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トヨタ木村俊一氏×糸井重里事務所篠田真貴子氏×味の素吉宮由真氏「イノベーションを起こす人材マネジメントによる企業成長」後編

投稿日:2014/02/13更新日:2021/11/30

「うちの部は辺境にして先端。中心から離れ、リスクを取って新しいものを作り、グローバルトヨタの先頭を目指す」(木村)

鎌田:木村さんに伺っていこう。まずは成熟市場においてバリューチェーン上で事業領域を広げる営みといった視点でお話をお聞かせいただきたい。(43:27)

木村:当部署は生まれたのは3年前だ。新車販売だけでは国内自動車流通業を安定して継続させるのが難しいという状況のなか、新車販売に伴うさまざまな事業を統括して考えるというミッションを受けている。3年前、何をやったら良いのかさっぱり分からないというところからはじめ、ようやく今年、まずはカー用品の通販事業でフランフランさんと提携した。既存のカー用品店等で売られているものの多くは、たとえば黒を基調とした商品や、他ジャンルとのコラボであってもディズニーが入っているようなものしかなかった。そのため、たとえば「インテリアのように模様替えを楽しんで乗りたい」といった女性のニーズに答えることの出来る用品がまるでなかったためだ。(43:52)

また、先般は電気自動車とPHV (Plug-in Hybrid Vehicle)のための充電ネットワークをメーカー4社と提携して構築することも決めた。さらにテレマティクスでは、ITS世界会議でも話題になった自動運転や、車両情報をセンターと連携させて色々なサービスを提供するといった領域もある。各種情報サービス、情報に基づいたアプリ、あるいはエコドライブを促進するようなサービスをなんとか事業に繋げ、車の使い方という部分でもっと楽しんでいただきたい。ハード面だけでなくソフト面でも各種サービスを提供し、成熟市場で持続可能な自動車流通業を確立出来ないかと考えている。(45:10)

鎌田:「機能価値から情緒価値」あるいは「モノからコトへ。さらに社会価値へ」といった考え方であると感じる。そうした方向性のなか、木村さんご自身はバリューチェーン事業部長としてどのようなミッションを持っているとお考えなのだろう。(46:33)

木村:トヨタの事業はグローバルに広がっているし、今後は新興国でも成長していく必要がある。ただ、国内の事業部門がグローバルトヨタに果たす役割も依然あるのかなと思っている。そのためには、当然、日本を開発拠点と出来るだけの台数を国内で販売するといったことがベースになる。ただ、やはり日本は世界で最も進んだ成熟市場であって、そこで自動車ビジネスをどのような形にしていくのかというチャレンジもある。それを他地域の先頭に立って実現する役割が日本にはあると思う。(48:10)

バリューチェーン事業部はその役割を担うために出来たと考えている。従って、我々の部は「車を企画・開発・製造・販売する」という会社の基幹プロセスと切り離されているし、予算もある程度独立的にいただいている。私は部の皆に、「うちの部は辺境にして先端なんだ」と言っている。「大企業のプロセスにあたらない辺境にいるが、ハードだけでなくソフトで何かをするためにテレマティクスを含む先端技術を扱っていく。我々の部でそうした新しいものをつくりだし、グローバルトヨタの先頭を国内で走ることが出来るよう頑張ろう」と。そんな話をしながら皆を鼓舞している。(49:00)

鎌田:社内でつくり出すことにこだわらず外部との提携や異業種との協業を推進していると感じるが、それらを進めるうえで今はどういった難しさをお感じだろう。(50:04)

木村:はじめてみて分かったことがある。当社はお客様第一という考え方を大切にしているし、サプライヤーや販売店の方々ともリスペクトし合いながら仕事を進めている。ただ、大企業の仕組みとして、そうしたことを担保するというか、保証するような基幹プロセスがまずはあって、皆はそのプロセスにおいてそれぞれの役割を果たす組織の一員として働いている。その働き方とは「なぜなぜ分析」でも有名なトヨタの問題解決手法だ。で、その訓練を受けた社員たちは皆、組織における役割のなか、そうした問題解決手法に基づいて仕事を進めることに慣れ、そして鍛えられている。(50:25)

ただ、たとえばフランフランさんのような、それまでまったくお付き合いのなかった他業種の方々とお仕事をするとき、その仕組みは使えない。それなのに自分たちの仕組みで仕事をしようとするから、知らず知らずのうちにお客様視点ではなくなって、組織の仕事を進める視点になってしまう訳だ。(51:28)

