もある。そうした究極の倫理問題に関して、日本のAI関連学会ではどんな議論がなされているのだろうか。私としては、そこでぜひ日本にリーダーシップを発揮して欲しいと思っている。
中島:日本の出番をどうやってつくるかという話をしたい。日本人の倫理と西洋の人々の倫理観が異なるというお話があった。実は研究分野でも最近はそのような議論をかなりしている。そこで、誤解を恐れず極端なお話をすると、西洋は一神教の世界。「正しいことは一つ。それ以外はすべて間違っている」と。実は、自然科学はこれだ。世界を上から見て一つの法則を当てはめていく。物理学もそうだけれど、すべて統一的に説明できると考える。一方で日本はというと、こちらも極端に言うと八百万の神。それぞれに別の神が宿っていて別の法則があるという倫理観になる。社会学は後者になる。一つの法則で世の中をキレイに説明できるわけじゃない、と。実際のところ、それぞれの社会にそれぞれのルールがあるわけだ。だから、日本のやり方で徹底的にやっていくことが強みにつながると思う。ただ、八百万の悪いところは隣の神をあまり盛り立てないところ。西洋は、たとえばグーグルが一つ出てくると皆で投資をして一気に押し上げる。その点、日本は何か出てきても盛り立てない面があるから、そこで「仲間を立てるような日本」になると、もう少し戦えるかなと思う。
中林:産業やビジネスに関する質問に回答したい。今、ビジネスの現場で何に困っているかというと、データに関する知識や知見を持った人、もしくは分析できる人が圧倒的に少ない点だ。「うちが持っているこのデータを使ったらこんなことできるのに」というアイディアを持っていらっしゃる方はいる。でも、「じゃあ、誰がやるの?」と。そこで一つ答えを出すとすると、まずは産学連携。優秀な学生はたくさんいるから、彼らをもっともっと産業の場に引っ張り出して産学連携プロジェクトをつくり、どんどん人工知能を賢くしていくというのが近道なのかなと思う。
あと、人間がどこまでやればいいかというご質問があった。この点については、特にインターネット系の方々はかなりトップのレベルで考えていらっしゃることが多い。けれども、日本全体を底上げするためにはサービス業や製造業も大切だ。僕はいつも「上り」「下り」という表現をするけれども、IoTでセンサーや家電からデータが上ってきてそれが溜まっていったとしても、今はそのデータに何か付加価値を乗せる「下り」がまったくできていない。だから、インターネット業界だけじゃなく日本の産業界全体で「下り」について考えていくことが今は求められているのだと日々感じている。
松尾:日本がAIで勝つためにどうすればいいか。150億円あればできる。僕はここ半年ほど、このことばかり考えている(会場笑)。まず、AIに関して日本の人材はかなり豊富だ。ただ、あちこちに散らばっているから、まずはトップの50人を集めて六本木ヒルズに東大のAI研究所をつくる。なぜ六本木ヒルズかというと、まあ…。
鈴木:集まってくるからね、そこにいろいろな人たちが。
松尾:そう。とにかく人材獲得競争に勝たないといけない。もう人材しか勝てるところがない。グーグルのような企業がなぜ六本木ヒルズにいるかというと、そのほうが魅力的だからだ。だから同じ土俵に乗らないといけない。そういうことを大学は今までやってこなかったから、場所も給料も良くてやりがいのある仕事をきちんと提供して、日本のトップ研究者50人を集める。そうすれば、勝てるかどうかは分からないが、勝つかもしれないというベストな布陣にはなると思う。
あと、日本ならではというのはなかなか難しいけれども、一般画像認識というものがある。何が映っているかを当てる技術だ。そこで、食べ物や建物のような日本独特の画像がたくさんある。だから、それで競合優位性は出せないけれども、日本でやる価値はあるし、国内ではマネタイズできる技術だと思う。あと、異常検知というのもある。これは何かおかしいことが起きていないかを検知する技術。製造業全般に関わるのだから、これはもしかしたら日本が強いかもしれない。
あと、重回帰で変数を入れなければいけないというのはその通りだけれども、たとえば誕生日という変数があったとき、誕生日を年齢にするには処理が一つ必要だ。今の日付から引かなければいけない。今はこれもできないけれど、それができるようになると相当精度があがる。つまり生データを当てることができるわけだけれども、その組み合わせが自動でできるようになりさえすれば幅は相当あがる。それで、環境中からアクティブにデータを取ってくるということも併せて可能になると、取ることのできる変数の量が一気に増えると思う。
