柳澤大輔氏(以下、敬省略):本セッションは、かなり異色だと思う。皆さんは経営を学ばれている方々だが、クリエイティビティのクラスというのは1コマぐらいしかない。では、最初に1分ぐらい、最近感じた面白い話とか、つらかった話とかを紹介していただきたい。(1:35)
遠山正道氏(以下、敬省略):スマイルズ生活価値拡充研究所、略してスマ研っていうのを、去年からやりまして。会社で「そういうのをやりたい」と言ったら、経営会議で「遠山さん、なるべく会社の資源を使わないでやってくださいね」と言われて。時間とかお金とかね(笑)。(2:18)
でも、そこから細々とやり出して、いろんな企業のブランディングを始めている。この春は、千葉県市原市のART×MIX(アートミックス)というアートイベントの食やデザインのお手伝いなど、かなり忙しくなってきた。この4月からは新卒社員を1人専任で入れ、ようやく会社にも認められるようになってきて、最近はそれが忙しい。(2:40)
柳澤:常に新しいことやられている。水野さんはどうか。
水野学氏(以下、敬省略):僕はどんどん美術・デザイン系から離れていくというか、革新というか。企業の社長とか経営に近い人たち、例えば、元ソニーの出井(伸之)さんに呼ばれて話すとか、そんな機会が増えている。鉄道会社のブランディングなど、規模が大きいところに声がけいただいている。クリエイティブとかデザインみたいなことが世の中に必要だと言われて久しいが、確実にその歩みは近づいていると感じる。あとは、目の前のことに日々追われている。尻に火がつきながら、つらいことはそっち。(3:15)
柳澤:ご自身の会社のマネージメントもやられている。
水野:僕の会社は12名しかスタッフがいない。クリエイティブマネージメントが1番難しい。(4:42)
柳澤:遠山さんの会社はそもそもやっていることがクリエイティブだし、遠山さん自身も見るからにこういう風貌で(笑)。水野さんも最近は経営コンサルタントとして戦略を考える立場で、デザインから入って戦略立案のところまで踏み込んでいる。今日は、「クリエイティブと経営」に焦点を合わせたい。お2人ともすごく良いことをたくさん言われている。遠山さんの「リスクとは、美意識が無いことだ」という言葉が、僕は名言だと思った。(4:56)
遠山:かっこいいねえ(笑)。
柳澤:水野さんは、これからはセンスが無いと企業の存続が問われると、いろんな本にも書いている。お2人は、クリエイティブという、直感的で、言葉に表しにくいことを、あえて言語化して説明できる方々だ。まず、クリエイティブは経営に必要なのかについて、聞かせてほしい。(6:00)
遠山 正道氏
遠山:もちろんそう思う。20世紀は経済の時代、21世紀は文化の時代だ。昔は供給が少なくて、需要が多かった。実際、私が三菱商事にいたときは、そういう時代だった。だが、あっという間に供給のほうが増えて、椅子取りゲームで言えば、椅子よりも、そこでゲームしている人の数が多くなっている。だから普通に今までのビジネスをやっていたら、あぶれてしまうだけ、奪い合いになるだけ。21世紀が文化の時代っていうのは、本当の価値を提供できないと意味がないとういこと。どういう価値を提供できるかに尽きる。(6:42)
私はいつも、会社とかブランドとかを「人」に置き換えて考える。SoupStockTokyo、スマイルズを私自身だと思って、じゃあその人の価値、次に出せる価値って何だろうみたいに。だから、ビジネス構築していくみたいな発想がほとんどない(笑)。その代わり、チャーミングでいたいし、「次はこう来たか!(驚)」みたいなことも欲しい。スープも好きだし、洋服も好きで、映画を観たり、恋愛もしたりするかもしれないし、いろんなことに興味がある。そういうことに素直になりながら、何かと出会えて、「あっ、次これだな」「あっ、これやったら世の中が面白いって言ってくれるだろうな」みたいなことを提供して、価値を創っていく。「当たり前にクリエイティブ」というのかな、何かを生み出していく作業が必要になってくる。(7:40)
柳澤:「クリエイティブとは何か」について、共通認識があったほうがいいですかね。(8:52)
水野:クリエイティブは表現だと考えると、表現は「デザイン」であり、クリエイティブとは「問題発見能力」であり、問題を解決する手法がデザインだ。問題を見つけることは、100人に1人とか、1000人に1人にしか備わっていない能力だ。だから「問題を発見していく能力」が、クリエイティビティという言葉にふさわしい。(9:00)
