プライマリーバランス 2020年度黒字化に向けたロードマップ[2]
竹中: さて、ピンポイントで一つ伺いたいことがある。意地悪な聞き方で申し訳ないが、御三方は2020年時点で日本の消費税率が何%になっているべきだとお考えだろう。歳出やマクロ環境等、前提はいろいろあるが、1つのイメージを会場の皆さんとも共有したい。
浅尾: 政治的には10%でしょうね。
小黒: 社会保障改革の切り込み度合いによるけれども、私の希望でなく現実の姿を見ると12~13%ぐらいだと思う。
尾崎: 2020年時点では政治的にもまだ10%ぐらいが限界かなと思う。
竹中: 10%というのは本来なら今年なっていた税率だ。一方で、内閣府の試算では「10%に上げても不足額がありますよ」ということで14%あたりが提示されている。小黒さんは恐らくその数字を言われたのだと思う。さて、今日はぜひG1らしく具体的な処方箋に議論を進めていこう。安倍総理は昨年12月に消費税率引き上げの延期を決めた際、「2020年に向けた財政健全化のロードマップを今年の夏までに示す」という約束をした。これはどんなロードマップになるだろう。もちろん日銀が現在の政策をいつまで続けるのか等々、いくつかの前提はあるけれども、そのロードマップ作成の責任者となったら御三方はどんな“姿”を描くかを伺ってみたい。
浅尾: PB黒字化と財政再建では意味が違うけれども、さしあたっては財政再建的な話を、政治的にやりやすい順番でお話ししたいと思う。まず、最も反対が少ないのは資産を売ることだと思う。日本が抱える借金の構造は、実は両建てだ。それで、借金も資産もある大きな特別会計が2つある。1つは外国為替資金特別会計(以下、外為特会)。借金も資産も100兆円だ。恐らく112円前後がブレークイーブンだけれども、今119円だから恐らくは8兆~9兆円、あるいはもう少し、含み益が出ているかもしれない。だから、両建てで崩すと1000兆円の借金が900兆円になって、なおかつ含み益が収入になるので多少は財政再建に寄与する。
それからもう1つの特別会計は…、尾崎知事の前で申し上げづらいのだけれども、国が地方公共団体に直接、国債の利子で貸し付けるという特別会計になる。これも100兆円ぐらいある。政府が国民から借りて地方公共団体に貸し付けている資産も持っているので、これも両建て。だから、「地方分権で権限と責任を委譲する」ということで崩していくと、1000兆円の借金を800兆円に減らせる。ともに多少の抵抗はあっても国民的な抵抗にはならないと思うので、まずこういうことをやるべきだと思う。
その次に抵抗が少ない政策というと、恐らく社会保険料徴収のおかしなところを正していくことだと思う。ここにいらしている経営者の皆様はそんなことないと思うけれども、かなり多くの会社が従業員を雇っているのに社会保険に入っていない。入らなければいけないのに、入っていないケースが結構ある。衆議院の調査室によると、これによって年間8兆円におよぶ保険料収入の徴収漏れがあるという。これをなくすのは簡単。税務署と社会保険庁の徴収機能をくっつけたら徴収漏れをなくせる。
それともう1つ。実は年金も健康保険も対象となる収入に上限がある。だから、保険料はまさに逆進的だ。仮に年収10億の方が日本に100%住んでいるとすると、収入のおよそ98%、10億のうち2000万にしか保険料がかからない。この上限を無くすと2兆円ほど収入が増える。この辺までは大きな抵抗なくできると思う。
ただ、それだけでは足りない。では、次に抵抗のあるところが何かというと、増税または歳出削減。後者に関しては、恐らく社会保障の部分を削減せざるを得ない。ただし、年金と医療費のどちらを削減するのがいいのか。年金は物価が上がれば実質的に減っていく。従って、医療費をどのように削減するか。これは社会的に大きな論議を呼ぶと思うけれども、2つのやり方があると思う。まず、薬局で売られている風邪薬のようなOTC医薬品に関しては保険適用の割合をできる限り減らしていく。例えば3割の自己負担割合をさらに高めるというやり方がある。あと、高度な医療については自費で行うというやり方もある。ただし、社会政策上は前者のほうがより公正な社会になるのではないかなと思う。
そして、最後はリフレ政策をどこまで続けるか。2%の物価上昇になっても日銀が止めなければ名目2%成長はずっと担保されて、そのうえに実質成長を乗せたものが成長率になる。従って、2%の物価上昇を達成したら止めるのか、それとも2%までは許容範囲なのかということが、財政再建というかPB黒字化にも影響を与えると思う。とにかく、この5つを組み合わせれば2020年までに再建できると思っている。
竹中: 私の意見も今のお話と非常に近い。ただ、それが、少なくとも今は経済財政諮問会議や財務省の財政制度等審議会(以下、財政審)で行われている議論とかなり違っている。そういう点も含めて小黒さんにコメントをいただきたい。