で、AI技術の差別化に関するご指摘はまさにその通りだ。そこで精度が効いてくるのは、基本的には精度が儲けにつながるところしかない。グーグルやフェイスブックのように広告で大きな売上をあげているところは精度が0.1%でも向上すれば嬉しい。でも、それ以外の業界なら精度自体はたいして重要でなく、むしろオペレーションやビジネスモデルのほうがよほど大事だ。なので、まずは各産業分野でビッグデータ化が進み、そのあと緩やかに人工知能化が進んでいくのだと思う。それで、元々コストのかかる弁護士さんやお医者さんの領域は大きく変わるかもしれない。あと、ディープラーニングが得意なのは異常検知という部分なので、何かおかしいことに気付かなければいけない監視業務等は一気に変わるかもしれない。そんな風にしてテクノロジーごと、コンピュータが苦手としていたところが急に変わるというケースは考えられる。そこがいろいろなビジネスモデルのなかで突発的に変化していくように思う。
それと教育に関して。たしかにすごく大事だけれど、これは人工知能というよりビッグデータの効果になると思う。生徒のタイプや学び方について、たくさんのデータを取れるようになると相当に良い教育ができるようになる。これはいろいろな企業がやっているし、かなり近い将来、そういうことが起きると思う。
あと、軍事についてはまさにおっしゃる通りだ。応用分野のなかでも極めて大きいというか、一番大きいかもしれない。ただ、人工知能学会の倫理委員会はこの点に関して大変慎重な立場を取っている。この話題は良い面でも悪い面でも影響が非常に大きいので。たとえば人工知能技術が軍事技術だと認識されることで、いきなり「人工知能研究はするな」という風になるかもしれないし、とにかく、どういうインパクトがあるのか分からない。従って、議論を相当に進めたうえで情報発信をしなければいけないと思う。いずれにせよ、オバマ大統領も人工知能の軍事利用についてコメントしている通り、国際的には大変重要な議論だと思う。
鈴木:僕のほうからも少しお話ししたい。どうやって世界で戦っていくかということについては、まさに僕もプレイヤーとしてスマートニュースで日々考えている。で、調達に関して言うと、スマートニュースはロンドンのファンドを含め40億~50億を日本で調達した。ただ、日本でそれ以上調達するのは難しいというか、出してくれる人がいない。もうヤフーさんが投資してくれないと無理かな、と(会場笑)。そういうフェーズに入ってきた。それで、今年は100億単位の調達を海外で行おうと思っているところだ。投資を受けるのはもう海外。シリコンバレーでサンドヒルロードを歩いていくしかないのかなという感じだ。調達に関しては、日本は厳しいと言わざるを得ない。
さて、いずれにせよ、今日は人工知能とその未来についてかなり包括的に議論できたと思う。最後に御三方から何か具体的なアクションの表明であるとか、「こういうことを一緒にやりませんか?」というお話があれば一言ずついただきたい。
中島:一言だけ。さきほど軍事の話が出たけれども、日本の出番は恐らく災害救助や防災のほうにあるんじゃないかと思っている。
中林:IBMのアーキテクトと筑波大学の客員教員という両方の肩書きを持つ僕としては、もっと産学連携でいろいろなことができると思っている。賛同をいただける方はぜひ私と一緒にお仕事をさせてください。
松尾:150億の研究所というのは大変な話なので相当頑張らなければいけないと思う一方、少子高齢化が進む日本において、人工知能は本当のキーテクノロジーになると思っている。その成果次第でGDPが大きく成長するかもしれないし、このまま緩やかな衰退を迎えてしまうかもしれない。だから僕自身としてもできることがあればなんでもやっていきたいと思っている。
鈴木: 昨今大きな議論を巻き起こしている人工知能について、今日はその一端を御三方から聞くことができたと思う。ただ、この分野は元々、「人間とは何か」「生命とは何か」といった、人文的かつ科学的に本質を追求するという志向が、産業応用の志向と混然一体になって発展してきた分野だ。だから本セッションをきっかけにして、「どうすれば人工知能が社会的に適用できるか」ということに加え、「知能とは何か」「生命とは何か」といったことを皆さまにも考えていただきたいと思う。同分野では今後、非常に大きなムーブメントやアクションが世界的に起きると思う。ぜひ、会場の皆さんにもこの議論を続けていただきたいし、日本から発信できるような力強い体制をつくっていきたいと思う。今日はありがとうございました(会場拍手)。
※開催日:2015年3月20日~22日