柳澤:世の中は、クリエイティブをもう少し表面的に見ている。
水野 学氏
水野:そう。僕は今朝、御二方とお会いして、本当に面白いなと思った。僕がこういう格好(シャツにダークジャケット)で、お2人がそういう格好(緩めのシャツ、上着なし)で。普通は逆だ(笑)。(9:43)
遠山さんがおっしゃった「21世紀は…」という話だが、これが時代なのだと思う。これまでのデザイナーは、デザイナーっぽい格好をしていた。これからのデザイナーは経営のことをわかっていかなければいけない。経営者はその逆で、これまではネクタイを締めて真面目な格好をしていればよかったが、これからはいろいろな価値観や感性を身につけていなければ戦えない。そういうことを感じた。表層だけを見るとクリエイティビティっていうのは「装飾」のことだと思いがちだが、僕は「機能」と「装飾」の2つに分けられると思う。これはデザインも同じだが、機能と装飾の両輪が回って初めてクリエイティブは存在できる。御二方を拝見しても、機能的な部分を満たしながら、装飾のところもきちんとなさっていると思う。(9:58)
遠山:まさにそうだと思う。その前のほうで、「問題解決能力」とおっしゃった。うちはスープとかネクタイとかいろいろやっているが、発明みたいなのはなくて、ゼロから作り上げるというものではない。世の中に対する苛立ちや疑問から、ファストフードより200円高くてもいいからちゃんとしたものを食べたいというところから、SoupStockTokyoが生まれた。だから、駄目なものを発見すると心が時めく。これを良くすれば価値になる、というように。ネクタイであれば、「おじさんのネクタイ、ダサくてありがとう」みたいな。これを1個1個、変えていったら楽しい。組織の仕組みとか、いろんなところに「駄目」は眠っている。それらをめくって、ひっくり返していくのが楽しい。(11:13)
柳澤:見た目とか、デザインとか、衣装的な課題を解決して踏み込んでいくということか。LINEの森川(亮、社長)さんがおっしゃっていたが、ネットの世界では普通、最初にエンジニアが考えて作るが、LINEの場合はデザイナーが最初に画面を作って、それにエンジニアが合わせていくスタイルなのだそうだ。今までとは逆の流れだ。(12:30)
遠山:わかる。
柳澤:最終的には問題発見に行くが、最初はやっぱりクリエイティブな見方から入るということか。
遠山:PASSTHEBATON(セレクトリサイクルショップ)というものをやっている。ある晩に寝ていた時、骨董品みたいに敷居が高い「そば猪口(ちょこ)」が売れたらいいなと思いついて、じゃあ逆に1番敷居を下げてやろうと、キャラメルと同じように、おまけをつけちゃうのはどうかと。(13:10)
柳澤:絵が浮かんできた(笑)。
遠山:もう目が冴えちゃって。それで夜中に起きて、近くのセブンイレブンに行って、チョコレートを買って、そば猪口に詰めて、次の日、会社に行った。「これ1480円なんだけどどう?」「いや、どうって言われても意味が分からないです」みたいな(笑)。まだPASSTHEBATONがないときで。片山(正道)さんっていう人に設計してもらうときも、それを持って行って、「こういう店なんですけど」と。モノがあって、そういうのに時めいちゃうみたいなのはある。LINEの話はすごくわかる。(13:43)
柳澤:まず感覚的にビジュアルから入って、次に戦略をはっきりさせていく。それが、商品を生み出すための有力なアプローチとなる時代であり、そのほうが会社は強くなれるのか。(14:28)
水野:柳澤さんがおっしゃった言葉で、僕がすごく大事にしているのは「感覚」という話。感覚というのは皆さんや世の中は超能力的な漠としたもので、言葉にできないものと考えているのではないか。僕は、そうじゃないと思っている。それは小さな知識の集積で、例えば、そば猪口を売ろうと思う感覚は、なんとなく良いというのではなく、本当は雑誌で見たものだったり、友達と会ったときに感じたものだったりする。いろんな知識の集積によって1つの感覚が成り立っている。(14:50)
感覚の精度の高さと知識の量が、この時代の企業には必要だ。例えばLINEはメールより便利だが、そのスピード感や「既読」の機能は、みんながなんとなく欲しいと思っていたことだ。SoupStockTokyoにしても、みんながファストフードに辟易としている中で、「おいしいスープとか飲めたらいいのに」と思っていたということだ。そうした「感覚の集合知」を実現していくことが、経営者に求められている。(15:42)