たとえば私が協業している方々と、「こういうことが出来ると良いですね」といった話で盛りあがるとする。すると同席メンバーは、「あ、これは仕事として進めることになるんだな」と考える。で、次の打ち合わせで、「来年4月に立ち上げですから我々はこうします。御社は1週間後にこれをやってきてください」なんていう話をする。紹介された女性との初対面で良い感じに盛りあがったらもう結婚すると決めて、「1年後に結婚ですから次回デートではここまでよろしく」と言ってしまうような(会場笑)。そういった仕事の進め方を、無意識にしてしまうところがある。当社の問題解決手法も本来はお客様視点でつくりあげたものである訳だから、そうした視点で相手のことをきちんと見て仕事をしていくということを徹底させるよう心掛けている。(51:53)

鎌田:3万点の部品をすり合わせる自動車づくりは、社内のチームワークや仕事の進め方が揃っていかなければ成り立たない。それが外部との協業において、少々違うテンポ感として表面化してしまうと。放っておくとそうなってしまうことに対し、そうならないよう取り組んでいらっしゃる点としてどのようなものがあるのだろう。(53:03)

木村:私自身もそうした訓練を受けて育ってきた訳で、ともするとそうなってしまう。その意味では今日のような機会も大変貴重だ。他者に触れるということだと思う。味の素さんのお話も糸井重里事務所さんのお話も大変面白く、「なるほど」と思って伺っていた。私としてはそうした色々な方との出会いを大切にして、多様なものの見方や仕事の進め方を吸収するようにしている。(53:34)

仕事に関して言えば、皆、訓練されているからテキパキと効率良く進めることが出来ている。従って、私としてはそういう進め方の結果として、「ちょっとこれはおかしなことになっているぞ」と感じとき、「まだ仕事にするのは少し早いよ」、「お客様視点が緩いよ」、「もっとお客様が喜んで貰えることは何かという視点で今は議論したほうが良いよ」といった指摘をしている。それによって、出来るだけ気付く力を身に付けて貰おうということを心掛けているつもりだ。(54:08)

また、リスクテイクということで言うと、当社は今幸いにして儲かっているので、我々の部として手掛けている事業がひとつ失敗しても会社全体で大きな影響は出ない。ただ、社員一人ひとりは仕事を失敗したらとんでもないことになると思い込んでいて、リスクを取らないときがある。そもそも大きな仕組みのなかで効率良く仕事を進めるプロセスはリスクの最小化プロセスと同義でもあるからだ。ただ、車づくりであればそれでも良いが、新規ビジネスではローリスク・ローリターンになってしまう。リスクに怯えて色々なことが出来なくなるし、程度の差こそあれ、他者の意見を聞きながら案を丸く収めて先延ばしにするといった結果になりがちだ。従って、「失敗してもクビにはならない。こちらでなんとかするからとにかく突っ込め」ということを言っている。(55:07)

鎌田:現在のチャレンジや課題についてもお伺いしておきたい。(56:43)

木村:とにかく成功するまでしつこく続けたいと思っている。販売部門ということもあって、「プロモーション的にやってみて、それで外れたら仕方がないね」と、次に移るというようなところがあるからだ。先般、トヨタを辞めてシステム開発の仕事をはじめた方にも、「トヨタとの仕事はなるべく減らした」と言われたことがある。「人が変わると仕事が切れるから」と(笑)。そういう風にせず、事業である以上は成功するまでお客様視点でしつこく考え続け、きっちりやり切ることが出来るようにしたい。(56:50)

「変革の種を潰さぬよう、あえて人も予算も権限も全体プロセスからは切り離している」(木村)

鎌田:ではここから会場とのQ&Aに移りたいと思う。(57:37)

会場:篠田さんにご紹介いただいた通り、弊社(ミスミ)は創業時から小さなチームで創造性やチャレンジ精神を発揮しようとしてきた。ただ、社内に成功体験のようなものが根付いてしまい、それを打ち破ることが難しくなってきた面がある。また、チームが小さければ小さいほど会社全体に及ぼす力も微々たるものになってしまうジレンマもある。そうした壁を打ち破るような個人を数多く生み出すための方法論に関して悩んでいる部分がある。個人が殻を破って成功体験から脱し、リスクと取るために心掛けていらっしゃること、あるいは会社としての仕掛けているようなことがあればぜひお伺いしたい。(58:08)