小黒: 私としては本丸に切り込むということをやるべきだと思っている。いきなり切り込むのはなかなか難しいけれども、社会保障給付費はすでに110兆円。一般会計の100兆より大きい。これを諮問会議できちんと議論すべきだ。で、その議論の前提としてまず考えるべきことがある。重要なのはその財源だ。こちらを見てみると、今は保険料が60兆円ほど、資産収入のようなものが10兆円ほど、そして残りは公費だ。年金の国庫負担に代表される通り、社会保障給付費が今後115兆、さらには120兆円と増えていけば、この公費負担増が財政圧迫の要因になる。
やはりそこに楔を打ち込むべきだ。従って社会保障の部分だけは完全に切り離し、ある種の「兵糧攻め」にするということを最初に行う。そうした議論をすべきだと思う。兵糧攻めにすれば必然的に…、消費税のことも当然念頭にはあっていいけれども、「じゃあ、他の財源はどうするか」「むしろ給付をどのように抑制していくべきか」といった議論がなされていく筈だし、当然、なされるべきだと思う。
50兆円ほどの年金をどうするかという議論もあるけれど、医療・介護費のほうは、今は併せて50兆円前後だけれども2025年には1.4倍の70兆円になる。ここに切り込む必要がある。そこで、浅尾さんが言われたように店頭販売の薬みたいなものは保険適用を縮小して、例えば、そこで生まれた財源をまた新しい投資に向けるという手立てもある。そんな風に、考えればアイデアはいろいろあるけれども、今はそうした議論がなされていない。それを徹底的に行うべきだと思う。
で、その果てに、最後は不足米(たらずまい)が出てくると思う。現実的に(PB赤字が)9.4兆円あるとして、社会保障では制度改革が必要になるから、議論が始まって法案が通り、その制度が動き始めるまでに時間的ロスがある。政治的にも劇場型になって(笑)、各種対立も出てくると考えると、例えば5兆円切り込んで、残り4兆円ぐらいは不足米が出てくる。で、その部分は追加的に消費税を2%ほど上げて財源にする考え方も当然出てくると思う。ただ、まずはそうした議論を始めるべきだ。そうすれば、ある程度は2020年度黒字化への道筋が出てくるし、そこで日銀も出口戦略を考えていく。財政再建されなければ彼らだってテーパリングできないわけで、それができる環境が整うのではないかなと思う。
竹中: 「本丸」というのは重要なキーワードだし、医療に関するご指摘も大事だと思う。今はどちらかというと年金に焦点が当たっているけれども、年金は少なくとも積み立て部分があるぶんまし。医療のほうは完璧に賦課方式だから、途中からはもろに医療の問題になっていく。そこで小黒さんにちょっと確認したい。先ほどおっしゃっていた「兵糧攻め」というのは、例えば「収入に応じた額しか年金を給付しない」というように、年金や医療の支出を一気にカットするという意味だろうか。
小黒: 今は国と地方で計40兆円の公費が使われていて、うち30兆前後が国の負担だ。これ、一般会計から引っ張っている。で、その中身はというと、まあ、お金に色はつかないから一般会計の収入で割り振れば半分は国債で、半分は税収と税外収入で賄われているということになる。では、その15兆円をどうするのか。そこを一般会計と切り離して議論すべきだ。また、さらに長期視点で見ると、2020年度にPBが一時的に黒字化するか否かは、本当に重要な問題ではないとも言える。そこから先、2025年に向けて大量の団塊世代が75歳以上の後期高齢者になるからだ。その過程で医療と介護費が急増する。そこでまた一般会計からお金が入っていく。
この背後にあるのは、医療費と介護費が財源負担とが一定割合でリンクするというメカニズムだ。従って、いきなりすべてを定額制にする必要はないけれども、どこかに上限を設ける。で、そこから先はもう少し自立的に、社会保障という会計のなかで帳尻合わせをするようなメカニズムを探る。今はお金が無尽蔵に社会保障へ流れる仕組みになってしまっているから、そこを改革すべきだという考え方になる。
竹中: 小泉内閣のとき、「放っておいたら1兆円に増えるから7800億に留めよう」ということにして、それでも皆が我慢できなかった。だから小泉さんに会うたび、「あれが我慢できないようじゃ何もできないですよね」と言うのだけれども、今はさらに厳しい状況だ。そこで安倍内閣は、実は社会保障改革に関して、民主党政権時につくられた「社会保障改革国民会議」をリバイズした「社会保障改革推進会議」を設けている。民主党政権時の枠組みを引き継いでいる形だ。そこで今後どうしていくかが重要なわけだけれども、今日は柴山さんも平さんも会場にいらしている。あとで振るので覚悟をしておいていただきたいが(会場笑)、まずは尾崎さんにも同じ質問をしたい。