感覚を感覚として見過ごさず、しっかりテーブルの上に上げて、それを企業の戦略なり、商品として世の中に打ち出していけるような経営者だ。例えば電球は、今ではだれでも作れるが、誕生した当時は、「こんなものがあったらいいのに」と思われていた。それを、松下幸之助さんが実現した。いつの時代も「実現」が大切だ。(16:36)
柳澤:なるほど。
遠山:持って帰っていただけるようなこととして用意した四行詩をお伝えしておく。1つ目が「必然性」、2つ目が「意義」、3つ目が「やりたい」ということ、4つ目が「無かったという価値」。私の経験では、ビジネスって全然うまくいかない。潰れてしまいそうなタイミングはいくらでもある。私はスープでも何でも、苦労しながら何年かやって、気が付いたらようやくなんとかビジネスになっているということの繰り返しだ。そのときに必要なのがこの4つ。最初にその人にとっての必然性がある。私は最初サラリーマンをやっていたが、やっぱり社長をやりたいと思った。それが私にとっての必然性。だから起業につながった。(17:18)
世の中は独りよがりでは仕事ができないので、周りを巻き込まなければいけない。「女性が1人で入れるところがなかった!」とか、「無添加のファストフードってない!」とか(多くの人の共感を呼ぶこと)が意義。やりたいということは、頭でっかちな意義だけではなくて…。私の場合は、ある日女性が1人でスープを吸って、ほっとしているシーンが脳裏に思い浮かんでくるという、出会いみたいなことがあった。だから、やりたいと思った。そういう経路で、無かったという価値がオリジナリティにつながった。すごくラッキーだったと思う。(18:32)
スープ業界を調べていたら、ニューヨークのスープ屋さんが行列になっているのを(起業した)後に雑誌で見た。その順序が逆じゃなくて本当に良かった。もし、それを先に見て、「儲かりそうだな」とか、「格好良いな」と思って始めていたら、絶対今日に至っていなかった。「儲かるって言ったのに、儲かっていない」と周囲に言われたら、そこで終わってしまう。「遠山さん、スープいいですね」「いや、雑誌見てちょっとパクッたんだけど」とか思っていたら、赤字の時期を耐えられなかっただろう。格好も良くない。(19:20)
柳澤:最後の踏ん張りがね。
遠山:踏ん張りが効かない。だから私は、新しいことをやるときに、この4つを大事にしている。クリエイティブに戻ってくるものがあるといい。凧の糸のように手元に持っている部分がしっかりあれば、クリエイティブは大いにはじけちゃっていい。SoupStockTokyoは、良いスープができて、良いメーカーさんとも出会えたので、これは格好良くやっても大丈夫だと思った。(20:15)
柳澤:美味しくなければ、いくら着飾っても難しい。
遠山:そう、そう。「格好良いだけ」は1番恥ずかしい。ちゃんと根っこがあれば、格好良くやってもいい。
柳澤 大輔氏
柳澤:その辺が経営者的な視点なのでしょうね。さっき水野さんがおっっしゃっていた感覚とかセンスについて、お2人に聞いてみたい。あらゆる情報の集積の結果、感覚の良し悪しが決まるとすれば、感覚的に良い悪いを判断できる人というのは、すごくセンスが良くて、感度が良いということになる。(21:14)
一方で何が格好良いか、センスが良いか分からないという人もたくさんいる。だが、その人のセンスが悪いかというと、そうでもなく、単なる興味の差に過ぎない場合もある。その辺はどうか。(21:30)
水野:おっしゃるとおりだ。僕は今、慶応義塾大学で教えているが、美術やデザインに対してちょっと気が引けると学生たちが言う。でも、僕らは小さいころからそういうことに興味を持って、ずっとやってきている。生まれ持った才能ではなく、努力にも満たない「興味」によって、僕らはデザインという業界に立ち止まって、そこを深め続けている。例えば遠山さんは、美術やデザインに造詣が深いが、それも“好きこそものの…”で、そこに注力して、興味でずっとやってきていらっしゃる。だから、裏を返せば、ある程度のところまでは、簡単に勉強することができると僕は思っている。(22:08)
柳澤:それは、後天的にクリエイティブになれるのか、なれないのかという本質的な問いだと思う。