木村:当社はBR(Business Revolution)という組織手法を導入している。基幹プロセス上の部署はその事業を優先してしまってなかなか新しいチャレンジが出来ない。そこでBR組織というルールに則ってテーマを登録する。で、それが承認されると選任で人を抜いて、2年間企画を行ったあと、既存組織に戻すという仕組みだ。大企業であればそのような形で全体プロセスから切り離し、人も予算も確保して権限も与えたうえで期間限定の短期決戦による変革の種づくりを行う必要もあると思う。我々も元々はBRが提案した組織から出てきた部門だ。今は部署自体がBR的存在になっているが、とにかくそうした形で人が活躍出来る環境をきちんと整える。そこでOJTを経験した人材が新しくチャレンジ出来るようにすることが基本だと思う。(01:00:01)

吉宮:たとえば「アミノインデックス」という解析サービスに関して、今まではそのアイディアがあったとしても事業化を阻むような弱みが当社バリューチェーン上にいくつかあった。要するに「こういう商品が必要だ」という最終的なイメージがあったときに自分たちの弱みもクローズアップされていたのだが、それを今まではどちらかと言えば自前主義的発想で解決しようとしていた。しかし今は意識的に外部と連携していくことを一つの仕組みとして成立させているところがある。(01:01:45)

それとR&Dに関して言えば、特に若手研究者は自身が考えたテーマに携わりたいと考えるものだが、一方では会社としてのテーマもある。そこで彼らの芽をどのように生かしていくかという議論がある。この点では、たとえば何らかの研究が全社的戦略テーマに位置づけられた場合、彼らを既存部署から抜き出し、全社戦略テーマを推進する人材として別の部署へ配置するような形になる。で、抜かれたほうの部署は、「交通事故に遭ったと思え」と言われて諦めざるを得ないと(会場笑)。やや乱暴だが、そうした揺さぶりというか、仕組みが必要なのかなということで今はやっている。(01:02:30)

会場:イノベーションの鍵は複雑系組織であり、その意味では組織にゆらぎをつくることが重要だと考えている。ただ、辺境に置かれた、あるいは小さな単位のチームに成功を確約させることが非常に難しい。マネジメント側は「これを突き進めることでどんな成果が出るのか」と聞きたいものだと思うが、仮説検証を数多く進めなければ分からないことも多い。その意味で、成果とイノベーションの追求とでバランスを取ることが大変難しいと感じるのだが、これを乗り越える秘訣やパラメータのようなものが何かあれば教えていただきたい。(01:03:29)

篠田:ウェブサイトを毎日更新するなかで、「成功は確約出来ない」という文脈を皆が前提として共有している部分はあると思う。企画段階で社内の前評判が高くとも、お客様に出してみると「あら?」というケースもあるし、逆にチームとしても最後まで「これで良いのかな」と思いながら出したものが最もページビューを稼ぐコンテンツになることもある。そうしたことを全社員で共有していることが大事なのかなと思う。それともう一つ。特に商品を出す際はお客様からお金をいただくので慎重にはなるが、そこで「上手くいけばここまで」という最大限の結果と同時に、「こうなれば最低限はOK」という、そうした目線合わせに相当なエネルギーを使う。そこで最低限のほうに収まろうとする規模の会社でないからこそワークする方法なのかもしれないが。(01:04:52)

木村:イノベーションにチャレンジするよう言われた人間が何によって評価されるかという話かと思う。で、当社の場合、そういう人もそうでない人も等しくトヨタの問題解決手法に基づいた評価がなされる。物事を考え抜いて実行に移し、そしてやり切ったあとはそれをチェックして改善するという、その基本動作の評価だ。仕事の大きさに関係なく、ルーティンでもイノベーションを起こす仕事でもその点は共通している。それで業績が出たらよりクリアに評価されるが、仮にそこで思ったような業績が出なくとも、会社としてはそうしたプロセスでやり切っているかどうかを見て評価する。(01:06:15)

少なくとも当社としては、「良いプロセスをつくれば成果が挙がる。だからこそ成果で評価するのではなくプロセスをつくった人を評価する」という考え方をしている。従って、成果が出ないプロセスは駄目なプロセスという話になるが、プロセスをつくり込むにあたっての働き方や仕事ぶりをチェックすることは出来る。たとえばそこで「なぜなぜ分析」きちんとやったか、あるいは決めたことはきちんとやり抜いたか等々、そうした形でのチェックは会社の仕組として可能だと考えている。(01:07:39)