尾崎: 竹中先生が経済財政担当大臣だったとき、私は主計局財政分析係課長補佐という立場にいた。当時はPBという概念がすごく新鮮だったし、主計局でも若手はどちらかというと、「あ、なるほどね」という感じだった。それで、ある程度手が届きそうな目標だったこともあり、「これは皆が本気になれるな」という感じだった。ただ、一部では反対もあった。「最終的には債務残高の対GDP比をいかに落とすかを考えないと、本当の意味での財政再建はない」と。PB黒字化はあくまで一里塚であると、当時は強調されていたことを覚えている。なお、当時掲げられていたPB均衡の目標は2010年代初頭。今はそれが2020年まで伸びてしまったが、もしかしたらそこに少しずつ手が届きつつある段階まで来ているかもしれない。
ただし、2025年頃から再び大変になるという中長期的視点のご指摘も本当に大事だ。結局のところ、社会保障問題、もっと言うと財政問題というのは…、少し割り切り過ぎかもしれないが、「働いている若い人たちの世代で高齢者の方々をどれだけ支えていけるか」という話なのだと思う。今は現役世代3人または2.5人強で65歳以上の高齢者を1人支えている状況だ。でも、2050~60年代には、仮に出生率が予測通り増えたとしても、1.2~1.4人で1人を支えないといけない時代がやってくる。
このとき、財政はどうなっているのか。若い現役世代が少なくなるというのは、「労働生産性が変わらなければ」という前提で言うと、税収も減ることを意味している。他方、支えられるほうの割合は確実に大きくなる。それで、結局は借金をして再びその時期をしのぐ形になって、PB赤字または債務残高が拡大していく世の中がやってくるだろう、と。従って、支えられる側の負担を小さくして、支える側の力を増やすということを、中長期的には全体の政策としてとっていく必要があると思う。
では、支えられる側をどうするか。高知県は、県民1人当たりの医療費が全国で断トツ1位だ。ただ、近年そうなったわけでは決してない。昭和50年代頃から、すでに県民1人当たりの医療費が全国で断トツ1位だった。その理由は介護だ。実は、県民1人当たりの介護費は全国で6位前後。高齢化率は同3位だから介護費もそのぐらいになると思うところだけれども、医療費は1位で介護費は6位前後。なぜなら、本来は介護対応できるような人々も皆が介護用病床にいて、医療対応をせざるを得ないからだ。また、高知のような田舎では歳をとると皆が比較的早く病院に入るということもある。それで、残念ながら現在は裾野の広い介護体制というか、社会基盤が整っていないと言わざるを得ない状況になっている。
だから、今は在宅介護や訪問看護ができる看護士さんを徹底に要請していこうとしたりしている。さらに言うと、高知では幼稚園や保育園の待機問題はない一方、特別養護老人ホーム等の待機問題が大変深刻になっているので、こちらも急いでつくっている。そんな風にして介護の裾野を広げて、社会全体で高齢者の方々を支えるような仕組みに強化し、医療分野に過度の負担が掛からないようにする。その結果として、年金を含めた社会保障費の削減につながるような社会づくりを急がなければならないと考えているところだ。
ただ、他方では分母の問題もある。支える人が少なくなってしまう問題にも重点的に対応しなければいけない。そうでないと、いくら分子となる社会保障の支出について対応しても働く世代の疲弊感は低減されないし、財政の負担増も変わらない。だから、少子化対策には思い切ってお金をかけるべきだと思う。ただし、そこで子ども手当て的な対応をしても、正直、焼け石に水だと思う。3000円や1万円を1回もらったとしても、それで「もう1人子どもを産もう」という話にはなかなかならない。
そこで大事だと思うのは、高齢者世帯に滞留している資産を若い世代に還流させていくことだ。今、相続は超高齢者から高齢者になされるようなものになっていて、1000兆円超えようとする個人資産の7~8割以上が高齢者世帯に滞留している。でも、景気は世の中でお金が回るからこそ良くなるものだ。今は資産が国債に化けてしまっているけれども、それを民間へ回すことが不可欠だと思う。それで若い人の経済的負担を軽減して、より子どもを産みやすい社会にしていく。社会保障の問題では、そうしたことも同時に考えなければいけないと思う。その意味では、以前は3経費と言われていた社会保障が今は4経費と言われるようになり、子育ての問題も議論されるようになってきたのは良い傾向だと思う。
竹中: 2025年以降の問題に関しては本当にその通りだと思うが、今日は恐らくそこまで議論が行かないと思うので、今夏のロードマップに焦点を絞ってみたい。
→「本丸の議論」を進めるためには何か必要か。会場の内閣府副大臣平将明氏、衆議院議員柴山昌彦氏にも聞いた。 続きは7/30公開予定