遠山:今、この会場を支配しているクリエイティブは、例えばデザインの格好良さを指していると思う。音楽の場合、クラッシックとロックと演歌は全く違うが、では演歌は駄目かというとそんなことはない。昨日、中島みゆきしかかからない京都のスナックに、現代美術家の名和晃平氏と一緒にいた(笑)。(24:10)
「中島みゆきはダサイ」と切り捨てるなんてことはあり得ない。ビジネスではBtoCではクリエイティブを見て「格好良い!」と思わせてしまうところがあるが、BtoBでは「組織のつくり方」とか、柳澤くんのやっているような「企業のあり方のデザイン」みたいなことだってある。単に格好だけの勘違いクリエイティブはたくさんある。(24:50)
水野:僕は、「センスの最適化」と呼んでいる。僕の周りでは、EXILEを聴く人は1人もいない。でも、あれだけ売れている。それは、たまたま僕の周りに聴く人がいないだけで、センスっていうのは、必ず最適化ポイントがある。(25:35)
企業が誰に向けて何を売るかということ。例えばスープなんて好きじゃない人にスープを売ろうとすると、すごく大変。だけど、スープが欲しいと思っている人は必ずいる。女性は立ち食いそばも吉野家も入りづらい。マクドナルドもどうかと思っている。そういうところに、SoupStockTokyoがポンと入っていった。そこには必ずターゲットがあって、センスの最適化が行われている。その際、ゼロポイントはどこか、つまりどこが普通なのかということが理解できているかどうかが大切。(26:02)
社会全体の中でEXILEやスープがどこにポジショニングされるのかということを見誤って、例えばスープが全国的にひっきりなしに売れている様子を目に浮かべてしまうと、経営の戦略を間違えてしまう。自分のセンスはここにあるということを理解した上で、経営戦略を立てることが大切だ。(26:54)
柳澤:遠山さんは、演歌が好きな人がいてもいい、ロックが好きな人もいていいと。水野さんは、それぞれ好きなものがあってよくて、それぞれのマーケットの規模を読み違えないことが重要だと。(27:35)
水野:遠山さんと僕が言っていることは、同じだと思う。
柳澤:素人から絵をたくさん集めて売るサービスをやっていたときのこと。自由ヶ丘のお店で「どの絵が好きですか」とお客さんに尋ねると、外国の方は自信を持って「私はこれが好きだ」と言う。でも、日本人は「自分はどれが好きだ」という感覚が無い人が多い。そういう人は経営ができないのではないか。クリエイティビティがあるということは、自分の価値観を通して「これが良い」と感じることだとすれば、自分はこれが好きだという出発点が無い人は、どうにもならないのではないか。(28:04)
水野:そうだと思う。クリエイティブやデザイン、美術などに関心がない経営者は躍進しない。僕の周りで出世している経営者は全員持っている。(29:15)
では、絶対駄目かというと、必ずしもそうではない。ブレーンがいればいい。3つのパターンがある。1つは、経営者のすぐ横にクリエイティブディレクターやアドバイザーがいる。これは、ナイキのクリエイティブディレクターであるジョン・C・ジェイ氏のような例。2つ目は、トップがクリエイティビティに溢れているケース。これは、スティーブ・ジョブズや、遠山さんもそうですね。3つ目が会社の経営の直下にクリエイティブ部門がある。サムスン電子や資生堂、サントリーがそれに近い。この3つが会社の経営・組織に対して根深くコミットしていれば、わりと安泰。それだけで絶対売れるわけではないが、そのクリエイティブがきちんと機能していれば伸びている。(29:47)
柳澤:遠山さんのところもそうか。
遠山:そうだ。今日は分かりやすく、私は「クリエイティビティのある経営者」という立場だとする(笑)。うちの会社には、ビジネスをできる人がいてくれている。やりたいこととビジネスの両方のバランスが大事で、そのやりたいことが、クリエイティブと言ってもいいのだが、そちらだけでは立ち行かないわけだ。ビジネスだけを目的にしては面白くない。その両方のバランスが会社の中にもあって、私は、そのやりたいことを副社長や経営会議とうまくやりながらできている。会社の中でもけっこう遠慮しながらやっていて、経営会議で発言はほぼない(笑)。(31:08)
柳澤:経営者が万能でなくても、チームでカバーすればいい。クリエイティブの人がビジネスの人とどうやって握っていくのか。クリエイティブと経営は相反するものだという認識は依然としてある。それが、今日のテーマだ。(33:35)