「『個人知から集合知』の時代。これからは“チーフ・プロセス・リーダー”の創出が求められる」(鎌田)

会場:糸井重里さんというカリスマ一代で終わらせないための考え方をお伺いしたい。“次の糸井さん”を連れて来るのか、それともそうしたリーダーなしでやっていくのだろうか。(01:08:35)

篠田:明確な答えはなく動きながら解決していくタイプの課題だと思うが、大きく言うと、まず“次の糸井重里”は望むべくもないため、その選択肢は考えていない。大事なのは、糸井重里が持っているもののうち継承可能なものを、個人と組織運営とで少しずつ分けながら受け継いでいくプロセスに尽きると思う。糸井自身、「今はいきがかり上社長とチーフクリエイターのようなことをしているけれど、それは俺の使い方としては非効率なんだ」と。「本当は、たとえば外国の方でも良いから社長を外から連れて来て、で、俺が滅茶苦茶なことを言って、“えー、そんなの出来ませんよ”と言われながらなんとかそれを実現していく会社という関係になるのが一番いい」と言っている。方向性としてはそのような形とご理解いただければと思う。(01:09:13)

鎌田:今のお話はイノベーション全般に含意すると思う。今はアイディアをマネジメントする「個人知から集合知」の時代だ。衆智を集めるという松下幸之助さんの話に回帰するのかもしれないが、個人的にはそこに「人間とは何か」という認識を基にした、「いかにして人が働くプロセスをマネージするか」というテーマがあると感じた。それで私は「チーフ・プロセス・リーダー」という表現を使うのだが、これからのリーダーに求められるのは集合知のマネジメント、すなわちプロセスマネジメントであると感じる。(01:10:20)

会場:グローバル化では現地で工夫を積み重ねることも大事になるが、「これだけはやっちゃいけない」と本社のガバナンスも必要になると思う。コアとして共通化すべき部分と、現地化して良い部分との狭間で揺れるようなケース、あるいはそれに対応する仕組み等についてはどうお考えだろうか。(01:11:18)

吉宮:本社のガバナンスと権限委譲のバランスというのは、実は前段でお話しした人材不足とともに大きな課題だ。毎年行っている役員研修でもそれがメインテーマになる。で、当社は稟議制度を採っているが、少なくとも現時点ではかなりの稟議をたとえばASEAN本部のような地域本部に落とし込んでいく方向性で整理している。安全面を含めたブランド価値等、どの部分を本社に残し、そして一方では現地の人材に活躍して貰うためにどの部分を任せていくのか。この辺のバランスについては我々としても常に議論の対象になっているというのが正直なところだ。(01:11:57)

鎌田:では最後に御三方から、本セッションで相互に得ることが出来た学びや気付き、あるいは会場の皆様へのコメントを一言ずついただきたいと思う。(01:13:00)

篠田:糸井は組織運営に関して、「魚を飼うことは水を買うことだ」と言っている。水槽で飼っている魚を元気にしようとしても、魚自体になんらか手を下すのは難しい。飼う側が出来ることと言えば、実は水や水草の手入れであり水槽の掃除等だ。「組織運営もまったく同じだ」と。皆さまのお話やご質問を伺っていても、やはりそうした水をどのようにマネージするかというお話だったのかなと感じた。(01:13:35)

吉宮:非常に根源的だが、「自分たちは何のために仕事をしているのか」と。今日のお話をしていて考えさせられたのは、自分たちの会社として何を大事にしていくべきなのかという部分であったと感じている。(01:14:28)

木村:知らないことはたくさんあるな(会場笑)。午前中のセッションで安倍総理が23カ国を訪問して110カ国の首脳と会談したという話を聞いたときにも思った。やはり、「物事にチャレンジする」、「物事を変える」、「自身が変わるあるいは成長する」というのは、自らをオープンにして色々なものを吸収し、そのなかでやるべきことをきちんと持って前に進むことなのかなと感じた。だからこそ、「知らないことはたくさんある」という気持ちで働きたいなと思う。(01:14:53)

鎌田:本セッションが会場の皆様にとって何らかのヒントになればと思う。今日はありがとうございました。御三方にもう一度拍手をお願い致します(会場拍手)。(01:15:31)

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