世界が注目するシンガポールの特徴の1つは、政府、研究機関、企業、大学などが連携して新しい技術やビジネスを生み出していることであろう。今回は、シンガポールで新たな知恵の創出をリードする「シンガポール科学技術庁(A*Star=Agency for Science, Technology and Research)」で日系企業とのコラボレーションに長年携わってきたIndustry Development, International HeadのDr.Yeoに、同国が進めるオープンイノベーションの真髄、そして、日本企業との付き合いを通して見える世界を率直に語って頂いた。
日本企業のオープンイノベーションを見て、どんなことを感じているか?
日系企業の研究開発は小さく始めて長期的に徐々に大きく育てていくパターンが多い。欧米企業の中には、最初から一気に200名超の研究員を雇って研究開発を始める企業もあるが、日系企業にそういう例はない。
オープンイノベーションを促進する上で、A*Starの果たす最初の役割は、ポテンシャルパートナーを探し、時にはポテンシャルカスタマーを紹介することだ。パートナーを紹介する際に、まずは技術のシナジーをどう見極めるか、次にオープンなコラボレーションをどう推進するかが重要だ。この2つの課題のうち、後者のいかにオープンマインドな人材と出会えるか、が鍵である。A*Starでの過去の成功例はいずれもオープンマインドな人材が介在している。
ちなみに、日系企業にはオープンマインドな人材が多く、技術的なリーダーシップに加えて、マーケティング等にも積極的に関与できるCTOも少なくないが、オープンイノベーションはまだ日本国内に閉じられていることが多い。海外に研究拠点を作って、積極的にコラボする企業は少数派だ。イノベーションは日本で起こして海外に展開する、というやり方を続けてきたことが背景にあるのだろう。そのため、日本の外でイノベーションを起こして、それをグローバルに展開するやり方にはまだ慣れていない。
さらに、日系企業はもっと機会に貪欲になるべきだろう。まずは行動癖から変えるべきだ。日系企業の多くは、A*Starを訪問するのに、1か月前からアポを取って申し込んでくれるが、他の国のビジネスパーソンは、その日の朝電話をかけてきて、「今、シンガポールに来ているが、今日の昼会えるか?」といったように積極的にどんどんアプローチしてくる。こうした軽快さやフランクさは大事なマインドセットだ。
オープンイノベーションを推進する上で、大事な考え方は何か?
第一に、何のためにオープンイノベーションをやるのかだ。私は、オープンイノベーションの目的は、新しい知恵を生み出すことだと考えている。(どんな新しい知恵を生み出したいのか?という問いに対して)どんな知恵を生み出したいのかはわからない。わからない知恵を生み出すからイノベーションであって、わかっていたらイノベーションではない。イノベーションとは我々の知らない世界を創ることだ。例えば、かつてインターネットがもたらす技術は誰も知らず、想像することさえ出来なかったはずだ。しかし、インターネットが出現したことで、様々な知恵が生まれ新しい世界が創られた。つまり、何か分からないものが出てきたときに、古い仕組みを壊し、新しい世界を創るという世界観が求められるのだ。イノベーションを計画するという発想は捨てるべきである。
第二は、フレンドリーであることだ。私はミーティングを拒まない。eメールでのコミュニケーションで得られるものは限定的だが、直接人に会うことによって得られることは多い。今日だってあなたはR&Dとは関係のない人だ。しかし、このミーティングから得られるものは多く、しかも、あなたがA*Starのマーケティングエージェントになり、様々なところでA*Starのことを語ってくれることが大きな効果をもたらす。PhDを持っている研究者の多くはこうした活動には消極的だ。シンガポールでさえ、自分の専門領域の研究に没頭したい人の方が多数派だ。そのため、A*Starでは人材を採用する際に、確固たる専門性を有しているかどうかに加えて、どのようなソフトスキルを持っているかを大変重視している。人を魅了するコミュニケーションができ、歴史や音楽や美術など様々な分野に興味を持っている人材を採用している。グルメな人も貴重な人材だ。
A*Starが、研究機関のコラボレーションを促進できるのはなぜか?
人を巻き込むには、当たり前だがまず人がいなければならない。そして、コラボレーションが起きるために必要なクリティカルマスを作ることが大事だ。しかし、ただ人を集めるだけではダメだ。実際日本にもサイエンスパークなどがあるが、単に場所を作って研究機関を入居させているだけのように見える。それでは不動産屋と同じだ。我々は不動産屋ではなく、ファシリテーターにならねばならない。A*Starでは、各企業がなぜシンガポールに来たのか、どんなトピックスを持っているのかを把握した上で、他の企業を積極的に紹介する。
コラボレーションを促進する際に競合企業同士を結び付けることもあるが、そのコツは将来を見ることだ。競合企業同士というのは、あくまで今現在の商業化フェーズにおいて競合しているのであって、5年後10年後の技術においては、競合するとは限らない。商業化フェーズはまだまだ先であり、将来を見据えれば、今の競合関係は忘れて仕事ができるのだ。
日系企業がオープンイノベーションを促進する上でのアドバイスを
日本にはイノベーティブな発想のものが沢山ある。日本の研究者、技術者はそこからいくらでも学ぶことができるはずだ。卑近な例で言えば、世界中で楽しまれている日本のアニメの物語はイノベーションの宝庫だ。ガンダムもドラエモンもポケモンもイマジネーションに溢れている。日本のアニメに出てくるキャラクターのユニークさや、各アニメのストーリーの発想の豊かさはいったいどこから出てきて、どうやって作られるのかを知るだけでも非常に勉強になるはずだ。
私は、「宇宙戦艦ヤマト」を見た時に衝撃を受けた。IHIが建造し、第二次世界大戦時に海底に沈んで壊れた戦艦が、はるかイスカンダルまで宇宙を高速で旅する超最新の宇宙船に改造されて、しかも地球を救うことになるという発想(イマジネーション)は、どうしたら出てくるのだろうか?と。日本の研究者・技術者は、漫画家からこうしたイマジネーションの持ち方について学ぶべきである。彼らの中で漫画家と話をしたことがある者は何人いるだろうか? 私だったら日本で研究者と漫画家間のフォーラムを開催し、互いに学ぶ場を創るだろう。こうした行動が取れるかどうかが、オープンマインドかどうかということだ。
恐竜が蘇る「ジュラシックパーク」という小説・映画は、世界初のクローン羊「ドリー」のニュースを見て作られたというのは有名な話だ。違う世界の共通項(コモン・ポイント)を見出だすイマジネーションを持って欲しいと思う。
【ポイント】
・技術シナジーを見抜く以上に、オープンマインドで軽快に動けるフランクな人材を見抜くこと
・分からないものを生み出すことがイノベーション。わからない遠い将来に目を向ければ、競合同士でも一緒に仕事ができる
・イマジネーションを実現している人のだれからも学ぶ姿勢とオープンマインドを持つことが、オープンイノベーションでは欠かせない