水野:クリエイティブを少しやっていて、くまもんをつくった程度の自分が、グロービスという経営を学ぶ場で話していること自体が面白いと思う。クリエイティビティを会社にどうやって添加していくか、なぜ必要かという話だ。
遠山さんがおっしゃったように、21世紀はクリエイティビティが必要な時代。大航海時代が大昔にあって、船ができて、向こう側は滝だと思っていたのに地球は丸かった。今まで岩とか槍とかで戦っていたのに、鉄砲ができて遠くの敵があっという間に殺せるようになった。僕は「劇的な進化」と呼んでいるが、人間は何度かそれを成し遂げている。すると1つ満足し、文明を求める。ルネッサンスや安土桃山時代が来た。その後また安定の時代が続き、産業革命が始まり、アーツ・アンド・クラフツ運動が起こる。振り返ると、アートとデザインが分かれていったのはその頃からだ。(35:15)
今の時代はIT革命が行われている最中。僕らは当事者だから、あまり気づいていないが、実はかなり要らないと思っているし、疎ましくすら思っている。文化的なことを求めている。クリエイティブが経営に必要かどうかよりも、そこを押さえているかどうかすごく重要な時代に突入している。自分の会社にクリエイティビィティを添加していくときに大切なのは、経営者なり、経営に近い人たちがどれだけクリエイティブということに対してコンプレックスを外すことができるかだ。コンプレックスの首輪というか、足枷というか、そういうものをいかに外せるかということが大切なのだ。(37:17)
柳澤:そのときのクリエイティブは、どうしても表現の話に寄りがちな気がする。
水野:はい。僕は今求められているのは、千利休のようなクリエイティブディレクターだと思う。千利休は表現の人だが、精神的な世界や考え方、見え方をコントロールした人でもある。どれだけ清く正しく美しい考え方を持っていても、金の便器を作っていては清く正しく美しくには見えない。それを、表現のところに落とし込んで、世の大将に説いたのが千利休だった。それがクリエイティブディレクターの仕事で、僕は今、現代の大企業に対してそこを担当していると思っている。(39:17)
柳澤:クリエイティブの話に戻すと、手段がデザインだとすると、企業の目的とはどうからむのか。
水野:遠山さんがキャラクターとして、さっきから「僕はそういう系」と言うのを聞いていて勘違いされる方が少なくないのではと思う。遠山さんは、経営のこともわかっているし、当然、日本KFC時代の御苦労もあって、その辺の経営者には太刀打ちできない高い能力をお持ちだ。それにプラス、デザインや美術がお好きなのだ。(42:37)
1番大切なのは、目的を共有できているかどうか。遠山さんが、いくらデザインが好きでも、それで大赤字が出続けるということでは企業としては成り立たない。目的は、必ず利益なわけだ。利益が多少でも出ないと、企業は存続できない。一部署だったら話は別だが。そこの目的を共有できないデザイナーやクリエイターが、世の中にかなり多いので、その点は注意したほうがいい。(43:30)
柳澤:デザイナーには、作った対象物に対する創造主としての無償の愛が存在すると思う。対価とか、利益を求めない傾向があって、どうしてもそっちに興味が行かなくなる。たぶん、作り出すことそのものが目的だから、手段とすら思っていない。(44:10)
水野:そのとおりだと思う。そこに甘えているのがクリエイターだったり、デザイナーだったりする。美術とか、アートとか、絵を描いていたい僕の欲求って、幼児性。良い意味でも、悪い意味でも。
絵を描く、歌を歌う、踊る、この3つは教わらなくても、皆、小さいころ大好きでやっていること。しかし、大人になるにつれ、やってはいけないのではないかという強迫観念に駆られて止めていく人がほとんど。その中で続けているのは幼児性が残っているから。でも、これがある意味の枠を外してくれる。大人の事情を鑑みないことで、問題の発見能力につながっていく。だからそこの芽をつぶし過ぎるのも良くない。(45:02)
柳澤:確かに、非日常性からしかイノベーションは起きない。今のはかなりしっくりきた。
遠山:経営とはアメリカ的で資本主義的な株主価値の最大化や利益を上げていくことが目的だとすると、うちの会社は存在し得ない。目的がそもそも違っている。例えば、8月にうちの社員が新宿2丁目で10坪の小さなバーを始める。彼が個人で6割出資して新しい会社を作り、うちの会社が4割出資して、社員のまま社長で出向する。1人でやるのはすごく大変だと思う。彼の魅力次第だが、人生と仕事がぴったり重なっていて、素晴らしいと思う。だから、会社を辞めるのではなく、会社もお金を入れさせてよという感じで一緒にやる。たぶん売り上げは月に百数十万円で、うちの会社に入るのは月10万円にも満たない。それにどういう意味があるのかと経営会議で言われそうな話だが、うちの経営陣は「これはやるべきだ」と言える。(45:55)
柳澤:すごい。
遠山:目的を共有するのは良いと思う。何に価値を置けるかだ。
水野:「利益」というふうに言ったのは、お金だけではないことがあるから。遠山さんが、「必要性」「意義」「やりたい」「なかったという価値」という4つを挙げられたが、そのうちの「意義」に今の話はすごく近いと思う。そこからイノベーションが生まれることもあるので、会社にもたらされる利益というのはもちろんお金だが、そこだけに注力するということではないと思う。(48:00)
遠山:車はガソリンがないと走れないから、当然利益が重要で、利益のためにはガソリンが必要だが、ガソリンだけがあっても意味がない。ガソリンを入れ、誰を乗せ、どこに行って、何をするかというのが目的だ。ガソリンとか利益は手段だ。
柳澤:新宿の店をやることに対して、経営陣が「いいね」って言ったときのポイントを言語化するとどうなるのか。
遠山:飲食業には独立志向がある。小さくてもいいから自分の店をやりたい。(49:15)
柳澤:それを、応援しようと。
遠山:飲食店でなくても同じ。赤字では困るし、プラスでないと駄目だから、その指導はしていく。それを前提に、そんな会社が50個ぐらいあると良いなと言っている。50人の社長はタフだと思うが、やりたいという衝動は大事にしたい。バーをやるって言った人は、経営会議でのプレゼンで、「自分の2人の子どもが大きくなってチャレンジしたいと相談されたときに、自分がチャレンジしてなかったらそれに答えられない。だから、やりたいんです」と、泣きながら言った。だから「わかった、やろう」と。(49:35)
柳澤:良い会社だなあ。
遠山:そんなので判断していいのかというのはあるが、変なグラフを描かれるより、そっちのほうがいい。赤字じゃ駄目だって、本人もわかっている。何としてでも黒字化していこうって思うだろう。(51:22)
柳澤:儲かるとか利益が出ることは当たり前。そこを目的にしたら、何の意味もない。
遠山:いや、当たり前ではなくて、利益が出るならどんどんやりたいが、そんなにうまくいく経験がなくて、いつも赤字ばかり。だからこそ、そういう意義やその人の必然性がないと続かないし、意味が分からなくなる。(51:48)
水野:今のような考えでやっていることが、スマイルズが躍進している理由だと思う。だが、デザインなどに造詣がなくてコンプレックスが強い人たちが、クリエイティブをマネージメントしていくにはどうしたらいいのか。(52:40)
そのために僕は、目的を共有したほうがいいと思う。そうじゃないと、好き勝手にやられてしまう。例えば、一生懸命に石垣を作って、「じゃあ、最後はよろしく頼む」と言ったら、ピンクのお城にしましたみたいなことをやられてしまう。目的を明解にクリエイティブ側に伝達しないことによって齟齬が起きるということがあると思う。
さっきの遠山さんのお話の文脈に基づいて話をすると、意義という言葉があったが、僕も企業とミーティングをするときに「大義は何ですか」という話を必ずする。個人でも会社でも、大義ということをいかに経営者や経営に近い人間たちが持っていられるか。個人やスタッフたちに落とし込んでいったときに、「それが君のやりがいにつながっているか」というマネージメントは大切だ。そこがモチベーションの源であり、それを共有させることも実はクリエイティブの仕事かなと思う。例えば、ディズニーランドで働くことと、なんとか遊園地で働くことは、そのモチベーションが違う。何が違うかというと、アウトプットの手法が違うということだ。(53:05)
柳澤:今のは面白い。クリエイティブは、モチベーションの差に出てくる。
遠山:たぶん分かりやすいのは、ユニクロの柳井(正)さんと、クリエイティブディレクターの佐藤可士和さんのケースではないか。
柳澤:柳井さんには、はっきりした目的があるし、「こういうものが好き」がはっきりしている方だとお見受けする。
水野:一緒に仕事したときに、ものすごく細かかった。文字の大きさがちょっと違うだけで、これ、1週間前に見たのと違うよねって。
柳澤:そういうことが後からついたのかどうか知りたいところだ。(54:40)